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ランダムダンジョンで一攫千金を狙おう

 異世界で数あるダンジョンの中でも特に異質なのがランダムダンジョンと呼ばれる大洞窟。その名の通り一日ごとに内部構造からモンスターの配置、手に入るアイテムまで全てランダムで決まる謎多きダンジョンだ。

 パチンコの開店行列に並んでいる最中、新台搬入のトラックに轢かれ異世界に転移した俺。

 しかしそこでもやることは変わらず、今日も朝から一獲千金を求めてダンジョン開門待ちの列に並ぶ。いいアイテムは早い者勝ちだから仕方がない。

 暇つぶしを兼ねて所持品の確認をしておこう。回復ポーションに鉱石採掘用のツルハシ、宝箱開錠用のロックピック。長期戦に備えて買ってきた食料は安価で量の多いのり弁と、このダンジョンの名物とも言えるピック焼きが三本。依然レアアイテムを手に入れた時に持ち込んだのがこのメニューで、それ以来ゲン担ぎに俺の食料はいつもこれだ。

 そうして開門時間の十時が訪れ、いざ飛び込んだダンジョン内。レアアイテム修得の期待値が低い三階までをダッシュで駆け下り、一番乗りで四階へと足を踏み入れたその矢先。足の裏に伝わるカチリという妙な感触と、ダンジョン内に流れるデロデロデロという絶望的な効果音。

 どうやら今日は、ツイていないらしい。

 ~アタリ屋 ランダムダンジョン店厨房~


「ねえねえ・・・ お兄さん」


 箱が呼びかける。


「どうしたハコ」


 騎士は振り向かずに返す。

 その手に握られているのは支給品の騎士剣でもなければ、愛用の大工道具でもない。竹製の骨に紙を張ったそれは、一般的に団扇と呼ばれるものだ。


「ホントに怒ってない? ねえ、ホントに怒ってない?」


 もう何度目かになるこの問いに、騎士はようやく振り向いて応えた。


「その話ならもういいと言っただろう」


「でも・・・。 でもお兄さん、いつもより無口だよ?」


「馴れない作業に集中しているだけだ。 お前ももう少し仕事に集中しろ」


 そう言って騎士は再び前を向く。

 彼の前にあるのは火の入った横長の炉と、その上に並べられて炙られている二十本ほどの串焼き。右手で鉄串をひっくり返しては左手の団扇で仰ぐ。この二十本が焼き上がったとしても、まだまだ処理するオーダーは減っていない。壁に次々と貼り付けられていくオーダー票の行列は依然健在である。


 不意に厨房内に機械音のメロディが流れた。確か”グリーンスリーブス”とか言う曲だったか。


「うわっと・・・。 この音はなんだっけ?」


「フライヤーのタイマー音だ。 中のメンチカツを上げてくれ」


「そうだ、フライヤーだったね。 わかったよ」


 おろおろとフライヤーに駆け寄っては調理槽を覗き込む箱。てんてこ舞いの彼女を余所に、キツネ色の油の海をタヌキ色のメンチカツが呑気そうにプカプカと泳いでいた。


 ラノベリオン世界の一角に存在するダンジョンエリア。

 ここにはファンタジー世界には欠かす事の出来ない”ダンジョン”が集中的に建設・管理されている。ダンジョンでのノウハウを学ぶためのチュートリアルダンジョンから各種イベントで使われるダンジョン。上級者が腕試しに潜るハイレベルダンジョンから、果ては”ダンジョンマスター”なる職業を選んだ主人公(プレイヤー)たちが自拠点として作成するプライベートダンジョンまで多種多様に渡る。

 その中でも今一番注目を集めるのが、最近ラノベリオンに実装された”ランダムダンジョン”だ。

 これはその名の通り、ダンジョン内の地形から徘徊するモンスターの種類、宝箱から手に入るアイテムまでもがランダムで決まるという異色のダンジョンであり、一部のゲーマーにとってはお馴染みの設定とも言えよう。

 運が良ければ優れた武器防具や珍しいアイテムが、しかも課金無しで手に入るかもしれないということもあり、実装からこのかた夢追い人が朝十時の開門前に長蛇の列を作るほどの盛況ぶりを見せるランダムダンジョン。しかし当然ながら幾つかの制約も存在している。

 例えばダンジョン内で死んだ場合は全ての拾得品を失い、入り口に強制送還される。更にタイムリミットが設けられ、夜十二時を回った時点で時間切れとなり、全ての探索者は強制脱出となる、などなど。

 そんなランダムダンジョンに主人公(プレイヤー)たちは今日も一獲千金の夢と財宝を求めて、ハック&スラッシュの冒険に挑むのである。


「ええっと・・・三番のお客さんはピック焼き三本とのり弁か・・・ええっと」


「その分のピック焼きは準備できている。 のり弁の梱包にかかってくれ」


 依然慌てふためく箱に声をかける。自業自得とは言え、彼女は騎士以上に調理の仕事など慣れてはいないのだ。緊張感を持つよう、それでいて下手に委縮させないよう、騎士は慎重に指示を出した。


「ええと、ええと・・・。 のり弁だったら・・・のり弁なんだから・・・」


「白身フライとコロッケだ。 タルタルとウスターのソースパックを忘れず付けてくれ」


「りょ、了解だよ。 これでいいんだね! ええと三番オーダー出来たよー!」


 そう言って箱は串焼きの入ったバーレルとのり弁を抱えて受け渡しカウンターへ走った。

 ここはランダムダンジョン入り口横に建てられたNPC弁当チェーン店”アタリ屋”の厨房。ダンジョンが開く朝十時を前にして、食料を調達しようとする主人公(プレイヤー)の行列はまだまだ途切れそうにない。


 内容:調理スタッフ

 職場:アタリ屋 ランダムダンジョン店

 時間:朝九時~昼二時

 報酬:時給千GP

 特記:賄い食あり


 さて、毎日その内部構造を変えるランダムダンジョンだが、当然ながら自動で変形するような便利なものではない。ダンジョンから主人公(プレイヤー)が締め出される深夜十二時から翌朝十時の開門の間で、専属NPCたちが改装や通路の開閉、アイテム設置を行うのだ。しかし予想以上の連日連夜の大賑わいに流石に手が回らなくなって来た。そこでNPC派遣センターに”ダンジョンの改装”という依頼を出すことにしたのが最近の話。

 これに興味を持った騎士が詳しい仕事内容を確認している間に、その隣に貼られた上記依頼を箱が勝手に受けてしまった。特に”賄い食”に吊られたらしい。騎士と箱が馴れない調理仕事をしているのはそのためだ。


 箱の言い訳を引用するのなら、アタリ屋名物の”ピック焼き”は味が絶品との評判ながら、その購入には幾ばくかの課金通貨RPが必要になる。ゲーム内通貨GPと違いRPを手に入れる機会など滅多にない箱たちNPCが口にする手段は賄い食以外に無いのだと、箱は涙ながらに訴えた。

 そんなこんなでエサに吊られた箱に付き合うかたちで、騎士はいよいよピークを迎えた厨房の中であくせくと働くのであった。


 ちなみに”ピック焼き”とは、鉄串の代わりに開錠用のロックピックを使った肉の串焼きのことだ。使用者の幸運と器用さの数値を一時的に上昇させ、さらに串をロックピックとして使えるため、設えが良く中身に期待できる宝箱を開錠する前などに食される。実用性ももちろんながら縁起物商品としての側面も併せ持つため、一本三RPという微課金アイテムではあるがゲンを担ぐハクスラ主人公(プレイヤー)にはよく売れるらしい。




 ~アタリ屋 ランダムダンジョン店厨房~


「スナイピングスパイク」


 技名と共に騎士が繰り出した両拳には、指の間に二本ずつ計十二本のロックピックが挟まれており、宙に放り投げられた肉塊に次々と突き刺さる。威力は低いが命中精度の高い乱舞系刺突技の発動によって、瞬く間に十二本の”ピック焼き”のタネが完成した。


「ヒートブレード」


 続いて騎士が繰り出したのは、手持ち武器の刀身を赤熱化させる技。鉄串代わりのロックピックが赤熱化され、そこに刺さった大ぶりな肉塊を内側からも火を通していく。厨房に入ってから一時間。仕事のコツを掴んだ騎士は、テキパキとオーダーをこなし始めた。


 そこへまたしても別の機械音が鳴り響く。先ほどとは違うこの曲は”エリーゼのために”だ。


「えっと! えっと! この曲は何の機械だっけ!?」


「落ち着けハコ。 電子調理器の音だ。 中からチキンカツを取り出してくれ」


「うんと・・・、 十一番オーダーのチーズチキンカツ弁当か! チーズ用意しなきゃ!」


 今度は冷蔵庫へとバタバタと慌ただしく駆け寄る。仕事処理量の多さに溺れ、騎士の指示出しにすがるような思いだ。そこへ畳みかけるように別の機械音が鳴り響いた。今度は”峠の我が家”か。


「うええん! えとえと! これってなんだっけ!?」


「炊飯器の炊き上げだ。 飯はまだあるから気にせず先にチーズチキンカツを仕上げてくれ」


「わかったよ! ああもう死にそう」


 このころになると騎士は、他の仕事との共通点から調理場での立ち回りを割り出していた。

 例えば戦闘における採るべき行動の優先順位。またはダンジョン内補修工事での次工程へ連結させるための事前段取り。はたまたモブキャラとしてイベントに参加する時の気配り目配り。

 なるほど初めてやる調理仕事だが、学ぶことが多いようだ。この仕事を学べば、まだまだ経験が乏しくややもすれば指示待ちになりがちな相棒も次のステップに進めるのでは。そんな期待を胸に騎士は団扇の柄を握りなおした。


「ひいひい・・・。 もう熱が出そうだよう」


「落ち着けハコ。 適切な順序でこなせば何とかなる。 常に自分の頭で最適解を考えることだ」


 一方の箱は後悔の念にかられていた。

 もちろん最大の目当てはピック焼きだが、注文を受けるカウンター担当のお仕着せも可愛いと評判である。その衣装を着て、得意の金勘定でレジ打ちをパパッと済ませ、優雅に品物を受け渡ししては目を盗んでつまみ食いをする。そんな甘い目論見はことごとく外れ、回されたのは裏方激務の盛り付け係だった。

 処理量に溺れ半ばパニックになりながらも箱の心を仕事につなぎとめるのは、騎士を巻き込んでしまった責任感と申し訳無さ。何より騎士の期待を裏切りたくなくて、箱は小さい頭で必死に考えて行動に移した。


「ええと、時間のかかるトンカツを先に揚げて・・・その間にご飯を盛って・・・」


「そうだ。 少しずつでも段取りを考えるんだ」


「うええ、から揚げは良く出るから少し多めに作っとく・・・」


「良い調子だ。 集中力を切らさんようにな」


 茹で上がる脳みその処理能力ギリギリのところで、箱は必死に集中をつなぎ止める。炉に向かいピック焼きを焼きながらも背中越しに気配りをしてくれる騎士の心遣いが、なんとも頼もしく嬉しかった。


 しかしそこに来て無情にも更なる機械音が流れた。高らかに鳴り響いたそれはこの職場ではまだ聞いたことのないファンファーレのようだ。


「うひい! もういやだよう! この曲止めてよう!」


 仕事がようやく佳境を過ぎた昼の一時過ぎ。

 頭を抱えて困惑する箱の肩に力強く手をやると、落ち着かせるように騎士は言った。


「顔を上げろハコ。 せっかくお前のレベルが上がったんだ」




 ~ランダムダンジョン前広場~


「あああ。 死ぬかとおもったよう」


 開いている椅子に腰かけると、箱は机の上に突っ伏する。昼の二時過ぎ、ようやく仕事から解放された二人は貰った賄い食を持って店を出た。ピークは過ぎたとはいえ、アタリ屋の店頭にはいまだ数人の待ち客が並んでいる。


「まあなんにしろ、良い経験にはなったな」


 そう言いながら騎士は広場を眺めた。

 妙に主人公(プレイヤー)の数が多いようだが、彼らはどうやらランダムダンジョン内で倒れ、強制帰還させられた連中のようだ。聞こえて来る話から察するに、間抜けな主人公(プレイヤー)が早々にモンスター召喚罠を踏んだらしい。更にその馬鹿が逃げ回ったせいで”トレイン”、いわゆるモンスターの行列が発生し、多くの主人公(プレイヤー)が巻き添えを食ったのだとか。その多くが再度ダンジョンに挑戦するため、準備を行っているようだ。

 ダンジョン内でも行列か。何とも行列に縁のある日だと騎士はかぶりを振るう。


「ねえねえお兄さん! 見て見て!」


 視線を正面に戻すと、相棒が得意げにピック焼きのタネを一本手に持って見せている。賄いとして大量に貰って来たピック焼きだが、客足が途絶えなかったため調理する余裕が無くまだ焼いていない状態だ。


「これをこうやるんだよ。 ぷうぷう~」


 箱はおもむろにピック焼きに息を吹きかける。その口からボワッっと火が出ると、生のままのピック焼きを炙り始めた。

 先ほどのレベルアップによって修得したモンスタースキル「火の吐息」のようだ。


「なるほど。 それでタネを貰って来たのか」


「えっへへぇ。 凄いでしょ。 わたしだって少しは考えてるんだから」


 自慢げに胸を張る箱。得意の面持ちでぷうぷうと串を炙り続ける。

 大量にせしめて来たピック焼きをヒートブレードで焼くことになるのでは、という騎士の予想は色々な意味で嬉しいことに外れたようだ。


「はい! 第一号はお兄さんにあげるね!」


 そう言って箱は満面の笑みを浮かべながら、焼き上がったピック焼きをずいと差し出した。なんだかんだいっても勝手に仕事を受けた負い目が残っているらしい。


「ん、いいのか?」


「いいよいいよ! 今日はパアッとやろうよ!」


 ホクホク顔の箱の隣には大量のタネが入ったタッパーが置かれている。賄いとは言えアタリ屋がそれをポンと出すあたり、ピック焼きの原価は相当低いようだ。


「では、お言葉に甘えよう」


「どんどん食べてよ! まだまだ売るくらいあるんだから!」


 そう言い放つ箱の満足げな顔。レベルアップとあの激務をこなした経験で自信が付いたのだろう。


 それは良いことだが、まだまだ甘い。


 多くの主人公(プレイヤー)が屯するランダムダンジョン前広場。

 大量のピック焼きを抱えホクホク顔の幸せそうな容姿が、どれだけ彼らの目を曳くのか。

 口から火を吐きピック焼きを炙った時に、どれほどの好奇の視線が彼女に向けられたのか。

 そしてそれを騎士に差し出した時に飛んできた期待の念が、どれほど強いものだったのか。


 どうやら相棒が気配り目配りを身に付けるのは、まだまだ先のようだ。

 恐らく大量の在庫は全て捌けてしまい、箱がピック焼きを口にすることは今回出来ないだろう。しかしそれで念願の課金通貨RPが手に入るのだから、彼女も本望に違いない。なにより主人公(プレイヤー)の要望に応じるのが我らNPCの主命でもある。

 自分の背後に生まれつつある順番待ちの行列を察しながら、騎士は串焼きに噛り付く。なるほど評判通りの美味さだ。その焼き加減に満足しながら応えた。


「売るとして・・・、問題は、いくらで売るかだな」

 その日も中々の戦果を抱えてランダムダンジョンを脱出する。

 ダンジョン前広場には様々な料理の露店が客引きのパフォーマンスをしていた。

 ドラゴン娘が焼くBBQにスライム娘の心太。最近は雪女のかき氷屋まで出て来た。

 全て二匹目のドジョウを狙った店だが、俺は柳川鍋を喰いたいんじゃないんだ。

 伝説ともなった宝箱少女のピック焼きは、あれから一度も出店していないらしい。

 赤面しながらもぷうぷうと炙る初々しい仕草にもう一度目にかかりたいものなんだが。

 あの時のロックピック、不確定情報ながらレアアイテムの出現率が上がるという噂のアイテムは今も使わず大事に取ってある。まあ噂を流したのも俺なんだがな。

 聞いた話では未使用で現存する”箱娘のロックピック”は十本足らずで、オークションにでも出せば一財産になるようだ。

 何とも皮肉な話だが、これを売りに出す気はさらさら無い。

 何せまだ目指すべき宝は見つかっていないのだから。

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