異世界最速のアイテムディレクター
大手通販会社の物流倉庫で働く俺は、最速の異名で呼ばれていた。数万に及ぶ品々の収納場所を把握する俺に掛かれば、どんな品物でも即座に取り出せるからだ。
運搬用のフォークリフトに曳かれて飛ばされた異世界でも、その能力はいかんなく発揮された。多くの品物をいくつもの道具箱に入れて村々を渡り歩く、行商人としての旅路。不意に山手の森から土煙が迫って来るのが見える。どうやらこの辺りに出る山賊のようだ。
やれやれと嘆息しつつもパチンと指を鳴らす。
途端にドサドサと周囲に現れる道具の数々。閃光球に煙幕玉、連射式ボウガンと自己強化薬。
特定範囲内の道具箱から瞬時に物を取り寄せるこのスキルは、本当に便利だ。
~アイテム開発局 第五ラボ~
「ねえねえ、お兄さん・・・っぷ!」
箱が呼びかける。
「どうしたハコ。 何か可笑しいところがあるか」
いつも通りに応える騎士ではあったが、相棒の人食い箱亜種娘には何か感じ入るところがあるのだろう。笑いを噛み殺しているのが表情から見て取れる。
「いやだって、お兄さんがそんなの持ってたら完全にギャグじゃん!」
そう言われて騎士はその手に握る武器、アイテム開発局が試作製造した新型棍棒を検めた。
完全に片手用として割り切った拳一つ余りの短い柄と、手を保護するための鍔。振りの速さを上げるために重量を抑えたであろう細身の棒身と、打突の威力を上げるために先端に取り付けられた拳ほどの大きさの水晶石。全体的に細く小振りな造りは恐らくサブウェポンや隠し武器としての運用を想定しているからに違いない。
「なるほど。 騎士の俺が暗器を堂々と構えるのは、確かに妙な格好だ」
なかなかどうして。
まだまだ半人前だと思っていた箱も、面白い目の付け所をするようになったと感心する。ならば自分もより良い手本となるよう一層励まなければと、件の武器を構えなおした。
「んもう・・・。 お兄さんてたまに大ボケかますよねえ・・・」
何を思ったのか、表情を一層引き締めその武器を構えなおす騎士を見て、箱は説明を諦めた。
聞いた話では一か月後のタイアップイベントのために開発された課金武器らしい。ラノベリオン発でアニメ化された人気作品”魔女っ娘ドレミン”の変身ステッキを、全身鎧の騎士が正眼に構える可笑しさを正確に説明するすべなど持ち合わせていない。
各所にハートの意匠をあしらった、箱の目から見ても可愛らし過ぎるステッキ。その先端の水晶石”ラブリーキュアストーン”が輝きを増していくのを、ダメージチェッカー越しに眺めるのであった。
内容:新開発武器のテスト
職場:アイテム開発局
時間:一定のデータ集積まで
報酬:一万GP
特記:テスト中の全データは開発局が権利を有す
~アイテム開発局 第五ラボ~
「覇山グランドクロス!」
裂帛の気合と共に、騎士の放った棍棒技最大奥義が標的へと襲い掛かった。叩き付けられる圧倒的な衝撃力に、人の形をしたそれは歪に歪み折れ曲がって震える。性能テスト用のダミー人形でなければ砕け散っていたことだろう。
「ダメージは想定範囲内だよ。 あと数値のブレも公差に収まってるねえ」
「そうか。 これで一通り終わったな」
ダメージ数値の監視役を務める箱の報告に、いったん肩の力を抜く。一通り全ての棍棒技を試して予定通りの数値が出るかの確認を行う、性能テスト第一手順は無事クリアしたようだ。
「でもさ、変身ステッキでそんなごつい技を出す主人公なんているのかなあ?」
豪快で大雑把なものが多い棍棒技のオンパレードを目の当たりにして、浮かんだ疑問を箱が口にする。乙女チックというよりは幼女向けに近いその棍棒で、霊山崩しやガイアクラッシュを繰り出す姿は多分に滑稽であろう。その疑問に騎士が応えた。
「居る居ないは問題ではない。 技が繰り出せて尚且つ想定内のダメージを示すかどうかのテストだ」
製品の性能テストというのは言うまでも無く重要な作業だ。不具合の発生を防ぐには、どんな行為ですら虱潰しに確認していく必要がある。ましてやこの変身ステッキはイベントの名のもとに決して安くはない課金額を支払って頂く売り物なのだ。問題が起きた時、”まさかそんな使い方をするなんて思わなかった”では済まされない。
「へえ。 そういうもんなんだねえ。 なんだか大変だねえ」
「よし、休憩はこのくらいで次の作業手順に移るか」
再び変身ステッキを構える騎士。
しかしチェックリストを眺めていた箱が慌てて声を上げた。
「あ、ちょっと待ってお兄さん! チェック項目にもう一個技があるよ!」
「何だと? 棍棒技は全て使ったはずだが」
「あ、特殊技って書いてるよ! ほらここ!」
駆け寄って来た箱がずいと見せつける各技チェック表には、最大奥義の下にもう一つ確認欄があった。どうやらこの変身ステッキを装備した時にのみ使うことが出来る特殊技があるようだ。
「なるほど課金武器だ。 随分と購買意欲をそそる仕掛けが備わっている」
この商品の目玉となる技だ。しっかりと検分せねば。
渾身の気迫とともに騎士が繰り出した特殊技”キュアキュアラブリーフラストレーション”。やはりダミー人形を粉砕することは無かったが、箱を破顔させる程度の威力は確認されることとなった。
~アイテム開発局 第五ラボ~
「お兄さん頑張って! 残り百回だよー」
箱の声援を聞きながら、騎士は無言で武器を振り続ける。
残り回数云々よりは、相棒が途中で飽きることも居眠りすることも無く、回数をカウントしていることの方に安堵しながらではあるが。
「せいや!!」
一秒に一回のペースで繰り出し続けて二時間四十六分四十秒。強攻撃連続一万回耐久テストの最後の一撃を、騎士は裂帛と共に振り終える。
「お疲れさまー。 ホント大変だったねえ。 待ちくたびれたよう」
「話より先に耐久値の確認をしてくれ」
「りょうかーい」
製品において性能テストと同様に重要なのが耐久テストだ。どんなに性能が良くてもすぐに壊れてしまう代物では高い商品価値は望めない。ことゲーム世界において、武器防具は壊れないことが標準とされており、ラノベリオンもそれに準じている。
であるならば一部の例外を除き、戦闘中の武器破損は許されない。それが例え最安値の武器”ひのきのぼう”を握り締めて、最終奥義を発動し、ラスボスに一万回殴りかかったとしてもだ。
かくして耐久値チェッカーによる診断の結果、変身ステッキの耐久値減少は認められず、続いて弱攻撃連続一万回耐久テストに移ろうとした、その時だった。
「おーい、もぶいち! ちょっといいか?」
ラボに入って来たのは、テストを始める前に仕事内容の説明をした研究員だった。騎士とは旧知の仲でもある。
「どうした。 テストに何か問題があったか?」
「いや、そうじゃないんだ。 これは相談なんだが・・・」
申し訳なさげに口を開く研究員の視線が、チラチラと箱に向けられる。
何でも隣の第六ラボで新型の道具箱の性能テストをする予定だったのだが、行き違いで作業員が手配されていなかったらしい。かと言ってラボの使用スケジュールが詰まっている現状ではテストの先送りすることも出来ず、困り果てていたとのこと。
そんな研究員の目に止まったのが、欠伸を噛み殺しながらも騎士の素振りを数えていた箱娘であった。
内容:新開発道具箱のテスト
職場:アイテム開発局
時間:一定のデータ集積まで
報酬:一万五千GP
特記:指名依頼 テスト中の全データは開発局が権利を有す
「えええ!? どどど、どうしようお兄さん!?」
思わぬ指名依頼に慌てる箱。これまで騎士のおまけとして働いて来たばかりで、一人で仕事を請け負ったことなど無かった。不安と興奮の入り混じった視線で騎士の判断を仰ぐ。
一方の騎士。思わぬ緊急依頼ではあるが、これは好機ではないかと考えた。
騎士たちとは違い、労働型NPCとして基本設計されていない箱娘だけに、これまでは半人前扱いで手伝いをさせて来た。しかしやがて来る一人立ちに向けて、そろそろ先の工程に進むべきではないだろうか。後日改めて切り出すよりは、多少の急であってもこの機会に、と。
「落ち着けハコ。 指名依頼では無理な仕事が振られることは無い」
「それってわたしでも出来る仕事ってこと?」
「そのはずだが・・・」
確認の意を込めた騎士の視線を受けて、研究員が詳しい説明を始めた。
何でも蓋の開閉耐久テストと、コンベアに乗って流れて来るアイテムの数々を詰め込む収納テストのようだ。コンベアと聞いていつぞやのドリンク工場を思い出す箱であったが、今回は特に急かされることも無く、アイテムを一つ収納してから次のアイテムが流れて来る仕様らしい。
「ええとええと・・・。 うええ、どうしよう!?」
「お前への依頼だ。 自分で決めろ」
「そんなあ。 お兄さん冷たいよ! 一緒に考えてよう!!」
突き放され、思わず箱の瞳に涙が混じる。どうやらまだまだ一人立ちは先になりそうな予感に、騎士は複雑な思いで言葉をつないだ。半泣きの彼女を破顔させる、最終奥義たる言葉だ。
「当然だが、報酬は全てお前のものだ。 晩飯は随分と豪勢になるな」
~NPC派遣センター地下食堂~
「あああ、酷い目に会ったよ・・・。 もう死にそう」
そう言って机に突っ伏する箱。相当疲れ果てたようだ。
「まあ、何事も経験だ。 いい勉強になっただろう」
疲労困憊の相棒に気休め程度の言葉を掛けながら、騎士は先ほどを振り返る。
最終工程のパリィ連続一万回耐久テストを終えて、隣の第六ラボに向かった騎士。そこで目にしたのは、半べそ声で「おっきすぎる」とか「あふれちゃう」などと泣き言を言いながらも、えっちらおっちら作業を続ける箱の姿であった。
話を聞くところによると、新型道具箱というのは一定個数の範囲であればどんな大きなものでも収納できるという四次元道具箱らしい。蓋の開閉テスト一千回の後に始まった収納テストでは、説明通りコンベアからいろんなアイテムが流れて来たのだが、徐々に徐々にアイテムが大きくなっていったのだとか。
「普通の大きさの道具箱だよ!? ”飛竜の頭骨”なんか入る訳ないじゃん!!」
「しかし、入ったんだろう」
「それに”聖なる深層水”九十九リットル流し込むとか、溢れるに決まってるよ!!」
「それでも、溢れなかったんだろう」
「そうだよう! だからテストが続いたんじゃん! もう! もう!」
どうやら騎士の想像上に頑張ったらしい相棒の愚痴を聞きながら、思わず緩む表情を誤魔化すためにジョッキを煽る。自身には破顔など似合わないのは重々承知だ。心の中で想ってやればそれでいい。
「スペシャルコースお待ちどうさま」
尚もブー垂れる箱の元へようやく料理がやって来た。普段頼む格安メニューと違い、大枚叩いた特別メニューだけに調理に時間がかかったようだ。
「やったー! おいしそう! やったー!」
溜まりに溜まったフラストレーションを解放させるように、箱は料理の山に飛び付いた。感情がストレートに出たために語彙力の低下が著しい。
「ずいぶん豪勢だが、報酬だけで足りるのか?」
目の前に並ぶご馳走の数々。箱が受け取ったであろう一万五千GPの報酬額では足が出るはず。まさかやけになったのかと懸念の声を上げる騎士だったが。
「なんかねえ、追加報酬がたくさん出てたよ! 使えるデータがいくつも取れたんだって!」
「そうなのか。 案外お前に向いている仕事かもしれないな」
機密性が求められる開発系の仕事において、計測されたデータは全て開発局所有とされるのが常である。計測されたテスト結果はもちろんのこと、テスト中の記録映像や音声データもその範疇に含まれるのだが。
果たして箱の残したデータの何がそれほどまでの高値になったのか。そんな懸念を頭の端に追いやって冗談交じりの提案をする。
「もう二度と御免だよう! 大体あんな量があんな箱に入るなんて絶対おかしいよ」
そう言いながらも次々と大量の料理を胃袋に詰めていく箱。待たされた分を取り戻すかの勢いでご馳走の山が消えていく。騎士は再びジョッキを煽ると、珍しく彼女に同意するのであった。
「ああ。 俺も常々、そう思っていたところだ」
ひょんなことから手に入れた新型の道具箱には意外な機能が付いていた。
蓋を開閉するたび、鈴が鳴るような少女の声で言葉を発するのだ。その種類も大変豊富で、いったい何種類の台詞が入っているのかも分からない。
パカパカと蓋を開閉していると、妙な気分と共に下半身から何かが湧き上がって来る。
おっと危ない。ギリギリ間に合った。まったく最速にも程があるだろうに。
特定範囲内の道具箱から瞬時に物を取り寄せるこのスキルは、本当に便利だ。




