ガチャを回して異世界を生き抜きます
ソシャゲのガチャ課金カードを買いに、コンビニに出かけたところトラックに轢かれた俺。
転生したこの異世界で手に入れたのは、ガチャを回す能力だった。
大当たりが出れば強力な装備が手に入るガチャという機械。
普段回そうとすると貴重な石が必要になるのだが、俺にはそれが必要でない。
そのかわり一回回すごとに寿命が一時間減るという能力だった。
下手に一〇連ガチャを三回も回せば、一日と六時間も減ってしまう。
今度こそ天寿を全うしたい俺は能力を使うことに踏み切れないでいたが、そこにアナウンスが流れた。
新たなガチャの実装だ。
ガチャ機上部のショーケースを見るに、五〇%の確率で当たりが出るようだ。
こんな機会は今までに無く、今後来ないかもしれない。
意を決して、ハンドルに手を掛けた。
俺の命が、掛け金だ。
~魔法のテキ屋 バックヤード~
「ねえねえ、お兄さんお兄さん」
箱が呼びかける。
「なんだハコ? 不具合品でも見つかったか?」
騎士は手を休めることなく、顔だけ向けて聞き返した。
「ううん。 そうじゃないんだけど、ちょっと気になって」
箱はツインテールの髪を、でんでん太鼓のようにして首を振った。
「なら、とりあえず手を止めるな」
それだけ言うと騎士は再び視線を目の前の物体に戻した。
二人の前に鎮座しているのは、やたらと派手な装飾のなされた大きな機械が一〇台。
上部のショーケースには、金色と銀色のカプセルがぎっしり詰まっているのが見える。
投入口に特殊な円盤石を入れてレバーを回すと景品カプセルが一つ出てくる、いわゆる”ガチャ”と呼ばれる機械だ。
「品切れを起こすと罰則で給料が減らされる。 作業しながら話をしてくれ」
「う、うん。 わかったよお兄さん」
そう言って補充作業を再開する箱を確認すると、騎士もまた作業に集中した。
どうやら先日実装された新型ガチャは、なかなか盛況なようだ。
なんでも目玉景品であるアイテムが、これまでにない程優秀なものらしい。
お陰でひっきりなしに客が来るので、見る見るうちにガチャ機内の在庫が減っていく。
在庫切れを防ぐため追加のカプセルを補充してやるが、それすらあっという間に消えてしまった。
終いにはガチャ機の補充口に補充作業員が付きっきりになる始末だ。
このカプセル補充作業こそが、二人が本日あり付いた仕事であった。
一人当たり五台のガチャ機を担当し、補充品が乏しくなると手の空いた方が倉庫まで在庫の段ボールを取りに行く。
急募がかかっていただけあって時給が高く、雇用も二三日で打ち切られることもなさそうだ。
偶然とはいえ派遣センターに求人票が張り出された、その場に居合わせたのは幸運と言えよう。
場所:魔法のテキ屋 バックヤード
内容:ガチャ機への景品補充
報酬:時給千二〇〇GP
特記:急募 新型ガチャ好評による作業員増員
「それでハコ、話とはなんだ?」
「えっとね。 このショーケースの中って、金と銀のカプセルが半々じゃん」
話の続きをうながされた箱は、おぼつかない手でカプセルを補充しながらも、ショーケースを見上げる。
釣られて見上げたショーケースには、ぎっしりと詰められた金色と銀色のカプセル。
ちなみに金がいわゆる”アタリ”であり、目玉景品をはじめとするレアアイテムが入っているそうだ。
「ああそうだな。 おおむね半々の割合に見えるな」
「でもさ、わたしが補充してるの銀カプセルばっかりなんだけど」
そういって振り返った箱の後ろには、カプセルをこれでもかと入れられた段ボールが山積みになっているが、なるほど見える範囲に金色のカプセルは存在しない。
「それはそうだ。 金カプセルは滅多に出ないからな」
「ふーん、 金ってそんなに出ないの?」
「出ないから”アタリ”だ。 それがなにかおかしいのか」
さも当然のように騎士が答えると、箱は少しばかり腑に落ちない表情を浮かべた。
こういった裏方の仕事にまだまだ不慣れな箱娘には、疑問に感じることもあるのだろう。
騎士が言葉を待っていると、箱はこんな質問を口にした。
「でもさでもさ、ショーケースの中は金と銀で半々になってるよ?」
「ああ、そういうことか。 それは勘違いだ」
頭にクエスチョンマークを浮かべる箱に対し、騎士は手を止めずに説明を始めた。
どうやら相棒は、この作為的な掲示物にまんまとひっかかってしまったらしい。
確かにあくどいと言えば、相当にあくどい掲示物なのだが。
「このショーケースだが、種類の掲示であって割合の掲示ではない」
「えっと、どういうこと?」
騎士は端的に結論を述べるが、箱の頭のクエスチョンは消えない。
「まずこのガチャの景品としてアタリが二十五種類、ハズレも二十五種類はいっている」
「ふんふん」
「その全五十種類の景品をひとつづつ、金銀のカプセルに入れてショーケースに納めているんだ」
「それって・・・」
何かを察したのか、箱がゴクリと固唾を飲む音が聞こえた。
「よって、このショーケースはアタリの排出確率を示している訳ではない」
そういって隣りに視線を送ると。
彼の言っている意味が解ってきたらしく、箱の目に批難の色が浮かびはじめた。
「ってことは、つまり・・・」
「そうだ。 種類におけるアタリとハズレの割合表示ってところだ」
「うわあ・・・。 えげつないねえ」
ようやく事態を理解したらしい箱が、腹の底から絞ったような声で呻く。
良くも悪くも邪に染まっていない相棒にとっては、刺激的な事実だったのだろう。
幼い顔をしかめさせながら、騎士にズイッと迫ると。
「ねえねえ、お兄さん」
「おい、手を止めるな」
「それってさ、詐欺とかにならないの?」
「詐欺かどうかは知らんが、品切れを起こすと俺たちの給料が減るのは確実だ」
「でも、でも・・・」
腑に落ちない様子で渋々と補充作業を再開し始めるが、その動きには精彩を欠くに著しい。
嬉々として取り組んでいた仕事が、実はそんなやましいものだったと知ったのだから無理も無かろう。
放っておくとそのうち、手を止めてしまうかもしれない。
しかしこの手の仕事に替え要員など準備されているわけもなく、そうなると起きるのは箱が補充を担当するガチャ機五台での品切れ。
最悪の事態を避けるべく、騎士は言葉を続けた。
「ハコ。 気持ちはわかるがな。 ガチャ機の目的は突き詰めれば金を稼ぐことだ」
「・・・うん」
「客から搾り取ることが正しいとは言わんが、利益が無ければこの世界が消滅する」
そう。
本来であれば顧客満足というものは商売の重要なファクターの一つ。
ある程度の利益をユーザーに返還して、固定客を育てていくことが長い目で見ると肝要となる。
プレイヤーの行動を自動的に文章化する唯一無二のユニーク性を持つ「ラノベリオン」は、原則としてそれに則した方針を取ることが多いのだが。
しかし世の中、モノを言うのは金である。
であれば、稼げるときに容赦なく稼ぐというのは極めて有効な戦略であることは否定のしようも無い。
事実、運営NPCが多少の批判を覚悟の上で試験的に推し進めた新ガチャ導入は、現時点では大きな利益を産み出しているのだ。
「・・・わかったよ」
辛うじてそう答えた箱だが、ずいぶんとしょげかえってしまったようだ。
厳しい現実をまざまざと見せつけられたのだから仕方がない。
おぼつかない手で補充する銀色のカプセルが、その具現そのものなのだから尚更というもの。
「しかしまあ、なんだ・・・」
騎士は珍しく作業の手を止め、しばしかぶりを振って言葉を紡いだ。
「お前が不快を感じるような事態だ。 運営NPCも何らかの改善はするかもしれん」
せめてもの気休めだということは、箱にもばれているだろう。
正直に言うならば、騎士にとっても今回の仕事は腑に落ちないところは多い。
それでも上層部の決定だと言い聞かせた言葉は、あるいは自分自身に向けてだったのかもしれない。
そんな考えを振り払って、騎士は再び作業に戻った。
「でも・・・騙されるお客さんが可哀想だよ・・・」
なおも納得できないらしい箱の呟きに、彼は返す言葉を持たなかった。
顧客満足と利益追求という二つの壁の板挟み。
その昔、世界の開発者がその運営をNPCに投げ出した理由の一つは、そこにあるのかもしれない。
せめてこの幼い相棒が成長し、一人前になるころには。
そのころには、こんな問題の落としどころも見つかっていることを祈って。
騎士はまた黙々と、カプセル補充に没頭したのであった。
動きがあったのは、それから数日後のこと。
あまりに低いアタリの排出率と、有利誤認を思わせるショーケースに一部ユーザーの怒りが爆発したのだ。
中には数十万円をつぎ込んでようやく目当てのアイテムを手にしたユーザーも居たとか。
この騒動はあっという間にネット上で拡散され、とうとうニュースにまで取り上げられた。
この炎上騒ぎに際し運営NPCは、ある対応策を繰り出すのであったが・・・。
~魔法のテキ屋 バックヤード~
「ねえ、お兄さん・・・」
箱が呼びかける。
その声の張りは、普段に比べて随分と低い。
「なんだ? 割合なら銀が七分に金が三分だ」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「一ケースにつき金カプセルを十五個残す。 塗り直しは一〇個。 間違えるなよ」
そう答える騎士であったが、箱が何を言いたいのかなんて聞かなくてもわかる。
なにせこの男も内心は、同じような憤りで埋め尽くされているのだから。
しかしこれはラノベリオンをつかさどる運営NPCが決めたこと。
一介のNPC、まして正規雇用でもない派遣NPCが物申せる相手ではない。
「こんなのって、あんまりだよ!」
手に握る乾燥用ドライヤーに負けず劣らず、箱が頭から熱気を出して憤慨する。
「手を止めるな。 気持ちはわかるがメンテ明けまで時間が無い」
怒り心頭の箱をなだめつつ、騎士は銀色のラッカーをカシャカシャと振る。
プシューと吹きかけられた新聞紙の上の金カプセルは、みるみる銀色に変わっていった。
ショーケース内の金色カプセルを一部、銀色に塗り替える。
それが、メンテ中でガチャ機が止まっている間、彼らに課せられた追加作業であった。
此度の炎上を問題視した運営NPCは改善策に踏み出したのだが・・・。
ガチャのアタリ排出確率は収益予想などの細かい計算が絡んでくるため、おいそれと変更することは難しい。
しかし炎上に早急に対処しなければ、誠意が無いなどと言われてさらに燃え広がるのも自明の理。
そこで取り敢えず対策を試みたというポーズと、有利誤認ではないかという批判を避けるために、小手先にも等しい対策を打ち出した。
それが金銀半々だったショーケースのカプセルを三対七に塗り替えることであった。
「ほんと、子供だましだよ。 本当の割合は変わってないんでしょ?」
カプセルを乾かしながらつぶやく箱の口調は、怒りを超えて呆れが混じっていた。
もちろん返って来る答えなど、さすがの彼女でも予想できているが。
「排出率は変更なし。 三割どころかその一〇〇分の一にも満たないだろうな」
「ふうん・・・」
しばらくの間、ラッカーとドライヤーの噴射音だけが二人を包む。
やがて、箱が口を開いた。
普段なにかと騒がしい彼女にしてみれば、珍しく長い沈黙を破って。
騎士と一緒に働くようになって、箱娘はお金稼ぎがいかに大変かを身をもって学んだ。
今やっているこの仕事は、急募ということもあって割が良い仕事だということも知っている。
でも。
それでも譲れないものが、彼女の中に見つかったのだろう。
「・・・・・・ねえ、お兄さん」
重々しく発せられたその言葉は、しかし騎士によって遮られた。
「安心しろ。 ちょうど今日でこの仕事の契約が一旦切れる」
「えっ!?」
箱が驚きと喜びの入り混じった顔で目を見開いた。
「でも・・・更新しないの?」
「なんだハコ。 この仕事を続けたいのか」
「そうじゃないけどさ・・・」
言葉こそそこで途切れたが、箱の眼差しが続きを語る。
業務中になんの問題も起こさず、さらには不具合品在庫を目ざとくはねてきた騎士が望めば、この割のいい仕事はなんなく雇用延長となるに違いない。
それを、箱のわがままで手放すのか、と。
そんな言外の問いかけに応えるように、騎士は続けた。
「これは俺の勘だが、もう二三日すればもっと割のいい急募依頼が派遣センターに張り出されるはずだ」
その表情は、仏頂面であるこの男にとっては珍しく、腹に一物含めたものであった。
「へえ、そうなんだ! 良かったよ!」
騎士の表情の変化は察したが、詳しく聞いてもどうせ理解は出来ないだろう。
それにほかでもない相棒が決めたことなら、それでいいではないか。
箱はそれ以上聞くことなく、このろくでもない仕事が今日で終わることを喜んだ。
「とは言え仕事は仕事だ。 最後まで真面目に頼むぞ」
「じゃあさっさと終わらせちゃおう! わたし張り切るよ!」
すっかり機嫌を直した箱が突っ走り始める。
ひとつひとつなど煩わしいとばかりに残りのショーケースをまとめてひっくり返すと、金カプセルだけを選り分けた。
思い切りが良いのは箱娘の良い点である。
両手に持った二本の銀ラッカーをこれでもかとシャカシャカ振り・・・。
物忘れしがちで、迂闊で、頭より体が先に動くのが箱娘の悪い点である。
珍しく狼狽した騎士の声が響き渡った。
「おいハコ! 待て!」
もう後戻りはできなかった。
なんせ一か月分の寿命をぶち込んでも金カプセルが出ないのだ。
ガチャ機上のケースには、半々の割合で金と銀のカプセルが入っているのに。
確率がおかしいのは明らかであり、何らかの補填がなければ納得できない。
怒りが有頂天となった俺は、運営にクレームをつけまくった。
するとある日、ガチャ機体に変化が現れた。
ケース内のカプセルが全て銀色に塗りなおされているではないか。
そうか。ここまで俺を馬鹿にするのか。
ぶちぎれた俺はスクショを撮ると、消費者庁の電話番号を検索した。
五〇〇個の詫び石が贈られてきたのは、それから三日後。
クソ運営にしては、なかなか早急な仕事じゃないか。




