邊琉是舞舞襲来
勝子から格闘技術を教わった翌日。
耳をつんざくような爆音と共に数台のバイクが校門の前に現れた。
明らかに挑発を意図とした空ぶかしは、こちらが授業中である事などお構いなしに鳴り響き、授業は中断せざるを得なかった。
「おっ! ありゃあ珍走じゃねーか?」
麗衣は真っ先に反応すると、窓際にある俺の席の近くから身を乗り出して窓の外を覗いた。
授業中ではあるが、クラスの様子も窓の外に釘付けで、席を離れ窓際に集まる者も多かった。
教師は突然の出来事に事態の収拾も出来ず、只生徒等に混じって窓の外を見るしかなかった。
単車は盛大に騒音を立てながら校門の中に入ってくると、グランドの中央でグルグルと回っていた。
「アイツ等の目当てって……やっぱりあたしだよな?」
麗衣にそんな事を尋ねられたが、出来ればそうであって欲しくない。
「さぁ……例えば退学させられて学校に私怨がある人なのかも知れないよ?」
「まぁどっちでもいいさ。理由はどうあれ、珍走がそこに居るって言うならやる事は一つだ」
麗衣は教師に向かって声を掛けた。
「せんせーい! アイツ等あたしに挨拶に来たみたいなんで、ちょっくら話付けてきます!」
「よ……宜しい。くれぐれも問題を起こさないようにな」
髪がボサボサで、普段は生徒の会話も注意せず、いつも黒板に向かってブツブツ呟いている教師は麗衣を止める事も生徒達に落ち着くように促す事もしなかった。
「分かってますよ。穏便に済ませてきますから……。じゃあ武。行くぜ!」
まるでピクニックにでも誘うかのように麗衣は俺を連れ出した。
「ああ。……スイマセン先生行ってきます」
以降、俺は教師からも生徒からも苛められっ子ではなく、不良の問題児として認識されてしまうようになった。
◇
廊下を出ると、あたかも陰に佇むかのように勝子が待っていた。
「麗衣ちゃん、行くんだよね?」
「勿論。わざわざ来てもらったからには歓迎しなきゃな?」
「でも、麗衣ちゃんは喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「分かっているさ。白昼堂々珍走と喧嘩して退学なんて目も当てられねーしな。日時と場所を改めて、またお越しいただくさ」
「なら良いんだけれど……姫野先輩も来るって言っていたから、もし喧嘩になったら私達に任せてね」
怪我が治っていない麗衣に対する勝子の気遣いであった。
「姫野もそろそろ受験だからな……特に先公どもの前であんまり無茶させたくねーし、勝子だってそうだけどな。だから今日は喧嘩は無しにするつもりだぜ」
「私の未来は全て麗衣ちゃんに捧げるつもりだよ? だから遠慮しなくて良いんだよ?」
勝子は重い事をサラっと言い、麗衣は困惑の表情を浮かべた。
「勝子……あのなぁ……あたしはお前に……」
麗衣が何か言いかけた時だった。
「麗衣君! 大変だよ!」
三年が居る一階から、一年の居る三階まで姫野先輩はわざわざ来てくれたようだ。
「あ? どうした姫野? 珍走が来ているのが大変だって事か?」
「そうじゃなくて、DV野郎君が暴走族を目にすると、すぐさま校庭に行ってしまったんだよ」
DV野郎って、鮮血塗之赤道の特攻隊長。赤銅三兄弟の三男。赤銅亮磨の事か。
「そう言えばDV野郎この学校だったな。棟田のクソ野郎はあれ以来学校来てねーけどDV野郎は来ていたんだな」
「ああ。彼は同じクラス何だよ。暫くは学校に来て居なかったし、以前から特に話をする事も無いから絡む事も無かったけれどね」
それって偶然とはいえ、もの凄く気まずそうだな。
「まぁ、兄貴をぶちのめした姫野相手にわざわざ喧嘩を吹っ掛けはしねーだろうな。それよっか、アイツ結構強いから獲物取られちまうかもしれねーな?」
「どうだろうね? 僕としては共倒れして貰うのが一番だけれどね」
確かに今日来ているような連中をイチイチ相手にしていたらキリがない。
ある意味赤銅亮磨等は良い盾になるかも知れない。
そんな事を話しながら、俺達は校庭に出た。
◇
「テメーラ真昼間から、喧嘩売ってるのか? ああっ!」
既に赤銅亮磨と、鮮血塗之赤道のメンバーと思しき数名の取り巻きが暴走族と睨み合っていた。
「お前らが女に負けたっていうクソ雑魚集団、鮮血塗之赤道だろ? お前の面ならネットで観たぜ? 特攻隊長の赤銅亮磨サンよぉ?」
「「「はははははっ!」」」
暴走族達は一斉に笑い出した。
「あ? 何なら雑魚かどうか今すぐ試してみるか?」
「お前等雑魚に興味ねーよ。俺達が用あるのは麗の方だぜ?」
男はMarlPoloという銘柄の煙草の箱を開き一本抜くと、咥え煙草にジッポーの火を当てた。
「麗だぁ? 奴らに何の用だ?」
煙草を燻らせる暴走族のリーダーが亮磨に対して高圧的に答えた。
「俺達はニヤニヤ動画で麗に宣戦布告した邊琉是舞舞だ。で、俺は総長の身毛津守だ。さっさとアイツ等呼んで来いよ」
そう言えばニヤニヤ動画に幾つか麗に対して喧嘩を売っている暴走族のコメントがあったな。
というか、邊琉是舞舞なんて名前、ゲームヲタクが考えた煽りかと思ったら実在したのかよ……。
「アイツ等と会ってどうするんだ?」
「決まっているだろ? ボコって犯して動画にしてやるよ。今一番不良達の間でホットな話題の麗を潰せば邊琉是舞舞の名前もあがるってモンだろ?」
幾ら麗衣達が強いからって女子のチームを潰して名前を上げるつもりって、正気なのかコイツ等は?
「止めとけ。木乃伊取りが木乃伊になるだけだぜ? アイツ等は全員プロと遜色無いレベルの格闘技の使い手だ。とてもじゃないが只の暴走族が何とか出来る相手じゃねーよ」
「随分と麗の事持ち上げるじゃねーか? そっか! お前等負けたもんなぁ~弱いもんなぁ? そうとでも弁護しないとやるせないよなぁ~ぎゃははははっ!」
「なら弱いかどうか試してみるか?」
亮磨は身毛津の襟を掴み、前に押すように力を入れた。
「はっ! バカな奴! 俺の襟を掴みやがったな!」
身毛津は煙草を放り投げると、亮磨に押される勢いに逆らわず、後ろに回り、亮磨の体勢を前に崩した。
「なっ!」
バランスを崩した亮磨の後ろ腰に腕を回した身毛津は亮磨と重なり、両膝を伸展させ、引手と後ろに回した右腕を使い、亮磨を腰に乗せ前方に投げつけた。
「がはっ!」
不意を突かれた亮磨は受け身を取る事も出来ず、地面に腰を強く打ち付けた。
「あれは大腰か! 説明するまでも無く、柔道の使い手のようだね」
確かにあの投げは柔道を使う事は誰でも想像出来そうなものだが、技の名前まで言い当てるのは同じく投げ技を使う日本拳法の使い手である姫野先輩らしい。
身毛津の攻撃は相手を投げて尚終わらない。
地面はコンクリートではない為、相手を投げても致命傷には至らない。
土の地面は畳やマットよりはダメージは大きいが完全に相手を制する為には追撃が必要である。
身毛津は亮磨の右の体側に膝をつくと、右腕で亮磨の左側から首を抱え顔の前で両手を組む。
二人の頭の間に亮磨の右腕を挟み、その腕を右側頭部で圧して抑えた。
「ぐっ!」
肩ごと地面に固めることで抑え込まれ、絞められた亮磨は動く事も出来ない。
「肩固めか!」
姫野先輩は感嘆するような声を上げた。
「肩固め? 何だそりゃ?」
麗衣が姫野先輩に尋ねた。
「あまり聞き慣れない技かも知れないし、名前から勘違いされやすいけど、相手の頸動脈を絞める技なんだよ」
腕と肘で隠れた亮磨の表情は伺い知れないが、足は必死にブリッジのように両膝の上げ下げを繰り返し、必死に逃れようとしているのだが身毛津の体は岩の様に動かない。
暫くすると、亮磨の足はピクリとも動かなくなり、身毛津は亮磨を解放した。
「まじかよ!」
俺は思わず声を上げた。
亮磨は完全に落とされており、白目を剥いていた。