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第18話 美しい魔女(1)


 あっという間に日が経ち約束の日がやってきた。エヴァ・クワイエルが到着するまであと一刻、リーザは身支度をしながらも焦燥感やら絶望感やらで打ちのめされていた。


 扉にもたれかかって眺めているウィリアムは、最初こそ親身になって彼女を慰めていたが、だんだんと面倒になってきたのか時間が経つごとに返事が雑になる。


「ねえウィルってば……聞いてる⁉」

「聞いてる、聞いてる」

「適当に頷いてるだけじゃない!」


 文句も聞かずどこか遠いところを見つめているウィリアムに、リーザがわっと顔を覆った。そのあまりの鬱々しさに彼はうんざりとした顔で助けを求めた。


「メイさん、代わって……」


 鏡台の上を整理しているメイは苦笑いした。


「すみません、これから別の用事がありますので、もう少しお付き合いいただければ」

「もう少しっていつまで……?」

「リーザ様を庭園に送り届けるまで、です」

「つまりまだまだ続くってことか……」


 ウィリアムはがっくりとうなだれる。腰に差した剣が音を立てた。


 部屋中を片付けたメイは、これからの予定をメモに残して去っていった。受け取ったウィリアムは指先で摘みぼんやりと眺めた。小さく丸まった字がずらりと並んでいて、なかでも“エヴァ・クワイエルとの茶会”はひときわ丁寧な文字で書かれている。


「相変わらず忙しいのな、王女殿下の一日は」

「それでも今日はだいぶん楽だよ。お茶会がメインだから。緊張でお腹痛いけどね……」


 話題を間違えたことに気づくがもう遅い。リーザの弱音が再開されてしまい、彼はまたもや相槌を打ち続けるはめになった。「何を話せばいいのよ」やら「人選が間違っている」やら永遠に話し続けるリーザは、さすがに喉が渇いたのか水差しを手にした。


「そういえばウィルってエヴァ・クワイエルのこと何か知ってる?」


 冷たい水を喉に流し込んだリーザは多少すっきりしたのか落ち着きを取り戻した。ウィリアムはあからさまにほっとした顔でかぶりを振った。


「いいや、何も。そりゃあ“森の黒魔女”くらいは聞いたことあるけど、見たこともねえし。そもそも何がすごいんだ?」

「そう言われると難しいけど……すごく強い魔術師だっていうのは確かよ。大昔に大神殿と仲違いした一族で、それ以来独自の呪術を受け継いでいるの。神殿にはない魔術だからとにかく異質ね」

「え、呪うのか⁉ そんなのと茶会って本当に大丈夫なのか……?」

「さすがに白昼堂々と呪う魔術師なんていないよ。やるならやるでこっそりしなきゃ」


 リーザはくすくすと笑う。やっと調子を取り戻し始めたが、いざ庭園に向かう頃になればまた気持ちがぐらついていた。


 一昨日からずっとそうだ。気にしないようにすればするほど言いようのない不安感で泣きたくなるのだ。そのあたり割り切っているウィリアムにはほとんど理解できず、彼は困り果てていた。目的地は徐々に近づいているがリーザは未だ覇気のない顔でぶつぶつ呟いている。すぐ隣を歩くウィルは大げさなため息を吐いた。


「聞こえねーよ全然……」

「別にウィルに聞かせてるわけじゃないし」

「ずっとひとり言だったのかよ。怖いわ」


 リーザは肘で小突いた。ほとんど力をこめていないのに思いのほかいいところに入ったようで、ウィルは軽くうめき声をあげる。慌てて謝ってからリーザは歩く速度を緩めた。


「それじゃあ聞こえるように言うけど、本当にどうすればいいのよ。正体不明の恋敵と楽しくお茶なんてできるわけないじゃない……」

「それでも楽しくするのが仕事だろ」

「分かってる。分かってるけど、できることとできないことがあるの、私にも!」


 表情が硬くなる。その光景を思い浮かべるだけで色々なところが痛んだ。とは言えウィリアムの言っていることの方が正しいとも分かっている――――リーザは深呼吸する。


「これも私の公務の一つだし、責任だって感じているのよ。お父様はここでエヴァを手駒にしたいみたいだし、その方がきっといい。……やれるだけやってみる」

「よし、その意気だ! 気が変わらねえうちにさっさと行くぞ」

「あ、でもでもでも……」

「でもが多い!」


 ウィリアムに腕を掴まれそのまま引きずられるようにして歩く。こういう時のウィリアムは頼りになる。ありがたいと感じながら、ますます重くなる足を動かして着いていく。


 裏庭に出ると温室庭園はもうすぐそこだった。色づく木々の中にポツリと浮かぶガラス張りの建物はよく目立つ。透明なそれは遠くからでも中の様子が分かる――――女性の後ろ姿を見たウィリアムは手を解き、リーザに目配せした。


 リーザはこくりと頷くと背筋を伸ばして堂々とした歩みを取り戻した。動揺を押し隠し表情を作ればいつものリーザがそこにいた。


 二人は小道を通り、正面まで回り込んだ。ガラスでできた扉を押せば頭上でちりんと鈴が鳴ってリーザたちの来訪を知らせる。ずっと奥のテーブルについていた女性は立ち上がり深々と礼をした。


「……あれがエヴァ・クワイエルなのか?」

「たぶん」


 二人は小声で話しつつゆっくり距離を詰める。エヴァは身じろぎもせずそこに佇んでいた。恐ろしい噂からは想像できないほど凛とした雰囲気が漂っていた。


 二人はやがて口を閉じた。次第に明らかになる姿にウィリアムがはっと息をのんだのが分かった。静かな驚きばかりがあった。


 現実とは思えないほど美しい――――。


 ウィリアムはエヴァの類まれなる美貌に目を奪われ、瞬きもできていなかった。頬を赤らめることもできず完璧な美しさを前に呆然とするだけだ。


 リーザもまた圧倒されていたが、どちらかと言えば漠然とした恐ろしさを感じた。せり上がってくる違和感で喉が詰まりそうだった。


 こんなに綺麗なのにどうして――――その答えにはすぐたどり着く。彼女の瞳、鼻筋、唇、輪郭、すべてが整いすぎているのだ。言葉通り精巧な人形が動いているようだった。


 長い時間をかけてやっと対面したリーザとエヴァはお互いに微笑みかけた。


「ごきげんよう、王女殿下。お目にかかれて光栄です」

「こちらこそ。会えて嬉しいわ。……さあ、座って。美味しい紅茶を飲みましょう」



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