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異世界現場 指差呼称、ヨシッ!

ブルドーザの安全確認をしている最中、後続のブルに轢かれて転生した重機乗りの俺。

生まれ持ったのは、指差し一つで邪気を払うスキル”指差呼称”だった。


それにしてもこの異世界には機械技術が随分と乏しい。

城や道路の施工現場を見に行ったものの、せいぜい滑車や猫車がある程度だ。

重機の一つも無いと来れば、折角のノウハウが活かせないじゃないか。

そう嘆いていた十八歳の俺だが、ある魔獣の噂を耳にした。

平たいブレード状の角で森林を根こそぎ押し倒す、半獣半機の化け牛”ブルドーザーブル”がそれだ。

野生動物に邪気が取りつき凶暴化したのが魔獣なら、俺の指先が火を噴く時。

うまく凶暴化を解除できれば、重機ならぬ獣機として使えるかもしれない。


全長五メートルはあろうかという魔獣を前に、


「ヨシッ!」


裂帛の気合を込めて、俺は指を突き出した。

 ~リセットガチャ屋 中央通り店~


「ねえねえ、お兄さんお兄さん」


 箱がハンドルをひねったまま呼びかける。


「ハコ、いったんハンドルを戻せ。 作業手順厳守だ」


「あ、ごめんごめん」


 騎士に指摘され、箱は慌ててハンドルから手を放した。

 ひねっている間は延々とリセットが繰り返されるため、予期せぬ事故の元である。


「それでハコ、用はなんだ。 パッキーが切れたか」


 騎士もハンドルから手を放すと聞き返した。


「ううん。 そうじゃないんだけど・・・」


 箱娘はツインテールの髪をでんでん太鼓のようにして首を振る。

 ビュンビュンと軽い風切り音に混じって、どこからか悲鳴が聞こえた。


「なら作業をしながら話してくれ。 追加報酬にはまだまだアタリが足らん」


 それだけ言うと、騎士は再び視線を目の前の機械に戻した。

 朝早くからこの仕事に従事しているが、いまのところ結果が芳しくないことはその表情から見てもわかる。

 これは愚痴ってる場合じゃない、頑張らないと。


「やっぱりいいや。 気にしないでねお兄さん」


 そう言って、箱も再び機械に向き直した。

 二人の前に鎮座しているのは、やたらと派手な音と電飾をばら撒く装置。

 パチンコ台のようにも見えるが、その正体はガチャ機の一種であった。


 パッキーカードを入れて右下のハンドルをひねると、中央モニターで抽選演出が始まる。

 せいぜい五秒ほどの短い抽選アニメを経て、大きく表示される抽選結果アイテム。

 一般的なガチャ機との違いは、この時点ではまだ抽選結果が確定されないことだ。

 モニター下の確定ボタンを押せば晴れてそのアイテムが手に入るが、抽選結果が気に入らなければハンドルをもう一度回せばいい。

 そうすれば再度抽選演出が開始されることとなるが、見送ったアイテムは当然ながら手に入らない。


 それはいわゆる、”リセットガチャ”のような仕組みであった。


 ”ような”というのは本物のリセットガチャと違い、リセット回数に上限があるからだ。

 専用パッキーカード一枚に付き、引き直せる上限は一千回。

 パッキーカードはゲーム内通貨”GP”では買えず、課金通貨”RP”が三千ポイントも必要になる。


 三千RPというと、ラノベリオン内における一般的な常設一〇連ガチャと同価格だ。

 それで一千回の引き直しが出来るのだが、その分アタリの当選確率は常設ガチャよりもグッと低くなっている。

 しかも手に入るのは確定させたアイテムか、または一千回目に引いたアイテムが一個だけ。

 それが果たして得かどうかは人それぞれに解釈を委ねるところであるが・・・。


 得と判断したものが多いのか、店は主人公(プレイヤー)たちで大繁盛していた。

 箱が周囲を見渡しても、空いている席など見当たらない。

 散在した誰かが肩を落とし去っていくと、一分と立たずに新たな人が席に座るのだ。


『四十番台お客様、星五アイテム大当たりおめでとうございます』


 うるさいくらいの音量で鳴り響くアナウンスが、大当たりが出たことを店内に告げる。

 箱の周辺でも関心や怨嗟の声がポツポツあがり、それを縫うようにどこからか悲鳴の声。



「わたしもがんばらなくちゃ」


 気を取り直して、箱は再びガチャ機のハンドルをひねった。

 すぐさま中央モニターに、四角くて大きな機械の絵が映し出される。

 箱娘にはそれが何かわからなかったが、いくつかの特徴から見るものが見ればわかるだろう。

 複数の切削工具を自動で切り替えるコンピュータ数値制御の工作機械。

 いわゆる”マシニングセンタ”を描いたものであると。


 次いでモニター脇から、十字マークの安全ヘルメットをかぶった猫のキャラクタが二足歩行で出て来た。

 マヌケだが何とも愛嬌のある顔のメット猫は、そのままマシニングセンタに取りつく。

 ピポパとボタン操作すると、マシニングセンタがパッと光を放ち・・・。


「ほら、やっぱりハズレだよ」


 モニターに大きく映し出されたのは、まるで古いロボットの手のような工具。

 下に表示されたアイテム名から、箱はそれが”モンキーレンチ”なるものであることを知った。

 アイテム名の横に輝く二ツ星が、親切にもそれがハズレアイテムだと教えてくれる。

 もう何十回、何百回と見た光景である。


「ほんとに当たるのかなあ、これ」


 騎士に聞こうと思って聞けずじまいな疑問を呟くと、箱はまたハンドルをひねった。

 レアリティは星一つのコモンから、星六つのピックアップレアまで入っているらしい。

 実際に隣で打つ騎士は星四つのアタリ枠、スーパーレアを何度か引き当てている。

 しかし残念ながら箱娘はいまのところ、星三つがたまに出る程度の大爆死状態であった。

 これが自分の持ち出し金で打っていたのであれば、どれほど凹んでいたことであろう。


 場所:リセットガチャ屋 中央通り店

 内容:リセットガチャ機のデモンストレーション要員

 報酬:日給六〇〇〇GP

 特記:一定数のアタリ獲得で功労賞として追加報酬あり


 店から提供されたパッキーカードで、指定された席のガチャ機を打ち続ける。

 それが本日二人が請け負った仕事であった。

 デモンストレーション要員とはいうものの、どちらかというとサクラや打ち子に近い。

 このガチャは確かに当たりが入ってますよと、喧伝するための仕込みの客というわけだ。

 他人がピックアップを当てているのを見ると、「よし俺も」となるのが世の常である。


 なお、勝っても負けても基本給は同じで、当てたアイテムはもちろん貰えない。

 一定以上当たりを引ければ追加報酬が貰えるが、いまの成果では望み薄と来た。



「まだまだ。 もういい加減当たってもいいはずなんだから」


 苦戦する騎士の助けになるべく、箱も諦めずにまたまたハンドルをひねる。

 そもそも掲示板でこの仕事を見つけ、やってみたいと駄々をこねたのは彼女自身なのだ。

 少しくらいは役に立たねば、申し訳ないというもの。

 すると、そんな箱娘の気迫が機械に通じたのであろうか。


「あ、絵が変わった!」


 モニター内にはマシニングセンタではなく、もっと古臭い工作機械が表示された。

 いままでほとんど代わり映えしなかった仕事に、ようやく起きた小さな変化。

 箱は訳も分からず声を弾ませたが、ガチャ演出に詳しい人が見ればそれがフライス盤リーチだと気付くだろう。

 ここで老眼鏡をかけた熟練メット猫が登場すれば、大当たり確率が跳ね上がるのだが・・・。


 残念ながら現れたのは、腕飾りや首飾りをジャラジャラ付けた新米猫であった。


「あ、あ、あ」


 嫌な予感の拭えない箱が固唾を飲むなか、バイト猫はフライス盤に近付く。

 血のように赤いフラッシュが数度またたいた後、表示されたのは一つ星。

 星五つのスーパーレアより確率が低いはずの大ハズレ枠、コモンアイテム”百均工具セット”が当たった瞬間であった。


「なんだよもう! ぜんぜん出ないじゃんこの台!」


 期待しただけにその落差は激しく、箱は一度飲み込んだ愚痴を吐き出した。

 開店時間前に並んで入店し、朝から昼過ぎまで打ち続けているというのにこの仕打ちだ。


「ハコ、うるさいぞ。 それと店の批判はするな。 減点になる」


「そりゃあお兄さんは何回か当たり引いてるからいいよ? わたしなんかさ・・・」


「む、ちょっと待て」


 箱が言いかけたそのとき、騎士の打つ台にも変化が現れた。

 騎士は作業手順通り、ハンドルを元に戻して注視する。

 するとモニターにはぞろぞろと三匹のメット猫が現れた。

 それぞれが手に持つクリップボードには、なにかの用紙が挟まれている。

 この演出こそは、期待値が比較的高く人気のあるトリプルチェックリーチだ。


「チェック ヨシッ!」

「チェック ヨシッ!」


 二匹目までのメット猫が安全チェック作業に合格を出す。

 そして、騎士と箱の見守るなか三匹目のメット猫は・・・。


「・・・チェック ヨシッ!」


 多少の勿体を付けながら、チェックシートに合格を出したのであった。

 すぐさまモニターが瞬き、表示される五つ星アイテム。

 ピックアップ中の星六目玉アイテムでは無かったが、十分な当たりと言えよう。

 唖然とするハコを尻目に、騎士は粛々と作業手順を遂行する。


「星五アイテム確認よし。 確定ボタンよし」


 アイテムが間違いなくアタリであることを確認すると、モニター下の確定ボタンを押した。

 指差しと声出しにて確認するこの行為は、一般的に指差呼称と呼ばれるものだ。


『六十番台お客様、星五アイテム大当たりおめでとうございます』


 騎士が当たりを出したことを告げるアナウンス。

 店内に鳴り響くやいなや、周囲からポツポツと関心や怨嗟の声が上がった。

 そしてそれを縫うように聞こえるだれかの悲鳴。


 一方、またしても差を開けられてしまった箱娘。

 思わず騎士の顔を見るが、鉄仮面は当然ながら表情一つ変えていない。

 当たりが出たというのにあくまで業務的に、いや業務なのだが、それをこなす相棒がなんというか。

 羨ましいやら、憎らしいやら。

 本音を言うと寂しいやら。


「ねえお兄さん、席を代わってよ! わたしもうこの台いやだよう」


 居ても立ってもいられずに、遂にはそんなことを言い始めた。


「なに、この席か」


「さっきからそっちばっか当たってるじゃん! そっちが良い席なんだよ代わってよ!」


 そう言われて騎士は、しばし思考を巡らせる。

 騎士と箱の二人が座っているのは、業務契約時に店舗側から割り振られた席だ。

 この席で打つことがデモンストレーション業務の第一条件であり、席の移動は原則認められていない。

 しかし同業者同士の一時的な交代なら、店側から黙認されている部分もある。

 なにせいくらNPCとは言え、休憩も必要になればトイレにも行きたくなるのだ。


「仕方のないやつだ。 少しだけだぞ」


 重ねて来た回転数計算が無駄になることを苦笑しながら、席を立つ。

 待ってましたとばかりに、箱がピョコンと席に座った。


「やったー! わたしここから本気出すよ!」


 念願の当たり台を前に、はしゃぐ箱娘。

 さっそく意気揚々とハンドルをひねり始めた。

 現金なものだとため息を吐きつつ、騎士も再びハンドルを握る。


「張り切るのはいいが、くれぐれも作業手順は守ってくれ」


「わかってるって! 大丈夫だってば!」


「そういう油断がだな・・・、む」


 浮足立っている様子に、騎士が釘を刺そうとしたのと、

 先ほどまで箱が打っていた台のモニターに、パレットを満載したフォークリフトが出て来たのは、

 ほぼ同じタイミングであった。


『六十一番台お客様、星五アイテム大当たりおめでとうございます』


 またしても喧しいアナウンスと、ついでに箱娘の金切り声が店内に響き渡った。




 ~リセットガチャ屋 中央通り店~


 それから数時間。


 箱はもちろん、騎士もこれといった当たりを引けずにいた。

 パッキーだけが何枚も機械に呑み込まれ、残りの就業時間は三十分もない。

 ここから追加報酬を手にするにはピックアップの星六アイテムを当てる必要があるのだが、現状では厳しいだろう。

 うっかり店内で余計な口を滑らさぬよう、箱には敢えて伝えていないのだが。

 店から指定されたこの台は「設定六」という、比較的当たりやすい台のはずなのだ。

 それでもこの散々たる結果なのだから、店側はどれだけ絞りに来ているのか。

 主人公(プレイヤー)たちにはご愁傷さまというほかない。


 箱の方はというと席を元に戻した後はぐずっていたが、すっかり口数が減って久しい。

 拗ねた、むくれた、というよりは、代わり映えの無い作業に疲れてきたのだろう。

 ただでさえこのガチャ機は長時間の連続使用に際し、あえて思考が鈍るよう演出が単調に作られているのだ。

 だからこそ、その都度の作業手順順守が必須となるのだが。


「んんん・・・。 ふう」


 時おり首を振っては、眠気を払う素振りの箱。

 ややもすればうつらうつらとしそうな彼女の手はハンドルを捻りっぱなしなのだが。

 こうも箸にも棒にもかからなければ、手順厳守と注意するのも気の毒に思える。


「追加報酬は惜しいが・・・」


 そろそろ潮時か。

 騎士は視線を疲れ果てた相棒から自分の台に戻そうとして・・・。


 その途中に、ヘルメットもかぶっていない猫の姿を捉えた。

 箱の座るガチャ機のモニター内だ。

 台座上の金属半球体にドライバーを差し込もうとするそれは。


 ハンドルを戻せ!


 そう叫んでいては間に合わなかっただろう。

 ハンドルの捻りっぱなしによって、再抽選がおこなわれていたはずだ。

 幸いにして、それよりも先に騎士の身体が動いた。


 人食い箱亜種娘の下半身は、とうぜん宝箱状になっている。

 普段はパーカーフードのように後ろに垂れているその上蓋を、騎士はとっさに閉めたのだ。

 箱娘の身体はその構造上、蓋を閉められると上半身が中に引っ込むように出来ている。


「うひっ! なに!? なに!? お兄さんどうしたの!?」


 寝ぼけていたところにいきなり蓋を閉められ、ずいぶんと困惑した様子の箱が中から驚きの声を上げるなか。

 モニターの中の金属半球体は、青い輝きを一気に放ち始める。

 そして白に染まったモニターに映し出されたのは、一本のドライバーらしきアイテム。

 その横に並んでいる星の数は、もちろん六つだ。


「星六アイテム確認よし。 確定ボタンよし」


 蓋を閉めたまま、指差呼称をおこなう。


「え!? 星六出たの!? 見たい見たい! 開けてよお兄さん!」


 そんな箱の抗議に耳を貸さず確定ボタンを先に押したのは、さしもの騎士といえど興奮していたのだろう。


『六十一番台お客様、”WEGA デーモンドライバー”、大当たりおめでとうございます』


 ピックアップ大当たりを告げるアナウンスで、ようやく騎士は肩の荷が下りたと言わんばかりに蓋から手を放すのであった。




 ~NPC派遣センター地下食堂~


「ほんとにもう! あの当たりはわたしが引いたんだからね!」


 もう何度目かになる文句を言うと、箱は五本目の串カツにかじりついた。

 追加報酬のお陰で晩餐は幾分豪華なため、そこまでへそを曲げてはいないだろう。

 思うに”デーモンコアリーチ”の当たり演出を見られなかったのが不満らしい。


「わかったと言っているだろう。 それにそもそも作業手順を守らんお前が悪い」


 危うく仕事を仕損じる状態であったことを考慮し、騎士は敢えて注意を促した。

 今回は所詮ガチャのアタリハズレに過ぎないが、手順軽視は場合によっては事故にもつながるのだ。

 労わるのもいいが、まずはその辺りの線引きをしっかり引いて指導せねば。


 騎士は手順順守の大事を改めて説こうとしたのだが、料理を前に目の冴えた今の箱は素早かった。


「はいはい、わかりましたようだ。 ところでさ、さっきの仕事で聞きたいんだけど」


 拗ねていた照れ隠しと、お説教回避のための話題転換。

 仕事に関しての質問と来れば、騎士は付き合わざるを得ない。


「・・・なんだ」


 小憎たらしい箱の小手先芸に憮然としながらも、騎士は先を促した。


「どうせわたしたちNPCに当たりを引かせるんなら、最初から機械の確率をいじればいいと思わない?」


 そんな当然と言えば当然の疑問。

 特定のNPCが座った台だけ、必ず当たりが出るように細工しようという案だ。

 騎士は今度こそ、苦虫を食い潰したような表情で応えた。


「ハコ。 ガチャの確率操作がご法度なのは知っているだろう」


 重々しいその言葉。

 特に有料ガチャの確率操作が発覚することほど、ソシャゲの信頼性を失うことは無い。

 有利誤認や超低確率設定など、グレーゾーンにも片足を突っ込むラノベリオンとは言え、それは禁忌とされていた。

 過去、確率操作発覚の末に終了していったソシャゲの前例数を考えると、とても手など出せないだろう。

 ましてラノベリオンが終了することは、運営をはじめとする全NPCの消滅と同義なのだから。


「でもさ、わたしたちが打ってた台って特別なんでしょ?」


「ああ、”設定六”のことか。 確かに他の台に比べると当たりやすく設定されている」


「それって確率操作にならないの?」


 首を傾げる箱に、騎士は説明を重ねた。


「特定の対象に有利不利を与えるから問題になる。 機会が平等であればなにも問題は無い」


「どういうこと? 解りやすく言ってよ」


 頭にクエスチョンマークを並べながら尋ねる箱。

 騎士はひとまず、解りやすそうな例えを出した。


「リンゴが十個あるとしよう。 甘いものもあれば酸っぱいものもある」


「それが当たりと外れだね。 それで?」


「それを誰かが配るとき、なにか仕掛けがあって必ず酸っぱいリンゴを配られたら、そいつはどう思う」


「そりゃ怒るよ。 わたしなら絶対怒る」


 両手の拳を振り上げて、箱が憤りを示した。

 器用にもクエスチョンマークがも怒りの湯気に変わっている。


「では、十個のリンゴを早い者勝ちで取り合い、結果として酸っぱいものを引いてしまったら」


「うーーん。 それは残念だけど納得するしかないね。 平等だもん」


「そういうことだ」


 話が通じたことを確認すると騎士はなおも続ける。


「NPCだろうが主人公(プレイヤー)だろうが、誰だってあの台に座ることが出来る。 これも平等だろう」


 話の全容が見えて来たらしい箱が、なおも反論する。


「でもさでもさ! あの席ってさ、お店から指定された台じゃん」


「それは内々のものだ。 別の主人公(プレイヤー)があの席に座っても、誰も文句は言えん」


「じゃあ、朝早くからわたしたちが並んだのって・・・」


「それも早い者勝ちだ。 その気になれば俺たちを引き倒して獲ることも出来るだろう」


 所詮はこの世界も弱肉強食。

 さもそれが節理と言わんばかりに騎士が言い切った。


「・・・うわあ。 えげつないねえ」


 心底うんざりした表情のまま、納得を飲み込むように六本目の串カツに手を伸ばす。


「そこまでしてサクラが必要なのかなあ」


「あのリセットガチャは、なによりも当たりに”固執させる”ことが重要となる」


「ふんふん。 他の人が持ってるの見ると、欲しくなるもんねえ」


「とにかく固執させてパッキーを課金させるためだ」


「なるほど、それであんなに当たりのアナウンスしてたんだね」


 あのけたたましかった当選報告アナウンスが、耳元で再生されるように思い出された。

 ほんとに欲望なんてものは底知れないと、珍しく高尚なことを考えつつ手を伸ばす七本目。

 それを嚥下すると、箱は何気なしに新たな疑問を呈した。


「それはそうと、あの機械ってリセットしやすいんだけどさ」


「数を回させるための機械だからな」


「うっかり当たりをリセットしちゃうと最悪だよねえ」


 そういってケラケラ笑う、そのうっかりをしかけた張本人。

 その朗らかな脳みそは、まだ世の中がわかっていないらしい。

 少しは成長したかと思った矢先だ。


 なぜあのガチャ機が、そんな設計をされているのか。

 なぜ作業手順や指差呼称の順守が重要なのか。


 そしてあの店でときおり聞こえて来た、あの悲鳴がなんなのか。




 出かかった溜息をビールで飲み下すと、騎士は応えた。


「ハコ。 最も人がものに”固執する”のはどういう時か、わかるか」


「ううんと、なんだろう。 わかんないや」


「一度引き当てたはずのものを、失った時だ」

まいったな。

操縦するヤドカリ獣機”クラムシェルクラブ”の鞍で、俺は呟いた。

次の作業現場までは、鈍足のこいつじゃあどう急いでも一時間ほどかかる。

このままでは作業時間に遅れそうだ。


まあいいか。

慌てて動いても事故の元、まずは落ち着いて状況確認が大事だ。

先方への報告連絡をしっかり入れておけば、何の問題も無い。

いっそのこと、どこかで一服していこうか。

俺は思念魔法を発動させると、現場で待つ監督にメッセージを送信した。


(渋滞のため、現着は午後になりそうです)


送信しながらも周辺を見渡すことは忘れない。

ふと目に付いたのは、最近流行っているガチャ屋だ。

ド派手なのぼりには「新規ガチャ入荷」の文字が。


(今日新台入るのか、丁度いいな)


こうして二つのメッセージは、俺の悲鳴を置き去りに飛んで行った。

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