自動機能(オート) ~夢遊病の俺、異世界にて、斯く戦えり~
夢遊病で夜中に外をほっつき歩いた挙句、俺はトラックに轢かれて転生した。
こっちの世界で冒険者として一旗揚げようとしたものの、しょせんは根っからの怠け者。
努力も訓練もしないせいで、剣の腕前なんかちっとも上がらない。
大体、この大剣ってのはなんでこんなに重いんだ。
諦めて惰眠を貪っていた俺だったが、ある日目覚めると身体がめちゃくちゃ逞しくなっている。
慌ててステータスを確認すると、なんだこりゃ、レベルがごっそり上がっているじゃないか。
そしてスキル欄に輝くその文字は「夢遊病」。
どうやら寝てる間に勝手に素材集めやレベル上げをやってくれるスキルのようだ。
気を良くした俺は、大剣をかつぐとさっそく試し斬りに出かけるのであった。
~NPC派遣センター~
「ねえねえ、お兄さん」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ。 目ぼしい依頼でもあったか?」
騎士は様々な依頼票の張られた掲示板から視線を動かさずに応えた。
「この依頼はどうかな! なんだか楽そうだよ!」
そう言うと、箱は掲示板から一枚の依頼票を剥がして寄越した。
「”回復の泉”監視員・・・か」
目を通して読み上げると、なるほど言葉の通りの内容だ。
初心者主人公用の探索及び経験値稼ぎエリア「森丘」。
その中央にある泉は、初心者救済の意味もあって何度も使える無料回復ポイントである。
その滾々と湧き出る回復水の発生装置を監視するのが、仕事内容のようだ。
確かにこの手のポイントを放置すると、無茶な使い方をする主人公が出ないとも限らない。
「綺麗な泉で一日のんびりできそうじゃん。 天気も良いしこれ受けようよ!」
「これは、受けん」
騎士はむべもなく依頼票を掲示板へと貼りなおした。
「えええ!? なんでだよお兄さん! 楽ちんなのに」
楽して稼げる格好の依頼を見つけたと思った矢先にこれだ。
ぷくーっと頬を膨らます箱に、騎士は諭すように答える。
「いいかハコ。 世の中楽な仕事ばかりではないな」
「うん、そうだよ? だからこんな楽な仕事は取らなきゃ損じゃん」
ぷんぷんと不服そうに応える箱。
「楽な仕事が悪いとは言わんが、楽な方に流されてばかりすれば、いずれ癖になる」
ここでしっかりと教育しておかねば。
ややもすれば楽に流されがちな箱娘の将来を憂い、騎士は言葉を続ける。
「そうなるとだハコ、どうなると思う」
「えっと、楽な仕事ばっかりするようになるってこと?」
箱の答えに、騎士はしっかと頷くと続けた。
「そうだ。 ”楽”に身体が馴れてしまうと、今までこなしてきた普通の仕事すら苦痛に感じるようになる」
「まあ、そうだね」
「いずれは仕事そのものに苦痛だと感じるようになるだろう」
「そうかもしれないけどさ・・・」
「ましてお前は普段から、仕事に少し慣れると楽をしようとする節が」
「わかった! わかったよお兄さん! わかりましたって!」
雲行きがお説教に向かい始めたのを察したらしい。
箱娘は慌てて頭上で両手をぶんぶん振ると、騎士の話を打ち切った。
こうなっては行楽日和の泉でのんびりどころか、雷雨の一日である。
「わかってくれたか」
「仕事は真面目にやりますようだ、ぶう!」
そう言って箱は、拗ねたようにそっぽを向いた。
もちろん本当に機嫌を損ねているのではない。
照れ隠しの大量に混じった、彼女なりの懺悔なのである。
可愛げのある懺悔に内心苦笑しながらも、騎士は再び掲示板に目を向けた。
やはりめぼしい仕事は見当たらない。
「今日もこれでいくか」
べりっと剥がしたその依頼。
変哲の無い、常に一定数の求人が出されているその内容は。
内容:通常戦闘の敵役
職場:森丘エリア
時間:随時
報酬:五千GP
特記:初心者推奨エリアのため要手加減
初心者狩りと見なされるような行為は厳禁です
いつも通りの初心者用戦闘員。
仕事場所が「森丘」なのは他意がある訳ではないのだが。
確かに今日は行楽日和のいい天気であることには間違いないのだ。
~森丘エリア 回復の泉周辺~
「・・・あちゃあ、お兄さん完全に拗ねちゃってるよ・・・」
気持ちのいい晴天と涼やかな朝風の吹き抜ける森丘エリア。
初心者主人公が腕前を鍛えるには絶好のコンディションと言えよう。
しかもすぐそばには無料で体力魔力が回復できる泉が、滾々と冷たい湧き水を湛えている。
ことにおいて新米たちの育成にひとかどならぬ使命感を持つ騎士。
担当の主人公を、いまかいまかと待っていたのだが・・・。
やって来たのは外見こそ整ってはいるが、生気の感じられないうつろな目をした青年であった。
「・・・」
かたや鉄仮面の下で沈黙を守る騎士。
本来であれば「そこの貴様、吾輩と勝負しろ」などと解りやすい敵キャラを演じるのだが。
「・・・」
かたや初心者装備に身を固めたまま、口を開こうともしない主人公。
普通であれば突然立ち塞がった騎士に対し、「なんだよあんた」などと言うはずであるが。
ただただ向かい合っての沈黙。
それを破ったのは、騎士の呟きであった。
「・・・またか」
漏れたその言葉にはあきらめと、わずかながら侮蔑の色が混じっていた。
自動人形。
それが、うつろな目をしてたたずむ主人公に宿るものの正体だ。
独自の特色を推し進めることで、唯一無二の強みを武器としてきたラノベリオン。
しかしそのプレイヤーは、ラノベリオンだけをプレイしているとは限らない。
むしろ昨今のソーシャルゲーム乱立時代において、何作かを掛け持ちしているものが主流と言えよう。
そして他のソシャゲたちも、利益追求と運営存続のために日々努力をしている。
消費者たちを逃さぬために、少しでも快適なプレイ環境を整えようと試行錯誤を重ねているのだ。
限りある牌を少しでも多く奪うために。
その中で昨今台頭著しいのが、自動機能を主軸としたジャンル。
いわゆる”放置系ソシャゲ”は、プレイしていない間もゲーム内のキャラクターたちが行動や戦闘を進め、経験値やアイテムを稼ぎ続けるという解釈でおおむね間違ってはいないだろう。
この手のソシャゲは、決して消費者たちのメイン攻略ソシャゲには成りがたい。
しかし手間のかからない二番手三番手ゲームとして地位を確立し、多大なセールスランキングを叩き出していることは無視できない事実である。
それでなくとも戦闘や探索における自動機能は、ソシャゲ界隈において標準装備と化して久しい。
そんな時流と消費者の希望に後を押される形で、ラノベリオンにもついに自動機能が追加されたのは先々月のこと。
行動エリアを指定して放置すれば、勝手に出かけて経験値やアイテムを稼ぐ仕組みだ。
導入当初は、エリア周回とアイテム稼ぎありきの廃人主人公界隈に大歓迎されたものの、それ以外ではあまり流行らなかった。
なぜなら自動機能中は、ラノベリオンにとっての肝心かなめ、自動ノベライズ機能がオミットされるからだ。
消費者は何もせずにキャラだけが自動で動き、挙句にノベライズ機能だけ利用されてはたまったものではない、というのが運営の主張である。
もっとも、動きの単調になりがちな自動機能中の行動を文章化したとしても、そんなものは味気も面白味も無いに等しいのだが。
そんなこんなで追加された自動機能。
使ってみると確かに便利なことは疑いようも無く。
利用者は一般的な主人公界隈でも、ポツリポツリと見られるようになった。
騎士の目の前にいるものこそ、自動回路で動く存在、自動人形だ。
「仕方がない。 これも仕事か」
騎士が顔をしかめて深く溜息を吐く。
血の通った戦闘の駆け引きこそラノベリオンの魅力の一つと確信している彼は、忸怩たる思いを払うように騎士剣を抜いた。
その明確な敵対行為に反応したのだろう。
自動人形も初心者装備の分厚い大剣を背中から引き抜いて八相に構えた。
成っていない。
気迫も無ければ必死さも無い、なんとみっともない構えか。
恐らくは売られているなかで一番安い”自動回路”を積んでいるのだろう。
魂の無い木偶と相対するのかと思うと、仕事に貴賤は無いと信じる騎士でも思わず泣きたくなる。
そんな味気無い戦いをするくらいなら、いっそのこと一合二合切り結んだあと降参でもしてやろうか。
いかな未熟者であろうが自ら武器を手に取って戦う者には、一定の敬意を払う騎士の脳裏にそんな似つかわしくない考えが頭に浮かんだところ。
自動人形がおもむろに、剣を肩にかついだまま突っ込んできた。
あの体勢から出せる攻撃など、一手二手しか存在しない。
その一手が、必殺技と呼べるほど研鑚されているのならまだしも。
「・・・甘い」
ガキンという金属音がその呟きをかき消す。
紫電の抜き打ちが、握りの甘い自動人形の大剣を宙に弾き飛ばしたのだ。
血の通った初心者相手なら、このような実力差を隠しもしない辛辣な行動などしない。
何とも空しい。
その溜息もまた、大剣が地面に落ちるガラングワンという騒音にかき消されたのであった。
「あーあ、お兄さん完全にへそ曲げちゃったよ」
近くの繁みから様子を見守る箱もまた、見ていられないと溜息を吐いた。
新人育成に対する騎士の姿勢を知っているだけに、その溜息も重い。
ちなみにこの箱娘は別にサボっている訳ではない。
全身鎧の騎士を相手に、ややもすれば脅え竦むことも多い新米の主人公たち。
彼らを励まし、攻略アドバイスを贈る”天の声”が彼女の役割であった。
「これも無駄になりそうだねえ。 せっかく色々と持ってきたのに」
人食い箱亜種のモンスター娘である箱の身体には、幾ばくかの荷物が収納できる。
そして本日の依頼に際して騎士から預かった荷物は、良く磨かれた幾種類かの武器だ。
刀剣だけでも、騎士が使うような騎士剣をはじめ、大剣に日本刀、片手剣と小盾のセット。
それ以外にも槍に戦斧に棍棒と、主だったものはそろえられている。
そして戦闘後に騎士の合図があれば、主人公の装備に合致したものを箱がこっそり置いてくるのだ。
つまりそれは、いわゆるドロップアイテムと呼ばれるものであった。
それぞれは決してレアアイテムでも特殊能力付きでもない普通の代物にすぎない。
しかし武具に関して目利きである騎士が、ドロップ品支給品センターに直接足を運び、吟味を重ねて選んだ一品たちだ。
初心者たちがいずれ実力でより良い武器を手に入れるその日までは、彼らの心強い相棒となることだろう。
そんな思いのこもったドロップアイテムであるが、現時点で騎士が自動人形に与えたことは一度も無い。
規則上ではどんな主人公に対しても公平にドロップ抽選を行うよう定められているのだが、騎士と同様の対応をするNPCは正規・派遣を問わず多いのが現状である。
なにより彼らNPCにだって感情があるのだから。
箱娘がそんなことを考えていると、騎士の静かな怒号が聞こえてきた。
「・・・もう我慢ならん。 貴様、こっちへ来い」
騎士は剣を鞘に納めると、つかつかと自動人形に歩み寄る。
自動人形のほうも、騎士が剣を納めたことで敵対認識が解除されたのだろう。
特に攻撃行動をとることなく、騎士の元へと歩み寄ってきた。
「根本的に構えがなっていない。 もう一度さっきの構えをしてみろ」
自動人形はコクリとうなずくと、言われるままに大剣を構える。
普通の主人公では、こうスムーズに話が進まなかったであろうことはちょっとした利点なのだが、その肝心の構えには問題が散見された。
肩にかつぐように剣を傾けた変形八相の構えに見えるそれだが、実はそんな上等なものではない。
分厚い大剣はろくに鍛えていない主人公の身体能力では重すぎて、両手で柄を握り締めつつ肩に乗せて踏ん張らないと満足に動けないのだ。
「論外だ。 貴様に言っても仕方がないが、武器選びがそもそも間違っている」
その説教を理解できる程度の知識はあるらしい。
主人公の身代わりで怒られる自動人形は神妙にうなづいた。
眼差しこそうつろだが、なかなか素直なようだ。
騎士は荒ぶった感情を大きく沈静化させ、自動人形への評価を上方修正した。
「剣を貸してやる。 ハコ、剣を持ってきてくれ。 騎士剣だ」
「へっ? あっはいはい。 いま行くよー」
他人事の説教だと油断していたところに、不意の呼びかけを喰らったようで。
マヌケな返事を返した箱娘が、潜んでいた近くの茂みからガサゴソと這い出して来た。
「はい、これだね」
「うむ」
箱から騎士剣を受け取った騎士は、軽く検めると自動人形に差し出す。
自動人形もこれまたためらうことなく、これを受け取った。
「身体に合わない武器は、体幹を狂わせて成長の妨げになる。 このように構えて見ろ」
そう言って騎士は自らの騎士剣を再び抜き、手本となるように正眼に構えた。
幸いにも二度目の抜刀は敵対行為と識別されなかったようで。
騎士の立ち振る舞いをうつろな目でまじまじと見ると、自動人形もそれに倣った。
「何よりもまずは素振りだ。 効率云々を悩む前に一回でも素振りを繰り返す」
シュンシュンと繰り出される素振りは全力のものではなく、知覚できるよう速度を緩め、なおかつ正しい姿勢をことさら心がけたものであった。
その甲斐あってか自動人形もすぐさま素振りを真似始める。
しかし大まかには似ていても、動きに鋭さが無いのは明確だった。
なによりも音が鳴らないのは、刃筋が風を切っていないからである。
「胸を張り背筋を伸ばせ。 姿勢が悪いと何事も上達しないぞ」
「当分のうちは力んで振り下ろす必要はない。 剣の重さを利用するんだ」
「手と剣が一直線になった瞬間に手の内を絞める。 それまで柄は緩く握れ」
「振りかぶったとき剣を水平に保て。 垂れさせると肘のみの弱い振りになる」
騎士がアドバイスを送るたびに、自動人形の動きは改善されていく。
一時間ほど熱心に指導したところ、シュンシュンとはいかないもののビュンビュンと風斬り音が鳴るようになった。
それは決して自動人形の物覚えが特別良いという訳ではない。
戦闘データのろくすっぽ入っていない一番安い”自動戦闘回路”ゆえに、その分伸びしろが長いのだ。
それでもすっかり気を良くした騎士が、更に指導に熱を込める。
「お兄さん、すっかり先生モードになっちゃってるねえ」
そんな箱の呟きなど耳も貸さず。
「腰を落とせ。 膝は伸ばし切らず、遊びを確保しろ」
騎士の熱血指導は加速する。
「構えた時、切先が少し低い。 おおむね乳首の高さに合わせてみろ」
「やだもうお兄さん、それってセクハラじゃん! 懲罰対象になっちゃうよー」
どこか置いてけぼりにされたようで面白くない箱が、茶々を入れてケラケラ笑うのだが。
このことで騎士は、指導すべき相手がもう一人いることに気付いた。
「ハコ、良い機会だ。 お前も訓練に参加しろ」
「えっ、わたしも!?」
不意の軽口がとんだしっぺ返しに発展することは良くある話で。
「でも剣とか使えないよ? わたし人食い箱だし!ほら蓋が邪魔になるし!」
こんな天気のいい日に訓練なんてとんでもない。
思わぬ事態に箱娘が慌てて言い訳するも・・・。
「以前買った鉄の爪があるだろう。 磨いているだけでは宝の持ち腐れだ」
先生モードに入った騎士に切り払われる。
いつぞや箱がひと悶着の末に武器屋で買い求めた、真っ黒い塗装のされた鉄の爪。
たまに彼女が刀油や砥の粉を貰いに来ることから、手入れだけは日々欠かしていないことを把握していたのだ。
「でもでも、疾黒魔爪ちゃんにひっかき傷とか付いたら嫌かなあって・・・」
渋々と箱が取り出してきた鉄の爪は、買った時同様か、あるいはそれ以上に鈍い光を放っていた。
腕甲部分の留め金やスパイクが赤色鋼に変更されているところを見ると、あれからもカスタマイズパーツを買い足しているらしい。
それほどの代物ならばこそ、使ってやらねばなおさら可哀想だ。
騎士は少しばかりの意地悪さを含めて言った。
「そもそもそれは相手をひっかくための道具だろう。 ほら構えろ」
「うう、わかったよう。 わかりましたようだ、せ・ん・せ・いー!」
こうして始まった騎士と箱、自動人形による奇妙な特別強化訓練。
疲れれば回復の泉が利用できる環境は、パワーレベリングには最適と言えた。
本来であれば一定以上のレベリングが出来ないように、回復の泉周辺には弱いモンスターしか居ないのだが、今回は条件が違う。
腕前が上がるたびにぎりぎりの範囲まで手加減を緩める騎士が指導をすることで、ほぼ最大効率を以って自動人形は上達を繰り返した。
昼過ぎには、精神的にへばって脱落した箱を追い抜き。
夕方ごろには曲がりなりにも騎士と模擬戦が出来るようにまで自動人形は成長した。
身体能力で言うのなら、上級者の範囲につま先を踏み込んだ程度だろうか。
戦闘センスもまた、手加減無しの騎士と何合かは打ち合えるほどになっていた。
そして夕闇が迫る頃。
当初叩き込んだ礼儀礼節の教えに則って、綺麗なお辞儀をすると自動人形は去っていった。
「明日も来るならその大剣は置いてこい。 また武器を貸してやる」
騎士の声をその背に受けながら。
そして翌日。
朝も早くから昨日と同じ依頼を受け、回復の泉で待っていた騎士と箱。
昼前になり、今日は来ないのかと肩を落としかけたとき。
見慣れた影がようやくやって来たのだが。
「・・・あちゃあ、お兄さん完全に怒ってるよ・・・」
ピンと伸びて良くなったはずの姿勢は、みっともない猫背に逆戻り。
その丸まった背には、あれほど身体に合っていないと諭されたはずの大剣が背負われており。
うつろではあるが素直だった眼差しは、他者を蔑むような下卑た色が映っていた。
その日「森丘」に鳴り響いた風切り音は稲妻一閃、一回こっきりであった。
~NPC派遣センター地下食堂~
「お説教で済んで良かったねえ、お兄さん」
ホルモン焼きを串から豪快に食いちぎりながら、箱が件を振り返る。
あの後起きた出来事は、端的に言うなら凄惨の一言であった。
「おいお前、試し斬りしてやるからツラ貸せよ」
などと無礼にも言い放ち、大剣を変形八相に構えたその主人公。
それを目の当たりして激高した騎士が瞬時に抜刀し取った構えもまた、変形八相であった。
そのまま一足に踏み込むと、主人公を大剣ごと真っ二つにした雲耀の一撃。
騎士が全力を出したそれは箱の目には留まらぬ見事なものであったが、ややもすれば規約に抵触する恐れがあった。
回復の泉周辺は、要手加減指定の初心者エリアなのである。
「ああ。 不幸中の幸いだった」
ことが済み冷静になった騎士は運営NPCに出頭すると、ことのあらましを報告した。
場合によっては報酬の撤回どころか、なんらかの懲罰が課せられてもおかしくはない一件であったが。
報告を終え、箱の元に返って来た騎士が告げたのは”条件付きでの厳重注意”であった。
まず、被害者が初心者とはとても呼べないほどレベルが上がっていたことが幸いした。
厳重注意の内容も、どちらかと言えば特定の対象にパワーレベリングをおこなったことが対象であった。
幸いにして自動機能中は、ラノベリオンの誇るノベライズ機能は作動しないようになっている。
よってことの詳細は消費者には露見しないのだ。
要は、ゲームバランスを崩すような迂闊な行動は今後慎むように、とのことで注意は終わった。
かくして騎士は、ある交換条件の元、実質の無罪放免と相成ったのだが。
騎士の心持ちは暗いままであった。
「俺としたことが迂闊だった。 お前の手本となるべきなのに」
そういって騎士もジョッキを傾けるのだが、普段よりもペースが速い。
鉄仮面には映らないが、しょげかえっていることは箱の目にも明白だった。
それをなんとか励まそうと、箱は努めて明るく声をかけた。
「ほらほらお兄さん、猫背になってるよー。 胸を張らなきゃだよ!」
そういって胸をずいっと精一杯に張って見せた。
あれだけ普段食っておいて、ちっとも成長する気配のない薄い胸である。
そんな感想を口にすれば、この娘はさすがに怒るだろうか、それともまた茶化すだろうか。
酔い任せに頭をよぎったそんな疑問は、騎士の心を幾分軽くしてくれた。
これ以上情けの無い姿を見せまいと、騎士もまた姿勢を正す。
「そうだな。 ハコに教えられるようでは世話が無いな」
「そうだよ、その意気だよ。 これからも色々と教えてもらわなきゃね、先生」
こうしていつも通りの夕食時間が過ぎていった。
卒業証書代わりに彼に渡すはずだった新品の騎士剣だけが、視界の隅でわずかな名残を引きながら。
そんなこんなで復調した騎士であったが。
「そういやさ、”条件付き厳重注意”って言ってたけど、条件ってなんだったの?」
すっかり気を抜いた箱のこんな質問で、騎士の姿勢がまた猫背に逆戻りした。
そして幾ばくかの後悔と、納得のいかなさを含んだ言葉を絞り出す。
「あの自動人形、動きがかなり上達していただろう」
「そうだね。 わたしなんかよりよっぽど強くなってたね」
騎士はやけっぱちとばかりにジョッキを飲み干すと、ぐったり項垂れて呟いた。
「奴の蓄積した戦闘データだが・・・」
それは自らの大失策に対する、情けない呟きであった。
「ハイエンドの”自動回路”として、量産販売されることになった」
いや勘弁してくれよ。
だから俺ってそんなにたいした人間じゃないんだってば。
最近まわりで急に流行り出した”寝刀夢遊流剣術”。
隙のない正統派ながらも苛烈な攻めを特徴とする恐るべき流派だが、何故か俺がその開祖とされている。
寝ているときの俺が使うらしいそれは、他に比べると一段も二段も格上なのだそうだ。
挙句の果てに、弱きには優しく自分にはどこまでも厳しい人格者扱いときた。
まったく、寝ているあいだの俺はなにをやってるんだよ。
これじゃあ人目が気になって、ろくに怠けられないじゃないか。
え、なんだって?
モンスターの襲来?
街を囲んで三百匹の大群?
無理無理無理、冗談じゃねえ。
そんな「先生、頼みます」とか言われても困るって。
俺って普段はただ単に身体が鍛えられてるだけの素人なんだから。
それでなくてもあの時のトラウマで、剣を持つと震えが止まらないんだ。
ああもう、しゃあねえなあ。
観念した俺は、ブレスレッドに仕組んだ睡眠針を取り出す。
取って置きのそのアイテムは、値が張るのでおいそれと使いたくないんだが。
それじゃあまあ、後のことは頼んますよ、俺の中の”先生”とやら。
こうして俺は、首筋に睡眠針をチクリと刺




