地下世界にて(3)
すぐに地溝の民の男たちが慌ただしく踏み込んできた。見える限りは四人、喧々と騒ぎながら鎧を着て、武器を持ち出そうとしている。
どうやら武装を整えにきただけだ。それならば、彼らが出ていくまで隠れきれれば大丈夫だろう。
だが、その見通しが甘かったとすぐに知らされる。
男たちの内一人が、隅の作業台から魔砲が消え失せたことに気づいたらしい。急にそちらへ歩き寄って、念入りに確認したのち、荒々しい声を仲間にかける。室内に緊迫した空気が流れた。別の一人がよく音の響く笛を吹いたのは、緊急事態を周知するためか。
あの女の武器がない、奪い返された。逃げられたんだ。まだ近くに居るかもしれない、探そう。おまえは外へ知らせに行ってくれ。そんなことを言いあっているのだとは予想がつく。まずは、といった風にこの鍛冶室を検め始めた。
こうなって無事にやり過ごせるだろうか。ナターシャは歯噛みしながら考えた。五分五分、といったところか。焦っているようだし見落とされる可能性は十分ある。だが、いまの場所で見つかった場合、それから逃げる余地はないのが事実。それを思うと、隠れ続けるリスクの方が高い。
一か八か、通路へ駆け込もう。ナターシャは意を決して魔砲を手に取った。出入り口があるのは、ちょうど隠れ蓑にしている積まれた箱の向こうだから、最短距離を取るのは難しい。壁伝いに回り込むのが次善だろう。
方針を固めて、ナターシャは物影から飛び出した。力強く足を踏切り、壁際に走り寄る。
地溝の民たちは意表を突かれて動きを止めた。それでもナターシャが壁と背中合わせになるころには、各々武器を構えて捕獲に動き始めた。
ナターシャはざっと位置関係を確認する。出口は右斜め前方、その直線上に一人居るし、奥手に居た者が急いで通路を塞ぎに来た。なおかつ左手方向からも、刺々しい棍棒で威嚇しながら迫って来る男が。今はこの三人だけだ、もう一人は伝令に行ったのだろう。
二方向に分かれる敵へ交互に砲口を向けながら、ナターシャは少しずつ壁伝いに移動した。途中で壁の光蔓をむしり取り、鞭のように振り回したり、相手の顔近くに投げ飛ばしたり。敵はアビラを警戒しているのか突っ込んでくることはなかった。好都合だが、手札を隠していないとばれたら怖い。
やがて部屋の角に至る。ごわごわした袋が置かれていた。その半分開いた口から、金属質の物体が詰められているのがわかった。ちらと見るに砲弾のようだ。それも、ナターシャの持つ魔砲の弾と近い大きさの。
ここにきて敵との距離も縮まっている。みようによっては角に追い込まれたかたちだ。しかし、もし砲弾が供給できるというのなら、たて続けに三人ともを撃ちすえることができるのだから、一気に状況を変えられる。外しても弾が尽きないのも大きい。魔力的な反動は気力で乗り越えるしかないが、そんなもの今さらのこと。十分に現実的な活路だ。
ナターシャはさっとしゃがみこみ、目線は男たちを睨みつけたまま、手探りで袋の中のものを取った。見立ては正しかった、手に握った感触が魔砲の弾と同じ大きさだと知らせてくる。
だが、想定外だったのは、平滑な球ではなく、表面が海栗のように刺々しくなっていたところだ。暗がりだからわからなかった。棘の先は丸めてあって、手に刺さらなかったのはよかった。しかし砲の発射に使えるかは疑問である。おまけに軽いのだ、中身が空洞のはりぼてであるかのように。
正直なところ失敗したと思った。だが手にした以上、使わない手はない。敵は相変わらず様子を伺うように距離を置いている。その顔に向かって投げつければどうだ、当たれば痛いし、避けようとして後退してくれるのではないか。
さっそくナターシャは左側の男に向かって投擲した。飛んでいった球は少し狙いがそれて、顔の横の空間へ向かう。着弾を見届けることはなく、すぐに次の球を手にした。がむしゃらに投げれば意外といい牽制になるだろう、うまくやれば逃げる隙を作ることができる。
だが、相手は予想以上の反応を示した。直撃を免れたのは明らかだったのに、狙われた方の男は地面に伏せて頭を抱えこむ。そして、通路側に居る二人も、籠手を着た腕で顔をかばいながらざっと後退する素振りを見せていた。
いくらなんでも怯えすぎだ、どうした。ナターシャが訝しむ、その答えはすぐに判明した。
宙を裂いた棘付き鉄球が奥の壁に衝突した。その瞬間、巨大な破裂音が轟いた。同時に耳の傍を鋭い音を立てる何かが通り過ぎ、さらに右手の甲にはちりちりと熱い刺激が走った。
虚をつかれて立ち尽くす足下に、断たれた赤髪がはらはらと幾本もこぼれた。天井や床から土の小塊が崩れ落ちる音も響く。
ナターシャは理解した。この球はそういう凶器だ。強い衝撃が加わるとなんらかの作用で破裂し、金属の外殻が勢いよく飛散する。表面が棘にしてあったのも殺傷力を高めるため。先が丸めてあっても、勢いがついていれば関係なく深く刺さる。
恐ろしい武器だ。だが同時に、使えるぞという感想も抱く。敵が遠巻きに警戒しているだけで襲ってこないのは、ナターシャに目がけた攻撃が空振りし、炸裂弾がたっぷり詰まった袋に当たることを恐れてに違いない。ならば。
ナターシャは袋を一つ抱え上げた。腹の下で持ち、襟元まで高さがある。相応に重量もあるが、多少の距離なら持ち運べる程度だ。
そのままの格好でナターシャは通路目がけて走った。前に立ちはだかる二人は明らかにうろたえている。
手前側に居た男が棍棒を捨て、足を踏んばりナターシャの突進を受け止めた。炸裂弾を刺激しないように袋を掴み、全身で勢いを包み込むようにして。それから、横に振って袋を奪い取る。
それでいい、とナターシャはほくそ笑んだ。某局長に負けず劣らずのしたり顔である。
その表情のまま魔砲を構えた。砲口が向いているのは、眼前の男が胸に抱えている袋だ。周りに見せつけるように、引き金に手をかける。いかにも、もろともに自決することを選んだように。
地溝の民が悲鳴を上げた。袋をその場に置いて、自分は遠くへ逃げる。対角線側へ、物影に転がり込むようにして。残りの二人も似たようなものだ。
包囲が解けた瞬間にナターシャは魔砲を降ろした。無論、こんなところで死ぬつもりはない。
代わりに袋から炸裂弾を一つ取り、最初に隠れていた箱の山の裏へ、上弧を描くようにして投げ込んだ。そちらに敵が二人逃げ込んだのが見えたから。
地溝の民がまた喚く。だが直後に鋭い破裂音も響いて声をかき消す。ナターシャはそれらの音を背に受けながら通路に飛び込んだ。
そこにもう一人居る。その男は流転する状況に慌てふためいていた。だから立ちはだかるのが遅れた。
ナターシャは全速力で突っ込みながら、両手で握った魔砲を振りかぶり、無防備な男の顔面に叩きつけた。鼻の骨を砕いたような感触がした。脳にもダメージがあるかもしれないが、そんなことに構っている余裕はない。
男は千鳥足で後退し、ついには崩れるようにうずくまった。
ナターシャはその脇をさっそうとすり抜け、振り返ることもせずに暗い通路を駆ける。まだ後続は来ておらず、分岐のところまで無事に戻って来られた。
はじめに来た道、鐘が鳴っていた道、いまやどちらも同じくらい騒々しくなっている。警鐘が響き渡っているのは変わらず、重い足音や物音が大地の震動となりやってきていた。
敵に遭遇するのは時間の問題だろうが、進めるところまで進むしかない。ナターシャは未知の通路へと踏み入れた。
通路の狭さもものともせずに走る。分岐に差しかかったところで、仲間の名を大声で呼ばわった。こちらの居場所を敵に知らせることにはなるが、それよりも合流を急ぐべきだと判じた。
二方向どちらからも返事はなかった。ただ、向かって左側からは、より近い位置で地溝の民が蠢いている気配がする。
ならば進むのは右だ。ナターシャは奔走を再開した。
そのようなことを分岐のたびに繰り返す。三叉路でも、五叉路でも同じだ。しかし手ごたえはないまま。
地溝の民から完全に見つからないままということもない。横の部屋から出てきた者とばったり顔をあわせることや、通路前方から小走りで向かってくる武装隊を先に発見するといったことがままあった。その度に方向転換し脱兎のごとく逃げ、部屋に飛び込み設置物を利用して追手を撒いたり、あるいはまた別の部屋へ続く扉をくぐったり、うまいことやり過ごしてきた。
地溝の民のずんぐりした体形上、単純な歩幅ではナターシャが圧倒的有利だ。俊敏な動きをすること自体、どうやら種族総じて苦手らしい。そのため全力で走るところを後ろから追われている分には、まず捕まらないで済む。
だがナターシャとて永久に走り続けられやしないのだ。気を張っているから足を動かし続けられるだけで、筋肉はすっかり疲労している。それが徐々にスピードが落ちるという形で反映されてきた。
他にも全身汗だくであるし、息もあがっている。そして何より、本人も意識しないままに思考が鈍っていたのだ。
今度は行く先が二手に分かれている。どちらも数歩のところより先が見えない。光蔓の光点もなかった。ヴェルムとセレンに呼びかけても、すぐの反応は特になし。
後ろに追手が迫っている。あまり立ち止まっては居られない。ナターシャはすぐさま左側の道へ足を運んだ。理由は、こちらの方が静かであったから。
暗闇の通路に自分の足音が響く。やはり光蔓は無い。魔砲に取り付けられた翆晶石が放つごくわずかな緑の光が、辛うじて地と壁があることを見せてくれるのみだ。
それでも臆せずに進んだ。後方から地溝の民の足音がついて来ているから。
しかし、ややしてナターシャの足が止まった。
「しまった……」
途方に暮れて見やったのは行く手を遮る土の壁。行きどまりだ。左右を見ても抜け道はない様子。
もっと早くに気づくべきだった。判断力が保たれてあれば、あまりにも暗く静かで他の道と違うということに不審を抱けていただろうが。
だが、後の祭りである。舌打ちして踵を返せば、そこにはもう、鎧を着た地溝の民の姿が二つあった。
ナターシャは魔砲を抜いて構えた。ここまでは意識的に温存してきたが、もはやそうも言ってられない。弾二発で一人ずつ、外さなければ接近を許す前に退けられる。
引き金にかけた指をわずかに動かした。その時だ。己の名が呼ばれた。絶叫するような女の声。すぐ近くだ。
「セレン! あたしはここだ!」
呼応するように叫ぶ。
その次の瞬間に、地溝の民の背後で閃光が弾けた。あまりの眩しさにナターシャは体ごと目を逸らして、刺激された眼をいたわるように手で覆う。何度瞬きしても光が焼き付いたまま離れない。
目がやられて見えない間に短い攻防があった。光が目に刺さったのは地溝の民も同じこと。苦悶の声を漏らしている最中に、さらに光を伴う魔弾が叩きこまれる。果てには雷を纏った球が幾多も撃ちこまれ、激しい音が洞窟を震わせた。
そして静かになった。音を極限まで殺した足取りが、ナターシャのもとへやってくる。
「ナターシャ様、ご無事ですか。申し訳ございません、探し出すのが遅くなりました」
「大丈夫、目がくらんだだけ……。セレン、あなたは無事なの? 怪我は?」
「ほとんどありません」
「ほとんどって……」
「右腕を少し。動きます、任務に支障はありません」
淡々と語る声は普段どおりのものだった。ならばその言葉に甘えさせてもらおう。
「セレン、ヴェルムを探すわよ。そのあと、地下から抜け出す道を見つける。行きましょう、いつまでもこんなところに居られない」
「……かしこまりました。ナターシャ様のご命令通りに」




