スタドリ漬けの異世界デスマーチ
収穫祭を起源とするハロウィン限定イベントクエストはPVP形式。
つまりプレイヤー対プレイヤーの争いは、景品の豪華さも相まって苛烈を極めた。
戦いに拍車をかけたのが、イベント最終日に突如実装されたスタミナドリンクグレート。
何でも【秘薬成分配合】とやらで、対人戦のポイントが三倍になる壊れ仕様の課金アイテムと来た。
何本目かのスタドリGをグイッと飲み干すと、次の得物を探し・・・
おいおい、またお前か。勘弁してくれよ。
エンカウントしたのは、赤い鎧の美しい女剣士。このイベントでやたら出会う気がする。
こんな綺麗な娘に執着されるなんて大歓迎なんだが、生憎と今は時期が悪い。悪すぎる。
どうやら俺との実力が拮抗しているらしく、赤い剣士との戦いはなかなか決着が付かないのだ。
互いに格下を多く狩ったほうが得点効率が良いだろうに。
ひょっとしてこの娘、俺に気があるのか?
~アイテム製造エリア スタミナドリンク生産ライン~
「ねえねえ、お兄さん」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ。 エラーが出たか?」
ゴウンゴウンと低い音を唸らせて動き続けるベルトコンベア。
その上を次から次へと流れていくドリンクボトル。
ここアイテム製造エリアは文字通り、主人公用の消費アイテムの一大製造拠点であり、回復ポーションからガチャチケットまで多くの品々が日々製造されては、市場あるいは主人公へ直接出荷されている。
そんな大工場の一角にあるスタミナ回復アイテム”スタミナドリンク”の製造ライン。
通称”スタドリ”の行列を凝視しながら、騎士が答えた。
「この仕事、いつまで続くんだろうねえ」
「仕事が終わるまでだ」
「そっか~。 終わるまでか~」
ろくな休みも取らずに働き続けてそろそろ五時間。
普段なら意味も無く元気な箱も休み無しの労働に辟易したらしく、声に疲れが見える。
そのまま黙り込んでしまったことで、二人の周囲をコンベアの音だけが包んだ。
ゴウンゴウンと音だけが鳴り続けた三十分の後、再び箱が口を開く。
「この仕事、いつ終わるんだろうねえ」
「流れが続く限りだ」
「そっか~。 続く限りか~」
こうして再び黙って作業を続ける。音を出すのはコンベアのみ。
製造ライン主任から来た連絡では、スタドリGの予想以上の売れ行きに緊急増産が掛かったそうだ。
なんでも特別仕様のスタドリ生産ラインはこの一本しか設けていないので、このままではイベント終了までフル稼働になる見込みらしい。
なんとか乗り切ってくれという主任の言葉を、騎士は脳裏から振り払う。
内容:アイテム製造ライン作業員
時間:イベント期間
報酬:時給八百GP
特記:のんびりした職場での簡単なお仕事です
本日の仕事はスタミナドリンクの生産ラインにおいて、コンベアを流れるボトルを検品する作業員。
倒れたボトルを起こすのが騎士の役目であり、【秘薬成分配合】ラベルが貼られていることを確認するのが箱の役目であった。
十分な生産ラインが引かれているスタドリ製造工場の仕事は、割とのんびりしている反面、給料も安い。
本来ならそう言う職場だったはずなのだが、突如の新製品発売は百戦錬磨の騎士をもってしても予見できるわけも無く。
途切れることのないボトルの列に、二人は休憩すら取れず仕事をする羽目となっていた。
「それにしても暇だねえ。 エラーなんか出ないじゃん。 ダレちゃうよ」
「・・・」
コンベアの音を縫って聞こえた箱の呟きに、つい同意しそうになった言葉を騎士は飲み込む。
仕事中は常に集中しろと日々言い聞かせている手前、認めてしまうと示しがつかない。
責めて仕事に動きがあればまだいいのかもしれないのだが。
一万本に一本有るか無いかの倒れたボルトを見張り続けるというのは意外に精神に来るようで、仕事に貴賤など無いという持論の騎士ではあったが、しばらくはコンベア関係の仕事は避けようと思った。
それからさらに時間が経ち、ようやく終業三十分前となった。
つまるところハロウィンイベントの終了三十分前ということである。
主人公が最後のラッシュをかけているのだろう。スタドリGの在庫数が更なる勢いで減り始め、騎士たちの仕事も最後の山場を迎えたころ。
箱が焦りを含んだ声を挙げた。
「お、お兄さん! 大変だよ!」
「どうしたハコ。 エラーか」
「そうじゃなくてシールが無くなりそう!」
そう言って隣の作業機械を指さした。
二人の作業席の間には作業アームの付いたラベリングマシンが置かれていて、騎士が流したボトルにこの機械がラベルを張り付け、それを箱が確認するという流れなのだが。
どうやらそのラベリングマシンが貼り付ける【秘薬成分配合】ラベルの在庫が切れようとしているようだ。
ライン主任からは十分な量を用意したと言われていたのだが、それを上回る勢いで売れているのだろう。
こうしているうちにも機械内のラベルはどんどん減っていく。
「急いで追加を印刷しろ。 最初に習っただろう」
「うええ! わ、わたしが? 出来るかな」
「文字を撃ち込んで印刷ボタンを押すだけだ」
本来なら自分がやるのが最善だとは思うのだが、騎士はコンベアから目が離せない。
万一倒れたままのボトルがラベリングマシンに取り込まれると、エラーを起こして製造ラインが止まってしまうのだ。スタドリGを生産する特別ラインがここ一本しかない以上、そうなると最悪在庫切れになることすらありうる。
なに、難しいことでは無い。
後ろの印刷機に文字を入力すれば、新たなラベルが出てくるだけの作業だ。
いくら箱でもそれくらいなら問題なくこなすだろう。
そんな騎士の期待を打ち砕いて、印刷機の前の箱が尋ねた。
「ええと、お兄さん。 あのね、なんて文字だっけ?」
ラベル確認担当のお前が、なぜそれを聞くんだ。
そう怒鳴りたいのをなんとか我慢して、騎士は答えた。
流石にその声は、怒りを噛み殺した普段よりも低いものであった。
「【秘薬成分配合】だ。 しっかりしろ」
「え、ああ、そうだったね。 ごめんごめん」
騎士の言葉に、彼の立腹を感じ取ったのだろう。
箱は言葉を聞くとよく確認もせず、そそくさと印刷機に取り付く。
未だコンベアのゴウンゴウンと言う音が鳴り続けていた。
~アイテム製造エリア ガチャチケ印刷ライン~
「ホントにごめんね。 お兄さん」
「わかったからもういい。 それよりも仕事に集中しろ」
コンベアの上を裁断前のガチャチケシートが流れていく。
翌日、二人は再びアイテム製造エリアで仕事をする羽目となった。
昨日との違いはスタドリ生産ラインではなく、ガチャチケ生産ライン担当と言う点。
今回のPVPイベントにおいてキーアイテムとなった新商品スタミナドリンクグレート。
それに問題が発見された。イベント終了十分前辺りから出回った一部のロットに欠陥があったのだ。とは言え効能自体には何ら問題は無く、【秘薬成分配合】ラベルの文字に僅かな誤植があったというだけなのだが。
NPCたちが行うべき仕事においてミスを犯し、損害を発生させた場合に運営NPCから課せられる懲罰労働。
騎士たちはガチャチケ生産ラインで、印刷ズレが無いかを確認する仕事を命じられた。
損害の軽微さからかなり軽いものとなったのは不幸中の幸いというべきだろう。
一万枚に一枚も発生しないという印刷ズレを探しながら、箱が口を開く。
「これってさ、今回の詫びチケなんだよね?」
「そうだ。 不良品を買った主人公に個数分だけ配られる」
ラノベリオンのゲーム内において何らかの不具合や問題が生じた場合、その被害者に謝罪品が送られることがある。軽微な問題の謝罪品としては無償でガチャを回すことが出来るガチャチケットが多いのだが、これは俗に”詫びチケ”などと呼ばれていた。
「じゃあさ、もしその詫びチケでSレア装備なんか出ちゃったら、わたしたちの責任になるのかな!?」
箱が不安交じりに言う。
自分の不注意で問題を起こし、騎士にまで迷惑をかけたこと。
その割に懲罰が思った以上に軽かったことで、柄にもなくアレコレと考えてしまったようだ。
「それなら大丈夫だ」
ほんの少し箱の成長が見えたようなことに気を良くして、騎士は答えた。
「昨日と違って、このラインは特別じゃないからな」
くそったれ、まだ勝負がつかねえ。
さっさと決着付けて、ザコ狩りに行きたいところだってえのに。
立ちはだかる青い鎧の女剣士が不敵に笑う。まったく憎たらしいほど綺麗な顔だ。
こんなPVPイベントでもなけりゃあ惚れてたところだ。
そんなことを考えていると、おもむろに青い剣士は俺に何かを差し出した。
何かのアイテムか? あれはスタドリ?
ラベルの一部が指で隠れているが、イベント限定のスタドリGらしい。
意味が分からねえ。なんで腐れ縁の俺にこんなものを送りつける?
ひょっとしてこの娘、俺に気があるのか?




