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もし高校野球の強打者が異世界にドラフト指名されたら

朝練の途中で整地用圧延器(コンダラ)に轢かれ、俺は異世界に転移した。

身寄りのない俺がこの世界で食っていくためには、冒険者として名を上げるしかない。

金属バットよりも軽い銅の剣はなんとも心もとないが、無いよりはマシだ。

革の盾を腕に付けると、俺はついに町の外へと踏み出した。

 ~NPC派遣センター~


「ねえねえ、お兄さん!」


 箱が呼びかける。


「どうしたハコ。 目ぼしい依頼でもあったか?」


 騎士は掲示板から視線を動かさずに応えた。


「”てんてん”の仕事が貼ってあるよ! これ受けよう!」


 相棒である箱型モンスター娘の嬉々とした声で、ようやく視線を向ける。

 しかし騎士には、”てんてん”と言うタイトルに聞き覚えが無かった。


「ほら、エキストラ募集だって! このタイトル、今熱いんだよ!」


 そう言うと、箱は掲示板から一枚の依頼票を剥がして寄越した。


「”転生軍師は天才的策略を閃く”。 それで”てんてん”か」


「結構流行ってるのに知らないの? 面白いんだよ?」


 ペラペラと喋り続ける箱の言葉を聞き流しながら、騎士は思い出す。

 このところ着実にPV(ページビュー)を増やしている新進気鋭の人気タイトルだ。

 その依頼票にはこのような記載がされていた。


 内容:敵兵士エキストラ、その他雑務

 職場:特設エリア 河川敷スタジオ

 時間:二日間

 報酬:一万五千GP

 特記:敵軍が主人公(プレイヤー)の水計に嵌り、河川を流される場面です


 物語に更なる勢いを付けるため、なんとも大掛かりな展開を行うようだ。

 通常クエストやイベントクエストを進めているだけでは、このような機会は訪れない。

 地道に貯めた膨大なGP、いわゆるゲーム内通貨を放出したか・・・。

 それとも、それなりの額を課金をしたか。


「水計で流される役だって。 なんか楽しそうじゃん! ねえ、やろうよ!」


「これは、受けん」


 騎士は依頼票を掲示板へと貼りなおした。


「えええ!? なんでだよお兄さん! 川に流されるだけでお金貰えるのに!」


「流行りのタイトルもいいが、依頼票の内容も良く読め」


 ぷくーっと頬を膨らます箱に、騎士は依頼票を指し示す。

 問題は”二日間”という日数と、”その他雑務”という表記にあった。


「川に流されるだけで二日もかかる訳が無いだろう」


「あれ? 本当だ。 どうしてだろう?」


「恐らく”雑務”に特設スタジオの整地が含まれている。 河川敷でローラーを曳かされるぞ」


「うわあ、えげつない。 下手に受けるとバカ見るねえ」


「バカだからバカを見るんだ」


「辛辣過ぎるよお兄さん!」


 箱の苦言をまた聞き流すと、騎士は掲示板に視線を戻す。

 そうそう上手い話は無い。

 楽に儲かる仕事も簡単には転がっていない。

 ならば、いつも通りの手でいくか。

 こうして騎士は、新たな依頼票を剥がした。


「これにしよう」


「ええー。 またチュートリアルの仕事? 報酬安いのに」


「手堅いからな。 それにこの新規主人公(プレイヤー)は見込みがある」


「無課金の新規なんて、どれも一緒じゃん」


「だからこそ、俺たちが工夫をするんだろう」


 こうして騎士が請け負った本日の仕事。

 もう何度受けたかわからないほど、数多くこなした内容だ。

 手に持つ依頼表には、以下の記載があった。


 内容:チュートリアル戦闘の敵役

 職場:始まりの町郊外

 時間:随時

 報酬:五千GP

 特記:各種追加報酬有り


 ゲーム開始時に無くてはならないチュートリアル戦闘。

 それに関して、運営(マスター)NPCは下記の三項目を定義している。

 一つ、主人公(プレイヤー)に通常攻撃を行わせ、ダメージを受けること。

 二つ、主人公(プレイヤー)に対して通常攻撃を行い、防御させること。

 三つ、主人公(プレイヤー)に必殺攻撃を行わせ、ダメージを受けて倒されること。

 仕事を請け負ったNPCは、この三手を行いさえすれば最低限の成功報酬が支払われる。

 騎士たちはこの単調な項目にいくつか工夫をすることで、日々の糊口を凌いできた。




 ~始まりの町 郊外~


「お兄さんお兄さん、あの人じゃない?」


 箱の声に騎士は木陰から目を凝らす。

 新規ゲームスタート時の拠点となる始まりの町から続く街道。

 初期装備を身に付けた青年が、物珍し気に周りを見渡しながら歩いていた。


「間違いない。 あれが今回の主人公(プレイヤー)だ」


「キョロキョロしてる。 一発でお上りさんってわかるねえ」


「この世界が珍しいんだろう。 では打ち合わせ通りに頼む」


「わかってるよ。 お兄さんも頑張ってね」


 箱の声援を背に受けながら、騎士は木陰から身を躍らせた。

 突然目の前に立ちふさがった全身鎧の男に、主人公(プレイヤー)が歩みを止める。


「おい貴様、新米だな。 俺様がこの世界の礼儀を教えてやろう」


 そう言って腰から抜いた剣をギラリと光らせる。

 こうしないと本当に礼儀指導だと勘違いする新規主人公(プレイヤー)が稀にいたりするので、言動挙動にも中々気を使わなければならない。


「な、なんだよあんた。 いきなり強制バトルかよ!」


 幸いにも今回の客にはうまく伝わったらしい。

 主人公(プレイヤー)は慌てふためきながらも、銅の剣と革の盾を構えた。

 ほとんどの主人公(プレイヤー)はそうなのだが、この新人も武器を使った経験が無いらしい。


「なかなか威勢がいいな。 特別に先制攻撃をさせてやろう。 さあ攻撃して来い」


「ちくしょうバカにしやがって! どうなっても知らねえからな!」


 そう叫んで主人公(プレイヤー)が繰り出した攻撃は、攻撃と呼ぶには余りにも単純な軌道を描く。

 それでも喰らってやるのが騎士の仕事なのだから、返って有難いのだが。

 剣と鎧がぶつかり、ガキンと金属音が鳴り響いた。


「ぐああ! な、中々の攻撃だ! しかしその鈍ら銅剣では俺様の鎧は貫けんぞ」


「くそっ! 切れ味が悪すぎる」


「ふはははは! それが鉄の剣であったなら、さしもの俺様もやられていたところだ」


「やっぱり初期装備は弱いのか・・・」


 右手に握る銅剣の、あるのかどうかも疑わしいほど鈍い刃を睨みながら主人公(プレイヤー)が呻く。

 まさか最初の敵がこんなに硬いとは思いも見なかったのだ。

 つい戸惑いが浮かぶその最中、何処からともなく女性の声が聞こえてきた。


「あきらめては駄目。 鉄の剣はGPガチャで手に入ります」


 不意に聞こえたその声に主人公(プレイヤー)は周囲を見渡すが、声の主は見当たらない。

 心なしか、街道沿いの並木の陰から聞こえた気がするのだが。

 その隙を見逃さず、騎士はお返しとばかりに手加減攻撃を繰り出した。


「よそ見をする余裕があるのか! 俺様の袈裟斬りを喰らうがいい!」


「いやっ、だって声が! うああ!」


 主人公(プレイヤー)はとっさに身を守るが、その体勢は万全とは言い難い。

 最初から盾を狙った騎士の一撃で、盾を後方に弾き飛ばされてしまった。


「た、体力が三分の一も削られた!?」


「がはは! 俺様の必殺剣を防ぐには、木の盾でも持ってくることだな」


「くそっ! 革の盾じゃあ軽すぎて受け止められない!」


 未だチュートリアル戦闘だと舐めていたところに思わぬ高ダメージが入り、さらに焦る主人公(プレイヤー)の耳に再びあの声が聞こえた。


「安心なさい。 木の盾は三日連続ログインボーナスで貰えます」


 その声に励まされながら、主人公(プレイヤー)は剣を握りなおす。

 この剣では攻撃が通らない。身を守る盾ももう無い。

 手持ち無沙汰の左手が、その行き先を求める。


「そうか・・・。 これなら!」


 何かを閃いたのか、主人公(プレイヤー)が構えを変えた。

 元の世界で何千何万と繰り出したあの構え。

 最も破壊力の出る、あの構えに。

 そんな様子などてんで気付かぬ素振りで、騎士はこれ見よがしに剣を大上段へと構えるのだった。




 ~NPC派遣センター地下食堂~


「相変わらず見事な死にっぷりだったね。 お兄さん」


「仕事だからな」


 箱がニヤニヤと笑いながら、二本目の肉に手を伸ばす。

 横薙ぎ真っ二つにされた胴が完全につながったことを確認すると、騎士はようやくジョッキを仰いだ。


 すでに主人公(プレイヤー)の元には、自動作成されたノベルが届いているはずだ。

 今日、彼が経験したチュートリアルを元に書き起こされた、彼だけの物語が。

 咄嗟の機転で強敵を見事打ち負かした内容に、きっと満足していることだろう。

 そしてその快感を忘れられなくなる。

 チュートリアルで辞めてしまう新規プレイヤーを減らすため、騎士が考え出した工夫であった。


 派遣センターに帰還した騎士が報酬を受け取ったところ、そこに追加報酬が加算されていた。

 担当した新規主人公(プレイヤー)が、ガチャを回した時に加算される手当である。

 あの主人公(プレイヤー)はさっそく、騎士を倒して手に入ったGPをガチャにつぎ込んだらしい。

 この様子では三日連続ログインによる追加報酬も手堅いに違いない。

 過疎してしまえばいずれ滅ぶとされるこの世界で、新規主人公(プレイヤー)を定着させる行為は高く評価されるのだ。


「でもさ、あの演出ってどうなんだろね。 わざとらし過ぎない?」


主人公(プレイヤー)が納得していれば、問題は無い」


「『片手剣を両手で!? 信じられん! 天才か!?』とか、逆にバカにしてると思うんだけど」


 決して理解できない訳ではない異議を、箱が呈する。

 騎士は一杯目のビールを飲み干すと、経験の浅い相棒を諭した。


「いいかハコ。 あの手の主人公(プレイヤー)が欲するのは大きく分けて三つだ」


「ふんふん」


「小手先の機転で、敵を出し抜いて、勝つこと」


 指折り、騎士は語る。

 勝利は何よりも大前提。今どき負けて終わる話などウケはしない。

 そして勝利を彩るのは間抜けな敗者。

 尊大な敵に一杯食わせて、出来るだけ惨めに叩き伏せるのが好ましい。


「その二つはわかるよ? でも小手先の機転がチャチ過ぎると思ってさ」


「逆だな。 チャチ過ぎるから小手先の機転なんだ」


 そう。小手先だから。

 とっさの機転だからこそいいのだ。

 今どき実を結ぶかどうかも保証されない努力や修行など流行らない。

 そういう地道さは、確実に効果が反映されるレベル上げに発揮すればよい。

 騎士はそう確信しているのだが、箱はいまだ腑に落ちない面持ちを浮かべている。


「なんだ。 納得いかないか」


「もっとこう地道に修行して、少しずつ強くなる展開なんか熱いじゃん」


 持ち上げた二杯目のジョッキを一旦テーブルに戻すと、騎士は言った。

 まだまだこの世界の仕組みを学んでいる途中の、未熟な相棒への助言だ。


「そういうのを好む連中は、こんなラノベ作成ソシャゲ(ラノベリオン)などやらん」

冒険初日、俺はいきなり強敵を倒したことでギルド嬢に驚かれた。

なんでも初心者狩りを好む、たちの悪い騎士だったらしい。

俺の評判を聞きつけた女戦士が、頼んでも無いのに仲間に加わった。

そしてさっそく出かけた魔物の討伐依頼。空を飛ぶオオガラスにまたもや苦戦を強いられた。

あの不思議な女性の声はもう聞こえてこないが、俺ならもう大丈夫だ。

どんな依頼や強敵も、工夫次第でどうにか出来ることを学んだのだから。

剣が届かず難儀する女戦士を横目に、またもや閃いた俺は地面に転がる石を拾い上げた。

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