無い物
強い日差しが目を覆った。
「・・・・っん」
それを受けて僕はゆっくりと目を開こうとした・・・・がやっぱり眠かったのでこのまま二度寝に突入しようと思ったのだが何やらいい匂いが下の階から漂ってきた。
その匂いは僕の胃に直接刺激を与え、眠気が少しずつ取れていった。
今度こそゆっくりと目を開けたが直射日光が眩しく目をそらした。
「窓の近くにベットは置いちゃいけないな。」
と言い僕は体を起こした。
「そういえばあのまま寝ていたんだったな、それだけベットが気持ちよかったってことか。」
何でも初めては良いものだ。
「っと、さっさと下に行かないとな。人がいないうちに食事を済ましてしまおう」と僕は言い、続けて「副作用もどうにかしないとな」と呟いた。
幾ら『認識改変』で何とかしているとはいえ、根本的な解決にはなっていないのだ。これからもこうしているのも別に構わないが【狂魔法】の副作用をどうにかしたいと言う思いもある。
だが
「解決策が全く思いつかないんだよな~」
あったらこんなに悩んでいないのだ、こればっかりは力がどうとかじゃない気がする。はぁ、どうしてこう変なところで勘が働くのだろうか、またに自分が変な子なんじゃないかと考えてしまう。
「さて、と、やっと頭が動いてきたし行くか」
僕はベットを降り、下の階を目指して自分の部屋のドアを開けた。
♦♦♦
下に降り食堂に入った。
内装はどこにでもある店の物だ。ここは夜になると酒場になるらしく冒険者たちが集まってくるのだ。そう思うと昨日の夜は食堂で食べなくてよかったと思った。
絡まれる光景が目に浮かぶよ。
手ごろな一人席に座りテーブルに置いてある品書きを手に取り見てみたがどれもこれもおいしそうな内容だった。姿を見られても問題ない様になったら是非とも食べてみたいと思う。
「ああ、あんたかい。早いね、おはよう」
品書きを見ている最中に女将が出てきて話しかけてきた。
「・・・あぁ、・・・おはよう」
やはりどうも挨拶と言うのは慣れない。そんなことをして暮らしていなかった弊害だろう。追々直していかないとな。
「・・・・・・朝食を、頼みたいんだがいいだろうか」
自分から話しかけるのは、とてつもなく負担が掛かるな。
「ああ、すぐに出すよ。丁度、今さっき作り終えたところだったからね。」と言い、続けて「今更だけど食べられない物とかはあるのかい?」と聞いてきた。
「・・・・いや、ないな。」と僕は答えた。
それはそうだ。そんなことを思えるような生活をしたことがないのだから、好き嫌いなどできようものか。
そんなことを思っていると女将が「それは珍しいね。大概の連中は嫌いなものを持っているというのに」と意外なことを言ってきた。
「・・・そうなのか?何か原因でも?」と僕は言ったが大体は予想はついていた。
「・・・ここだけの話だけど、私の宿に泊まる人はそこそこ金持ってるようなやつだ。だからか好き嫌いのする輩が多いんだよ」と女将が言った。
「・・・・なるほど、それは仕方がないことかもな」と言って初めて気が付いたふりをした。
当然のように僕の予想は当たった。だてに6歳していないのだ。
「おっと、済まないね、話し込んでしまって。すぐに持ってくるよ」と言い女将は調理場に朝食を取りに行った。
女将が見えなくなると僕は「ふ~~~~~~」と息は一気に吐き出し脱力した。こんなところでも自分の至らなさが分かるのだから困ったことだ。この分だとこれから行かなきゃいけない店に入る時も大変だな、と考えため息をつきたくなったがこれも練習と思うことにして頑張ることにした。
何の練習かと言うとこれからを見据えてのことだ。処世術が上手いと人の世界では長生きするとどこかのことわざにあるらしい。実際僕もそう思う。言葉の有用性は誰でも分かるはずだ。
ここまで考えて思い出したのは屋敷にいた頃に懸念していたこと、つまりは貴族の厄介ごとに絡まれない、だ。思い出したらもう認めるしかない、自分の見通しが甘かったと。どちらにしても人の世界で生きるには貴族が関わってくる。大変面倒だが仕様がない、しかし出来うる限り関わらない様にはしたいので目立たない様にするしかないな。
丁度その時女将が「はいよ、お待たせ」と言って朝食を僕の目の前に置いてきた。
朝食の内容はひき肉と野菜が入った炒め物に季節の野菜が入ったスープ、そしてバターがたっぷりと入っているパンだ。どれをとっても美味しいこと間違いなしと食べてもないのにわかった。
僕は「・・・・あぁ、いただかせてもらうよ」と言ってスープからいただいた。右手前に置かれていたスプーンを右手に持ちスープを掬い口にゆっくりと含んだ。
美味しい、この一言で済ませられ、それ以外の言葉は無粋な気がする。そんな料理だ。
このスープは出汁をしっかりとっている。多分だが出汁をベースとして隠し味にコンソメと辛味のある調味料を使っているのだろう。少し辛く感じるがそのあとにゆっくりと出てくる深い味、だがそれでいてさっぱりとしているので飲みやすいのだ。しかも中に入っている季節の野菜に味があっているというのだから素晴らしい。
次に僕は炒め物を食べてみることにした。スプーンで掬い食べる。その瞬間ひき肉が口の中で一瞬溶けた。とても脂がのっていて濃い味だがそれでいてしつこくない、そこに歯ごたえのある野菜が合わさり見事な調和を生み出した。
もう一度口に入れながら僕はパンを手に取り齧り付いた。
あまい、バターの甘さが口いっぱいに広がり口の中をこれでもかと独占する。だが炒め物も負けてはおらずそこに上乗せするような味になっている。
「ふふ、気に入ってもらって何よりだよ」と誰かが言ったような気がしたが全く気にならなかった。今は食べるのに忙しいのだ。世間話なら後にしてほしい。
僕は食べ終わると幸福に身を任せた。
(やっぱりここのご飯は美味しいなぁ)と心から思っているとこの宿に泊まっている人たちが食堂に入ってきた。もう食べたしここにいる必要もないな、と考え部屋に戻ろうとした。
「・・・美味かった」
僕が言うと女将は「そうかい」と優しそうな微笑みを浮かべてこちらを見た。その視線はどうにも僕には耐えきれない物だったらしく目を逸らし少し速足で食堂を出ていった。
♦♦♦
さて、これから身の回りの物を買いに行かないといけないのだがそこら辺の記憶はさっぱりなので女将に聞くとちょっと遠いがなかなか質のいい服が売っているみたいだ。そのほかに腕のいい冒険者がよく使う店の場所も教えてもらった。
今そこに向かっているのだが今一度思い出して欲しい。僕は『消えし存在』によって姿を消し『認識改変』によって仮想の存在を出し色々と誤魔化している。しかもその仮想の存在は15歳を目安にしているときた。ここまで言えばわかるだろう?何が言いたいのかと言うと、このままでは6歳の僕にあった服を選べないのだ。由々しき事態なのだがこのことはもう解決済みだ。問題はない。・・・・・不備はあるが。
「く、クヨクヨしてても仕方ないよな、うん。当たって砕けろだ。」
砕けたら確実に面倒になるんだけどね。
「おっ、見えてきたな。あれが目的地か」
宿の女将に教えてもらった服屋に到着した。したのはいいのだが、・・・・・場違いに感じてどうも気後れする。世間知らずに加えて大した人格者でない今の現状に僕は少し涙目だ。
だがしかし、ここでゴマゴマしていても何の解決にもならないのは目についている。ならばこそここは男らしく堂々と行けばいいのではないだろうか。今さっき誓ったではないか。当たって砕けろと。殴って砕ける壁はないと。・・・・・いやちょっと待て最後のだけなんかおかしかった気がするんだが?なんだよ、殴って砕けたらそれもう壁の役割してないじゃないか。
アホなこと考えたからか緊張はなくなっていた。
「うん‼大丈夫」
さて、頼むぞ。成功してくれよ。
そう必死に願いながら服屋に入った。
♦♦♦
「いらっしゃいませ~」と服屋の店員の声が聞こえた。中はそこそこな広さだ。多分だが六畳間の部屋が10個以上はあるだろう。その店に並べられている服は店員が丹精を込めて精査したのかどこか誇らしげにしている気がする。僕が少し店内の内装に気を取られていると女の店員が近づいてきた。
「いらっしゃいませ、お二人とも今回はどんなものをお買い求めできたのでしょうか?」
その店員は20代前半位の女性でどことなくメイド服に類似しそうな服装をしており、髪は栗色で長く後ろに緩く三つ編みをしている、まさに大人の女性を表すかのような人だった。
まぁ、そんなことよりも・・・・・・お分かりいただけただろうか?
僕は一人で店に入ったはずなのに何故か二人いるのが当たり前のような響きのある言葉、・・・・・・・・特に謎ではない。
勿論ここでも『認識改変』が役に立った。最初は一つの認識しか変えられないと思い込んでいた、が、それは全くの誤解だった。
ここで『認識改変』の説明を思いだいてほしい。
―――相手の五感、魔法及び【能力】、第六感などの認識可能器官を阻害する。―――だ。
ここに変えられる認識の制限なんて何も書かれてはいないのだ。
必要なのは自分の【能力】への理解と熟練度だ。
理解は出来た、熟練度は少し不安はあるが問題ない、となれば必然的にもう一人の自分を認識させることも可能なのだ。
僕が認識させたのは今まで使っていた15歳程度の青年の僕の姿と僕そっくりにした6歳の子供だ。
当然だろう?ここに服を買いに来ているんだ。使えない物を買いに来たわけではない。これは自然の摂理と言い換えてもいいのではないだろうか。
「・・・・あぁ、うちの弟の服を買いに来たんだが子供用の服はあるか?」
無ければ来た意味が一瞬でなくなる事態だ。他に店探すの面倒だからあってくれ。
「ええ、勿論でございます。この店は貴族のご子息・ご令嬢に大変気に入られております。そのため0歳の赤子の服から揃えられているのです。」
なるほど、そんなに人気な店だったのか。でも値段はそこまで高くはないなどうしてだろう?
「・・・・よかった。ところで話は変わるが貴族がよく買いに来る店なのになんでこんなに値段が安いんだ?」
と僕が聞くとすぐさま店員が「この店は本来中級層の民家を狙い発足しました。ですが貴族がお買い求めに来られるようになってからはもっと値段を上げる方がいいと言う声も上がりましたがこの店のオーナーは方針を崩さなかったのです。それがこの店の服が安く感じる理由ですね。」と言った。
ふ~ん、方針を崩さなかったのは英断だけどこれを反対した人たちも多かったんだろうな。主に貴族とか貴族とか。
「っと、申し訳ありません。私としたことがつまらぬ話を長々と、それでこちらのお子様の服がご所望でございましたよね?」と店員が小首を傾げながら言い、僕は「・・・・あぁ、こいつに似合いそうな服全体を数着ずつお願いしたい」と答えた。
すると店員は目を輝かせながら「はい、承知いたしました。」と言った。だがいきなり、はっ、とした表情を作り「申し遅れました。私はこの店の副店長を任されております、アニエスと申します。以後お見知りおきを。」と自己紹介した。
その対応を見て呆気に取られ「あ、あぁ、ご丁寧にどうも僕は・・・・」と僕も自己紹介しようとした。だが続きが出てこなかった・・・・・・いや、無かった。
それも当然だろう。
名前なんて
僕にはないんだから。
「お客様?」と僕を呼ぶアニエスの声が聞こえ飛んでいた意識を戻し「い、いえ、何でもない・・・」と答えた。
訝しそうにアニエスが僕を見るがあまり詮索するつもりがないのかすぐに目を逸らし「では、僭越ながら選ばせていただきます」と言い、続けて「あちらでございます」と子供用の服があるであろう場所に案内しようとする。
それに僕はついていった。
自分を確定できる物が何もないことを実感しながら・・・・・・・。
♦♦♦
「ありがとうございました。また是非ともこの店、”アデライード„をご利用ください」と店を出た僕を見送るアニエスは言った。
そのまま僕は店を離れ手ごろな路地に入り座り込んだ。
「嗚呼、なんて様だ、僕」
感じてしまったのだ。
見てしまったのだ。
僕が必死に目を背けていたことに・・・。
自分が一人だと。
味方なんていないのだと。
そんな誰が見ても分かることを目にしてしまった。
初めて気が付いた。僕がここまで弱いことを・・・。いや、違う。最初から分かっていたじゃないか。弱いことが、分かりながらも、それでもと願いながら、強くなったんだ。
いまだ弱いことにも気づいていたじゃないか。
だから、だからこそ今、ここにいるんだ。
そう、僕は何一つとして変わってはいなかった。
ならばこそ、僕は強くなれるんだ。
僕が僕である限り、僕はどれだけでも強くなる・・・・なれる。
目指すものは生き残ること・・・・・・だけな訳がない。
ほんのありふれた幸せ、それを掴むために。
それが、僕が一番最初に願った思いだったのだから。
僕は立ち上がり歩き出した。
それに気が付いたのだからもううじうじなんてしていられない。次は図書館に向かおうと思う。今最も調べたいのは強くなれる場所、それだけだ。その手掛かりはタベルさんの記憶にあった。
そこは魔物が尽きることはない場所、迷宮と呼ばれる場所があるらしい。
だが僕はそのことよりも別の記憶に注目した。
それがこの迷宮があることに関してはどんな人間でも知っている、だ。
ならば何故、記憶を奪った盗賊はその事を知らなかったのか。
あまりに不可解過ぎる。
・・・・どうやら本気で『無垢なる怪人』にヤバイ匂いを僕は感じてきた。
はぁ、ま、いい。あまり関わろうとしなければそっちは問題ないはずだ。
おっと、今はそれよりも迷宮のことだ。どうやら王国には五つの迷宮があるらしい。もっと深い情報が欲しかったのだが、タベルさんの記憶にはここまでのことしか知らなかった。なのでもっと明確な情報を手に入れるために図書館に行こうとしているわけだ。
と、考えていたら〔国民掲示板〕と書かれた大きい板が張ってあり、そこに貼られている紙が目に入った。それは建国記念祭と呼ばれるお祭りがあると言う報告の様なものだった。
「たしか、アニエスも言ってたな」
6歳の僕の服を選んでいる最中に世間話程度に教えてくれたのだ。
ついでに言うと今の僕の格好は中に白のシャツを着て、黒の長ズボンにこれまた黒のパーカーだ。
これを着るまではぼろ雑巾の様な格好だったので見る人が見れば随分と変わって見えているのかもしれない。
建国記念祭は10日後、つまりは僕が王都を出発した後なのだ。僕も見てみたい気持ちもあるのだが正直言って面倒とも思っている。・・・・・なんて面倒な性格をしているのだろう、僕。
・・・・・もう、行くか、図書館。