卒業パーティで婚約破棄は止めましょう~義妹を虐めてません
「アデレイド・マルーン! 妹を虐げる様な者は私に相応しくない! 貴様との婚約は破棄とし、このケイト・マルーンを新しい婚約者として迎える!」
「お義姉様っ、私…っ」
「無理しないでいいんだ、ケイト。君は健気に耐えていたじゃないか。そんな君を虐げるアデレイドが悪いんだ」
ここはエクリュ王国で貴族の子女が通う学園。
それも、卒業パーティの真っ只中である。
突然叫びだしたのは、この国の第二王子たるオースティン・エクリュ。そして、その腕に縋りついているのはケイト・マルーン。名指しされたアデレイド・マルーンの同い年の義妹である。
名指しされた令嬢、アデレイド・マルーンは侯爵家の一人娘で、第二王子の婚約者であるが、今、破棄されたらしい。
一瞬驚きを顔に出してしまったアデレイドだが、一呼吸置き、無表情で口を開く。
「……婚約の解消、承りました。ケイトはオースティン様が引き取って頂けるという事で宜しいでしょうか?」
「解消では無く破棄だ! それに何だ、その言い草は。私とケイトは婚約をするんだ、決まっているではないか! 貴様の近くになど、ケイトを置いておく訳にはいかないからな!」
「畏まりました。ではケイト、屋敷に戻ったら荷物を纏める様に」
「え?」
特に反論する訳でもなく、淡々と話を進めるアデレイドと興奮気味のオースティン。
荷物を纏めるようにと指示を出されたケイトは間の抜けた声を出す。
一瞬の空白の後、突然周りが動き出した。
「アデレイド様! 婚約解消の手続きが終わりましたら、是非私と食事を…」
「お前、抜け駆けをするな! アデレイド様、是非僕と…」
「アデレイド様、素晴らしい舞台がありますので是非…」
「面白い見世物が来ておりますので…」
「我が領の名産に美味しいお茶が…」
「珍しいスイーツを…」
貴族子息の多分、婚約者の居ない者達なのだろう。
アデレイドの周りを囲み、我先にと声をかけ始める。
「ええい五月蠅い! 何だお前たちは! 何故アデレイドに群がっている?!」
突然アデレイドを取り囲み、自分を無視する子息達をオースティンは一喝する。
そこに、集団の後ろから歩み出た男がアデレイドの隣に佇む。
「当たり前だよ。こんなに賢く美しくて爵位の高いご令嬢がフリーになったんだよ? 我先にとアピールして然るべきだね」
「ブライアン?! 何故お前がここに居る?」
彼の名はブライアン・フォッグ。公爵家の次男で、アデレイドとオースティンの一つ年上、三人の祖父の代が兄妹の為、二人の再従兄となる。
「アデレイドのエスコートだよ。どこかの誰かが、婚約者のエスコートをしないって言うからね。再従妹を一人で会場入りなんてさせられないよ」
「…っ」
ブライアンから正論を真正面から叩きつけられ、オースティンは言葉に詰まる。
ブライアンはアデレイドの周りを取り囲む子息達を目線で牽制し、手を振ると皆、未練を残しつつ下がっていった。
満足気に頷きつつ、アデレイドへと向き直ったブライアンは目線を合わせ口を開く。
「それでね、アデレイド」
「はい? 何ですか?」
「オースティンとの婚約無くなるみたいだから、僕と婚約しよう?」
「ええ、良いですわよ。ブライアンとなら安心です」
「やった! 嬉しいよ」
アデレイドの手を取り、甲にキスを贈りながらの提案はあっさりと受け入れられ、ブライアンは満面の笑みになる。近くに誰も居なかったら抱きしめて頬にキス位はしていただろう。
そんな嬉しさに浸っているブライアンにオースティンの不機嫌な声が掛かる。
「おい! ブライアン! その女は妹を虐める様な奴だぞ?!」
「そんな証拠どこにあるのさ」
「ケイトが教えてくれた!」
「え? 本人の証言だけ?」
「そうだ! ケイトが私に嘘を吐く筈がないからな!」
「うーん…」
オースティンの証拠にもならない暴論に、流石のブライアンも口ごもる。
確かにケイトは小柄な割に胸も大きく、瞳も大きめで小動物の様な趣がある。細身で一見冷たそうなアデレイドとは真逆のタイプだ。それに縋られれば、甘えられるのが大好きなオースティンは簡単に堕ちるだろう。
しかし、言われた内容があまりにも馬鹿過ぎて、何と言って良いのかすら思いつかない。
そこにアデレイドが、オースティンに話を振る。
「あの、ちなみにオースティン様とケイトは、これからどうなさるのでしょうか?」
「は? マルーン侯爵家を継ぐに決まっているだろう」
さも当たり前の様に言われ、一瞬アデレイドの時が止まる。
すぐに思考を戻し、説明をする。
「いいえ、それは無理です。まさか、王家がマルーン侯爵家を乗っ取るおつもりですか?」
アデレイドが発した言葉に、今度はオースティンが止まる。
次の瞬間、顔を赤くしたオースティンが怒鳴りたてる。
「…っ! 何故そんな話になる! ケイトは侯爵家の娘で私と結婚すればいいだけだろう」
「便宜上マルーン姓を名乗らせていますが、ケイトには侯爵家の血は入っておりませんし、後継の権利はありません」
説明するアデレイドに、オースティンがぽかんとした表情を向ける。
「はぁ? 侯爵と後妻の娘だろう?」
「元々、マルーン侯爵家正統の血筋は母です。父は伯爵家出身、義母は子爵家出身。そして、ケイトは義母の連れ子で義妹です」
「現在の侯爵の血を引いていれば、問題無いだろう」
「いえ、異母妹ではなく義妹。義母が平民だった時の前夫との子ですので、私の父と血は繋がっておりません」
「はぁ?!」
アデレイドが以前にした説明を理解していなかったのか、良い様に解釈していたのか、ケイトが勘違いしていたのか。オースティンは聞いた事が無い、と言わんばかりの表情をする。
「『マルーン家に婿に入られる方』というか、『私と婚姻する方』が侯爵になります。そもそも私が、侯爵家の仕事を引き継いでおりました。『王子妃』にはなりませんから、妃教育も受けていません」
「は…」
オースティンは、アデレイドが勉強で忙しいと言うのを、妃教育と勘違いしていた様だ。顔には明らかに、王子と婚姻するのに、王子妃にならないとはどういう事か? 知らなかった聞いてない、と書いてある。
「元々は、私との婚姻を機にオースティン様が臣籍降下となり、マルーン侯爵の位を譲り受け、父と義母は義妹を連れて領地に行く予定でした。その前に、義妹の婚姻を調えるつもりではあったようですが、中々上手くいかず…」
「素行悪いものね、その娘」
「ブライアン…」
上手く誤魔化しつつ話をしていたアデレイドに、ブライアンが豪速球を投げ込んでくる。
非難めいた目線を送るも、にっこり笑って流された。
「ハッキリ言った方が良いよ。平民育ちだからか分からないけど、普通の勉強もマナーの勉強もしない。家から抜け出して夜遊びする、貴族になった事を鼻にかけて平民と問題を起こす、貴族のしきたりを知らず顰蹙を買っているのに気付かない……色々聞こえてくるよね~」
「ああ…もぅ。中には知らない人も居たかもしれないのに…」
ケイトの婚約が中々調わない事や、素行について言及してくる貴族も居た為、色々な噂が流れているのは気付いていたが、知らない人にまでばらす必要は無かったのに……とアデレイドは額に手を置いた。
「ケイト……?」
「違っ…違います、オースティン様!」
疑いの目を向けるオースティンに、ケイトは必死にアピールをする。
「そんなだから皆、アデレイドの婚約が無くなると分かった瞬間群がったんだよ。アデレイドが虐めなんてする筈が無いからね」
「………」
「本当です、オースティン様! 無視されたり、厳しい事を言われたり…!」
ブライアンの言葉に、やっと違和感を感じ始めたオースティンは無言になる。その腕に縋りついて、ケイトは目に涙を浮かべ、自分の正当性を訴える。
それを見つつ、アデレイドは首を傾げながらケイトへ問いかける。
「貴女とは殆ど接触は無かった筈なのだけれど。学園ではクラスが違うし、屋敷で私は、お父様と大体執務室に居たわ」
「嘘っ! 私の事、見下していたじゃない!」
アデレイドは頬に手を当て、眉を寄せて言われた言葉を咀嚼する。
「見下す…? 覚えが無いわ。それに、数年の付き合いだと思ったから、何の感情も無かったけれど」
「それよ! 私を居ないように扱って! 私がどれだけ傷付いたと思っているの?!」
単なる居候の扱いと思っていた為、領地経営の勉強の忙しさもあり、それを割いてまで交流を持つ必要性を感じていなかったアデレイドは、その事でケイトが傷付くとは思っていなかった。
「……そうなの? そんな意図は無かったわ。……ああ、でも貴女の周りでは大きな声や音がよくしていたから、無意識に避けていたかもしれない。大きい音、苦手なの」
「……っ!!」
よく考えて答えを出したアデレイドに、顔を羞恥で真っ赤にしたケイトは言葉が出ない。確かに、面白くない事が起こるとメイドに当たったり、物を壊したりした事もある。
「ケイト…君は…」
「いや……そんな目で見ないで……」
「大げさに言って、自分に靡かせたかったんでしょ? 上手くいって良かったじゃない。二人でお幸せにね」
二人のやり取りで、アデレイドがケイトを虐げていた訳では無いと気付いたオースティンが、ケイトに向ける目は冷たい。
そんな二人の空気を理解しつつ、ブライアンはわざとらしく明るい声をかける。
「いや…アデレイドの無実も分かったし、ケイトでは侯爵家が……継げないのなら……」
「そんな都合の良い話が通るとお思いですか?」
ケイトとでは自分の思い通りに行かないと気付いたオースティンが、都合の良い事を言い出した。
それを冷たい一言でアデレイドが叩き切る。
「しかしっ! 私は騙されて…」
「何の確認もせずに、言われた事を鵜呑みにしていただけなのに?」
それでも尚、自分を正当化しようとするオースティンの言葉をブライアンが遮る。
「それ…は」
「先程、婚約破棄とおっしゃいましたし、ケイトを引き取って頂けるかの確認もしました。その際、決まっているとのお言葉を発せられましたよね? 王族として、自分の発言には責任を持って下さいますね?」
正論に返す言葉もなく、視線を彷徨わせるオースティンにアデレイドが畳みかける。
「だがっ…」
「それに、オースティン様は侯爵領にはご興味が無かった様ですし」
「は?」
どうにか言葉を紡ごうとするオースティンだったが、アデレイドの言葉に虚を突かれる。
「以前、領地経営など代理人に任せれば良いとおっしゃったではありませんか。……私、領地と領民を大事にして頂けない方とは婚姻したくありません。オースティン様から言い出して頂いて良かったですわ」
「だからっ! アデレイドとこのまま…」
婚約破棄を言い出しておきながら、それを無かった事にしようと焦るオースティンへ対するアデレイドは冷たい態度を崩さない。
「いいえ、それは認められません。ね? ブライアン」
「ああ。まさか再従弟が本当にこんな事を言い出すとは思わなかったけどね。侯爵と陛下には了承を頂いているよ。もし、婚約破棄等と馬鹿げた事を言い出した場合は即時解消を認め、再婚約は認めないと」
「父上が…?」
アデレイドがブライアンに話を振ると、頷き、促されるままに話し出す。……オースティンにとって厳しい内容を。
「侯爵家を継ぐ為の勉強もせず、婚約者とは別の娘と遊び歩く様な息子を持ったつもりは無いとさ。王太子殿下にも二人目の王子が生まれたし、安心して」
「それ…は」
王太子である優秀な兄と比べられ続け、反抗し、努力をする事も忘れ、フラフラ遊ぶ事を楽しんでいたオースティンにとって、それは耳が痛い話だった。確かに両親や兄から諫められた事もあったが、どうせ臣籍降下する身なのだし、王族で居る間位遊んでも良いだろう、と高を括っていたせいなのだから。
「オースティンとケイト嬢、二人の婚姻は認めてくれるって。王位継承権は無くなるけれど、領地無しで一代限りの子爵位はくれるそうだよ。二人で慎ましく暮らすには十分じゃない? おめでとう」
オースティンの少しの反省の気持ちも、続いたブライアンの言葉に怒りと共に吹き飛んだ。
こんなに簡単に、アデレイド達に有利に話が進む筈が無い。自分が領地無しの一代子爵にまで落とされるとはおかしい! そんな思いがオースティンを駆け巡る。
「何故第二王子たる私が子爵位にならねばならない! 納得できん! お前達がグルになって、私を嵌めたんだな?!」
「は?」
「でなければ、ブライアンがここに居る事も、父上達に了承を得る事も出来ない筈だ!」
怒りのままにオースティンは、アデレイドとブライアンを睨み、怒鳴りつける。
「いいえ? 数日前に、ある筋から情報提供を受けまして。オースティン様が卒業パーティで何かを企んでいるらしい、と。そんな中、エスコート出来ぬとご連絡が来ましたので、急遽ブライアンにエスコートを頼んだのです」
全く動揺の無いアデレイドは淡々と切り返す。
「頼まれた僕も何事かと、最近のオースティンの情報収集してみたら、不審に思う事が色々出てきてね。父から侯爵に話を通して一応陛下にも確認したんだ。まさか、本気でこんな馬鹿をやるとは予想外だよ」
「ぐっ」
アデレイドに視線で促されたブライアンも、自分の対応を淡々と話しながら溜息を吐く。
流石に分が悪いのか、オースティンの声は詰まる。
「ここで言い合いをしても、何の解決にもなりませんし、これ以上恥を晒すのもどうかと思いますので、移動した方が良いかと」
「そうだね。これ以上皆に話題提供するのもね」
「……っ」
周りをぐるりと見渡し、今更かと思いつつも、アデレイドは場所の移動を申し出る。
頭に血の上ったオースティンと、ここで静かに話し合いは無理だろうし、一応王族だし。これ以上醜態をさらされても困る。
直ぐにブライアンも同意してくれ、オースティンからの拒否も無い。
「父に使いを出します。出来れば王宮で三家集まり、話し合いをする方向で行きましょう」
「うん。それが良い。僕も父に使いを出すよ」
「宜しくお願いします。……オースティン様もケイトもそれでよろしいですね?」
「……ああ」
「……」
マルーン家とフォッグ家、そして王家の三家の話し合いを持った方が良いだろう。突然の話に、フォッグ家当主には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいのアデレイドであった。
憮然とした表情のオースティンと、俯き表情が読めないケイト。
登場時と違い二人の間には微妙な間隔があり、ケイトが手を伸ばそうとするも、オースティンの冷たいオーラにすぐ引っ込める事を繰り返している。
オースティンは言葉を発せようとせず、ブライアンは既に卒業している。
ここは自分が言うしかないのか、と小さく嘆息したアデレイドは卒業生の皆へ向き直り、笑顔を作る。
「それでは皆様、せっかくの門出の佳き日、お騒がせしてしまってごめんなさいね。私達は下がりますので、残りのパーティを楽しんで下さいな。ごきげんよう」
優雅に微笑み、軽く膝を曲げ礼を取ると、ブライアンのエスコートを受け、会場を後にする。
オースティンとケイトは勝手にすれば良いと、アデレイドとブライアンは後ろを振り向かずに歩く。
「変な事に巻き込んでしまって、ごめんなさいね」
歩みを止めぬまま、アデレイドはブライアンを見上げ謝罪の言葉を口にする。あの場では婚約と言ってくれたが、自分に恥をかかさぬ様、気を使ってくれたのかもしれない。
「ん? 僕にとっては好都合だったから全く問題無い。ホント、婚約者を選ぶのを引き延ばしていて正解だったよ。アデレイドと婚約出来るんだから」
嬉しげに微笑み、目を合わせてくるブライアンに本気かどうかの区別がつかないアデレイドは小さく嘆息する。
「ブライアンは引く手数多でしょうに」
アデレイドの言葉に、ブライアンは目を丸くする。
「あれ? 君、気付いて無かったの?」
「何にかしら?」
「僕の初恋がアデレイドだって事に」
当たり前の事を何で知らないのか? と言わんばかりのブライアンに今度はアデレイドの目が丸くなる。
言われた事を理解すると同時にアデレイドの頬は赤くなり、合わせていた視線を逸らす。
「……初耳だわ」
「そうなんだ。じゃあ、これから色々我慢してた事を出していくから宜しくね」
「我慢…? よく分からないけれど、程々でお願いします」
かろうじて絞り出した答えに、不穏な内容が返ってきた。…受けてしまった婚約を、少し早まったかと思い始めたアデレイドであった。
・王宮へ移動中の馬車の中での二人の会話
「そういえば、オースティンが婚約破棄を言い出さなかったら、どうするつもりだったの?」
「嫌々婚姻したと思うわ。王命だし」
「義妹と付き合ってたのも知ってたんでしょ?」
「ええ。ただ、ケイト以外にも遊んでいる娘達が居たし、単なる遊びと気にしてなかったわ」
「……アデレイド的には、婚姻後の予定はどうなってたの?」
「オースティン様だけ王都に置いて、私は領地で暮らす予定だったわ。代理人に任せきりなのも嫌だし、遊び人と暮らすのも嫌。とりあえず婚姻だけして、別居。どうにか白い結婚を貫いて、彼が何かやらかしたらそれを理由に離婚に持っていこうかと」
「中々の事を考えていたんだね……」
「軽い遊び程度では婚約の解消も認められないでしょうし、諦めていたの。本当に今回の事は、思いがけない幸運だったわ」
「あいつは……」
「元々恋も愛も無いけれど……いつの頃からか、出来の悪い弟みたいにしか見れなくなっていたのよね…」
「………」




