異世界風ゲーム世界へようこそ
~通常クエストエリア山岳街道~
「ねえねえ、お兄さん!」
街道の西側を見張っていた箱が呼びかける。
「どうしたハコ。 目ぼしい客が来たか」
騎士は東方面から視線を動かさずに応えた。
通常クエストエリアは文字通り、通常クエストを進めるために日々多くの主人公が行き交う、ラノベリオン世界でも有数の訪問者数を誇るエリアである。
そのエリアの中では比較的人通りが少ない山岳街道、その道沿いの岩陰に二人は身を潜めていた。
方や、鋼の地色そのままの武骨な全身鎧を着込んだ鉄仮面の騎士。
方や、宝箱から赤いドレスを纏う上半身と、ツインテールでまとめた金髪頭を出した人食い箱亜種のモンスター娘。
二人は今日の糧を獲るために、街道沿いでお客さんを待ち伏せしていた。
「ほらほら! あの人”どれみは”の主人公だよ! あの人襲おうよ!」
「静かにしろ。 見つかるぞ」
ワイワイと騒ぐ箱をたしなめると、騎士は岩陰から街道の西側を覗き見た。
近付いてくるのは男女数人の一団。男が一人に女が六人。
どれもこれも見目麗しく、それでいて各々の特色が光る女性陣に囲まれて、特に個性の無い唯一の男が逆に目立つ。
なるほど、どう見てもあれが主人公で間違いない。
ヒロインNPCをあれだけ引き連れているとなると、長大なプレイ時間とGPを費やしたのか・・・。
それとも多額の課金をつぎ込んだのか・・・。
「”どれみは”と言ったな。 知らんタイトルだが有名なのか?」
「ええ~、お兄さん知らないの? 『奴隷の身分でハーレムキング』って有名じゃん」
やれやれこれだから、と言わんばかりの呆れ顔を浮かべる箱。
しかし彼女が答えた正式なタイトルは、騎士にも聞き覚えがあった。
確か、それなりのプレイ時間とそれなりの課金額を注ぎ込まれ、そして中々のPVを稼いでいる中堅タイトルの一つだったか。
奴隷の身分に異世界転生した元社蓄が、現代知識とチート能力を駆使して女奴隷の解放に立ち上がり、ハーレムパーティを作るというあらすじだったと記憶していた。
「タイトルは略すな。 紛らわしい」
「長ったらしいじゃん。 それよりあの人たち襲おう! どうせなら有名タイトルがいいよ!」
「仕方のないやつだ」
相変わらず知名度の高さに飛び付く癖の治らない箱が、再び我儘を言い出した。
例え知名度が高かろうが、派遣NPCの勤める端役になど注目するものは居ないし、名前の有る登場人物の役は正規NPCが占めていて派遣には回ってこない。
ならばどれをやっても同じということか。
騎士はそう自分に言い聞かせると、頭を情報収集に切り替えた。
「それで”どれみは”は今、どういう展開になっている」
「ええとねえ、新ヒロインが参入したとこ。 ほらあのでっかいトンカチ持ってるロリっ娘」
箱が主人公一団の最後尾を指さす。
六人の女性陣の最後尾を歩く、茶色髪をツインテールにまとめたひと際小柄な少女だ。
身の丈五割増しの大金槌を難なく担いでいるところを見ると、ドワーフか改造人間の設定なのかもしれないと騎士はあたりを付ける。
「元鍛冶屋のドワーフ奴隷だよ。 主人公の剣技に惚れ込んでパーティに無理やりに付いて来たところ」
「なるほど新参者か。 鍛冶屋と言うことは、ひょっとしてあの娘本人は戦わないのか?」
「ううん。 普通に戦うんじゃないかな。 戦闘シーンがまだ無いからわからないけど」
箱から”どれみは”の大まかな設定と話の流れを聞き出す。
戦闘能力には期待できない相棒だが、ヒットタイトルならジャンルに関わらず目を通すその悪食と知識は、冒険譚と戦記物しかじっくりと読まない騎士にとっては重宝するものであった。
「そうか、初物か。 よし、あのドワーフ娘を襲うとしよう」
「さっすがお兄さんのロリコン! やだひょっとしてわたしも貞操の危機なのかな!」
「仕事は真面目にやれ。 ではバックアップを頼むぞ」
聞き出した設定と描いた筋書を頭に叩き込むと、騎士は岩陰から街道へと飛び出した。
「追加報酬が出たら美味しいもの食べようね」という箱の声援を背に受けて。
通常クエストの道中、合間合間に現れては一瞬で倒されるザコ敵。
それが本日、派遣NPCである騎士が請け負った仕事であった。
箱が保管している今回の依頼表にはこのように記されている。
内容:通常敵業務
職場:通常クエストエリア
時間:任意
報酬:出来高制
特記:仕事内容により追加報酬有り
~通常クエストエリア山岳街道~
「ちょっと! なによあんた!」
突如として立ちはだかる騎士の出現に、主人公一団が足を止める。
ヒロインの一人、勝気な女戦士が一歩前に出て詰問するのだが、騎士は答えない。
名目上の敵対関係と言えど、ヒロインNPCは実質上の同僚なのだ。
大事な客を放ったらかしにして、同僚と話をするバカがどこにいる。ましてハーレムものの主人公は、ないがしろにされることを酷く嫌う傾向があるのに。
そんな仕事の流儀に則ると、騎士は一団の中心にいる男、つまり主人公に呼びかけた。
「そこの男。 貴様、女奴隷ばかり引き連れて良い身分だな」
「え、俺? はあ・・・」
「命が惜しくば俺様に一人差し出すがいい。 そうだな・・・その幼女にするか」
そんな理屈の通らない脅しを口にすると、わきゃわきゃと指をイヤらしく動かしながらドワーフ娘に手を伸ばした。
鉄仮面ゆえに表情を表に出せない騎士の、渾身の演技がギラリと光った。
ラノベリオン世界。
それがソーシャルゲームの世界であることが判明したのはずっと昔のこと。
世界を統括する運営NPCの、当代からさかのぼって百二十九代前の運営NPCが解明したことだった。
それ以降、歴代の運営NPCによって次々と世界の解明が進められた。
元々は某有名ライトノベルのソーシャルゲームとして作られていたこと。
しかし版権に関していざこざが起こり、結果として歪な新規タイトルになったこと。
そのせいで開発費も人手も削減され、最終的に一人のプログラマが作成することになったこと。
切羽詰まったプログラマは自分の命を削りながら自我を持つNPCを作った。
そのNPCに全精力を注ぎ込み、全権力を与えたあとはそいつに仕事を丸投げするという手法だ。
なんでもプログラマの世界の創造主も使ったという伝統的手法だとか。
ラノベリオン世界の創造主とされるそのプログラマの詳細は今も解明されていないが、彼が初代運営NPCに命じたいくつかの言葉だけは脈々と伝えられている。
発展させ、発揚させ、課金させよ
さもなくばいずれ世界は滅びる
その言い伝えを受けて、運営NPC達はあらゆる手を尽くした。
手足となるNPCを量産しては自我を与え、世界の発展と構築に努めた。
いずれ訪れるであろう主人公を持て成し、この世界に引き付けるために。
そしてこのに夢中にさせて、じゃぶじゃぶ課金をさせるために。
そのうち問題となったのは、ライトノベル関連作品として設計された歪な世界構造だ。
どこかしらにその要素を補填しなければ、いずれ世界にほころびが生じる可能性がある。
しかし下手に版権作品に触れでもしたら、いずれどころか一瞬で世界が滅びかねないことは、古代の伝承からも見て取れた。
そこで運営NPCは逆転の発想に出た。
当代からさかのぼって八十二代前の時代のことだ。
ラノベをこのゲーム世界に反映させるのではない。
このゲーム世界をラノベ化すればいいのだと。
NPCによって作られた歪な世界構造は、人類には理解できないピースで補強されていった。
プレイしたゲーム内容が自動的にラノベ化される。
例えゲームを辞めたとしても、自分だけの作品が手元に残る。
そんな異色のソーシャルゲーム「ラノベリオン」は、こうして稼働日を迎えたのであった。
~通常クエストエリア山岳街道~
「うんしょ、うんしょ。 お兄さん大丈夫ぅ~?」
騎士の耳に、箱の呼ぶ声が聞こえる。
ドワーフ娘の繰り出したハンマーの一撃は予想以上の威力だったらしい。
もし弱い攻撃であれば自ら吹っ飛ぼう、などと考えていた騎士は、見事に街道沿いの森にまで吹っ飛ばされた。
余程のダメージだったのか、起き上がろうとするも手足がまるで動かない。
仕方がないので騎士は声を返した。
「ハコ。 ここだ」
「あ、いたいた。 ああもう。 すっごい重かったよお」
泣き言だか恨み言だかを言いながら箱が騎士に寄って来る。
その背には全身鎧を着込んだ騎士の身体が背負われていた。
手足が動かないのも道理というもの。強烈なハンマーの一撃は騎士の頭だけを千切り飛ばしたらしい。
俯けないので確認しようがないが、首だけで森の中に転がっているようだ。
「それにしてもずいぶん吹っ飛んだんだねえ」
「ああ。 我ながら中々のやられっぷりだった」
「でも正直、なんであのロリっ娘なんか襲ったの? 物騒なトンカチだったよ?」
「知れたことだ。 お前も追加報酬を望んでいただろう」
中堅タイトル”どれみは”の新参ヒロインであるドワーフ娘。
その戦闘能力のお披露目相手ともなれば、これを見逃すべきではない。
試し切りの相手であれば印象にも残るであろうし、幼女がデカいハンマーでガタイの良い騎士の鉄仮面を吹飛ばしたともなれば場面の映えも良い。
この働きはNPC派遣センターに高く評価され、追加報酬が上乗せされるのは間違いないだろう。
経験を以てそのことを知っていた騎士は、胴体に頭を押さえつけながらも、まだまだ経験の少ない箱に説明した。
「要するに、主人公たちの見せ場を考慮して動くことが重要だ」
「へええ。 ザコ敵役ってのも頭使うんだねえ」
「成功すればそれなりの追加報酬は出る。 今晩は少しいい店で食事としよう」
「じゃあわたしも好きなの食べて良いよね? お兄さんの重たい身体を運んだんだから当然だよ」
いつもより豪華な晩餐と聞くや否や、自分の働きを主張する相棒。
下半身が宝箱である人食い箱亜種のモンスター娘にとって、全身鎧の男を運ぶ大変さを語り始めた。
「ハコ。 いま言ったばかりなんだが、ものを言う前にもう少し頭を使え」
「え、なに? どういうこと?」
騎士の呆れ交じりの説教に、箱が首を傾げる。
自分の仕事に満足していただけに、騎士の反応が理解出来ないらしい。
重い重いという前に、まずはその軽い脳みそを何とかしろ。
そんな意味を込めて、騎士は言った。
「だから、なぜ頭を運ばなかったんだ」