ハケンの騎士とカキンの箱
NPCとは、果たしてなにであろうか。
もう幾たびになる自問に、そのNPCは没頭した。
NPCとは一方で、人の代わりとして人を演じる存在。
NPCとはまた一方で、プログラムどおりの動きをする存在。
しかしながら人というものは感情によって動き、プログラムどおりには動かないことも多々ある。
であるならば、己が目指すべき”人の代替たる”NPCとは・・・
目の前に”箱”がある。
開けてはならぬ”箱”だ。
その命令を守るのもNPCであるのならば、
その命令であるからこそ破るのも人の模倣たるNPCではないだろうか。
真面目な性分から自己研鑚に行き過ぎた節の有る、あるNPCの自問は続いた。
~キャンペーンイベントエリア最終区画 宝の間スタジオ~
「ねえねえ、 お兄さん」
箱が呼びかける。
鈴を転がすようなその声に、騎士はハッとした。
開けてしまった、と思わずかぶりを振るう。
何故そうしたのか、本人にもよくわかっていない。
わかっているのは、明確な命令違反行為をおこしたことによる何らかの処分が運営NPCから下るであろうこと。恐らくは正規NPCから降格し、非正規の派遣NPCになるのではないだろうか。
「ねえねえ、 お兄さんってば」
再度呼びかける箱。
目覚めたばかりだからだろうか。少しばかりボンヤリしているようだ。
「なんだ」
「お兄さん、誰? 主人公じゃないよね?」
「俺か。 俺は・・・・」
何と説明したものか。つい言いよどんだ。
ラノベリオンのサービス開始から何周年目かの記念日である四月一日。
運営NPCが予てから告知していた一大キャンペーン、この一年で最もPVを稼いだ最優秀主人公に対し、サプライズプレゼントが贈られるという企画は、しかしながら多くのユーザーから批判を浴びる大炎上と言う結果を招いた。
『課金箱』
それが最優秀主人公に贈られるという特別製のSSR級ヒロインNPCである。
人食い箱亜種のモンスター『課金箱』娘である彼女が持つ機能『EXガチャ』は、課金通貨RPを彼女に食わせることによって回せる特殊ガチャであり、ラノベリオン内に存在する全てのアイテム、それこそ一品物のユニークアイテムから期間の終えたイベントアイテムまで入手可能となる破格のものだった。
それが炎上した原因として考えうるのは、課金重視のゲーム体勢への批判。または努力と課金によって勝ち得た最優秀主人公への特賞が、課金ツールであるという点。後は、理論上は全アイテム取得可能と言う機能によって、ユニークアイテムの価値が相対的に下がる可能性が生まれたことあたりであろうか。
予めこの事態をも想定していた運営NPCは、すぐさま炎上回避プログラムを発動させた。
『課金箱』は、いわゆるエイプリルフールのネタ企画として誤魔化され、同時に差し替えられた代案企画が本来のキャンペーンのように推し進められることとなる。併せて混乱を生んだ謝罪として十分な程の詫びチケットや詫びアイテムがばら撒かれたことで、事態は急速に鎮火されることとなった。
~キャンペーンイベントエリア最終区画 宝の間スタジオ~
「ねえねえ、 お兄さん。 どうしたの? なんで黙ってるの?」
「俺は」と言いかけたまま黙ってしまった騎士の顔を覗き込みながら箱が訝しむ。
騎士の役割は当初、特賞を受け取りに来た最優秀主人公に割り込んで宝箱を開け、課金箱に全財産を食いつくされるという一種のチュートリアルキャラであり・・・。
そしてこのイベントが四月バカとして抹消された時点で新たに与えられた任務は、NPCとして起動する前段階の『課金箱』を消去することであった。
「とりあえず、その鉄仮面を取ってよ」
「あ、ああ」
そう言われて騎士は兜を脱ごうとしたのだが、ガチリと嵌って取れる気配が無い。
任務に背き、課金箱をNPCとして起動させてしまった命令違反に対し、どうやら運営NPCからの処分は既に下されたようだ。
「すまん。 素顔が消去されたようだ。 この仮面が現在の俺の顔ということになる」
「え、なに? どういうこと?」
「容量削減のためだ。 正規以外のNPCには装備下のグラフィックは許可されていない」
「ふうん。 なんだか大変だねえ。 それでさ」
騎士の説明はいまいち伝わらなかったようだが、大した興味もないのだろう。
課金箱は周囲をキョロキョロと見回しながら、別の話題に移った。
「主人公は? わたしの持ち主になる人ってどんな人なの? かっこいい?」
期待と不安の入り混じった眼差しで問いかけて来る課金箱。
気の毒に思いながらも騎士は事態を打ち明けた。
「お前のイベントは、中止になった」
~NPC派遣センター地下食堂~
「ねえねえ、 この店って美味しいの?」
「知らん。 俺も来るのは初めてだ」
案の定正規NPCの登録を抹消され、加えてそれまでの財産を没収された騎士は、明日からでも働くためにNPC派遣センターに派遣登録にやって来た。その後腹が減ったと喚き出した箱のために、地下にある食堂を訪れたのである。
手近な空席に座ると一通り注文を終え、明日からのことを考えようとしたのだが。
「そういやさ、お兄さんって名前なんていうの?」
「俺の名か・・・」
今さらなことを聞かれ、そう言えば名乗っていないことを思い出す。
とは言えラノベリオンにおいてキャラクター名は正規NPCのみに設定される項目であり、騎士の名前は当然ながら抹消されていた。
「以前は”MOBIUS1”という名前だったが、今は名無しだ」
「何それ? どうせなんかの頭文字なんでしょ? 言い難い名前だねえ」
「仲間内からは”もぶいち”という通称で呼ばれていた」
「ふーん。 なんかダサいから”お兄さん”でいいや」
自分から尋ねておきながら適当な結論を出す箱。
どうやら次の話題こそが本題のようだ。
「それでさ! わたしの名前ってどうなるのかな?」
「そういえば、まだお前には名前が無かったな」
本来であれば『課金箱』という特賞を受け取った主人公が、彼女に名前を付ける手はずだったため、箱にはまだ名前が無い。期待に満ちた視線を騎士へと飛ばしてきた。
「そうだな・・・・。 『課金箱』だから・・・」
「”カキンちゃん”ってどう!? かわいくない!?」
同調圧力のこもった問い。
しかしあだ名をダサいと言われた意趣返しとばかりに騎士が応えた。
「・・・・・”ハコ”にしよう」
「お兄さんって結構いじわるだねえ」
ぷーっと膨れる箱。
その機嫌をなだめるかのようなタイミングで料理が運ばれてきた。
”安くて量がある”という評判を以前聞いたことがあって、この地下食堂に来店してみたのだが、匂いと見た目からして味もなかなか期待できそうだ。
目の前の光景にすぐさま機嫌を直したらしい箱が、満面の笑みで口を開いた。
「ねえねえ・・・お兄さん!」
「どうした・・・ハコ」
「・・・試しに読んでみただけだよ! 早く食べようよ!」
新しい名前も案外悪くない。
そう確認した箱は満足して、早速料理に飛び付いた。
一方の騎士は、これから先に幾度も痛感することになる感想の、その第一号を呟くのだった。
「まったく、騒がしいやつだ」
解き放たれた箱の中身は、実に生き生きとしていた。
少しも大人しくする時が無く、コロコロと表情を変え、
良く笑い、よく食べ、良くしゃべった。
熟慮というものからかけ離れた彼女の有様は、
それでいて実に人間味を以て目に映った。
まるで本物の人間のように。
あるNPCはとりあえずの結論に達することになる。
つまり、人とはそんなに深い存在では無いのかも知れない、と。
そこまで達したNPCは、それ以上深く考えるのをひとまず止めることにした。
ご精読ありがとうございました。




