②
それからもう一杯ノンアルコールカクテルを飲むと、茜はまだ本調子じゃないからと先にバーを出て行った。
結局陽菜はあれからろくに助言もできず、ただ茜の抱える不安を傾聴することもなく世間話をしただけだった。
「せっかく言ってくれたのに、私本当無力すぎるよね。」
陽菜はそんな自分に嫌気がさし、バーに残ってヤケ酒していた。
日付が変わりようやく落ち着いたバーカウンターで、圭が深酒しないよう陽菜に出す酒を調整しながら話を聞いていた。
「それでも本当に驚いた。茜ちゃんが妊娠なんて。」
「私も。茜がお母さんになるなんて…。」
まだ問題は山積みであるが、きっと茜はいい母親になれるだろう。
「茜、肝っ玉母さんになりそうだよね。」
「俺もそう思う。」
二人は茜の未来を想像して笑った。
しかし茜と胎児を取り巻く問題は多い。
その問題を茜に寄り添いながら、陽菜も協力して解決していきたいと思った。
「はるちゃんも無理しないでね。」
「ん?」
「難しい問題だから。相手も相手だし、茜ちゃんも親がいないし。共倒れが心配。」
そんな陽菜の心情が読まれてるかのように、圭はどこまでも陽菜を気遣った。
そんな圭の優しさに、陽菜は胸が熱くなった。
確かに茜から妊娠していることを聞かされ、茜には迷惑なんじゃないかってくらい余計なことまで考えていた。
「ただ側で話を聞いてるだけでいいと思うよ。俺は。」
圭の呟きは、まるで陽菜が自分に圭からそうしてもらっていることのようだった。
「ありがとう圭。」
陽菜はそう言って微笑むと、一気に酔いが回ってきて視界が揺れた。
眠気に急に襲われ、そのまま圭に控室へと運ばれた。
そして圭の仕事が終わるのを待ち、一緒に帰ったのであった。
それから数日後。
午後6時、病棟にて。
珍しく落ち着いた日勤勤務を終えた陽菜は、茜から夕飯を食べようと声をかけられ二人でファミレスへと行った。
さすがに妊婦を喫煙者もいるバーには連れて行けない陽菜の気遣いだった。
「突然で悪いんだけど、今から匠と会うの。隣にいてくれない?」
「うん…。もしかして、妊娠したことを話すの?」
「そう。」
相変わらず突拍子もない大胆な茜の頼みだったが、陽菜は快諾した。
しかし一気に緊張が走っていた。
そして30分ほど経ち夕飯も食べ終わったところで、匠がファミレスに現れた。
長髪を整えてスーツを羽織り、出勤前のようだった。
「茜!久しぶり!どうしたんだよ、ずっと連絡も返してくれないし。心配してたんだよ!あ、陽菜さんもこんばんは。」
匠は茜に会うなり威勢よく食ってかかるように言った。
そして陽菜の存在を一瞬忘れてたかのように恥ずかしそうに声をかけ、茜の隣に座った。
茜はそんな匠に目を逸らし、メロンソーダを啜りながら言った。
「あのさ。私、赤ちゃんできちゃったんだよね。」
「え…まさかあの時の。」
「そう。あの夜の。」
珍しくモジモジと恥ずかしそうに話した茜の隣で、匠は固まっていた。
二人は恋人関係ではなく、お酒の入った一夜限りの関係で子供ができてしまったことを茜から聞いていた。
「だから連絡して来なかったのか。じゃあ結婚しようよ。」
「は?」
匠の軽い一言に、さすがに肝の座った茜も想定外だったようで高い声を上げた。
匠はそんな茜の反応を気にせず、一人妄想の世界に浸り始め、茜は陽菜と顔を見合わせた。
「ねえ、匠。私、結婚するどころか産むかも迷ってるんだけど。」
「お前…。」
しかし茜の正直な冷めた答えに、匠は絶句し顔を真っ赤にした。
「だって、あんたやっとホストとして軌道に乗ってきたばっかりじゃん。産むとしても結婚は絶対にしないから。」
「は?何言ってんだよ。俺がお前より大切なものなんて…。」
匠が頬を赤らめながら肝心なことを話そうとした時、茜は先に席を立って食事代をテーブルの上に乗せていた。
「とにかく妊娠したことだけ告げにきたの!たぶん産むから!認知は任せる!じゃあ!」
「ちょっと、茜…。」
匠と陽菜が呆気に取られてる間に、茜は言いたいことだけ言って去って行ってしまった。
陽菜は走ってファミレスを出て追いかけて行ったが、茜は呼びかけにも振り返らずにタクシーに乗ってしまった。
そして気付くと陽菜の後ろに、匠が立ち尽くしていた。
「茜より大切なものなんて、俺にはないんだよ…。」
「匠さん…。」
匠は茜の去った場所を見つめ、涙を流していた。
陽菜は匠を連れてファミレスに戻ると、匠から茜への強い思いを聞くこととなった。




