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パペットマスター異世界戦記

意見も言わず意思も示さず、愛想笑いを浮かべる。

そして人の指示に従うだけの俺に付いたあだ名は人形(パペット)だった。

その日も、前に跳ぶか後ろに引くかを迷ううちにトラックに轢かれ、異世界に来た。

望むものを三つまで与えると女神に言われたが、使い道を決めきれず保留する始末だ。

しかし下手にチートスキルや強力な装備など貰ってしまったら、何かと面倒になる。

矢面に立たされたり、決断を迫られたりする展開はまっぴら御免だ。

そこまで考えた俺は、保留中の望みを使って仲間を手に入れることにした。

仲間がグイグイ引っ張ってくれて、俺がやれやれと付いていくのが理想的だ。

無論、活発的で勝気な美少女に限る。

 ~中央物流センター 総合物販所~


「ねえねえ、お兄さん!」


 箱が呼びかける。


「どうしたハコ。 欲しいものは決まったか?」


 ラノベリオン世界において商品の流れを一括管理する中央物流センター。

 その一角に設けられた総合物販所は各地の武器屋・道具屋とつながっており、日々多くの主人公(プレイヤー)やNPCで賑わう。

 騎士は最新工具の陳列棚から視線を動かさずに、相棒の声に応えた。

 武器が欲しいと言うので連れて来たのだが、どれを買うかでもう一時間も迷っている。


「やっぱり鉄の爪にするよ!」


「そうか。 もう買ったのか?」


「それがね、問題は色なんだよ。 ピンクと黒、どっちがいいと思う?」


 悩みに悩んだ買い物は、まだ終わっていないらしい。

 その問いかけに、騎士はうんざりしながら視線を向ける。

 箱は商品棚から持ってきた鉄の爪を左右の腕にそれぞれはめていた。

 なるほど右手のは真っ黒に鈍く光り、左手のはドピンクで飾りがわんさと付いている。


「・・・普通の色は無かったのか? ピンクは無論、黒も意外に目立つ」


「ええー! 同じ値段なんだから、どうせなら人と違うのがいいよ」


 そう言って箱は、鉄の爪に掛かったままの値札をずいっと見せつけた。

 人と違うもなにも、この相棒はNPCでしかもモンスター娘である。

 さらに持ってきた二振りの鉄の爪は、どちらも主人公(プレイヤー)用の装備だ。

 本来ならNPCがわざわざGPを費やして買い求めるものではない。

 しかし言っても聞かないだろうし、それに自腹で買うのであれば。

 すでに説得を諦めていた騎士は、消去法を使うことにした。


「黒にしておけ。 黒は飽きが来ないし大人びて見えるかもしれん」


「だよねえ! わたしもそう思ってたんだよ。 さすがお兄さん!」


 言うや否や、箱はすいっと底を滑らせて会計カウンターへと駆けて行った。

 人食い箱亜種娘の買い物も、これでようやくけりが着きそうだ。

 なんでも蓋で敵に噛みついた後、箱の中から追加攻撃をしてみたいのだと言う。

 それを喰うのが主人公(プレイヤー)かNPCか、それともプログラム制御のモンスターかは知らんが、さぞかし嫌らしい攻撃に違いない。

 そんなことを考えているうちに、ほくほく顔で箱が戻って来る。


「そういやお兄さんは武器とか買わないの?」


「いらん。 支給品の剣がある」


「それって鉄製の剣でしょ? あ、ほら、鋼の剣とか売ってるじゃん!」


「さっきも言ったが売り物は基本的に主人公(プレイヤー)用か、仲間のNPCに装備させるためのものだ」


「ええー。 だってわたしらでも買えるじゃん。 問題ないじゃん。」


 ペラペラと喋り続ける箱の言葉を返しながら、騎士は思う。

 この世界に生まれてまだまだ経験の浅い箱に、はてさてどこまで教えたものか。

 いや、この娘も一人前のNPCである以上、下手に手心は加えまい。

 そう決心すると、騎士は鉄仮面を引き締めて箱を諭した。


「いいかハコ。 よく考えろ」


「な、なんだよ。 急に真面目な顔して」


「俺たちのようなNPCがだ、やけに良い装備を持ってたら、主人公(プレイヤー)はどう思う」


「え・・・? そりゃ・・」


「例えばモブ兵士が鋼の鎧を着てるのに、世界を救うはずの勇者が鉄の胸当てだったらどう感じる」


「なんか惨めだね・・・。 ちょっと面白くないかも・・・」


 騎士が何を言いたいのかを察したのだろう。

 箱が少しシュンとする。


「まして連中は他人よりもより良い装備、より珍しい装備を求める傾向にある」


「うん・・・。そうだね・・・」


「それを差し置いてNPCが目立つ装備を見せびらかしてみろ。 主人公(プレイヤー)の顔を潰す事にもなりかねないとは思わないか」


 もう少し優しい言い方があったかも知れない。

 しかし攻撃の手加減は出来ても、言葉の手加減など馴れているはずも無く。

 ただ正確に受け止めてくれることを願って、騎士は言葉を繰り出した。


「・・・わかった。 これ返して来る。 ・・・我儘言ってごめんね」


 ションボリと項垂れた箱が、会計カウンターへと踵を返す。

 思ったよりも素直な反応を見るに、箱なりにNPCとしての矜持があったらしい。

 その矜持が返って彼女の心を責め立てたのだ。考えの至らぬ迂闊な行動を戒めて。

 しまった。加減を間違えたか・・・。

 騎士は慌てて、遠ざかろうとする小さな背中に呼びかけた。


「まあ待て。 お前は蓋で噛みついた後、箱の中から爪で攻撃するつもりだったな」


「・・・うん。 そうだよ?」


「ならば外から鉄の爪は見えんか。 目立たない洒落っ気なら多少は構わんだろう」


 自分でも随分苦しいと感じるような言い訳で、騎士は場を取り繕う。

 こういう時、文字通りの鉄仮面であることは果たして幸か不幸か。

 それとは対照的にパッと華やいだ表情を浮かべた箱が、騎士に駆け寄り抱き着いた。


「ありがとうお兄さん! 大好き!」


「わかった。 わかったから」


 ギュッと抱き着かれる全身鎧の背甲を、二丁の鉄の爪がガリガリと削った。

 戦闘行為以外での消耗・欠損に対し、運営(マスター)NPCの装備再支給は大変に査定が渋い。

 おそらく鎧の自腹修理になることを騎士は覚悟した。


「じゃあさ、お兄さんもせめてその剣をカスタムしたら?」


「なんだと」


「ほら、ミスリル製の目釘が売ってる! ドラゴン皮のグリップもお洒落だよ!」


 すっかり機嫌を直した箱が、懲りずに話をぶり返した。

 その目は陳列棚に並ぶカスタマイズアイテムに負けず劣らず、キラキラと輝きを放つ。

 切り替えがさっぱりと早いのか、それとも以外にしつこいのか、この娘の本質は未だ掴みきれない。

 それに何かと金を使わせようとするのは、やはり種族の持つ本性なのだろうか。


「この剣は俺のレアドロップだ。 いずれ人に渡るものに金をかける余裕は無い」


「え? そうだったんだ。 でもお兄さんが剣を落とすの見たことないよ?」


「滅多に落とさんからな」


 単調作業になりがちなザコ敵との通常戦闘。

 そこにくじ引き的な楽しさを付加するのがドロップアイテムのシステムである。

 騎士のようなNPCは装備を、モンスターであれば素材を落とすのが一般的であり、出現率の低いものは特にレアドロップと呼ばれている。


「やっぱりドケチなんだねえ」


「支給品と言ってるだろう。 それに落としても良いと思う主人公(プレイヤー)にはちゃんと落とす」


「へえ~。 例えばどんな主人公(プレイヤー)?」


「戦いを楽しんでいるやつ。 次いで何の変哲もない鉄の剣でも喜ぶ初心者だ」


 運営(マスター)NPCが定める規定によると、NPCは原則として全ての主人公(プレイヤー)に公平な確率でアイテムドロップを行わなければならない。

 しかし騎士を含むこの世界のNPCは、機械的思考を捨てた自我を持つ存在であり、妙な人間臭さを持つ。

 その人格染みた思考が、数多の主人公(プレイヤー)を、アイテムを託したい者と託したくない者に選り分けるのだ。

 アイテム目当ての周回者や効率特化の味気無い主人公(プレイヤー)には意地でも落とさない。

 などと臆面も無く公言するNPCがボス級からザコに至るまで多数存在しているのは、既に暗黙の了解となっていた。

 そして騎士も、そのうちの一人である。


「友好の証として、励ましとして、連中の勝利に華を添えるはいいものだ」


「へえ。 あ、でもわたしの疾黒魔爪(シュバルツ)ちゃんはドロップしないからね」


 そう言って箱はズリズリと買ったばかりの鉄の爪を大事そうに頬ずりする。

 果たして、もう名前を付けたことと、妙な名前を付けたこと。

 そのどちらに言及しようかと、珍しく騎士が対応に悩んだ。


 その背中に、不意に声をかけられる。


「あの、すみません。 ちょっと聞きたいんですが・・・」


「む」


 騎士が振り返ってみると、そこには一人の主人公(プレイヤー)が立っていた。

 身に付けた装備から見て、この世界に来て間もない初心者らしい。

 物語を混乱させないよう、NPCが不用意に主人公(プレイヤー)に関わることは避けるに越したことはない。

 しかし主人公(プレイヤー)側からNPCに関わりを持ってきた場合は別だ。

 何と言っても大切な客である。

 質問には可能な範囲で答えるし、道案内くらいならば喜んで引き受ける。

 そして後からNPCセンターに報告すれば、その行動に応じて幾ばくかの報酬も手に入るだろう。


「どうした少年。 何か分らないことでもあるのかね?」


「あ、あの、その、実は買い物がしたくて・・・」


「なるほど。 買い物にはRP、いわゆる課金通貨か、またはGP、ゲーム内通貨が必要になるぞ」


 主人公(プレイヤー)の世界にあるとされるRPと、ゲーム内で稼ぐことが出来るGP。

 その説明をしながら、薄ぼんやりとした冒険者風の主人公(プレイヤー)を観察する。

 様子から察するに、まだチュートリアルも終えていないに違いない。

 所持金は初期に貰える一千GPのみだろう。

 現在はろくなものが買えないという事実を、どう説明したものか。

 思案する騎士に対して、主人公(プレイヤー)は金色に輝く三枚の券を懐から出して見せた。


「あの、こ、これを使おうかと思いまして・・・」


「ほう、スペシャルチケットか。 珍しいな」


 普通なら強力なスキルや装備、変わったシチュエーションを可能にする新規特典。

 それを設定せずに時間切れとなった場合に、救済処置として配られるチケットである。

 これを使えば店売りの商品ていどなら、何でも一枚につき一つ購入できる。


「それで何が欲しいんだ? 装備かスキルか。 それともNPCか」


「あ、あ、あ・・・、あの娘を・・・、その・・・」


 おずおずと主人公(プレイヤー)が指さしたのは、新型仲間NPCの陳列台だった。

 台の上では華美な剣と流麗なビキニアーマーのNPCが、煽情的なポーズで佇んでいる。

 本日発表されたばかりの最新鋭モデルNPC。一目惚れ、もとい衝動買いだろう。

 モブNPCなどとは比べ物にならない圧倒的な造形美に目が奪われるのは仕方のないことか。


「わー、あのNPC凄いねえ。 絵師さんも声優も人気の人だよ!」


 箱が後ろで何か言っているが、騎士は聞き流した。

 目の前の情緒不安定な主人公(プレイヤー)に関わらせても、きっとろくなことにはならない。


「ではスペシャルチケットを握り、対象を指さして”購入”と唱えればいい」


「あ、そ、そうなんですか」


 ひょっとしたらNPC本人との交渉が必要になるのではないか。

 そんな不安にかられていた主人公(プレイヤー)は、騎士から聞いた説明に胸を撫で下ろす。

 指先一つで何でも買えてしまうとは便利なものだ。

 さっそく言われた通り、陳列台を指さすと承認キーを唱えた。


「わ、分りました・・・。 こ、こ、こ、”購入”」


 次の瞬間、左手に握るスペシャルチケットが消え、代わりに一本の剣が握られた。

 見覚えのある華美なそれは、陳列台の上の娘が持っていたものだ。


「あ、あ、あ、あれ、なんで? 剣だけ? NPCが欲しいって・・・」


 戸惑う主人公(プレイヤー)

 その手に持つ剣からポムンと音を立てて妖精が飛び出した。


「やあやあご主人。 剣の精霊のツルギだ。 これからよろしく頼むよ」


「な、な、なんだこれ!?」


 目の前を飛び交う活発的な美少女妖精に、主人公(プレイヤー)はより混乱を深める。

 その狼狽した様子を見た騎士が、すかさず説明を入れた。


「武器型のNPCだ。 いわゆる擬人化キャラだが、どうかしたのか?」


「そ、そ、そうなんですか・・・。 いや、欲しかったのはあっちで・・・」


 指さす先には、剣を失ったビキニアーマーのNPCが陳列台に残っていた。

 際どい格好の娘の胸やヘソを指さすのが気まずくて、指を少し逸らしたのがあだとなったらしい。


「そうか。 ならばもう一枚チケットを使うことになるが・・・」


「そ、そ、そりゃ、使いますよ。 ”購入”」


 次は外すまい。

 胸のど真ん中を指さしながら、主人公(プレイヤー)は再び承認キーを唱えた。

 二枚目のチケットも消え、ほどなくして流麗なビキニアーマーに包まれることになる。

 やはりポムンと音がして、鎧から勝気そうな美少女妖精が飛び出した。


「おっす! アタイのご主人だね。 鎧の精霊のマモリだ。 よろしく頼むぜ」


「良かったな少年。 お目当ての防具型NPCだ」


 違う!


 そう叫ぶことが出来てさえいれば、幾分かは下がっただろうに。

 頭に血が上った主人公(プレイヤー)は、感情に任せて最後のスペシャルチケットを握り締めた。

 一目惚れしたあの娘を、何としても手に入れるのだ。

 特別なチケットをすでに二枚も使ってしまった以上、ここで引けるわけがない。

 引いてしまったらそれこそ丸損ではないか。

 その一念で、主人公(プレイヤー)は三度その言葉を唱えるのだった。




 ~NPC派遣センター地下食堂~


「ねえねえお兄さん。 いくらくらい報酬出たの?」


「所詮は買い物案内の報酬だからな。 この飯代になる程度だ」


 その日の夕方、多少の臨時収入を得た二人は食堂で夕飯を取った。

 三本目の肉を頬一杯にかじりながら、箱がつぶやく。


「それにしてもさ。 なんであの主人公(プレイヤー)、あんなもの買っていったんだろうね」


 そんな疑問に、騎士は食事の手を止める。

 幾人もの主人公(プレイヤー)を見てきた騎士としても、その答えが出せないで居たのだ。

 商品ディスプレイ用のマネキンを買っていく者など今まで見たことがない。


「それはだな・・・」


 自分にもわからないと正直に言うべきか。

 しかし折りも悪く、主人公(プレイヤー)というものについて高説を垂れたばかりだ。

 見当がつかないなどと本音を言うのは、先輩NPCの名折れというもの。

 ゆっくり飲み干したジョッキをテーブルに置くと、騎士は言った。


「簡単なことだ。 剣と鎧を装備させる以外になにがある」

幾重にも取り巻く敵中を、蒼鋼のビキニアーマーを煌めかせ、彼女が駆ける。

その溌剌とした横顔は、戦場に在ってなおも出会った日のように美しい。

手に握る紅蓮の剣の一閃は、見る見るうちに敵を屠っていった。

まさに鎧袖一触。目の前に文字通り血路が開かれる。

不意に俺の手が、そして指がグイグイと引っ張られた。先を行く彼女が急かすのだ。

俺はやれやれとため息をつくと、彼女の後に付いていくのであった。

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