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 わたしの高校生活は、第一歩からつまずいた。


 いきなり、知らない上級生に『センパイ! おはようございます!』と、アイサツされたからだ。


 彼らは、男女十人近い集団で、みなさんカラフルな髪色と制服をだらしなく着崩していた。


「どなたかと、お間違いではありませんか? センパイ?」


 みなさん、不思議そうな顔をしていた。


「ミカセンパイ? ……じゃない?」

「新入生です!」


 わたしの真新しい制服と、学年章を見てやっと納得してもらえた。


「そんなに、その『ミカセンパイ』と、わたしは似てるんですか?」

「よく見たら、そんなに似てないよ!」

「ミカセンパイの方が美人だし!」


 上級生とはいえど、失礼な言いぐさだ。


 それから、わりと毎日の様に『ミカセンパイ』に間違われた。朝の通学路で、学校の廊下で、下校途中で見ず知らずの相手から、わたしは『ミカセンパイ』として話しかけられ、すぐに違うと認識かれる。


 いつしか、『偽ミカセンパイ』と、アダ名がついたくらいだった。失礼な!


 ある日、体育教官室に呼び出された。


 わたしが廊下を歩いていると、こっちに来いと、体育教師に手まねきをされた。教師の指示に、何の疑問を感じず従うのは、学生の習性だ。

 わたしが体育教官室に入ると、いきなり、頭ごなしに怒鳴られた。


「お前は、何を考えているんだ! 停学中に学校に来るなんて、ふざけやがって!」

「ふざけてません! わたしは、停学中でもありません!」

「何を下らない冗談を言ってる? カラオケ店で喫煙して補導さて、二週間の停学処分で済んだんだ。先生方に感謝しろよ!」

「誰が停学ですか? 冗談じゃない! どうして、わたしが? 先生! いい加減にして下さい!」

「えっ! あれ? 君は噂の『偽ミカ』?」


 わたしはすっかり偽物あつかいだ。本人に会って、どれくらい似ているのか、是非とも見比べてみたかった。しかし、それは叶わなかった。


 『ミカセンパイ』は、停学中に深夜の自宅を抜け出した。仲間のバイクの後ろに乗っていて、交通事故で帰らぬ人になったからだ。


 存在を知っていたが、会ったこともない人の葬儀に行くことは出来なかった。平日に、家族葬で行われたそうで、『ミカセンパイ』を知る人達も遠慮したそうだ。


 葬儀あった夜から、ソレは始まった。


 最初は、家の留守番電話に残されたメッセージだった。わたしは、一人っ子だ。両親は、共働きで昼間は家に誰もいない。


 ピカピカ光るボタンを押すと、留守録のメッセージが再生された。


『……………………もしもし、『偽ミカ』?』


 失礼な! わたしの家をわざわざ調べて、電話をかけてきた第一声が『偽ミカ』かよ!

 留守録の背景に、ゴウゴウと風の音が聞こえていた。少女の声は、更に続いていた。


『…………そんなに似てるなら、かわってよ…………』


 メッセージは、そこで途切れた。番号表示は非通知。


 それから毎日帰宅すると留守録に無言のメッセージが入っていた。


 ひと月くらいした頃、学校で変な噂を聞いた。深夜、『ミカセンパイ』を見たという。最初は高校の校門の前に、ぼんやりと影のように立っていた。それが、『ミカセンパイ』だったというものだ。


 『偽ミカ』説、つまりわたしじゃないのかという説も出たが、体育教官室でぶちギレたとはいえ、真面目な生徒のわたしが深夜にうろついてるはずはない。


 それから、コンビニの近く、高架下のトンネルで、橋の上で川を眺めていたとか、『ミカセンパイ』が深夜にあらわれる場所は違った。


 わたしは、突然気がついた。目撃談をまとめると、高校から道は違うが、わたしの通学路に近い。それに、だんだん自宅に近づいている?


 ……………………ゾッとした。



 『ミカセンパイ』は、留守録に『かわってよ』といっていた。わたしと、入れ替わろうとしているというのか?


 わたしは、ジリジリと、内心焦ってみてもどうする事も出来なかった。


 ある日、友だちから、御守りをもらった。


「余計なお世話かもしれないけど……」


 御守りは、近所の神社の『厄除け』と『家内安全』だった。目撃談がわたしの家に近い事から、友だちも予測したのだろう。怖いのと、うれしいのとで、教室で泣いてしまった。


 今夜は、間の悪い事に、両親は親戚の法事で留守だった。友だちは、泊まりに来るか、泊まりに行こうかと言ってくれたが、わたしよりも怖がりな彼女を巻き込みたくなかったので断った。


 その夜、なかなか寝付けなかった。


 ピンポーン。


 マンションのエントランスからの呼び出し音は一回だ。


 時刻は、深夜零時十分前だ。こんな時間に訪ねてくる知り合いはいない。古いマンションだが、オートロックだし、自宅は十一階だった。玄関のロックは何度も確認している。


 ピンポーン、ピンポーン。


 玄関前からの呼び出し音は二回鳴る。


 まさかとは思っていたが、玄関前まで訪問者はやって来たのだ。


 ピンポーン、ピンポーン。


 再び、玄関の呼び出し音がした。わたしは、友人にもらった御守りを握りしめた。


 わたしの部屋の明かりは点けたままだ。いつもは、暗くしないと眠れない。しかし、今夜は暗いと怖くて部屋にいられなかった。


 と、ベッドの端がぎしりと音を立てた。部屋の明かりは点いている。


 足元から、明るい照明の逆光を受けて、少女のシルエットがわたしの上に、かぶさってきた。


 わたしは、必死に逃げようとした。しかし、声を出す事も身動きする事も出来なかった。金縛りだ!


 少女のシルエットは、間近にわたしの顔をじっと見ている。


 わたしは、目を閉じることすら出来なかった。ワナワナと唇は震えて、呼吸が上手く出来ない。冷や汗が、額から流れていった。



『なんだ、全然似てないじゃん…………』



 どれくらいの時間がたったのだろう。目の前に、照明が見えた。時刻は、深夜零時ぴったりだった。


 わたしは、泣いた。御守りを握りしめて、ベッドに丸くなって、ワアワアと子どもみたいに泣いた。


 そして、泣き疲れて眠ってしまった。


 翌日、友人には何もなかったと告げた。わたしは、腫れぼったい目をしていたので、何もなかったはずがないのは、バレバレだった。友人は、それ以上何も聞かずにいてくれた。


 それから、『ミカセンパイ』の目撃談はなくなった。先輩達も、わたしを『偽ミカセンパイ』と呼ばなくなった。

















 あの夜、あらわれた彼女は、わたしと雰囲気は違うが、双子のように、とてもよく似ていた。


 もしも、わたしだったら、ああ言って消える事が出来きただろうか…………? 




お読みいただき、ありがとうございます。

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