Welcome to Disposable Time
銀河を二分する帝国と共和国は互いに軍を形成し、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった宇宙戦争を百年間も継続していた。
医療用パワードスーツの暴走で命を落とした俺は、一人のクローン兵士としてこのSF世界に転生し、あの兵器の装着者として戦場に送り出された。
『装甲治療騎兵ボックス』
この最低最悪の動く棺桶に乗り込むと、後はいつもと同じ繰り返しに過ぎない。
十字を重ねて、引き金を引くだけだ。
~NPC派遣センター~
「ねえねえ、お兄さん!」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ。 気になる仕事でもあるのか」
掲示板を指さしながら興味深げな視線を向ける箱。騎士は本日こなした仕事、ダンジョン入り口での交通整理で得た報酬を荷物袋に入れながら応えた。この後は地下食堂へ向かうのが普段の流れなのだが、この時点で箱娘が掲示板に興味を持つのはとても珍しいことだ。
「ほらあの張り紙見てよ。 あれ、なんだろうね?」
仕事依頼掲示板の横に設置された告知用掲示板。そこに貼られた一枚の掲示物には下記のようにあった。
内容:アイデア募集
詳細:未来SF世界における回復アイテムの新案募集
時間:締め切り期日まで
報酬:優秀作並びに各賞ごとに懸賞有り
特記:一人何作でも応募可能です
こと”サイエンスフィクション”というものは、創作界隈において有数の歴史と作品数を持ちながらも、なかなか取っつきにくいジャンルとされている。SFにおいて一定水準以上の作品を生み出すには、確かな手腕と技術、そして何よりも発想力が必要とされるからだ。
さらに未来SFとなると、未だ存在しない世界観を想像で補完しなければならないため、難易度は更に跳ね上がる。例えば三十年前に携帯電話のような携帯通信機の普及、そして十年前にスマートフォンのような携帯情報端末の普及を予想できた者がどれだけいただろうか。
それは昨今のラノベ作品、そしてラノベリオンにおける登録作においても、中世的世界などに比べ未来SF世界への転移・転生を取り扱う作品が圧倒的に少ないことからも見て取れる。実在した中世的世界観の構築に比べると、未だ存在しない未来的世界観の構築は難しい。ややもすると非常に陳腐なものへと成り下がってしまう。
それほどSFというのは取り扱いが難しいのだ。
~NPC派遣センター地下食堂~
「つまりだ。 復習を失敗することは少ないが、予習のヤマが外れることは多々あるということだ」
「ふーん。 なんかわかったような、わからないような」
「SF物は難しいということだ」
「まあいいじゃん。 面白そうだし応募してみようよ!」
串焼きをムシャムシャと頬張りながらも、箱の興味は貰って来たビラへと注がれる。遠回しに「骨折り損になるから止めておけ」という騎士の忠告は届かなかったらしい。段取りを考えて仕事をこなすことはまだまだ未熟だが、こういった野放図的にあれこれ考えることは好むようだ。
言っても諦めそうにないと判断した騎士は溜息をビールで流し込むと、アイテム新案について前向きに話を進めることにした。
「俺も以前、付き合いで応募したことがある。 その時は中世的世界での武器新案だったが」
「意外だねえ! お兄さんどんなアイデア考えたの!? 聞きたい聞きたい!」
このような試みには滅多に興味を示さない騎士が、過去にアイデアを出したと聞いて箱が飛び付く。騎士はどこか誇らしげな、そして若干の影を背負った居住まいで応えた。
「俺が考えたのは新しい鞘についてだ」
「剣じゃなくて敢えて”鞘”なんだ! それで!?」
「鯉口の部分に砥石を仕込むことによってだな・・・」
「ああ、うん・・・。 わかったからもういいよ」
「そうか。 自信作だったんだがな・・・」
熟考の末に騎士が捻り出した武器新案”自動研ぎ鞘”は、同案多数により選外となった。似合わぬことに手を出した末の、悲しい過去の話であった。箱娘の気の毒そうな視線に見舞われ、思わず騎士のビールを飲むペースが速くなる。
「それよりもこれだよ! ”未来SF世界における回復アイテム”を考えようよ!」
「さっきも言ったがSFものだ。 薬草やポーションという訳にはいかないだろう」
「やっぱり注射かな。 でもそれじゃあインパクトが無いからいっそ点滴にしよう!」
箱の言葉に、キャスター付き点滴スタンドを持つ未来戦士を想像して騎士がむせる。
「おい。 戦闘中に使うことを想定しろ。 点滴スタンドを持ったまま戦わせる気か」
「そんな訳ないじゃん。 バックパック型にしてチューブ延ばせばいいんじゃないかな」
「それだと装着者本人に重量の負担がかかることになるが」
「使ったパックからどんどん捨てちゃおう。 使い捨てってSFに合いそうだし」
まるで新しい悪戯でも考えるように嬉々として語る箱娘。
普段より酒の進んだ騎士も、徐々に羽目を外し始めた。
「点滴パックに攻撃を受けると本末転倒だ。 装甲板でも貼り付けてみるか」
「お兄さんSFだよ!? 装甲板なんて紙切れみたいなもんだって。 もっと良いやつ無いの!?」
「そうなると爆発反応装甲はどうだ。 一回きりしか使えんから、使用後は排除することになるが」
「それだよお兄さん! わかって来たじゃん! 使い捨てが渋いんだよ! ハードボイルドだよ!」
取り留めも無いアイデアをまとめては応募用紙に書き留める騎士。依然一人でずいぶん苦心した時とはまるで違う。二人が流し込むビールと飲み込む串焼きの代わりと言わんばかりにアイデアが出て来るようだ。
「どうせだしブースターとビーム砲も付けちゃおう! もちろん使い捨てで」
「しかしそうなると装着者の操縦許容を超えるかもしれんな」
「じゃあ自動で攻撃して自動で動くようにすればいいんじゃないかな」
「なるほど。 装着者をアシストするAIでも搭載してみるか」
こんなやり取りの末に出来上がったのは、装着者の体力・気力を自動で回復するだけでなく、全周囲反応装甲とブースター、燃料タンク、ビーム砲、ミサイルランチャー、そして各種アシスト機能の付いた点滴装置であった。アシストAI以外は全てパージ可能と言う使い捨て仕様だ。
後のSF作品に少なからず影響を与えたとされる戦闘用装甲機械群の誕生であった。
~NPC派遣センター地下食堂~
「奨励賞なんてすごいじゃん! 一生懸命考えた甲斐があったねえ」
「ああ。 信じられん。 この通り報酬まで手に入るとは」
「なんてったって二人で考えた自信作だもん! 最高の回復アイテムだよ」
後日、発表されたアイデア募集結果によって、騎士と箱の出した”新型回復アイテム案”は奨励賞を受賞するに至った。攻・守・機動・回復と使い切った装備から次々と切り離していく設定が、物質主義で荒廃的なハードSFにマッチしていると高い評価を受けたのだ。
予想外の臨時収入を手にした二人はお祝いと称していつもの地下食堂を訪れた。普段と違い昼過ぎの半端な時間に訪れた地下食堂は、いつもより少し閑散としていた。
「でもさ、今さらなんだけどね。 わたし思うんだ」
「なにをだ」
「あれってさ、一番要らないの”装着者”だよね。 あれが無ければもう一歩絞り込めたかも」
そう言ってはモキュモキュと焼き鳥を頬張る。
どうやら箱は特別奨励賞に届かなかったことを悔しがっているようだ。
確かに自動で動き、自動で攻撃する機械群であれば、箱の言う通り操縦者は不用とも考えられるのだが。
「それは違うぞハコ。 いつの時代も勝敗を決定するのは”人の意思”だ」
「え、なに? どういうこと?」
「剣を握る手、弓を引く指に込められる戦意。 あるいは生存本能と言い換えてもいい」
「よくわかんないね」
「例えば俺たちのような意志あるNPCと、自動制御のモンスターを戦わせるとしてだ」
「ふんふん」
「両者が同じ身体と能力を持った場合、どちらが勝つと思う」
「ええと、どっちだろう。 むずかしいよう」
「勝って得た金でご馳走を食おうと目論むお前と、無意識に戦うだけのお前ならどうだ」
「あ、すっごいわかりやすい! って、お兄さんわたしのことバカにしたでしょ!」
表情をパッと華やかせたあと、ぷくーっと膨れる箱娘。
そんな百面相を気にも留めずに騎士は説明を続ける。
「つまりだ。 どんな世界でも”人の意思”は欠かせない要素だ。 切り捨てることは出来ない」
「ああそれで。 お兄さん最後に”脱出装置”を組み込んだんだねえ」
「そうだ。 優秀な戦士は替えが効かないからな。 それに・・・」
ようやく我が意を得たり、とばかりにジョッキを傾けると、一息ついてこう続けた。心なしか一層誇らしげに。箱のように表立っては喜ばないが、この度の受賞において騎士にも思うところは多くあるのだ。
「今回一番評価されたのは、何を隠そう俺の考えた”脱出装置”だ」
ドウンという炸裂音を響かせ、右前方に浮いていた両機がコクピット部分に直撃を受ける。反応装甲などとっくに失い、治療パックも使い切った両機には耐えることは不可能だろう。
一拍の間の後に背面ハッチが開くと、装着者が排出された。戦友は精根尽き果て、戦意を失ってしまったようだ。
宇宙空間を漂うかつての持ち主をその場に捨てて、両機は自動制御で母艦へと帰投を始める。新たなパーツを補充するにあたり、使い切ったパーツなどデッドウェイトにしかならないのだ。
そんな光景を思考の中から追い出すと、俺は操縦桿を握りなおした。
戦意を失えば、俺もいずれ、同じ・・・・。




