織戸橘姫野VS赤銅葛磨(2)チキンナイフ君の悪足掻き
「うわ……えげつない……」
倒れた葛磨の頭部を押さえつける事により、首を上げる事も出来ない状態にして側拳を振り下ろす。
後頭部にコンクリートの地面がある為、押さえつける事によりパンチの衝撃100パーセントの威力が伝わる。
格闘技の試合では有り得ないようなあまりにも危険なシチュエーションであった。
これならば男子よりも非力な女子であっても大ダメージを与えられるだろう。
「さて、総長君。まだ意識は残しているだろ? 今は僕が手心を加えた事は分かっているよね? これ以上戦おうというのならば……」
姫野先輩はノックするように葛磨の喉仏を軽く叩いた。
「ここに今と同じ奴を叩き込んでみたら、どうなるか分かるかい?」
急所である喉仏は鍛える事は出来ない。
成程。確かに、この状態ならば姫野先輩が男子よりも非力であったとしても一撃で戦闘不能に陥らせる事が出来る。
「や……やめてくれ! 勘弁してくれ!」
流石にこれ以上の抵抗は無駄だと判断したのか?
鼻がひしゃけ、鼻血で濡れた顔で葛磨は懇願した。
「じゃあ、負けを認めるかい?」
「ああ。俺の負けだ……」
小声で葛磨は敗北を宣言した。
「あと、鮮血塗之赤道は約束通り解散するかね?」
姫野先輩が再び軽く喉仏をノックする。
「あっ……ああ。鮮血塗之赤道は解散する」
「今後、鮮血塗之赤道の活動を確認したら例の音声は君らの実名と写真と共に動画サイトに流すから覚悟したまえ」
「約束する! 頼むから喉は止めてくれ!」
「よし。ならばこれ以上は止めておこう」
姫野先輩は葛磨の頭から手を放し、葛磨から離れる。
その時だった。
葛磨は立ち上がりポケットに手を突っ込むと、何かのグリップのような小さな金属の棒を取り出した。
「待てや! このアバズレ!」
葛磨は金属の棒をあたかもアクション映画のヌンチャクの様に鮮やかに振ると、刃渡り10センチぐらいの刀身が現れた。
夜の闇にも黒光りするその刀身を見て、それが何でナイフである事を理解した時、背筋が震えた。
だが、ナイフをみた姫野先輩はどういう訳か? 目を輝かせて熱く語りだした。
「ヘビーメタルが好きな僕の父親が好きな曲でね、アースシェイカーの”More”っていう曲があるんだけど、歌詞の一節にナイフに関するとても格好良い部分があるんだけれど20歳近い君が握りしめても様にならないね……知らないのか? 知らないか。ごほん。……まぁそれはとにかく」
ナイフを見ても臆する事も無いのは凄いが……。
喧嘩中にも関わらず流れた微妙な空気に咳払いしながら、似非雅先輩はクールダウンして話題を切り替えた。
「バタフライナイフか。正当な理由も無く刃渡り6センチ以上の刃物を所持していると銃刀法違反になるという事は知っているのかね?」
「んなのパクられなきゃ良いんだよ! それよっか鮮血塗之赤道の解散だ? 何でおめぇらの言う事なんざ聞かなきゃいけねーんだよ? 今ここでおめぇら麗の連中全殺しにすれば良いだけじゃねーか!」
「往生際が悪いね。女相手に素手で負けたら、次は刃物を持ち出すかね……こんな事なら君の今後の事など考えずに喉を潰して置けばよかったよ」
「たまたま足払いが決まって、そのまま止めさせば良かったのに残念だったなぁ。喧嘩ってのはよぉ、どんな手を使ってでも最後に立っていりゃいいんだよ!」
「……あれがたまたまと言うのならば、君の技量もたかが知れている。都市伝説君は勝子君と差がありすぎて実力がよく分からなかったけど、君よりはDV野郎君の方が強いんじゃないのか? まぁ、どんな手を使ってでも最後まで立っていれば良いというのは僕も同意するよ」
姫野先輩はウェストのポーチを開き、中を探る。
そして、ラバーのグリップに十字の鍔が付いた短い棒を取り出すと、軽く振った。
すると鍔の中から、先端が丸みを帯びたシャフトが伸びる。
姫野先輩が取り出したのは振出式で21インチ(約53センチ)程度の特殊警棒だった。
「警棒の所持も銃刀法違反になるけど、君はナイフだし正当防衛って事になるかな。まぁそれはとにかく、僕の流派はね、唐手と柔道じゃなくて柔術を起源と唱えている日本拳法界では異端扱いされている流派でね。徒手技法以外にも武器技法、例えば杖術や小具足(短刀術)も教わるんだよね。……君。腰が引けているね。もしかして人を刺した事が無いんじゃないのか?」
姫野先輩はさらりと恐ろしい事を言ってのけた。
「なっ……」
図星を突かれた事か? あるいは姫野先輩が警棒を取り出した事が予想外だったのか?
どちらが原因なのか不明だが、葛磨は何かを言おうした後、黙り込んでしまった。
「そろそろ分かったかね? 君は素手だろうがナイフを持とうが、この僕には敵わない。感情が認めなくても本能では気付いているんだろう?」
何やら厨二病的な物言いだが、格闘技と共に武道を志す姫野先輩が言うと何となく説得力を感じてしまう。
「るせーよ……たかが棒切れ出した位で有利になったつもりか? 良いぜ……始めて刺すのはおめぇにしてやるよ!」
葛磨は両手に持ったナイフを腰元に構え、突き出すようにして前傾姿勢で突進してきた。
「やはり素人だね。君は一体何の為に格闘技をやっているんだい?」
姫野先輩は体を右に躱し、ナイフをよけながら警棒を振り下ろし、上から強く叩き刃の方向を反らした。
そして振り下ろした警棒を逆手で振り上げると、葛磨のこめかみを痛烈に打ち据えた。
「ぐわあああああっ!」
こめかみを特殊警棒で殴られては堪らず、葛磨は悲鳴を上げた。
「ナイフなんかに頼ったらかえって弱くなったんじゃないか? これなら君のワンツーやハイキックの方がまだマシだね。……まだやるかい?」
素手と素手の対決であれば使う者同士、まだ葛磨にも勝ちの目があったが、武器と武器の対決では使う者と使わない者の戦いになり、葛磨がナイフを用いる事はかえって自分を追い詰めてしまった。
姫野先輩は自棄気味にナイフを振り回す葛磨の指を小手を面を次々と容赦なく打ち据える。
警棒がナイフの殺傷力に劣るとはいえ、リーチで圧倒的に上回っており、葛磨は姫野先輩に刃先を掠らせる事すら出来ず、一方的に打ちのめされ続けた。
◇
頑丈さだけで暴走族の総長に成りあがったのか? そう疑ってしまう程葛磨はタフだった。幾度も幾度も打ち据えられても、葛磨は立ち続けた。
「はぁ……はぁ……いい加減にしつこいね……頑丈さだけは認めてあげるよ」
一方的に攻め立てていた姫野先輩も疲弊していた。
「ハァ……ハァ……くそ……てめぇ……警棒なんぞ振り回しやがって……汚ねぇぞ!」
「……これは少々頭を強く打ち据えすぎたかね? 君が一度は降参したのにも関わらず、そんな物を振り回し始めたから僕も警棒を使わざるを得なくなったのだよ? これ以上は止め給え。只でさえ悪い頭が取り返しがつかない程悪くなるのでは?」
「ルセー! バッファルリンが切れたか、覚醒剤がねーから調子が出ねーだけ何だよ! 止めだ止めだ! もうタイマンは止めだ!」
思い通りにならない我儘な子供の様に葛磨は吠えた。
「お前等! コイツ等袋(叩き)にして輪姦ぞ!」
鮮血塗之赤道のメンバーは動揺してざわついた。
「おい……どうするんだよ?」
「どうするんだって……総長の言う事逆らえるかよ!」
「でもよぉ……コイツ等三人とも化け物みたいに強いぜ……」
「ああ……総長までボコボコじゃねーか」
「いや……麗も弱っているよな?」
「そうだよな……今なら勝てるんじゃないのか?」
マズイ!
麗衣達三人が憔悴しきった今、これだけの人数を相手にするのは自殺行為だ。
「呆れたものだね。総長たるものが敵わないからって約束を反故にするかい? チキンナイフ君」
三男・DV野郎君。次男・都市伝説君と来て、長男はチキンナイフ君か。
麗のメンバーにかかれば、暴走族の幹部達も形無しであった。
本当はこんな挑発をする余裕は無いはずだが、弱みをみせれば付け込まれる。
「約束なんか信じる方が馬鹿なんだよ! てめぇらは今から輪姦されてな!」
「良いのか! 動画サイトに君達の事を流すぞ! 最後の警告だ!」
別動隊が居る等ハッタリだが、これを信じ込ませるしかこの苦境を脱する方法は無かった。
「やってみろよ! そのサイトにおめぇらをボコって輪姦した動画を流してやるからよぉ? 誰かスマホで録画準備しとけよ!」
流石の姫野先輩も一瞬言葉を失った。
暴走族の約束の音声動画と、レイプ動画。
どちらの動画の方が興味を引き、アクセスが多いのか問うまでも無かった。
「……下種が」
姫野先輩は一言返すのが精一杯であった。
「ひゃはははっ! テメーラやっちまえ!」
遠巻きにしていた鮮血塗之赤道のメンバーは恐れながらも、麗衣達を取る囲むように徐々に距離を詰めてきた。