異世界転移したら三国志の英霊三百人が憑いて来た件
三国志展に展示物を輸送中だったトラックに轢かれ、異世界に飛ばされた。
そんな俺に乗り移って付いて来たのは、三国志の英霊総勢三百人。
トラックの爆発で展示物が炎上し、俺の身体を憑代にしたらしい。
この異世界は、折しも各所に群雄が割拠する戦国時代。
俺たちは再び夢を追って、この戦乱の世に飛び込むのだった。
~特設エリア 合戦場スタジオ~
「ねえねえ、お兄さん」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ」
業務の開始時刻まではまだ時間がある。
騎士は木陰に身を隠したまま応えた。
相棒の人食い箱亜種娘は、目立ちやすい身体を傍の茂みに潜ませている。
「前々から気になってたんだけど、お兄さんの声優さんって誰なの?」
「何? 俺の声の主か」
「うん。 お兄さんて、ごつい身体の割には高くて通る良い声してるよねえ」
褒め言葉なのか微妙な線の問いかけに、騎士はかぶりを振るう。
現代のゲームにおいて重要な役割を占めるキャラクターボイス。
ゲームを盛り上げる上では必要不可欠な要素であり、特にソーシャルゲームでは豪華声優陣を起用していることが売りの作品も多い。
そしてこのラノベリオンにおいても主人公やNPC問わず、多くのキャラクタには声が設定されている。
とは言え、実際の声優を起用するよりも遥かに多くのバリエーションを作り出せることと、外世界との契約締結が困難なことから、実装されているのは声優に似せた合成音声機能なのだが。
もちろん外世界向けのラノベリオン宣伝広告にも”人気声優多数”と打たれてはいるが、実名は一切掲載されていない。
「俺の声は”SHIMADA IKUSA”氏モデルだ」
「島田兵? あんまり聞かない人だねえ」
「何を言う。 主人公からボス役、そしてモブ兵士まで何でもこなす大ベテランだ」
そう言うと騎士は一段と声を張り上げて、何かの台詞を言い放った。
トンボが落ちるだかどうだかいう言葉だったが、箱には理解できなかった。
「それでさ、わたしの声優さんって知ってる? 新米初音さんなんだけど」
どうやら話の本題に入ったらしい。
箱が喜々として声優名を告げるのだが、騎士はその名に聞き覚えが無かった。
「"SHINMAI HATUNE"氏モデルか。 知らん名前だな。 」
「デビュー二年目のJK声優だよ!」
「最近の人か。 売れっ子なのか?」
「バリバリの売り出し中だって!」
「なるほど。 まだ売れてないということか」
「むう! でもねでもね! 人気がグングン上昇中なんだよ!」
「つまり今は大した人気が無い」
「あんまりだよお兄さん! ちょっと辛辣過ぎるよ!」
箱が目に涙を浮かべ始めたので、騎士はからかうのを止める。
コロコロと変わる表情豊かな箱の声色を、もし元の声優も持っているのであれば。
そうすれば近いうちにきっとその名を聞くこともあるだろう。
そう思考を巡らす騎士の耳に、銅鑼のジャンジャンと鳴る音が聞こえた。
ようやく仕事開始の時間が来たようだ。
内容:背景音スタッフ
職場:特設エリア 合戦場スタジオ
時間:半日
報酬:一万GP
特記:一部の業務は男性声優NPCに限る
古今無双の主人公が、敵の大軍を一騎駆けで蹂躙する合戦場。
そんな特設エリアでの仕事だと聞いて、箱はとても喜んだ。
例え切られ役のザコ兵士でもいい。賑やかな戦場で華々しく散るのはNPCの浪漫。
確かな腕があるのに地味な仕事しかしない騎士が、ついに目立つ機会が来たのだと。
しかし現実は甘くはない。
騎士が受けて来た仕事内容は、合戦場での華々しい切られ役などでは無かった。
「今回の職場では、俺には切られ役は果たせん」
「じゃあさ、私たちは何しに合戦場なんかに行くのさ」
「お前の仕事はこれだ」
不本意とばかりに口を尖らせる箱に、騎士はあるものを渡した。
それは三十センチほどの長さの火箸、そして木椀とお盆であった。
「なにこれ? 何か食べるの? 美味しいもの?」
~特設エリア 合戦場スタジオ~
「我が名は呂布奉先! 死にたいやつからかかってこい!」
赤い騎竜にまたがった青年が、槍だか斧だかよくわからない長柄武器を振り回しながら合戦場のど真ん中を突っ走る。
間違いなくこのスタジオと一対多数のシチュエーションを注文した主人公その人だ。
台本によると、三国志の英雄たちをその身に憑依させるというチートスキル設定らしい。
「うおおおお! 吹き飛べええ!」
「ぐわあああ!」
豪放一閃。
主人公が兵士の集団に突っ込んだかと思うと、長柄武器を豪快に振り払う。
轟くような裂帛の叫びと共に、その周りを囲んでいた兵士たちが四方へ一斉に吹き飛んだ。
それはまるで花火が炸裂するような、見事な一撃であった。
「うむ。 素晴らしい」
木陰からその様子を伺っていた騎士が思わず唸る。
「ほんとだ。 今の、すんごい攻撃だねえ! さすが主人公だねえ!」
箱も相槌を打つのだが。
「そうじゃない。 俺が素晴らしいと言ったのは吹き飛んだ兵士たちの方だ」
「え? どういうこと?」
「彼らの名は”烏合衆”。 こういった一対多数の戦場での切られ役専門NPC集団だ」
無双系の切られ役は集団芸である。
事態の読み込めない箱に、騎士が説明するにはこうであった。
文字通り一対一千、時に一対一万の戦いになる一騎当千の舞台では、切られ役はチマチマと一人一人倒される訳にはいかない。
主人公に多大な時間浪費とストレスを与えてしまうことは必至なのだから。
だからこそ切られ役たちは主人公の繰り出す一振りの攻撃にタイミングを合せ、同一のモーションで任意の方向に一斉に吹っ飛ばなければならない。
飛び散る花火のように見えるのも当然というもの。
無双系の戦場における”華々しく散る”とはそう言うことなのだ。
一対一での切られ役においては一家言を持つ騎士とは言え、おいそれと手の出せる仕事ではない。
そして道は違えど見習うべき職人集団として、騎士は彼らに確かな尊敬の念を抱いていた。
「いかん。 俺たちも仕事をしなければ」
つかの間、職人芸に見とれていた騎士だったが、ふと我に返る。
彼らには彼らの、そして己には己の仕事があるのだから。
”烏合衆”に引けは取るまいと、胸一杯に息を大きく吸い込み、そして戦場向けて叫んだ。
「呂布だあああーー!!」
「うわっ! びっくりしたー!」
普段の落ち着きある声はどこへやら。
大きいながらも悲鳴にも似た情けない叫び声に、隣に居た箱は思わず飛び上がった。
「もう! 脅かさないでよお兄さん!」
「ぼさっとしてないでお前も仕事をしろ」
「”りょふ”ってなに? 人の名前?」
「呂布奉先。 三国志の武将は頻出項目だから覚えておけと言っただろう」
「へいへい。 わかりましたようだ。 ぶう!」
騎士の苦言に箱はさらに口を尖らせる。
確かに今のところ、武将の名前はほとんど覚えていない。
しかし戦国だか三国だかの武将を覚えろと言われていたことは覚えているのだ。
そのうち頑張ろうと思っていたのに、そんな言い方は無いんじゃないのか。
少しふて腐れながらも、箱は先ほど渡された仕事道具を用意した。
「うわーーっ! りょ、呂布が出たああーー!」
再び上がった騎士の叫び声。
それに併せ、箱は火箸を打ち鳴らし、伏せた木椀をお盆に当てて音を出した。
ガキンガキン! パカッパカッ!
槍や剣がぶつかる金属音、そして戦場を行き交う騎竜の蹄音。
合戦場を流れる背景音として、臨場感溢れる叫び声や効果音を鳴らす。
それが本日の二人が請け負った仕事の実態であった。
いや、決して軽んじてはいけない。
例え豪華な声優を起用し、派手な効果音を用意したとて、出来合い音声の繰り返しではそのうち必ず聴き慣れて飽きが来る。
場面場面での臨場感あふれる機知に富んだ音声と効果音を添えることは、ラノベリオンを飽きさせないという命題に深く貢献する重要な仕事なのだ。
「ぎゃああ! 呂布だああーー!」
「お兄さん楽しそうだねえ。 私もなんか叫びたい」
その重要な仕事にさっそく飽きたらしく、箱がまたしても文句を垂れはじめた。
「叫び声は男性声優限定の仕事だ。 我慢しろ」
「ええー! お兄さんだけずるいよ! 私も叫びたいーーー!」
騎士がたしなめるのだが、箱はどうにも言うことを聞きそうにない。
ギャーギャーと喚くその声が、叫び声と言ってもいいほどの音量になるのも時間の問題だろう。
ならば下手に押さえつけて暴発させるよりは、多少なりともやらせるべきか。
複数いるガヤ担当のうちの一人であれば、女性声が混じっていても大した問題は無いのではないか。
しばらく考えたのちそう判断した騎士は、妥協案を指示した。
「仕方のないやつだ。 ワーワーと騒ぐくらいなら構わんだろう。 なるべく低い声でな」
「それだけー? つまんないよう」
「嫌ならやらんでいい。 音だけ出していろ」
「ううう。 じゃあ、それでいいよ」
箱が渋々了承するのを確認すると、騎士は三度大きく息を吸い込んだ。
その姿に箱もまた、続けて声を張り上げるべく息を吸い込み始める。
もちろん火箸と木椀もしっかりと手に握ってのことだ。
「駄目だああ! 呂布は強ええーー!」
「ワーワー ワーワー」
ガキンガキン! パカッパカッ!
「陣が崩れるぞおお! 逃げろおお!」
「ワーワー ワーワー」
ガキンガキン! パカッパカッ!
「もう駄目だああ! 呂布だあああーー!」
「ワワワワー♪」
カチンカチン! トコトコトントン!
箱が叫んだ三度目の声は、戦場には似つかわしくない旋律であった。
不本意な仕事にまたしても飽きた箱が、ついふざけたくなりコーラスのような歌声を奏でたのだ。
ご丁寧にも火箸をスティック代わりに木椀と盆を叩いて音頭をとる始末ときた。
「誰がチャンチキおけさをやれと言った。 仕事が嫌なら帰れ」
「なんだよもう!! お兄さんのバカ! ぶうう!!」
その不真面目な仕事ぶりに、すぐさま騎士が注意する。
しかしこの切って捨てる手厳しい一言で、箱はへそを曲げてしまう。
それに気付く様子も無く、騎士はすぐさま佳境の迫った仕事に戻るのだが、そのそっけない態度が、決定的な引き金となった。
「呂布だあああーー!」
「りょふだああーー!」
騎士に続いて、箱が叫んでしまった。
むさ苦しい男たちの咆哮や怒号、あるいは悲鳴がひしめく合戦場において、女性の、それも少女の声はまさしく異質のものである。
箱がやけくそ気味に発したのはダミ声だったが、それでも浮き彫りとなって周囲に響き渡った。
騎士はとっさに箱の口を押えると、覆いかぶさるように茂みに身を隠す。
「も! もが! ちょっと、何するんだよ!」
「黙って隠れろ。 見つかるぞ」
騎士の声は普段のものに戻っていたが、そこには演技などではない本当の焦りの色が混じっていた。
上から身体を押さえつけられた、つまりは上蓋を閉じられた人食い箱亜種娘は、それこそ聴き慣れない騎士の声にハッと我に返る。
不満の残る仕事についカッとなったとは言え、とんでもないことをしたのではないか。
滲み出る後悔の念を噛み締めながら、箱は鍵穴を覗いて外の様子を伺うのだった。
~特設エリア 合戦場スタジオ~
「見ろ。 まだお前のことを探している」
「うええ。 ほんと、ごめんなさい」
二人そろって息を殺しながら様子を伺うのは、合戦場の中央。
「さっきのは間違いなく”はつねん”の声! どこだ! どこにいるんだ!」
主人公の声が響き渡った。
どうやら”新米某”という声優の熱烈な支持者だったらしく、戦場を放り出しての声の出所探しはまだまだ終わる気配が無い。
戦いが膠着してからそろそろ十五分近くになる。
切られ役集団”烏合衆”の面々も、段取りが狂わされたことに苦笑いを浮かべて棒立ちする始末だ。
「それにしてもな・・・」
洋の東西を問わず、戦士や武人に思い入れのある騎士はため息をつく。
あの剛猛なる三国武将、呂布奉先が乗り移ったという設定の割には余りにも女々しい。
いや、女性で身を崩すという点ではあながち間違いではないのかもしれないが。
「ええい、こっちか? それともあっちか? ”はつねん”の声に間違いない!」
「ううう。 まだ私のこと探してる。 しつこいよお」
すっかり落ち着き反省した声が、閉じられた箱の中から漏れ聞こえる。
既に騎士は蓋を押さえつけてはいないのだが、念のため箱は上半身は隠したままだ。
ひとたび念入りに探されてしまうと、赤いドレスと金糸のような髪は非常に目に付くだろう。
生憎と身を隠す宝箱自体が、結構目立つという始末なのだが。
「どこだ!? 出てきておくれ! はつねーん!」
幸か不幸か、主人公は宝箱など眼中にないらしい。
その声はどのNPCたちの声よりも大きく、合戦場に響き渡ったという。
~NPC派遣センター地下食堂~
「お咎めなしで良かったねえ、お兄さん」
「それはそうだが、あまり調子に乗らんようにな」
「わかってますよう。 私だって反省してるんだから」
はにかみながら答える箱だったが、その言動は行動と一致しているようには見えない。
机に並べられた普段より豪華な夕食の中から、三本目の骨付き肉を掴んで噛り付く。
台本の大幅な変更を巻き起こした箱の迂闊な行為。
懲罰案件かと肝を冷やしながら派遣センター本部へ報告に上がった騎士だったが、咎められるどころか金一封を渡されることとなった。
何でもあの主人公は、かの声優の熱狂的ファンに該当するようで、合戦イベント終了後にすぐさま新ヒロインを作成したらしい。
注文が微に入り細を穿つほど、累計幅は大きくなるキャラクター作成課金において、果たしてどれ程注込んだのか想像もつかないが、そのおこぼれを与かるに越したことはない。
ようやく人心地付いた騎士は、今後のことも含めて箱に諭した。
「ハコ。 女性の声優を持つということがどういう意味か、わかったか?」
「え? なに? どういうこと?」
「女性の声優持ちは全て、主人公からヒロイン枠と見なされるということだ」
多くのソーシャルゲーム、引いてはネットワークゲームの類に漏れず、ラノベリオンでも男性の主人公の占める割合は多い。
その世界において女性声優を割り振られたNPCは、性別の男女すら問わずにヒロインと見なされることは必然とも言えよう。
そして客商売である以上、運営NPCもそれらNPCにヒロイン然とした振る舞いと対応を求めるのだ。
それこそ下手に攻略不可能のヒロインNPCなど出してしまえば批判の対象になることを、過去の調査から学び取っているから尚更である。
「だから例え背景音という裏方仕事でも、お前はもう少し自覚を持ってだな」
騎士のお説教が再開される。
その言葉に箱を責めるつもりなど無い。
ただ自分自身を大事に扱ってほしいだけだ。
せっかく持って生まれた美しい声を活かせば、もっと良い仕事が出来るであろうに。
少なくとも今回問題を起こした時のような、聞くに堪えないダミ色など二度と聞きたくはないものだと騎士は思った。
そんな親心を知ってか知らずか、お説教が長くなりそうなのを察したらしく、箱がさらっと話題をすり替える。
「背景音は良いんだけどさ、次はもう少し泥臭くないのにしようよ」
身を隠すため地面に臥していたので、身体のあちこちが砂っぽいのを気にしての一言だ。
「そう言えば掲示板にSF作品の背景音依頼が貼っていたな。 あの職場なら砂埃一つ立たんはずだ」
「え? なにそれ。 SFラノベって珍しいねえ。 で、どんな仕事?」
箱が瞳を輝かせながら話題に食いついた。
今度は煌びやかなスペースオペラの仕事などを想定したのだろう。
しかし現実は、やはり甘くないのだ。
騎士は空にした二杯目のジョッキを降ろすと、箱の疑問に答えた。
「宇宙空間で爆発音を鳴らす仕事だ」
ついに出会ったその女性は、見たことも無いような美しさだった。
何よりも桃色の唇から紡がれる声色が、ここは桃源郷かと錯覚させる。
しかしこれは夢ではない。彼女はここに居るのだ。
いや、例えここに居なくても、俺は必ず彼女を見つけ出しただろう。
あの二胡の音色のような美声が、確かに俺の名を呼んだのだから。