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幸運の駄女神さまといく、ジンクス任せの異世界博打紀行

三度の飯より博打が好きだった俺。

ゲン担ぎのために瀬川急便のトラックに触ろうとしたら、そのまま轢かれて異世界に来た。

いざ降り立った異世界だが、さっそく困った。

事態を説明してくれるやつがいないのだ。

こういうのって普通、案内役の女神とかがいるだろう。

まったくどこをほっつき歩いてるんだ、俺担当の駄女神はよう。


取り敢えず「ステータス」と唱えてみると、ウィンドウが開いた。

なになに、所持スキルは”ジンクス”?

博打を打つ際に特定の行動をおこなうことで運気を大幅に増幅する、能力強化スキルのようだ。

こうなったらやることは一つ。

博打あるのみだ。


なけなしの所持金を握り締め、ガチャ通りに向かった俺はさっそく最安値のガチャ機に挑む。

機械の前で「オープン」と叫ぶと、その機械攻略のジンクスが開示されるので攻略は容易い。

三度お辞儀をしてから回す。

時間の秒数が三十三秒のタイミングで回す。

事前に福引を引いた後に回す、などなど。

”ジンクス”スキルで当てた目玉商品を売り払い、資金を調達してより高いガチャに挑む。


こうして辿り着いた、最高額ガチャ機。

目下の目当ては換金率の高い神器級武器”ラグナロク”か。

これを当てて売り払えば、当面のあいだ金には困らないだろう。


さてさて”ジンクス”は・・・、なんだと?

「少女にボタンを押してもらう」だと?


こんな場所に女の子がいるはずが・・・。

 ~中央物流センター街~


「ねえねえ、お兄さん!」


 箱が呼びかける。


「どうしたハコ。 ああ、いつものあれか」


 騎士は応えながらも、心当たりに思い付いた。

 闘志に燃える箱の目が、雄弁に物語っていたのだ。



 ラノベリオン世界において商品の流れを一括管理する中央物流センター街。

 この区画は各地の商店街とつながっており、今日も多くの主人公(プレイヤー)のみならずNPCで賑わっていた。

 本来であれば予定外のいざこざを避けるため、NPCたちが不用意に主人公(プレイヤー)側と接触することは良しとされていない。

 しかし何事にも例外というものがあるもので、この中央物流センター街はNPCへの利用が広く推奨されていた。

「繁華街には活気と喧騒が必要」という運営(マスター)NPCの判断らしい。

 その後押しとして、NPCたちには社員割引を始めとしたいくつかの特典が設けられており、騎士と箱は日用品買い出しに足しげく中央物流センター街を利用していた。



「にっひひ~、 今日の買い物でまた一〇枚たまったんだよ!」


 箱娘がにやりと笑いながら、手の中で扇状に広げられた紙きれを見せびらかす。

 一定額の買い物ごとに付いて来る福引券は主人公(プレイヤー)のみならず、中央物流センター街におけるNPCたちへの福利としても採用されている。

 もっとも券一〇枚で一回引ける福引は、主人公(プレイヤー)が課金して回す有料ガチャなどとは比べるべくもない、とてもささやかな景品ばかりであり、好き好んで回す主人公(プレイヤー)は滅多にいないのだが。



「あと”ハツ”が出ればコンプなんだ! 今日が最終日だから絶対当てて見せるよ!」


 そんなコンテンツでもNPCにとっては大事な娯楽の一つである。

 数多い景品の中の一つ、食品サンプルストラップの第六弾”焼き鳥シリーズ”がよほど心に突き刺さっているのだろう。

 メラメラと燃える眼窩の炎が、その輝きを一層増す。

 なお、食品サンプルストラップ第六弾は、モモ、ネギマ、さんかく、キモ、ツクネ、かわ、手羽、そしてハツの全八種類。

 その異常なまでにリアルな造形 -もっとも実物の焼き鳥と同じテクスチャが貼られているので当然なのだが- のストラップは、地道な収集によって期間最終日の現在、一種類を残すのみとなっている。

 箱はこの最終日に決戦をしかけるため、なんとか一〇枚の福引券をかき集めたのだ。


「大した意気込みだが、くじは運次第だ。 外れたとしても騒がんようにな」


 暴走気味の彼女の熱意に、騎士は敢えて釘を刺した。

 一つは、期待を持ちすぎて、外れた時に落ち込まないように。

 もう一つは、福引所のある区域は主人公(プレイヤー)が特に多いため、無用の騒ぎを起こさないように。


「大丈夫大丈夫! 今日の私はついてるんだから!」


 そういって胸を張る箱。

 なんでもテレビのモン娘占いで運勢一位だったのと、朝一番のお茶に茶柱が立ったことが根拠らしい。


「そうか。 まあ、いいんだが」


 いまいち論点を理解していない相棒に嘆息すると、騎士は中央物流センター街の一角にあるランダム型アイテム提供エリアへと足を向ける。


「まあ大船に乗った気でいてよ」


 箱が自信ありとばかりに広げた福引券で顔を扇ぐと、綺麗な金髪のツインテールがユラユラと揺れた。




 ~中央物流センター街 ガチャ通り~


「うわあ。 相変わらずすごい光景だねえ」


 その場所は本日も盛況なようで、箱娘はいつも同じ感想を述べる。

 通りの左右にはお馴染みの一〇連ガチャやボックスガチャ各種を取り扱う出店がずらりと並び、その前にもこまごまとしたガチャ機がびっしりと置かれていた。

 ごく一部の例外を除き、ラノベリオン内の現行ガチャが集結しているこの場所こそ、誰が呼んだか”ガチャ通り”。

 今日も夢と欲望を追い求める者たちがここに集い、そして明確な勝者と敗者に選別されて去っていく。


「次は来る! 次は来る! 絶対来る!」


 ある主人公(プレイヤー)は、けたたましい程に吠えながらボックス内の三角くじをまさぐる。


「・・・無心、・・・無心、・・・無心」


 かたや周辺の喧騒に心を動かさず、目の前のスロット台に集中する主人公(プレイヤー)


「黄昏よりも・・・、血の・・・、時の流れに・・・」


 あるいは呪文か祈祷のような文言をブツブツと唱える主人公(プレイヤー)もいる。


「五秒前、・・・四、・・・三」


 レバーを手にかけたままじっと時計を見つめる主人公(プレイヤー)は、何時何分に回すと決めているのだろう。


 それらは”ジンクス”と呼ばれる、主人公(プレイヤー)特有の行動だ。


 ガチャ通りではいつも見られる光景だが、面白いことに次から次へと新しいジンクスが生まれているらしく、それはガチャラインナップの更新よりも速いのではないかとまで言われている。

 ガチャ通りの煩雑さは、このような主人公(プレイヤー)たちの思い思いの奇行によって無秩序にまで昇華するのだ。

 それがこの区画を包む独特の雰囲気を生み出しているのだろう。



「いろいろと試行錯誤するものだ」


 連中には聞こえないように騎士がつぶやく。

 それらジンクスがラノベリオン内に設定された抽選確率に作用しないことは、もちろん理解している。

 しかし決して彼らを笑うつもりは無い。

 確率と偶然という大いなる敵を前に、精一杯に抗う後ろ姿は、まさに戦う者のそれであった。

 そんな憧憬に似た眼差しで周囲を見回していると、


「なあ! そこの騎士さん、ちょっと」


 ガチャ機の前に陣取った主人公(プレイヤー)に声をかけられた。

 身なりからすると中級クラスの男性剣士だ。

 取りついているのは北欧神話をモチーフとした装備ガチャ。

 ここで神器級の装備でも手に入れて、上級者への足掛かりとしたいのだろう。


「む、なにか用か?」


 決して面倒だとは思わぬように心がけながら、足を止めて聞き返す。

 返す返すも彼らは大事なお客様なのだから。

 それに主人公(プレイヤー)に対する手助けは、運営(マスター)に報告すれば手当金も出るのだ。


「方角を教えてくれ。 北はどっちだ?」


「北か。 ちょうどあの時計塔の方角だ」


 騎士が手短に答えると、男も「助かる」と短く告げて、


「ああ!ウルダ様、ヴェルダンディ様、スクルド様。 どうかお導きを」


 北の方角に向けて五体投地を始め出した。

 どうやらこれもジンクスの一環らしい。

 北欧神話に五体投地はどうなんだと思わなくも無いが、口にするほど野暮ではない。

 騎士は再び歩みを進めた。

 手当金の方は恐らく雀の涙ほどであろう。




「さっきのひと、凄かったねえ。 地べたに寝っ転がってたよ」


 ガチャ通りをしばらく歩いたところで箱が口を開いた。

 かの主人公(プレイヤー)が居る傍で口にするほど空気が読めない訳でもない。


「彼らなりの理論があるんだ。 非科学的でも決して軽んじないように」


「大丈夫だよう。 わたしだっておまじないとか好きだもん」


 釘を刺す騎士に、笑顔で返す箱。


「さっき唱えてたの、北欧神話の運命の女神たちだよね」


「ほう。 勉強したようだな」


「勉強しろって、お兄さんが言ったんじゃん」


 その答えに肯く騎士。

 戦国武将や三国志、幕末はもとより、各種神話関連もソシャゲでは頻出事項である。

 ラノベリオン内でもそれは変わらず、騎士は学習を勧めていたのだが、それが結実したようだ。

 騎士が気を良くしたのを悟ったのか、箱の話は弾む。


「それでさ、勉強して知ったんだけどさ、幸運の女神って前髪しかないんだって!」


「ほう。 ギリシャ神話だな」


 幸運の女神には前髪しかない。

 だから通り抜けた後に手を伸ばしても、後ろ髪を掴むことはできないという。

 いわゆる、幸運をつかむチャンスは一度しかないという例え話である。


「前髪しかない女神っておかしいよねえ。 髪は女の命なのにね」


 そう言ってケラケラ笑う箱。

 正しくはカイロスという少年神が元ネタと言われている逸話だが、それを指摘するのも野暮だと騎士は聞き流した。


「さーてと、 わたしも幸運を掴まなくっちゃ」


 ガチャ通りの先にある福引所まではもう少し。

 肩をぶんぶんと回し、意気込む箱娘に声が掛けられたのはその時であった。


「なあ! そこのお嬢さん、ちょっと」


 箱を呼び止めたのはまたしても男性の主人公(プレイヤー)

 先ほどと同じように、ガチャ機の前に陣取った体勢だ。


「えっと・・・、わたし?」


 目をぱちくりとまたたかせ、慌てて聞くと、


「そうそう! ちょっと手を貸してくれねえか」


 と、これまたさっきと同様に助けを求められた状態となった。

 身なりからしても先ほどと同じような中級プレイヤーだろうか。

 箱は思わず不安げな眼差しを騎士に送るが、彼は黙したまま肯くのみだ。

 先述のとおり、主人公(プレイヤー)を助けることはNPCの課題の一つである。

 まだまだ頼りない相棒に、少しでも経験を積ませようとする親心がそこにあった。


 箱は意を決すると、主人公(プレイヤー)に尋ねた。


「わたし、大したこと出来ないよ?」


「なに、難しいことじゃない。 このボタンを押してくれ」


 そう言って男が指さすのはスロット型ガチャ機のストップボタン。

 これを押せばドラムが止まって抽選アイテムが決定されるのだ。


「どうも物欲センサーが働いていけねえ。 欲のない子供に押して貰いてえんだよ」


「そうなの? まあそれくらいなら」


 男は後頭をボリボリと掻きながら、ガハハと笑った。

 彼の語る”物欲センサー”というのも、いわゆるジンクスの一つ。

 あるアイテムを欲しがれば欲しがるほど、出難くなるというものだ。

 従来はコンシューマゲーム用語であったが、ソシャゲのガチャ文化にも流用されて久しい。


「よく見りゃ嬢ちゃん、宝箱に入ってんのか。 縁起がいいじゃねえか」


「ここでいいんだね? 押すよ?」


「おう。 ズバッとやってくれや」


 おっかなびっくり箱がストップボタンを押し込む。

 ドラムがしばらく回りながらも、徐々に減速していき・・・。

 ガチャ機の電飾が光ったかと思うと、ファンファーレが鳴り響いた。

 モニタに表示されたのは、流麗な一振りの剣。


「来たあああああああああ!」


 どうやら狙っていたものが的中したらしい。

 男が咆哮とともに、箱娘の手を取るとぶんぶんと激しい握手で振り回す。

 流石にコンプライアンスの難しい昨今、少女に抱き着く愚行まではしてこなかったが、破顔したその顔は喜色で溢れていた。


「ありがとう! まじでありがとう!」


 さらには大柄な身体でペコペコと頭を下げまくる男。


「え、あ、うん。 どういたしまして」


 目を白黒させながら、そう答える箱を尻目に。


「っしゃあああ!」


 トドメとばかりに、雄叫びとともに拳を天叩く突きあげた。

 それはまさに勝者の雄叫び。

 人には抗えぬ、運命という壁を乗り越えた者だけが挙げる名乗り。

 勝者と敗者を明確に区別する、絶対の段差の上でのみ許される魂の叫びだ。


 従来であればその握りこぶしは、アンテナのごとく敗者の羨望とやっかみを引き寄せる。

 しかし今回ばかりは、事情が違う。

 違うのだ。

 他力で成し遂げた、今回ばかりは。


 敗者となりかけている彼らの視線は、勝者ではなく別のものに引き寄せられた。

 未だ勝者の傍らでどぎまぎと佇んでいる、その小さな背中に。


「おい嬢ちゃん! こっちも押してくれ!」


 他の主人公(プレイヤー)から、そんな声が挙がるのも当然のことであった。


「えっ!? わたし!?」


 箱は半ばパニックになりながらもすがるように視線を送るが、騎士はまたしても肯くのみ。

 周囲の視線が集まるなか、観念してスロットボタンを押せば、またしても電飾が光った。


「ねえお嬢ちゃん! 次はこっち! 好きな紐を選んで!」


 女性の主人公(プレイヤー)に言われるままに紐引きくじの紐を選んで引っ張ると、ズルリとゴツい特賞が姿をあらわし・・・。


「次は俺の番だ。 このダーツを投げてくれ!」


 もはや目をつぶって投げたダーツは、射的小屋の天板に密かに描かれていたシークレット的に突き刺さった。


 次は次はと、箱が引っ張りだこに催促されるお祭り騒ぎの中。

 騎士は主人公(プレイヤー)を手助けした際に運営から支給される手当金がどれほどになるかを計算していた。

 ラノベリオン内のランダム型アイテム提供システムは全て確率で統制されているため、例え箱が当たりを引きまくったとしても偶然でしかない。

 当然、それによる損益が二人に課せられることも無いので、残るのは主人公(プレイヤー)からの感謝のみ。

 思わぬ臨時収入はなかなかの額になりそうだと、予測を立て終わったころ。


「ねえねえ・・・、お兄さんお兄さん」


 あちこちに連れまわされていた箱が、疲れた様子で声をかけて来た。

 ちなみにいまもなお、彼女を求める声はあちこちから挙がっている。


「どうしたハコ。 なかなか好調のようじゃないか」


「うん。 それはいいんだけどね」


 聞き返す騎士に、箱は不安げな面持ちで答えた。


「こんなに幸運使ったら、わたしのぶん無くなっちゃわないかなあ」


 そんな泣き言をぼやいている間に、次のガチャ機に案内されていく箱娘。

 騎士は遠ざかる背中に、声援の意を込めて言葉を送り出すのであった。


「最後まで付き合って差し上げろ。 お前にはその綺麗な金髪があるのだろう」






 ~NPC派遣センター地下食堂~


「ほんとにすごい造形だねえ。 職人技だねえ」


 食品サンプルストラップ第六弾”焼き鳥シリーズ”のNo.8、ハツストラップ。

 念願のアイテムをねっとりと眺めながら、箱はバーベキュー串に噛り付いた。

 なぜ焼き鳥ではないのかというと答えは簡単、食い出の問題である。

 食欲旺盛なこの娘は、じっくり味を楽しむ焼き鳥よりはガツガツいける料理を好む。

 もちろん焼き鳥も大好物なのだが、結局のところ味より量なのである。


「まあなんだ。 人助けをして良かっただろう」


 さっきまで泣いていた小娘の変わりように、騎士は呆れ交じりの言葉を吐いた。




 あのあと、幸運の女神だなんだと祭り上げられ、多くの敗者を救済し続けた箱。

 疲れ果てた足でようやく福引所に辿り着いた彼女を待っていたのは、売り切れの看板であった。


 勝者になれるのであれば、もちろんこの上ない。

 それで諦めが付くのであれば、敗者とて決して悪いものではないだろう。

 しかし戦いにすら挑めなかったことは、抜けない楔として心に刺さり続けるものだ。


 ハズレを引く覚悟こそしていた箱にとって、その不戦敗はさすがに堪えたようだ。

 いつものように「あんまりだよ!」などと騒ぐようなことはせず、ただただうつむいた。

 まして多くの人たちに幸運を導いた後だけに、悔しさもひとしおであるのだろう。

 袖で拭うそばから、また一滴とにじみだす涙、涙、涙。

 そんな様子を見ると、主人公(プレイヤー)の期待に応えることこそNPCの使命と考える騎士ですら居たたまれなくなった。


 トボトボと帰路につく、一層小さく見える少女の背中。

 どう慰めたものかと考えあぐねていると。


「なあ! あれ、宝箱の女神さまじゃねえか。 泣いてるのか? ちょっとどうしたよ?」


 再びガチャ通りに差し掛かった折、主人公(プレイヤー)の一団に声をかけられた。

 思えばよく呼び止められる一日だ。


 しょげ返った箱に代わり、騎士が事のあらましを主人公(プレイヤー)達に説明する。

 この先の福引所が閉まっていて、お目当てのストラップが貰えなかった、と。


 そこからの動きは速かった。


 さっそくガチャ通りにいる主人公(プレイヤー)を対象に、厳重な捜査網が張り巡らされる。

 それこそ、箱娘の救いの手を受けたかどうかにかかわらずだ。

 やがて一人の男性主人公(プレイヤー)が箱の前にはせ参じた。

 箱にも見覚えのあるその青年は確か、代わりにスロットを押した人物の一人だ。

 なんでも当たりを引いたのでガチャ通りから引き揚げたのを、知り合いの連絡を受けて舞い戻ったらしい。


「俺の持ってるハツでよければ。 あ、一応未開封ですので」


 ひざまずいた青年が恭しく差し出したそれは、福引の抽選器から出て来るカプセル。

 箱が恐る恐る受け取りカプセルを開けると、中には切望したものが入っていた。

 両手が塞がっているため、服のひじの部分で目をぬぐうと、


「ありがとう!」


 箱は精一杯の笑顔で応えた。


 これが地下食堂にやってくるまでの顛末である。





「おいハコ。 さすがにだらしないぞ」


 元SR級ヒロインNPCの面目躍如。

 周囲を一斉に魅了したあの可憐な微笑みは、今は果たしてどこへやら。


「ええ~~。 そうかなあ。 うへへ・・・」


 もう何本目かになるバーベキュー串をかじりながらも、飽きることなくストラップを眺め続ける箱。

 その締まりのないニヤケ面に、見かねた騎士が苦言を呈するが治る気配が一向に無い。

 これでは仮とは言え、彼女を御神体と崇めていた主人公(プレイヤー)に申し訳が立たないというものだ。


「せっかく主人公(プレイヤー)たちに助けて貰えたんだ。 彼らの期待に応えるためにもだな」


 目を話せばすぐに気が緩む相棒を、主人公(プレイヤー)たちが望む存在に育てるべく。

 滾々とお説教を始めようとする騎士であったが、機先を制したのは箱であった。


「でもさ! わたしも今日は思い知ったよ。 女神に後ろ髪は無い。 チャンスはさっさと掴まなきゃいけないって」


「ほう。 そうか」


「最終日に狙ったりするから売り切れたんだし、女神は前倒しで捕まえに行かなきゃね」


 そんなもっともらしいことを言って箱が微笑む。

 先ほどとは違ったやれやれと言わんばかりの微笑みだが、その心がけは評価すべきだ。

 それを学んだだけでも良しとするかと、騎士が思っていると、箱がさらに言葉を重ねた。


「まあ本音言うと女神は当分いらないや。 チャンスを捕まえに行くのってすっごく疲れるよ」


 そう言うや否や、再びだらしない笑顔でストラップを眺め始めた。

 その様子に、騎士は何度目かのため息を吐く。


 やっぱりこの娘はなにもわかってはいない。

 今すぐ欲しいとか、当分いらないとか、そういう問題ではない。

 幸運が、チャンスが、なにゆえ女神に例えられるのか。

 人知を超えた、手の届かぬ存在として擬えられるのか。


 幸運というのは往々にして、最悪のタイミングでやってくるのだ。

 その場合、名称を「試練」と変えて。



 ストラップに夢中の箱娘は、いまだ気付く様子が無い。

 テーブルの隅に放置されたガチャカプセルからはみ出した、広告用の紙切れ。

 いわゆるミニブックに書かれた文字は、騎士からは「七弾”BBQシリ」しか読み取れないがそれで十分だろう。


 やがて来るであろう新たな騒動。

 出かかった溜息をジョッキで流し込むと、騎士は言葉を吐き出した。


「知らなかったのかハコ。 この世界では女神は大体、七日置きにやって来るんだ」

なるほど、そういうことだったのか。

あのおどおどした幼い女神は。

お人よし過ぎる女の子は、多くの人を救うために奔走し続けているのだ。

そりゃあ博打打ちの道案内なんかしてる時間はねえよな。


俺を助けてくれた女神はすぐに別のやつを助けに行ってしまい、俺はその場に残された。

ちくしょう、何が駄女神だ。言うに事欠いて俺というやつは・・・。

何とも居たたまれずに、忸怩たる思いでガチャ通りを立ち去った。


しばらくすると博打仲間からメッセージが届く。

なに? あの女神さまが泣いてる?

なんでも人助けで力を使い果たし、困っているらしい。

力を取り戻すには、信者による信心が必要なんだと。

お人よしを過ぎてもはや呆れるレベルだ。

やっぱりあの娘、駄女神じゃねえか。


よし待ってろ、今すぐ駆けつけてやる。

何よりもゲンをかつぐ俺こそ、最高の信心を持つ者だ。

そして言うんだ。一世一代の大博打を打つときにいつも唱えるジンクスを。

この博打に、俺の心臓を捧げてやるってな。

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