『貴方の寿命買い取ります』
「あー死にたいなー」
高校からの下校途中そう呟いた。
と言っても、自殺する度胸もないし、そこまで追い詰められているわけではない。鉄柱でも落ちてきて、ころっと死ねたらなと思う程度だ。
こんな気分の時は大抵寄り道をして帰る。少しでも人生に刺激を与えるためだ。
ふと、路地裏に入ると、『貴方の寿命買い取ります』と書かれたなんとも怪しい張り紙を見つけた。
なんかの宗教か?と思ったけど、なんだか面白そうなので、ドアに手を掛けた。
カランコロンカラン
中は、オシャレな喫茶店のようで、奥から落ち着いた声で、
「いらっしゃいませ」
と、英国紳士風のおじいさんがゆっくりと現れた。
「これは、これは、また一段と若いお客様がお越しなさったな」
と言われると、僕は何かに怖気づき、店を出ようとした。
「もしかして、寿命を売りたいのですか?」
僕は足を止め、聞いてみる
「それって本当なんですか?」
「本当だとも。まあ、とりあえず、席に座ってく下さい」
僕はカウンター席に座る。そしたら、温かいコーヒーを出してくれた。
「寿命を買い取るというのは、人生を諦めた人から、残された時間を貰い、それを未来がない人に渡すのです。」
「はぁ、そうなんですか。値段はどれくらいなんですか?」
「一ヶ月5000円で買い取らさせていただきます。」
僕は軽く相槌を打ちコーヒーを啜った。とても苦かった。
「じゃ、じゃあ、一ヶ月分売ります」
「かしこまりました」
そう言って、おじいさんは、店の奥に消えた。
「こちらを被って下さい」
メカニックな奇妙なヘルメットのような物を差し出しそう言った。
「は、はい」
僕は、言われた通りに被る。
「一ヶ月分でお間違えないですね」
「はい」
と言うと、おじいさんは、そのヘルメットのボタンをいじる。
「じゃあ目をつぶってください」
僕は静かに瞼を下ろした。
「終わりましたよ」
と言われ、目をさます。おじいさんは、茶封筒を差し出してきた。
中にはしっかり五千円が入っていた。
「貴方から貰った時間は、病気のせいでサッカーができなくなった少年にあげるつもりです。一週間後またいらしてください。その子のビデオをお見せします。」
僕は「はい」と言い、店を出た。
なんだか良い事をした清々しい気持ちになった。
それから一週間、初めて学校が楽しく感じた。
カロンコロンカラン
僕は、またお店を訪れた。
「いらっしゃ……あ、お待ちしておりましたよ。サッカーの少年は、貴方のおかげで、元気になりました」
「本当ですか!」
僕は、笑顔でそう言った。
「では、まあ座って、コーヒーでも飲んでください」
「ありがとうございます」
と言い、僕は座った。
「こちらのビデオをご覧ください」
おじいさんは、アナログテレビに電源を入れ、ビデオを再生した。
そこには、サッカーがとても上手い裕太君が、肺の病気で、余命一ヶ月と診断されてしまい、サッカーできなくなってしまうが、ある日突然治り、またサッカーを始めだしたと言うものだった。
「この子、貴方が救ったんですよ。彼は、もう『死ぬ』と言う時間を抜け出しました。これから、彼は、生き生きと生活するでしょう」
僕は、いつの間にか泣いていた。こんな自分の意味のない時間が誰かのためになったのがとても嬉しかった。
「あの、もっと時間を売る事ってできますか?」
「えぇ、できますよ。」
「じゃあ五年ぐらい売ります」
「はい、かしこまりました」
僕は、ヘルメットを被り、
「僕の五年間、いろいろな人に分けてください」
おじいさんは、「はい」とつぶやき、ボタンを押した。
「終わりましたよ」
と言われ、お金を受け取った。少しぬるくなったコーヒーを一気に飲む。とても甘くて美味しい。
「本当にありがとうございました。また、来週来ますね」
と感謝を伝え、ルンルン気分で店を出た。
明日が楽しみだ。自分の人生がこんなに鮮やかになったのは初めてだった。目に映る全てのものが美しい。
僕は、余りの嬉しさに天を仰ぐ、そしたら、鉄柱が落ちてきていた。