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地下世界にて(4)

 袋小路を引き返し、再び光蔓のしるべがある通路へ出た。セレンの先導に従って進む。常に白色の小弾を複数伴っており、前方に敵影を認めた瞬間、先手必勝と発射する。その騒音が新たに追ってを寄せつけることにもなっているが、そんなことお構いなしだ。近寄るものはすべて倒す、確固たる意志が透けて見えた。


 白弾は松明の役割も果たしていた。十歩ぐらいの距離のところまでは、真昼の室内と同程度の明るさだ。足元が一部の隙なく平らに固められていることや、分岐の壁に案内と思しき字図が刻まれていることが初めてわかった。


 中心にいるセレンの状態もわかる。髪型は激しく乱れ、顔つきにもくたびれた色をうっすら呈していた。右腕はなにかに引っかかれたように袖が大きく裂けている。そこから覗く肌にも、乾きかけの血の筋が長く複数本走っていた。しかし、その腕も含めて動きのきれが衰えることはなし。眼光の怜悧さに至ってはむしろ切れ味を増しているような。半ば暴走しかかっているのかもしれない。


 合流するまでもこうやって暴れながら進んできたのだろう。それと同時に、ナターシャは色々な事情を察した。脱獄した時に鳴り響いていた警鐘の元凶はセレン。自分の監視が奇妙なほどに緩かったのも、セレンへの対応で一杯だったため。


「あなたには助けられてばかりだわ」


 ナターシャが呟いた言葉に返答はなかった。セレンは前方で砲を撃とうとしていた亜人の女に、光弾を叩きこむのに忙しかったためだ。


 しかし、答えの予想はつく。それが役目ですので、きっと平然とそう言うことだろう。



 快進撃を続けるうちに寄せ手の数が減ってきた。単に打ち倒された分だけ戦闘員が少なくなったためか、それとも正攻法では及ばないと気づいて作戦を練っているのか。どちらが真かは不明だが、いま妨害が緩やかになったことは好都合。ヴェルムと合流できれば、こちらも段違いに動きやすくなる。


 一本道の曲がり角を越えたところで、地溝の民と鉢合わせになった。手に棍こそ持っているが、重防具は付けていない。その鳩尾にセレンがすかさず手刀を突き立てた。続けざまに呻いてのけ反る相手の顎を手加減なく蹴り上げる。それで通路に投げ出されたあとは、泡を吹いて動かなくなった。


 さらにその奥にある十字路へ目を向けると、左側から黒山のような影が出てくるところであった。セレンは体勢を整え直すこともせず、待機させていた白の魔弾をそちらへ発射した。


 閃光は恐るべき速さで十字路へ到達する。しかし、影の主は激突の前に身を引っ込めた。空を走った光弾は土壁を軽くえぐって弾け消えた。


 あたりが暗くなったのは一瞬だけ。セレンはすぐさま次の魔弾を展開させていた。数も増えたし、大きさも同じく。それを携え、セレンは倒れた邪魔者を飛び越した。


 その時、十字路から声が響いた。


「やめろ! 俺だ!」


 耳になじむ低い声に、意味の通る言語。ヴェルムだ、熟考して判じるまでもない。少なくともナターシャには瞬間にわかった。


 ところがセレンは攻勢を緩めなかった。着地して踏み込み、角度をつけて光弾を一斉に放つ。十数の球がヴェルムの隠れている通路へと向かっていった。しかもその結果を見る前に、また次の光が灯されているではないか。


 ――いけない、やはり暴走してる。


 ナターシャは冷や汗を流しながらセレンの後を追い、三回目の射撃が行われた直後に彼女の体を羽交い絞めにして止めた。


「やめなさいセレン。聞こえなかった? 敵じゃない、ヴェルムよ」


 そう言い聞かせると、セレンはぴたと動きを止めた。傍らに光弾は現れたが、松明代わりの一つのみ。ゆっくりとナターシャの方へ向いた目は、無表情ながらも正気のものであった。


 静かになったところで、ヴェルムがこちらの様子を伺うように顔をのぞかせた。はじめはそっと、そしてもう追撃が来ないことを確認すると、急ぎ足で向かってくる。頭がつっかえないように身をかがめているため、だいぶ動きにくそうだ。


「あァ、やっと追いついた……。嬢ちゃん、ちょいと暴れすぎだ」


 呆れ混じりの言葉に、セレンはなにも返さなかった。


「ヴェルム、無事でよかったわ。怪我は?」

「平気だ。まあ、なんだ。俺はそもそも捕まってないんだ」

「……どういうこと?」

「歩きながら聞いてくれ。とりあえず急いで近くの出口から地上に戻るぞ。もう交渉も無理だ、ここらの連中からは完全に敵と見なされている」


 そう言ってヴェルムは再び十字路へ向かった。ついてこい、と。出口がどこにあるのか知っているのかと聞けば、分岐路に刻まれた案内に記されていると。


 直進する狭い道を行きながら、ヴェルムはことの顛末を語った。


 あの歓待の席において、ナターシャとセレンに対して眠り薬が一服盛られた。ヴェルムも二人が倒れて初めて、バダ・クライカの亜人たちが不義をはたらいたことに気づいた。


 とんだ裏切りだ、どういうつもりだ、恥を知れ。ヴェルムは机をまたぎ信徒たちの長に詰め寄った。側近二人に押さえられながら、長の釈明を聞いた。それは、まったく悪びれるようすの無いものであった。


「赤き肌の同胞よ、その純然たる血を持つそなたが、我ら真なる民(バダ・クライカ)の導き手であることは、古より変わらぬ真実だ。ゆえに我らはそなたを同胞として歓迎する。だが……そちらの二人は違う、他所者だ。忌まわしき人間ではないが、我らのれっきとした同胞でもない」


 要するに信用できないと。亜人たちからすれば、人間の異能者は人間だ。姿かたちで差別されることもなく、アビラさえ隠せば存在自体を責められることはない。そうする選択肢があるのに、わざわざ自分が虐げられる側であると喧伝しすり寄って来るなんて、裏があって当然だ。仮に腹に黒いものはなくても、都合が悪くなった暁には、平気で同胞を売り飛ばして、自分は人間の味方だと何食わぬ顔で言い出すに決まっている。バダ・クライカの者たちの言い分は、そんなところであった。


 殺さずに眠らせただけにとどめたのは、あくまでもヴェルムの顔を立てるため。無二の同胞である赤肌が盟友として連れてきた、それを暗殺してしまうことは、連れてきた者を信用できないと言っているに等しい。ヘルデオムの住人たちの感覚ではそうなる。


 だったら二人をそのまま外に帰せ。ヴェルムはそう要求した。が、断固として拒否された。ダンザムへ直結する秘密の通路を知られてしまった以上、政府の下へ戻すわけにはいかない。解放するとしたら、二人も自分たちの真なる同胞だと示されるか、あるいは、神エスドアの僕であると心から忠誠を誓い、神の前に跪いて見せるか。最低でもどちらかを満たした場合だ。


 それは難しいとヴェルムは知っていた。ナターシャはともかく、セレンは彼らの厭う人間の異能者そのものである。一時しのぎの嘘でもエスドアへの帰依を誓えば活路はできるかもしれないが、あいにく、二人ともかような真似をする性格ではない。


 である以上、なんとかして理解を得ねばならないのだが、場に会したバダ・クライカのぎらつく信徒たちを説き伏せることは困難を極めそうであった。


 ただ、相手の説得が難しいと思ったのは、バダ・クライカ側も同じだったらしい。最終的な判定は教徒の枠を超えた部族の酋長から知恵を借りて行う、これ以上のことは酋長と話し合ってくれ。そう一方的に決めると、昏睡している二人を引きずり、集会所から出ていった。


 ヴェルムは言われるがまま、なされるがままに任せるしか手がなかった。自分が一つ間違えば、ナターシャとセレンの命が危ない。取り囲んでいる者たちはエスドア信仰に染まりきっていて、ヘルデオムの民に連綿と続いてきた流儀や道義に従うよりも、エスドアの益、すなわち敵たる人間を排除することを優先するだろうことは悟っていた。


 集会所に居た過半数が二十に満たない歳若で占められていた、それも決め手であった。彼らが生まれた頃には、政府による弾圧が激しさを増していた。大人たちから逐次人間政府への恨み節を聞かされて、また自身でも理不尽な世界を見て、芯から人間への憎しみに染まっている。そんな彼らにとって、世界を変えるというエスドアはまさに救世主、絶望から這い上がる支えとなる、唯一無二の希望だ。だから若人たちは、古くからの慣習を足蹴にしてでもエスドアについていくことを選ぶのだ。


 それを踏まえると、地溝の民の酋長との会談へ場が移るのは、ヴェルムにとっても有利なことに思えた。赤肌、誉の人(グリド)、そうした肩書きは、伝統に忠実な年寄りほど尊重するだろうからして。


 だが。現実は予想ほどに優しくないものである。


 酋長との対話の場をもつことは容易にできた。驚くほど丁重に扱われて、縛られることもなかったし、砲口に取り囲まれた状態で話をする羽目になることもなかった。


 しかし、別々に捕まっている二人を解放し、返してくれとの要求は、酋長にも同じく渋られたのであった。理由も同様、たとえ政府から異端認定されていようとも、人間である以上信用に値しないと。


 ナターシャについては、まず人魚族であることを信じてもらえなかった。というのも、東方の亜人種はみなそれぞれ特徴的な外見を持っていて、ある種それが亜人の証となっている。それに引き換えナターシャは見目姿が人間そのもの、これで亜人だと認識しろというのが無理だ。山岳に位置するヘルデオムの民が、海に暮らす人魚族の現物を知っているわけがない。


 難しいとわかっていても、ヴェルムはしつこく要求を繰り返した。そうすると、向こうがとんでもない提案をしてきたのだ。


「『証明するために地底湖に沈めよう。本当に人魚なら、水の中でも死なない』なんて言われてな……。あァ、まったく正しい、反論しようもない。だが、おまえの場合はまずいだろう」

「ええ。溺れて死ぬわ」

「そこが理解してもらえないんだ。良くも悪くもおまえは特殊すぎるからな」

「だけど、あんたは意地で交渉を続けてたってわけね」

「おう。せめて危害を加えないことだけでも約束させようと。だが、その最中に嬢ちゃんが目を覚まして、大暴れを始めたって報せが入ってな……全部飛んだわけだ。わかってると思うが、あちらも相当お怒りだぜ」


 ヴェルムの湿ったため息が狭い洞窟に響いた。ちょうど光蔓の至近を掠めた折で、彼の強張った頬に棘でひっかいた傷が走っているのが見えた。


「でもセレンを責めるのはお角違いだわ。全然状況わからないまま縛られてたわけだし」

「責めるつもりなんてねえよ。今回、道義にもとることを先にしでかしたのは向こうの方だ。……すまん。まさかこんなことになるとは。あの時引き返すべきだった。こっちの亜人たちとおまえたちを繋ぐべきじゃなかった」


 悔いる口調は低く沈んていた。立ち止まれる状況であったら、はいつくばって謝罪したのではと思うほどに。


 もうよい、過ぎたことだ。反省会など後でもできる、今は先を急ぐべき。ナターシャはそんな風に声をかけ、先導する男の丸まった背を強く押したのだった。

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