回復職が異世界無双して何が悪い
今年も聖誕祭がやって来た。
聖地の霊峰をひたすら登る聖職者専用イベントだ。
今回のランキング戦イベントにおいて、俺が狙うはただ一つ。
この世に二つと無い死神殺しの神器「刈り手刈り」。
その伝説の剣はイベント終了時に山頂に近い上位二名にのみ託されるという。
ランキング絶対強者であり法王の異名を持つアレク氏を除外すると、残る枠はただ一枠。
それは教皇の異名を持つ俺にこそ相応しい。
しかし・・・・、まただ。この感覚。
このイベントでは必ずと言っていいほど、下からあの聖騎士の手が伸びて来る。
ただ一人、いつも執拗に追いすがる幽鬼のようなあの影が。
いや、男同士の戦いに言葉は不要。もはや語るまい。
俺はただ頂だけを見上げて、この聖なる山を登り続けた。
~イベントエリア「霊峰」~
「ねえねえ、お兄さん」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ。」
切り株に腰かける騎士は、山の景色を眺めながら応えた。
円錐形にそびえる独立峰の地形と、それに巻きつくように設けられた登山道。
遠くから望むとまるでドリルのように見える霊峰の中腹にある第五休憩所に二人はいた。
イベントに参加した他の主人公たちも、いずれここに辿り着き休息を取るであろう。
「今回の仕事って、結局何をやってるのかまだわかんなくて」
「何がわからない」
箱が難しい顔を浮かべて今回の依頼票を覗きこむ。
そこにはこう書かれていた。
内容:聖職者限定ランキング戦イベントの発揚
職場:イベントエリア「霊峰」
時間:一日
報酬:売上高による歩合給、その他実績給有り
特記:翌日の日の出が終了時刻となります
「”ランキング戦”ってのはわかるよ? 稼いだポイントとか倒した敵の数を争うやつ」
「今回は山を登った高さ比べだ。 期限までに一歩でも登山道を進んだものの勝ちとなる」
「でもそれって主人公同士がやることじゃん。 なんでわたしらNPCが参加するの?」
「ああ、そういうことか」
ラノベリオン世界をより存続・発展させるため、運営NPCは様々な活動を執り行う。
そのうちの一つが、主人公を飽きさせないために矢継ぎ早に企画・発信されるイベントの数々だ。
このランキング戦イベントもそれらイベントクエストの一種であり、イベント期間中にある一定の行為によって手に入るポイント数を競う形式となっている。
特に主人公同士の競い合いはイベントが白熱しやすく受けも良いため、長期的大規模なものから短期的小規模なものまで、ラノベリオン世界では多様なものが随時行われているのだが。
その反面、大なり小なり問題が生ずることもしばしば。
箱の疑問を解消すべく、騎士は依頼票を指さして答えた。
「見ろ。 これは”聖職者設定”を有する主人公限定のイベントだ」
「それって僧侶とか神官とか? ずいぶんニッチなところを狙ったもんだねえ」
「まあ色々と理由はあるんだがな」
それは詰まるところ、救済イベントの意味合いが強い。
長期ランキング戦やギルド戦など、多様な主人公が入り混じる大型イベントではどうしても成果が見劣りしてしまう回復役に対しての補填イベントなのだが、まだ経験も知識も浅い箱には深く説明することも無いだろうと、騎士は曖昧に答えた。
「それで? 限定イベントならなおさら、NPCが邪魔しちゃ悪いじゃん」
「ところがだ。 この”聖職者設定”イベントは特に参加者が少なくてな」
「あちゃー。 やっぱりニッチ過ぎるんだよ。 それで?」
「そのため一部の主人公が毎回、上位報酬を独占する事態になっている」
この手のイベントにつきものなのが、装備やスキルといった入賞報酬の数々。
最上位報酬ともなれば並べて高性能なのだが、当然ながらその配布数は少ない。
その理由は、ゲームバランス保持や課金ガチャへの影響など。
主人公それぞれが描く物語への影響も無視できない。
例えば日常グルメ系ラノベの主人公に対し、敵を一刀両断する肉斬り包丁を下手に与えると物語の世界観をぶち壊しかねないのだ。
よって最上位報酬は長期イベントでは上位五名まで。短期イベントでは上位二名までと、配布数をきつく絞られていることが多い。
「そうなんだ。 やっぱり独り占めは良くないよね。 他の人たちがやる気無くしちゃう」
「まあ、間違いではない」
「わかった! それでお兄さんはあの人を追いかけ回してるんだね?」
箱が見上げるのは、二人が今いる第五休憩所から一本上を通る登山道。
霊峰をぐるりと一周すると辿り着く場所には第六休憩所が設けられており、立派な神官服の主人公が木に背を預けて休んでいた。
全身が薄ぼんやりと光り輝いているが、あれは今回の登山イベントに特効能力を持つ課金アイテム”軽身薬”を付加しているからだ。
それによって一定歩数の間、二倍の速度で山道を登ることが出来る。
課金アイテムを駆使してスタートダッシュをかけたこの主人公は現在ランキング二位。
その後を三位の騎士が追うかたちとなっている。
「独り占めする悪いやつを懲らしめるんでしょ!?」
「そうだな。 まあ、その認識でも構わないが」
「なんだようお兄さん。 さっきから歯になにか挟まったような物言いだね」
謎が解けたと思った矢先の歯切れの悪い回答に、箱が首を傾げた。
しかし騎士にとって、さらには運営NPCにとって、一部の主人公による報酬独占など本来は大した問題ではない。
懸念すべきは、入賞者が毎回固定されるとそれに追随しようとする競争者が出て来なくなること。
積極的な競争が起こらなければ、必然的にランキング戦は低ポイントで進行する。
そしてそこからつながるイベントガチャ課金の不振と、回復アイテム消費量の減少こそが問題なのだ。
だからこそイベントを盛り上げ、順位争いを激化させるために用意されたサクラ役が今回の仕事なのだが、さてどこまで説明したものかと騎士が思案する。
その矢先。
「あ! お兄さん! あいつ動いたよ!」
箱が声を挙げた。
追っているあの主人公が動き始めたのだ。
消費したスタミナがいくらか回復したようで、更なるポイント稼ぎのため登山を再開するのだろう。
騎士は敢えて主人公を見上げることなく、背を向けたまま気配のみで動向を探った。
三位の動向を伺っているであろう彼に対して、”順位など意識していないアピール”をしていることをアピールするためだ。
それをどう受け取ったのか定かではないが、主人公が反応を見せる。
「ああ、今晩から夜勤か。 だるいなあ」
独り言にしては随分と大きいその呟きが、こだまとなって霊峰に響いた。
そして確かに、騎士の背中には彼の視線が突き刺さっていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
しばらくの間、流れる沈黙。
やがてその主人公は再び歩みを進めると、第六休憩所から姿を消した。
妙な緊張感に思わず口をつぐんでいた箱がようやく喋る。
「ねえねえお兄さん。 今のなに?」
「口三味線で俺の出方を伺っているんだ。 あの言葉自体に意味は無い」
「なんだかよくわかんないね。 それで追い掛けなくでいいの?」
「まだいい。 やつは恐らく第六休憩所を出たところで身を潜めているはずだ」
「なにそれ? さっぱりわからないよ」
とっくに主人公が消えていった第六休憩所の出口を見上げる。
奴とて終盤のラッシュに備えて、スタミナの無駄な消費は控えるはずだ。
ましてこれ以上回復アイテムや課金アイテムの買い足しは避けたいに違いない。
そう考えていられる程度には、二位と三位のポイント差を調整してある。
こうして箱の疑問を置き去りにして、たっぷり二時間が過ぎたころ。
辺りは帳が落ち始め、夕日も地平に隠れようとし始めた。
あの太陽が再び顔を出す時がイベントのタイムリミットだ。
「さて、俺たちも”夜勤”とやらに行こう」
「りょーかーい」
騎士もまた、その腰を上げた。
主人公であればスタミナがほぼ全快する予定時間が過ぎたのだ。
それはNPCにとっては存在しない概念なのだが、動きが監視されている現在は話が別である。
考慮しないで下手に動くとBOTだ改造だと言われかねない。
こうして第五休憩所を出た騎士を目がけ、やはり上から視線が突き刺さった。
あの主人公のものであろう。二時間以上も下を監視していたとはご苦労なことだ。
騎士はそれを意に介せず、独り言にしては大きい声で言い放った。
「スタミナ回復ドリンクが底を尽き申した。 もはやこれまででござる」
あの下らない心理戦に対するせめてもの意趣返し。口調もふざけてやった。
油断でも疑心暗鬼でもどちらでもいい。これであの男がもうしばらく足を止めてくれれば儲けもの。
「ぬう。 ”軽身薬”が無いのは辛いでござる。 やはり二位には追いつけぬでござる」
悪乗りついでにもう一言。そしてわざとらしくため息をつく。
自分でも嫌になるくらいの三文芝居だが、別にあの主人公を騙そうとは思っていない。
今しばらく無意味に垂れ流すこの情報に食いついてくれればいいだけだ。
上から転がって来る小石の音を無視すると、騎士は遅い足取りで登山道を進み始めた。
その背中に、箱が小声で何度目かの疑問をぶつける。
「お兄さんお兄さん。 あと一つだけ質問」
「なんだ? まだ何かあるのか」
「お兄さんが二位の人を追い掛けて、より課金させようとしてるのはわかったよ」
「ようやく理解できたか。 この仕事は言わば牧羊犬だ」
「でもその割には随分ゆっくりじゃない。 もっと追い立てなくていいの?」
「なに。 追うだけが牧羊犬の仕事じゃない」
足止めも立派な任務である。
主人公が今しばらく様子見に回ってくれればいい。
終盤のラッシュが始まるまでの間、三位の騎士にのみ注視してくれれば充分なのだ。
「それに・・・」
騎士は闇夜に溶け込もうとしている山頂を仰ぎながら答えた。
「なにも牧羊犬は、俺一人とは限らんだろう」
~NPC派遣センター地下食堂~
「お兄さん、残念だったねえ」
「何がだ?」
「頑張ったのに、結局十位にも入れなくてさ」
箱は骨だけになった二本目の肉から口を離すと、ふうっとため息をついた。
どうやらこの相棒は結局、今回の仕事の仕組みを完全には理解しきれなかったらしい。
「NPCが入賞したところで主人公用の報酬は貰えん」
「そうなんだ」
「それに予想以上の報酬額が手に入ったんだ。 何の問題も無い」
掲げたGP袋がジャラリと音を立てる。
一旦仕掛けが決まると、見返りが大きいのが歩合給のいいところだ。
あの後、ランキング戦イベントは大荒れに荒れた。
それは九人の主人公による二位入賞をめぐった修羅場。
聖地霊峰には似つかわしくないほどの骨肉の争いであった。
騎士同様に、十位入賞枠を追い立てるサクラ役のNPCが上手い具合に発破をかけたらしい。
二位の主人公が三位の騎士に気を取られて足を止めている間に、四位から十位の後続グループが団子状態となって二位入賞圏に追い付き、戦いは泥沼と化した。
もしあの主人公と騎士がもう少し登山距離を稼いでいたら、あわよくば二位という欲が巻き起こした悪夢の連鎖は起きていなかっただろう。
それが激化するにつれ、イベント特効ガチャは回り、”軽身薬”とスタミナ回復アイテムの空容器が霊峰もかくやという高さに積み上がっていく。
その地獄絵図を見届けた騎士たちサクラ役NPCは十分な成果を確信し、上位争いからひっそりとフェードアウトしたのだった。
「そういやあの主人公ってどうなったんだろう?」
「なんとか二位入賞を死守したらしい。 当分はスッカラカンだろうがな」
「じゃあ最上位報酬を取っちゃったんだ。 なんだかおぞましいねえ」
そう言いながら箱が噛り付く、普段より少し豪華な晩餐。
それに大きく貢献した男に対して、あまりにも辛辣な意見であった。
「それにしてもさ、報酬が”この世に二つと無い神器”って設定、ツッコむところだよね」
「なんだ。 よくある設定だろう。 武器としての性能も申し分ない」
「お兄さんも案外鈍いねえ。 あのさ、上位二名が貰えるならこの世に二個もあるじゃん」
いつもは教わる側の箱が、一本取ったとばかりに騎士に高説を垂れる。
しかし残念ながらまだまだ考察力が、そして経験則が足りていない。設定は何一つ間違ってはいないのだ。
あの武器は正真正銘の神器。
下手に複数をばら撒くとゲームバランスを崩しかねないほどの。
「さっきも言ったが・・・」
ゆっくり飲み干したジョッキをテーブルに置くと、騎士は再び言った。
「なにも牧羊犬は、俺一人とは限らんだろう」
それは凄惨な戦いだった。
眼下に追いすがる亡者、亡者、亡者の群れ。
あの聖騎士すらその波に飲まれ、流されていくほどだ。
流石の俺も総力戦にならざるを得なかった。
お陰でアイテムも財布もスッカラカンだ。
しかしその甲斐あって、無事「刈り手刈り」を入手することが出来た。
感慨に打ち震えているところに一位のアレク氏からねぎらいのメッセージが飛んできた。
このイベントのペースメーカーである氏にしては、今回はやけにスローペースだったが、案外俺と同じく懐事情がカツカツだったりするのだろうか。
浮かべた笑みを噛み潰すと、俺はさっそく返事を書き始めた。