トラックに轢かれそうなあの娘を突き飛ばしたら、あらたな世界への扉が開いた
トラックに轢かれそうな少女を突き飛ばして、身代わりになった俺。
いままで人の役に立ったことなんか無かったし、女の子と喋ったことも無かった。
そんなひ弱な俺が少女を救えたことに、空虚だった心が満たされたのだと思う。
端的に言うと目覚めたのだ。
異世界へ転生した俺は、その道を歩もうと決意した。
いまだこの両手のひらに残る感触が、温もりが後押しする。
手に入れたスキル「死に戻り」は、こう使うべきなんだ。
こうして今日も交通量の多い道路を見回る。
誰かが轢かれそうならば、この身を呈して助けなければならない。
しばらくして、道路を渡ろうとしている少女を発見した。
ああ、あの娘、トラックが来たら危ないなあ。
などと思っていたら案の定、暴走トラックが突っ込んできた。
危ない!
身構えていた俺の行動は早かった。
わずかに膨らんだ少女の双丘めがけて手を突き出し・・・。
俺の意思は真っ白に染まった。
~大通り~
「ねえねえ、お兄さん」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ。 ちゃんと前を見て歩かないと転ぶぞ」
騎士は視線を一瞬だけ箱に向けると、再び前に向き直した。
ここはNPC派遣センターへと通じる朝の大通り。
騎士たち同様、センターへ仕事を求めて行く者もいれば、夜勤明けの日銭を受け取り家路につく者もいて今日も往来は多い。
さらには本日の物流が本格的に動き出す時間でもあるため、荷車や馬車もあちこちで見られる。
小さな子供などがうっかりつまづいて転びでもすれば、大事故にもなりかねない。
そうしている今も、二人の脇を馬車が走り抜けていった。
「大丈夫だよう。 こう見えても安定感は抜群なんだから」
そう言って箱は下半身の側面をパンパンと叩いて見せた。
人食い箱亜種たる箱娘は、宝箱の中から上半身が飛び出した特徴的な容姿をしている。
はたして宝箱の底面にキャスターでも付いているのか、それとも非接触属性の物資で出来ていて地面からわずかに浮いているのか。
それは不明だが、彼女はすいーっと見事なすり足で移動するため確かに安定性は高そうだ。
「周囲への安全確認を怠るなと言っているんだ。 それで、どうした」
「別にね、今日はどんな仕事うけるのかなあって」
「求人掲示板を見なければわからんが、まあいつも通りだ」
基本的に頭が固く、保守的な騎士が言うところの”いつも通り”。
恐らくはチュートリアル戦闘のやられ役か、初心者エリアのザコ敵。
あるいは製造工場での工員か、建築現場での作業員といったところに落ち着くだろう。
「そっかー。 いつも通りかー」
どうやら今日も、いつもと変わり映えのしない一日のようだ。
なんかつまらないという気持ちと、ほんの少しの安心感に箱は肩を竦めた。
そんないつもの空気を切り裂くように。
バッバッバーー!!
けたたましいクラクションが鳴り響いた。
腹に響くような重低音に、箱と周辺のNPCたちが驚いて飛び上がる。
慌てて音の発生源を探してみると、騎士の向こうに巨大な乗り物が並走していた。
綺麗な長方形の車体は騎士の背丈の倍ほども高く、首を巡らさないと収まらないくらい長い。
一見すると巨大な荷馬車のようだが、それを曳く馬がどこにも見当たらない。
その代わりに御者台が大きく、前面や側面、天板までもが金属板で覆われている。
また履いているのは金属製のホイールにゴムを被せた車輪で、馬車のものとは比べものにならないほどの分厚い。
さらに、車体から常にドドドと響く重低音と、後部から吐き出される灰色の煙がこれでもかと存在感を押し出していた。
箱がそれを唖然と眺めていると、馬無し馬車の御者台から男が身を乗り出した。
年齢設定は四〇代頃だろうか。
頭は角刈りにねじり鉢巻き。
ベージュ色のシャツから飛び出した、浅黒く日焼けしたたくましい腕。
そんなむくつけき男が、これまたイメージぴったりのがなり声で吼えた。
「おぅ、モブイチぃ! ちょっくらぁ仕事ぉ手伝えや!」
その声は謎馬車に負けじと低くけたたましい。
一方、名を呼ばれた騎士。
「・・・ハコ。 あの男は気にするな、いくぞ」
男を一瞥すると、何事でも無いように箱の背を押す。
その口ぶりから察するに、どうやらあの男とは知り合いのようだ。
普段は鉄仮面の表情が、忌々し気に歪むのが見て取れた。
「手伝えってよぉ! ちょっと待てやコラぁ! モブイチぃ!」
再びやかましいクラクションがバババァーーっと通りに響く。
それに合わせて名前を怒鳴り散らされるのだから目立って仕方がない。
「お兄さん呼んでるよ?」
「あいつにかかわるな」
不思議そうにこちらをうかがう箱を促しつつ、足早に先を急ぐが・・・。
その横を並走するように、荷馬車が追って来た。
「モブイチぃ! 聞いてんのかぁコラぁ! 手伝えっつってんだぁ!」
男の口ぎたない怒鳴り声を耳に入れぬように、騎士はなおも歩を進める。
普通のNPCたちであれば、思わず眉をひそめるようなガラの悪さだ。
自分独りであれば対応することもやぶさかではないが、隣に箱が居る。
彼女の教育上、大変よろしくない要注意人物であることは間違いない。
心に鋼鉄の防御扉を築くと、騎士は男を無視し続けた。
「ねえお兄さん。 話くらい聞いてあげようよ」
しかし防御扉の閂を、あろうことか箱娘が内側から開けようとする。
他人から悪意や敵意というものを向けられたことのないこの少女の瞳には、怒鳴り散らす男は”怖い”ではなく”興味深い”と映ってしまったようだ。
その男にかかわれば、ちょっとくらい刺激的な一日になるのでは、というささやかな打算もあるのだろう。
「・・・まったく」
箱が歩みを止めてしまった以上、仕方がない。
騎士にしては珍しく、舌打ちと悪態を交えながら御者台の男に振り向いた。
「やかましいぞブンジロウ。 なんの用だ」
「お前ぇちゃぁんと話ぃ聞いとけやぁ! 仕事ぉ手伝えっつってんだろぉ!」
渋々と用件を問いただすが、ブンジロウと呼ばれた男、口が悪い上に語彙力が相当低いらしい。
話が一歩も前に進まないことを確認すると、
「話は聞いた。 他をあたれ。 ハコ、いくぞ」
騎士は早々に諦めて踵を返した。
その背中に、なおもブンジロウが怒鳴り散らす。
「おう、そいつだぁ! お前が買ったぁ女ってぇのはそいつだろぅ! そいつにも用が・・・」
騎士は目にもとまらぬ速さで、返した踵をさらに加速を付けて返した。
要は三六〇度の高速一回転だ。
ギャリッと音を立てて地面をえぐる軸足。
遠心力の乗ったガントレットの右フックが、紫電の速さでブンジロウの頬面に叩き込まれた。
その音はクラクションよりも派手に、通りに響き渡ったのであった。
~転生センター 三番レーン~
「本当に・・・、逝ってしまうつもり?」
女が問う。
「・・・すまない」
男は苦し気につぶやいた。
「べ、別に気にしてないわよ。 あんたの勝手にすればいいじゃない!」
「・・・すまない」
「餞別にこれ、あげるわ。 気に入らないなら捨てればいいし」
「イヤリングの片割れ? これは・・・?」
「もしまたこの世界に来たら会いに来てもいいからね! これが、導いてくれるから・・・」
幾重かの言葉を交わし、見つめ合う男と女。
遠くでクラクションの音が聞こえた。
茶番の始まる合図だ。
「きゃあああ!」
静寂を切り裂いて悲鳴が響いた。
二人が振り向くと、道路の真ん中で女の子がたたずんでいるではないか。
そしてその小さな身体に、今まさに襲い掛からんとする一〇トントラック。
「危ない! 女の子が!」
男は咄嗟にトラックの前に飛び出し、力の限り少女を突き飛ばした。
火事場のバカぢからというやつだろうか、少女は道路わきへと見事に吹き飛んでいく。
よかった・・・
そう思った次の瞬間、トラックが迫り・・・。
男の意思は真っ白に染まった。
「ハコ。 無事か」
騎士が受け止めた箱の安否を問う。
「ぜんぜん大丈夫だよお兄さん。 それよりさっきの悲鳴、どうだった?」
腕の中の箱娘は、上手いこと演じて見せたという表情で聞き返した。
「演技のことは俺にはわからんが、なにか改良したのか?」
「もう! あいかわらずひどいこと言うんだから! つまんないの」
今回は少し色気を出して、大人の女性っぽく演じて見たはずが。
表情一つ変えず尋ねて来る騎士に、箱はおもわず口を尖らせる。
歩道で抱き合う男女の会話としては、いささか色気のないものだ。
内容:転生作業員 飛ばされ役 他
職場:転生センター
時間:終日
報酬:一万五千GP
上記が、ブンジロウに押し切られて、二人が本日請け負った仕事であった。
プレイ内容が自動でラノベ化されるソーシャルゲーム”ラノベリオン”。
その規約の一つとして、”複数アカウントの禁止”がある。
これによって一人の消費者に対し、アカウントは一つまでしか作れない。
いわゆるサブアカウントが認められていないのだ。
理由はいくつか挙げられる。
まずアカウントが無用に増加すれば、サーバーの増強が必要になり、費用がかさむ点。
そしてサブアカウントへの課金額が、メインに比べ極端に低くなる傾向も見逃せない。
要は、運営にとって支出が増える割に収入が見合っていないということになる。
他にも・・・
一人の消費者に複数作品を扱わせると、あらたな問題生じさせることがある。
人気の出なかった作品は放置されたり、捨てアカウントを作って他者に迷惑を撒き散らす害悪プレイが横行したりと枚挙にいとまがない。
そんなこんなでラノベリオンにおいては原則、一人一アカウントとなっている。
しかしそんな大事なアカウントを、消したい、作り直したいという要望も意外と多い。
それまで育てて来た主人公を、積み上げて来た作品を消すというのだ。
いわゆるリセット症候群というやつの一種なのだろう。
運営NPCはこの事態に対し、専門の管理施設を作った。
退場していく人口を少しでも把握し、より適切なゲーム運営をおこなうため。
またリセットされる主人公や作品を分析し、なぜ打ち切られたのかを研究することで、より人間への理解を深めるためである。
それが”転生センター”。
トラックに轢かれそうな少女を突き飛ばし、別の世界へ旅立つための施設である。
ここを利用すればアカウントを作り直す際の課金通貨引継ぎはもちろん、心ばかりの特典もつく。
例えば先ほど旅立っていった主人公に、ヒロインNPCが渡した片方のイヤリング。
あれを所持していれば、転生用の課金アイテムを使わずとも経験値やゲーム内通貨の何割かを新アカウントに引き継げるのだ。
もちろん再びやって来た主人公に対しては、前回担当のヒロインNPCが優先的にあてがわれるため、彼女らの再就職にも一役買っている。
そんなサービスが功を奏したらしい。
はたして喜ぶべきか否か、本日も転生センターはそれなりの客足を確保していた。
「おぅハコぉ! さっきの”飛ばされ”役ぁなかなか良かったじゃぁねえかよぅ!」
煙を吐いて走る馬無し荷馬車。
もとい、一〇トントラック型ゴーレム”一番星号”を走らせてブンジロウが帰って来た。
先ほどの主人公男性を無事、道路の先にある転生ゲートに押し込んで来たようだ。
ちなみに”一番星号”は前面を非接触属性の物資で覆われているため、何かに当たってもその間に僅かな隙間を生じさせる特性を持つ。
直接ぶつかることが無いので、誰かを轢いたとしてもダメージを与えることも無いのだ。
まさに対象を押して移動させていく用途は、トラックというよりはブルドーザに近いと言える。
「ホント!? ありがとうブンさん」
「おぅよ! 前んやつが辞めた穴ぁ、しっかり務まってんぜぇ」
「お世辞でもうれしいよ! 次も頑張るからね!」
「そん意気だぁ小娘ぇ! まぁいまからしばらくぁ昼休みだがなぁ!」
そう言ってガハハと笑うと、運転席から下りてきて一番星号の昼間整備点検を始めた。
彼は”転生センター”に勤務する、運送専門ドライバーのNPC。
性根こそ善良だが、口も悪けりゃガラも悪い、そんな男である。
そんなブンジロウが拙い語彙力で、二人にした説明はこうだ。
なんでもここ最近”飛ばされ”役の少女NPCが、ある理由で次々に退職してしまったらしい。
困ったことに、少女NPCは需要がとても高いため予備人員などいない。
そこでブンジロウはわらにもすがる思いで、派遣センターに求人を出しに向かった。
派遣センターで働いている少女NPCなどなかなか居ないので望みは薄いだろうが。
しかしその道中に騎士の姿を見つけ、彼が少女NPCを引き取ったという噂を思い出した。
これは手間が省けたと、ブンジロウは慌てて二人に声をかけたというわけである。
もちろん手続き事を重んじる騎士によって、NPC派遣センターでの求人登録はしっかりとさせられたのだが。
「ハコ。 その件だが・・・」
今度は騎士からの助言だ。
「もっと思いきって飛んで来い。 でないと危険だ」
彼はこのたびの仕事で”飛ばされ”役を歩道で受け止める補助員を努めている。
普段とは主従が逆転しているわけだ。
箱娘が騎士に対し、自分の仕事っぷりをしきりに確認する原因もそこにあるのだろう。
メインを張って嬉しいのだろうが、騎士からすれば彼女はまだまだ半人前。
ちょっとしたことでも注意しておかねば、気が気ではない。
「危険ってどういうこと? あれって轢かれても平気なトラックなんでしょ?」
「トラックのことじゃない。 主人公の突き飛ばしのことだ」
「突き飛ばし・・・? って、突き飛ばすことだよね?」
彼女には珍しく、大変正しいことを言って首を傾げる箱。
「突き飛ばしを侮ってはいけない。 あれは列記とした攻撃方法だ」
騎士は大いに真面目に説明を重ねた。
突き飛ばしは、もちろん人にもよるだろうが、この場合両手のひらで相手を押し飛ばすことが多い。
トラックに轢かれそうな人物を、例えそれが小柄な少女と言えど、安全圏に押し飛ばさなければならない前提上、両手でおこなうのは当然のことだ。
一般的な十トントラックの車幅を考えると、少なくとも二メートルは飛距離が欲しいところだ。
しかし考えて欲しい。
重量物を持ち上げて放るならまだしも、押して二メートルとなるとなかなか困難な話だ。
そうなると突き飛ばす側は全力でことにあたるだろう。
腕のみならず、肩、腰、膝、その他の全身の駆動部をフル回転させて、両足を踏ん張って突き飛ばして来るに違いない。
必然的に衝撃力が高くなるのも自明の理というもの。
ましてそれをおこなうのは、チート級の身体能力を持つことの多い主人公なのだ。
だからこそそれを受ける側は、ただ単に突き飛ばされる役といっても注意が必要となる。
そういった極論を、今回はサブに回ることになり過保護気味の騎士は滾々と説いた。
「だからこそ、受ける側も体術を駆使してだな・・・」
「自分から飛んでダメージを減らすんだね。 突き飛ばしくらい大丈夫だよう」
「だから侮るな。 なかには双纒手や虎撲子といった技に昇華した例もある」
「なにそれカッコいい! お兄さんそれ使えるの!? おしえておしえて!」
「む、そうだな」
くどく長ったらしいお説教の回避半分。
何とも心をくすぐる名前の技に対する興味半分。
箱娘の放った攻防一体の話題逸らしは、みごと騎士に的中したようだ。
「技はともかく、体捌きと重心移動をおぼえておけば身の安全がより高まる。 やってみるか」
「やったーー!」
こうして午後からの仕事の備え、休み時間を利用した体捌きの訓練が始まった。
「まずはゆっくり身体を押す。 両手を前に出してみろ」
「これでいい?」
箱が両手のひらを突き出すと、騎士はそこに両手のひらを合わせた。
いわゆる手押し相撲の体勢である。
と言っても箱娘の背が低いため、騎士は膝立ちではあるが。
「いいか、押された瞬間に身体を脱力させ、衝撃点を後ろに逸らしてみろ」
「なんだか難しそうだねえ」
ゆっくりと押される手のひらを、上半身の力を抜きながら引いて止める。
「そうだ、次は逸らした衝撃を重力にまかせて下に落とす。 腰を落とす感覚だ」
「ええっと・・・こんな感じ?」
今度は下半身の柔軟性を使って沈み込んでみた。
「よし。 最後は身体に力を充足させ、下半身の踏ん張りで重心ごと前方に押し出す」
「よ、よいしょ!」
相手の力を、縦の円弧を描くことでそのまま押し返す。
例えるならば身体の中で振り子を揺らす感覚だろうか。
そんなイメージで箱は訓練に励んだ。
まだまだ身体が柔軟で無駄な筋肉が無いためか、意外にも適性は高いようだ。
「なかなか見込みがあるな。 次は身体を直接押すから難易度は上がるぞ」
「うん、やってみるよ!」
そんなこんなで力の受け流しと重心移動のレクチャーを続けていると。
「おぅ! お前らぁ休み時間にぃ、なぁにやってんだぁ?」
トラックの点検整備を終えたらしいブンジロウがやって来て尋ねた。
しかし二人は真剣に練習に取り組んでいたため、返事が無い。
「チチでも揉んでもらってんのかぁ小娘ぇ。 んじゃぁおれぁシリでも揉んで」
冗談半分とは言え、ワキワキと動かした手を伸ばすブンジロウ。
それがまさに箱娘の細い腰に触れようとした瞬間、場所を入れ替えたように騎士が割り込み・・・。
「ごぼあぁぁ!」
さらに次の瞬間には、ブンジロウの巨体が宙を舞っていた。
飛距離はざっと二〇メートルといったところか。
「これが八極拳の一手、双纒手。 下心で身体を触って来る不埒者には叩き込んでやれ」
地面を陥没させるほど右脚を強く踏み込み、両手を斜め上に押し出した体勢で、騎士は変わらぬテンションで言ってのける。
膝立ちの体勢からどうやればあれほど早く動けるのか。
「あはは・・・。 わたしに覚えられるかな・・・」
頬を引きつらせながら箱娘は辛うじて答える。
背後からはトラックの荷台に何かがぶつかるような音。
それでも何事も無かったように体勢を立て直すと、騎士はさらに続けた。
「お前なら使えるはずだ。 なんせ下半身の安定感は俺よりも優れている」
~NPC派遣センター地下食堂~
「代わりの人が見つかってよかったねえ」
今日一日で身体を駆使したためか、一層食欲旺盛な箱がレバニラ炒めを頬張る。
ピンチヒッターとして、有無も言わさず請け負うこととなった今日の仕事。
しかし代わりの人員が見つかったとかで、明日は受けずに済むこととなった。
箱としてはなかなか面白かったのだが、やはり騎士は納得がいかなかったのだろう。
「”人”と言っていいのかわからんが、今日で終わって何よりだ」
騎士はいつも通りジョッキを傾けながら、深くうなずいた。
「次から子犬型のNPCになるんだってね」
「ああ、お前も経験したように、少女NPCでは問題が生じていたらしいからな」
あの”出来事”のあと、騎士が問い詰めたところブンジロウはとうとう白状した。
ここ最近で、”飛ばされ”役の少女NPCが次々と退職した理由。
それは身体に触れること目当てで転生センターを訪れる、迷惑な主人公が現れるようになったからだという。
「そん小娘ならぁ、色気もくそもねぇからよぅ。 狙われねぇんじゃねえかと」
そう言い訳したブンジロウ。
虎形拳の一手、虎撲子で再び宙を舞うこととなったのは言うまでもない。
しかし激怒した騎士とは裏腹に、箱はあまり気にしていないようだ。
今この間にもあらたな料理を腹に納めていく様子を見るに、色気より食い気なのだろう。
「それにしてもさ、トラックに轢かれて転生って、考えてみたらすごいねえ」
そんな呑気なことを口にする。
呆れ半分、安心半分の溜息を吐くと、騎士は応えた。
「しかしまあ、それがラノベの定石だからな」
「でもさ、うちの人気作って、外で本になったりするんでしょ?」
「ああ。 PVや評価値にもよるが、人気作は出版化されることが多い」
むしろそれが目的でラノベリオンをプレイする者も多い。
なかには事前に出版社と話を付けてから、ラノベリオンを始めるセミプロも居たりする。
年間を通しても結構な数の作品が、外の世界へ送り出されているはずだ。
「じゃあさ、ずっと未来の人がその本読んだら、本気にしちゃうんじゃない?」
「トラックに轢かれたら転生できる、という話か」
「そうそう。 いまならみんな定番ネタだってわかるけど、未来じゃどうなるかわかんないじゃん」
冗談染みた物言いで箱は語るが、騎士はなるほどと感心した。
その当時の常識や世界観をよく理解せずに古典を読んだため、認識に齟齬が生まれる。
歴史学などでは良くある話だ。
「ずっと未来で”トラックに轢かれて転生”なんてとんでもない話が信じられちゃったら大変だよねえ」
そう言いながらも楽しそうにケラケラ笑うあたり、やはり冗談のつもりなのだろう。
しかし、人間への認識がまだまだ足りていないと見える。
たまたま今日の仕事でメインを張ったが、やはり半人前という訳だ。
これまたどこか安心した心持ちが生んだのだろう。
騎士はもう一つ溜息を吐くと、冗談染みた物言いで言うのだった。
「その心配はない。 すでに外の世界での一番のベストセラーがその類だ」
少女の一撃を喰らって、俺は本当に目覚めた。
あの小柄で細い身体から繰り出された、強烈な一撃。
えもいわれぬ衝撃が、俺の全身を駆け抜けた。
相手の力を受け流し逸らして打ち返す、なんという東洋の神秘。
ひ弱な俺でも、強大な敵を打ち負かせるかもしれないのだ。
この一手を極めずしては、俺はきっとなにものにもなれないだろう。
そうして今日も道路にたたずむ。
俺のスキルは「死に戻り」。
恐れるものは何もない。
この挑戦は続くのだ。
トラックを押し飛ばす、そのときまで。




