奴隷商人なんだが、売ろうとすると奴隷が泣くので困っています
ある日の通勤途中、体調不良で車道に倒れたところにトラックが突っ込んできた。
こうして俺は異世界に転移したのだが、手に入れたスキルがなんと”奴隷商人”。
奴隷に対して絶対的な言霊を行使することができるスキルらしい。
さっそく奴隷を買おうとしたが生憎と懐が寂しい。
交渉の末に格安で買った少女奴隷は、病気で体中がただれているうえに、飢えとケガで今にも死にそうだ。
「治れ」
自宅に連れ帰った奴隷に言霊を告げると、彼女は見る見る健康と美貌を取り戻した。
さらに腹をすかしているようなので食事を振る舞い、身体を清めて綺麗な服を着せてやる。
すると彼女は、ぼろぼろと涙を流し始めた。
なんだって?
ご主人様に忠誠を誓いますだって?
参ったな。
そんなつもりで奴隷を買ったんじゃないんだけどな。
~中心街 NPC多目的ホール~
「ねえねえ、お兄さん」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ。 小物の片づけは終わったか」
騎士は長机を折り畳みながら応えた。
受付台として使った折り畳み式長机は、ずっと屋外で使われてきたらしく錆びているため脚を折り畳むにも力が居る。
その作業を箱にさせるのは、なかなか酷というものだろう。
そういう訳で彼女には受付業務で使われた筆記用具やノート、整理券回収ボックスやメガホンなどの小道具を収納庫に運ぶよう頼んでいたのだが。
「終わったよ。 それで次はなにをすればいいかな?」
「そうか。 この机とテントは俺が片付けるから、周辺の掃き掃除を頼む」
「わかったよお兄さん。 でもここってすっごい広いよねえ・・・」
彼女は苦笑いを浮かべながら、その建物を仰ぎ見た。
ラノベリオン世界においてNPCたちの活動拠点となるNPC中心街。
その街外れにそびえ立つ”NPC多目的ホール”は、外の世界における、いわゆるハコモノ行政の研究を兼ねて建設されたものだ。
総敷地面積は大体、四万七千平方メートル。
これまた外の世界で基準として使われる”大江戸ドーム”一個分の敷地面積を採用された、四階建ての巨大施設だ。
これを掃除するというのは、なるほど一苦労というものだろう。
「俺たちの管轄は第五会議室の周辺だけだ。 この周辺の目に付くゴミを掃除するくらいでいい」
「りょうかーい。 じゃあホウキ借りて来るね!」
流石に本人も、全面を掃除するとは思っていなかったらしい。
特にホッとした様子も無く、掃除用具のしまってある倉庫に駆けていった。
内容:抽選会 会場設営・撤去作業
職場:NPC多目的ホール 第五会議室周辺
時間:九時~終了まで
報酬:一万GP
午前中は抽選会会場となる第五会議室内で、パイプ椅子や長机の設営作業。
入場開始とともに入って来た大勢のNPCたちと入れ替わるように、玄関に出ては受付の撤収作業。
二人が本日請け負った仕事は、現在のところ実に順調な進捗を見せている。
後は抽選会が終わりNPCたちが退去した後、会議室内の長机やパイプ椅子を撤去して終了といったところだ。
抽選会の最中に二人は遅い昼食を取り、しばらくゆったりと休息時間を過ごしたころ。
「あ、お客さんたちが出て来たね」
第五会議室の出入り口が開かれ、にわかに雑踏が聞こえて来た。
「ああ、抽選会が終わったらしいな」
箱娘は施設から続々出て来るNPCたちを眺めた。
午前中はNPCたちと入れ替わりで外に出たので、あまりじっくりとは見れなかったが。
比較的若い女性が多いようだが、若い男性も居るし、少数だが中年型NPCもいる。
もっともラノベリオン内のNPC比率も、需要と供給の関係から若い女性に傾いているのだが。
その大半は肩を落としてトボトボ歩き、一部の者のみが満面の笑みで足取りも軽やかだ。
抽選会だと聞いていたが、きっと当選者と落選者なのだろう。
ねえ、お兄さん。 これって何の抽選会だったの?
そんな今更過ぎる疑問を口にしようとしたが・・・
「ハコ。 お前は引き続きホール内の掃除だ。 室内用のホウキを用意してくれ」
腰を上げた騎士に言われ、
「わかったよ! 借りて来るね」
ぼんやりした疑問を置いてけぼりに、箱娘はまた駆け出したのであった。
~NPC多目的ホール 西側通路~
「遅くなっちゃった。 急がなきゃ!」
ホウキとチリトリを抱えて箱が走る。
室内用掃除道具のロッカーはすぐに見つけたのだが、物珍しさにホール内をあちこち覗いている間に道に迷ってしまったのだ。
それでもなんとか案内板を見つけ、第五会議室までの通路を急いだ。
いまならまだ騎士に、遅いと叱られることも無いだろう。
あわてて十字路を右に曲がり・・・、
「おっと、危ないねえ」
その先にいたNPCとぶつかりそうになった。
幸いにして相手がひらりとかわしてくれたため衝突こそしなかったが。
「わわっ! ごめんなさい」
箱が平謝りに頭を下げ、視線を戻す。
そこにいたのは真っ赤なスーツを着こなした長身の美女であった。
歳のころなら三十代半ばといったところか。
腰まである艶やかな黒髪と、肩にかけた白虎の毛皮。
しかし何より印象的なのは、美しい相貌に光る鋭い眼差しだろう。
正直に言ってしまえば、綺麗だがとても気の強そうな女性だ。
「まったく、どこに目を付けてんだい」
怒られる。
思わず身をすくめる箱であったが、続く女性の言葉は想像とは違った。
「・・・おや、お嬢ちゃんは・・・」
恐る恐るまぶたを持ち上げてみると、相手はまじまじとこちらを眺めているようだ。
当然ながら箱娘には目の前の美女に見覚えは無い。
こんな強烈な個性なら忘れたということも無いだろう。
とすれば・・・。
「金髪の人食い箱娘・・・。 あんた、ひょっとしてモブイチの旦那んところの娘かい?」
やはり騎士の知り合いらしい。
言い当てられたのは不思議だったが、先に聞くことがある。
「え、うん。 そうだけど、お姉さんは?」
怒気のすっかり消え去った美女に、箱は勇気を出して尋ねてみた。
もちろん”おばさん”という言葉を使う勇気まではない。
「あたしゃそうさねぇ・・・。 旦那の腐れ縁ってとこかねぇ」
美女は妖艶な笑みを浮かべると、手に持った豪奢な扇子で手のひらを叩く。
そのしぐさの一つ一つは洗練されてはいるが、野獣のような獰猛さが見え隠れしていた。
大して参考になるような答えでは無かったが、踏み込むのも恐ろしい。
「で、なんだって旦那のお気に入りがこんなとこに居るんだい?」
「仕事だよ。 これから二人で会議室の片づけをするの」
「・・・へえ。 旦那がねえ。 まあらしいっちゃあらしいか」
今度は口元に扇子を広げてクツクツと笑う美女。
その扇面紙に描かれた黒字に金の蒔絵柄から、よほどの高級品だと見てわかる。
下手に踏み込むのも恐ろしいが、箱娘にはやはり、この美女と騎士の関係が気になった。
今まで出会った騎士の知り合いたちとは明らかに毛色が違うのだ。
「お姉さんは・・・、抽選会に出てたの?」
なんとかそんな質問で探りを入れると、美女はニヤリと笑う。
なにかこちらの心中を見透かしているような、粘りつく笑みだ。
「ああそうさ。 お陰で今日も商品が大漁さね」
そう言っては折り畳んだ扇子を後ろに向けた。
彼女の後ろには、ずらりと並んだNPCたちがざっと二〇人ほど列をなしている。
言われるまで箱が気付かなかったのも無理はない。
先頭の美女が注目を集め過ぎているのも要因ではあるが、それと対比するかのように後ろのNPCたちは存在感が薄いのだ。
男もいれば女もいるし、若いのもいれば年配もいる。
しかし彼らは一様に、言葉も発せず虚ろな目でたたずんでいるのであった。
「え? あの・・・、商品って・・・」
まさかと思いながら、箱は質問を重ねる。
本当なら騎士に聞くはずだった質問だ。
「奴隷さね」
平然と答える美女の声と、
「ハコ、なにかあったのか」
帰りが遅いと心配し、迎えに来た騎士の声がほぼ同時に、閑散とした通路に響き渡った。
~NPC多目的ホール 西側通路~
「おや、モブイチの旦那じゃないのさ」
あいかわらず妖艶な声で美女が笑う。
「・・・セルシアか」
やはり知り合い同士のようだが、騎士の声は普段より一段と低く重いものだった。
少なくとも箱娘や他のNPCに対して、このような声色を使ったことは無い。
「こんなところで会うとは奇遇だ。 旦那は相変わらずのようだねえ」
そんなドスの効いた声に怯む様子も無く、セルシアと呼ばれた美女はまたクツクツと笑う。
「お前こそ、まだそんなろくでもない仕事を続けているのか・・・」
一方、表情こそ鉄仮面だが、騎士の口調には明らかな侮蔑の色が滲む。
「はん。 この仕事も運営公認さね。 咎められる謂れはありゃしないよ」
「・・・」
徴発でもするようにおとがいを挙げるセルシアに、騎士は何も言わない。
箱は不安になって騎士の鎧の端を掴んだ。
明らかに雰囲気の違う彼が、自分の知らない何かに変わってしまいそうな気がして。
「その娘が噂の拾い子かい。 可愛いじゃないか。 よければあたしが面倒見ようかね」
「・・・それ以上しゃべるな」
それは地獄のそこから響いて来るような声。
とうとう不安に押し潰され、我慢できなくなった箱が尋ねた。
「ねえ、お兄さん。 ”奴隷”って・・・」
セルシアは確かに”奴隷”と言ったが、奴隷とはあの奴隷なのだろうか。
確かにラノベにおいて”奴隷役のキャラクタ”に高い人気があるのは知っている。
しかしあれは主人公に仕えるための職業の一つとしてだ。
しかしここはNPCしか立ち入れない区画。
ここで奴隷の抽選会がおこなわれているとしたら。
考えたくはないが、NPCが同じNPCを奴隷として取り引きしているということなのだろうか。
「ハコ。 先に戻っていろ」
「いやだよ! なにがどうなってるのか教えてよ!」
信じられなかった。
騎士に拾われ、いっぱしのNPCとして生活して来たラノベリオンという世界。
すべてのNPCはこの世界の存続を目標とし、志しを共にする仲間同士だ。
もちろん功罪によって、その身分は何段階にも分かれている。
騎士は派遣NPCという身分に甘んじているし、箱自身はまだまだ半人前の見習いだ。
それでもいつか働きが認められれば、また正規NPCに昇格できる日も来るだろう。
少なくとも騎士にはそう教わってきた。
そう信じてきた。
しかし奴隷NPCなどという身分が、もし本当にあるのなら。
騎士ではなくあの女に拾われていたら、自分も奴隷になっていたのか。
当たり前だと思っていた平穏な生活は、哀れな犠牲の上に成り立っていたのだとしたら。
義憤と悲しみが、思い詰めた箱娘を突き動かす。
「なんで! なんでそんなことが出来るんだよ!」
流れ落ちる涙もそのままにセルシアに突撃すると、振り上げた両こぶしでポコポコと叩き始めた。
この思いがけない行動に、百戦錬磨のセルシアも泡を食う。
「ちょっとなんだい!? やめとくれよ」
「なんで同じNPCを奴隷なんかにするの!? あんまりだよ!」
「何言ってんだいこの娘は? 気でも狂ったのかい?」
たまらずにたたらを踏んだセルシア。
その隙を見逃さず、箱は彼女の左脚にしがみ付いて叫んだ。
「みんな! 早く逃げて! 奴隷になんてなっちゃ駄目だよ!」
悪い人買いを足止めしている間に、後ろの奴隷たちを逃す算段だ。
しかし、当のNPCたちは相変わらず生気のない目で戸惑っている。
一分一秒が惜しいこのチャンスに、なにをしているのか。
箱は涙と鼻水にまみれた顔で、なおも逃げろと叫んだ。
「ちょっと旦那、この勘違い娘を引き剥がしとくれよ!」
高級スーツと毛皮に鼻水を擦り付けられたんじゃあ堪らない。
なおも脚にしがみ付く箱に困り果てて、セルシアは騎士に助けを求めた。
「・・・」
騎士は黙して応えない。
当然だ。
こんな人買いに騎士が手を貸すわけがない。
そう思っていた箱の肩に、騎士の手が添えられた。
そんな、まさか。
信じられず顔だけで振りむいた箱に、騎士はいつもの声で言った。
「ハコ。 お前は勘違いをしている」
「え? どういうこと?」
「この女は奴隷商ではない。 抽選会を荒らし回る転売ヤーだ」
~NPC派遣センター地下食堂~
「つまりあの抽選会は、人気のある”奴隷役”の抽選をやっていて・・・」
「セルシアは転売目的で、ニートNPCを大勢雇って参加した、という訳だ」
「もう!もう! なんだよそれ、紛らわしい!」
流石に勘違いが過ぎたことに、恥かしくなったらしい。
箱は両手で顔を覆うと、テーブルに突っ伏した。
先述のとおり、一時期ほどの勢いこそないものの、奴隷役はいろんな意味で人気が高い。
主人公からの需要も多いのだが、それ以上にその役に就きたがるNPCも多いのだ。
それまでは奴隷役の新しい求人は、職業安定所で張り出されていたのだが、不公平だとクレームが殺到した。
日々、真面目に働いているNPCほど応募に乗り遅れてしまうからだ。
そこで定期的に奴隷役の抽選会がおこなわれるようになり、当選者が晴れて奴隷役NPCに就けるようになったという経緯である。
「でもさ、転売ヤーなんて仕事、よく運営NPCが許可出したね」
現金なもので、料理が運ばれて来るや否や、何事も無かったように顔を上げて食事を開始した箱。
瞬間爆発力は高い反面、後に引き面無いのは、とりあえず長所としておこう。
騎士は苦笑すると本日の一杯目に口を付けた。
「なんでも外の世界で流行っているらしい。 消費者研究の一環だろうな」
NPCが運営してるラノベリオンにおいて、”外の世界”研究は欠かすことが出来ない。
世界存続のため、売上向上のためには、消費者の行動心理を探るのは当然と言えば当然である。
そんな理由で、転売ヤーは研究対象の必要悪として存在を許されている。
ちなみに先述の”ニートNPC”も同様だ。
「ふーん? そうなんだ」
運営の方針。
そう言われてしまうとこれ以上は何も言えない。
箱は力なく相づちを打つと、もう一つの疑問に切り替えた。
「でもさ、なんで奴隷役って人気があるんだろうね?」
「俺はやったことが無いから分らんが、なんでも楽な仕事らしい」
「楽? 奴隷が? なんで?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる彼女に、騎士はあくまで又聞きだがと付け加えた。
奴隷役、特に女性NPCは主人公から手厚く保護されることが多いらしい。
衣食住をはじめ、装備品や道具なども優先して回されることが普通なのだとか。
しかも行動や言動から、奴隷に対し”可哀そうなもの””保護すべきもの”という強烈な先入観を持っているようで、なにかと気を遣ってくるのだという。
相対的に奴隷役NPCは、普通の仲間NPCよりも待遇が良くなるというわけだ。
更にもう一点。
一般的にヒロインNPCにとって、好感度と距離感の調整というのはなかなか難しい問題だ。
主人公に好かれようとしてガンガン距離を詰めると、ややもすれば相手に引かれることもある。
かと言って距離を開け過ぎると相手からの好感を失い、やがて物語からフェードアウト、つまりお払い箱になってしまう。
そう言った諸々の調整に、多くのヒロインNPCは日々苦心しているのだが。
ここでも奴隷役という立場は有利に働く。
奴隷役NPCにとって、通過儀礼ともいうべきイベント。
高品質の衣食住を保証され、病気やケガの治療を施された後であれば、どんなに距離を詰めようと、どんなに急速に愛情を誓おうと、なぜか受け入れられるのだ。
むしろ主人公達は、それが当然だと思っている節まである。
結果、奴隷役は、他より待遇が良い上に人間関係が楽という垂涎の職業となった。
「えええ、 感謝と愛情は別なんじゃないの?」
肉うどんをズゾゾゾをすすりながら、箱は呆れたように言う。
彼女自身も拾ってくれた騎士にはこれ以上ないほど感謝しているが、それが愛情につながるかと言われれば良くわからない。
むしろそれが愛情に変わってしまうのは、ちょっと勿体ないかな、とも思う。
「俺もそう思うが、主人公連中のあいだではそれが正しいのだろう」
騎士も小首をかしげる。
そういった主人公の行動は、恋愛のイロハも知らない素人に見えて仕方がない。
いやいや、自他ともに認める朴念仁の俺には解らぬ、感情の深淵があるのかもしれない。
まあなんにせよ、俺たちには関係のないことだ。
そう結論付けて、もう一口ジョッキを煽った。
「うーん。 やっぱり主人公って、よくわかんないや」
「まあ、追々理解していけばいい。 お互いにな」
「この世界でも奴隷を欲しがるんなら、外の世界でも奴隷を買ったりするのかな?」
汁をズズズとすすりながら、箱はとめどなしに新たな疑問を口にした。
ひょっとするとそうかもしれないが・・・。
奴隷に対する態度や認識が、明らかに異常であることを鑑みると、主人公達が本当の”奴隷”を扱っているとは思えない。
むしろそれを自己投影と考えるならば・・・。
下手な考え、休むに似たり。
騎士は諸々の考察をジョッキで流し込むと、一般論を吐き出すのであった。
「ハコ。 確率的に考えて、奴隷と奴隷商人、どっちの数が多いと思う」
所有する奴隷が二〇人を超えた。
揃いも揃って美少女ばかりだが、下心でこうなった訳ではない。
男の奴隷なら自力でなんとか出来るだろうが、か弱い女性は放っておけなかったからだ。
しかしさすがにこれだけの大所帯を維持するのは、経済的に難しくなった。
かと言って幸せを喜び、忠誠を誓ってくれた彼女たちを売り払うのは気が引ける。
試しに、開放して自由にしてやると提案してみたら、みんな泣き始めてしまった。
なんとも愛が重い。
奴隷たちを養うため、俺は今日も馬車馬のように働くのであった。
そのうちまた過労で倒れそうだ。




