幕引き(3)
「ブロケード東方総裁次、なぜここにいるんですか」
「その男に聞きたいことがあるからだ。自ら確かめなければ気が済まない、そのようなことが色々と」
ナターシャの問いにブロケードはきっぱりと答えた。その翆の双眸は絶えずギベルを睨みつけていた。刃を引かない相手を見て、彼もまた帯びていた剣を抜く。
刺々しい視線が交錯する。互いに出方を伺っているように動かない。
寒々とした空気の中、先にブロケードが口を割った。
「失望したぞ、ギベル司令。清廉で実直だと名高い君がこのような真似をしでかすとは。残念だ、本当に」
「そうさせたのはあなただ! 義にもとる法を押し通し抑圧と反発を招いた、あなたのなしたことだ!」
ギベルが激情をむき出しにして叫んだ。噛みしめられた歯、血走った眼、飢えた猛獣のような姿に平素の面影はない。
今にも飛びかかって来そうな男を目にしても、ブロケードはまったく動じなかった。冷めた面持で、しかし真摯に告げるのみ。
「それが常に抱く思いであったというのなら、始めから主張を表に出しかかってこればよかったものを。私は逃げも隠れもしない」
「何を今さら! 反対する意見を封じ込めてきただろうが」
「だとしても、だ。真に自分が正しいと思うのであれば、このような悪辣な手に走らず声を上げるべきだった。そして対話を望むなら、私は対話で答えただろう。だが、暴威で臨むというなら、相応に返さねばならない」
ブロケードが真っ直ぐに剣を突き出した。細身の刃がきらりと怜悧に光る。
「いかなる窮地に陥ろうと、己の軸を変えてはならない。私はその覚悟で立っている。……君はどうだ、常に己を己たらしめたまま居る覚悟はあるのか。無かったのだろう。その程度では何も変えられやしなくて当然だ」
「黙れぇッ!」
ギベルがいきり立って躍りかかった。重装をものともせず疾く仇敵の鼻先へ迫り、高く上げた刃を落とす。
ブロケードは真っ向から受け止めた。剣と剣がぶつかり合い不協和音を奏でる。そのまま押し切られる前に身を横によじり、ながらに引いた剣を下方より振り上げる。
細身の剣は白銀の籠手に止められた。表層から光の破片が零れ落ちるもそれだけ、逆に剣を持つ無防備な腕が狙われる。
ブロケードは身を低くかがめて空振りを誘った。その姿勢のまま足を踏切り、相手の腹へ当身を食らわせる。
重装が仇となり、後方へ崩された重心に体がなす術なく引っ張られる。そこには長机、のけ反るような格好で背から叩きつけられた。
ギベルが顔をしかめたところへ、ブロケードの剣が追ってきた。晒した喉元に襲い来る刃、とっさに剣を前に出して身を守る。
ぎりぎりと金属がこすれ合う。今の形勢で有利なのはブロケードだ、体重をかけ押し切ることも可能だろう。それなのに彼は眉目をひそめ不満げだった。
「どうした、この程度で折れるか。遠慮はいらんぞ。君は人間ではないのだろう? だから私を殺したいのだろう!? それならば、人間の真似ごとなどせず、それらしく……ッ!」
言い終わらない内にブロケードの体が大きく弧を描いて弾き飛んだ。開きっぱなしの入り口の向こう、暗い廊下に消えていく。魔力の渦にねじ切られた服の切れはしが、散り散りで宙に舞った。
ギベルが身を起こした。廊下から聞こえる咳きこむ声、その音を止めようと歩を進めていく。しかしゆっくりと、威圧しながら。憤怒に満ちた形相も相まって、死神が向かっていくようだ。
そうしながら彼は吼えた。心の限りを。
「私は、守りたかっただけだ。守るための力すら表に出すことを許さないと、貴様たちはそう言ったのだ! その手前勝手な嫌悪で、必要な力を出せぬ者がどれだけいるか。そのために何人を見殺しにせねばならないか。わずかな予断も許されぬ場で足枷を着けさせる所業、貴様たちがなしたのはそういうことだ。救える命を捨てさせて、なにが正義だ!」
二人の距離が縮まるにつれ、ブロケードの姿が鎧の光に浮き上がる。着衣は乱れ肩を上下させてもいる、それでも眼光は死んでいない。冷静沈着に剣を構え待っている。更にはギベルの咆哮に応じる余裕すら見せて。
「そうか、君はアスクバーナの出だったな。若くして地獄を見て来たか」
とはいえ言ってみただけで、感心した様子は特にない口ぶりだった。それが受け手の神経を逆なでる。
「地獄だと知りながら何も感じぬか!? 超常の癒し手が居れば、何人の命が救われたか! 一騎当千の力を持つ者が居れば、いくつの村落が滅ぼされずに済んだか。私が私の才を振るえれば、私の後ろに居た者たちは、誰も死なせずに済んだ!」
ギベルは叫びながら剣を振り回す。受け止められ躱されて反攻されても、ひたむきに。
激しい攻防が続くと、ブロケードが押し負けて来た。初めこそ防具の無い部位を狙って突きを繰り出す余裕があったが、今は身を守るだけで必死だ。大きく動いて相手を振ろうとすると見えない壁に阻まれる、そんな風に動きを制限されれば奇策に転じることもできない。
そんな中、ギベルが不意に動きを変えた。正面一辺倒だったところから、大きく左側に跳んだ。背後を取り一気に片をつける、おおよそ意図は見えている。だからブロケードも素早く向きを変えてきた。
だが、それは誘導だったのだ。ギベルの二歩目は予想に反し空中へ上がるもの、さらにその次は三角跳びでもするように見えない壁を蹴る挙動。勢いある跳躍で、左から右へと一気に移る。
そして身をひねって、反対側でも同じように壁を蹴った。がら空きになっているブロケードの背へ向かって跳びこむ。
剣が閃いた。すんでのところでブロケードが身体を反転させ、背中を叩ききるには至らなかった。
しかし、慣性で放り出された左腕を刃がとらえた。前腕部の外側を大きく深く、衣ごと裂く。鮮血が勢いよく吹き出し、冷たい床に赤い華を無数に咲かせた。
たじろぐブロケードにギベルが追撃をかける。高く剣を振り上げた後、渾身の力で振り下ろす。
頭を割って勝負を決める、その一撃をブロケードは歯を食いしばり正面より受けた。が、押す力を止めきれない。そのまま後ろの壁まで追いやられ、挟まれる。
ギベルは剣を両手持ちし、すべての力を込めて押し切りにかかってきた。片手で柄を握るのみでは到底受けないと判断したブロケードは、負傷した左腕を細剣の先端側に当てた。刃が骨身に食い込んで酷い痛みをもたらす。それでも真っ二つにされるよりはましだろう。
辛うじて耐えている現状は、出血のせいで徐々に不利へとずれこむ。守りの剣は絶えず悲鳴を上げ、じわじわと胸元めがけて後退していく。そして迫りくる刃、今や切っ先が額を破り流血を招いていた。それでも心を挫くには至っていない。
ギベルが焦れて更に前へ踏み込んだ。同時に言葉も手向ける。
「終わりだ。貴様が死ねば、貴様さえ消えれば、世界は変わる」
「そうかも、しれんな。強き言葉に、大衆は流される。だが……悪いな、君には殺されてやらん」
「この状況で何を言うか!」
それでも、ブロケードは皮肉めいた笑みを浮かべた。
ギベルがわずかに怯んだ様子を見せた。そしてその直後、彼の体は明後日の方向より殴り飛ばされたのだった。
金属質の響きを立てて精悍な体が床に横たわる。その近くを、重い鉄球がごろりと転がった。
それを室内より見据える、水色のまなざし。
ナターシャは何もせず始終を観戦していたわけではなかったのである。先ほど撃ち損じた弾を拾い、砲に込め、狩人のごとく密かに機――二人の動きが止まり、完璧に狙いを併せられる時を待っていた。そしてその時を悟った瞬間に、最後の一撃を放った。
砲弾はがら空きになっていたギベルの横腹に着した。魔砲の一発が鉄板をも変形させるのは実証済み、甲冑越しでも大きなダメージを見込めると狙い、そして見事に予想通りになった。
ギベルは倒れ込んだまま、苦しそうに顔を歪めている。左手が傷んだ箇所を押さえ、投げ出された利き手は覚束なげに剣に縋っていた。だがその右手はブロケードの足に蹴飛ばされ、刃は乾いた音を立て廊下の暗がりへ消えていった。
「この状況で、まだ、何か言えるか?」
ブロケードがギベルの喉元に剣先を突きつけた。そこからの返答はない。
隣にナターシャも駆けつける。手には特命部内で見つけた布きれを持ち、それをブロケードの腕に固く結びつけ止血帯とした。
「大丈夫ですか、ブロケード総裁次」
「ああ」
と彼は平気な風で立っているが、その顔はかなり青白い。切傷は骨まで届くほどに深いもの、失った血が多すぎるし、痛みも半端なものではないはずだ。おまけに今なお滲むような流血は続いている。
急いでまともな処置を受けさせなければ命の保証が無い。そんな風にナターシャが深刻に構えているのに対し、負傷者当人は非常に砕けた雰囲気で喋る。
「よかったのか? ここで私を撃ち殺せば、ギベルの言う通り亜人の復権はなったかもしれんぞ。かも、だがな」
「……質問の意味がわかりません、なんであなたを撃たなければならないのですか」
ナターシャは呆れた気持ちを隠そうとしなかった。
「あたしは総監局捜査員です、法規に背いて人に害を及ぼす異能を取締るのが仕事。あたしにとって、あなたは守るべき被害者です。そして――」
そっとしゃがんで、ギベルの腰にあった封魔の剣を抜き取った。それをブロケードの剣に割り込ませるようにして首へ押し当てる。
「犯罪組織バダ・クライカ・イオニアン主導者、ギベル=フージェクロ。あなたを総監局の名の下に拘束します」
勝敗は決した。ギベルも観念したらしい、力なくして目を伏せる。鎧の光もずいぶん弱々しくなっていた。
そこにブロケードが真摯な顔つきで投げかける。先ほど君に言われたことについてだが、と。
「守るための力、癒すための力、そんなものはどうでもよい。使い方で武器にも防具にも変わるものだ、現に君がそうしたように。いずれにせよ力無き人にとっては度し難い脅威。である以上、同じ人間として並列に扱うことはできず、法規の上での区別も然るべき対処だ。私はそう考えている。こちらとて地獄を見た上で固めた意志だ、いかに反論されようと撤回するつもりはない。これが君への回答だ」
ギベルは反応を特に見せなかった。薄く開けられた目は相手を見上げているから、聞いてはいるはずなのだが。
ブロケードも殊更に意に介する様子はなく、一呼吸置いた後、別の質問に移った。今度はいささか厳しい面持である。
「答えろ。ライゾットはなぜ死んだ。君が毒牙にかけたか、それとも――」
「奴の首を自ら切り落とせたなら、さぞ快感だっただろうな」
ギベルは吐き捨て、そして、気障に笑った。
一瞬、ブロケードは激憤を表出させかけた。しかしすぐに首を横に振り、心を奥にしまい込む。それでも何か言いたげな口をしていた。
だが、彼が意を発することはなかった。廊下の彼方より鼓膜を大きく震わす声が届いたのである。
「見つけました!」
そんな男の叫びの後、どたばたと多数の足音がこちらに向かって集まり始めた。ちらちらとアビラストーンの灯りを輝かせながら治安隊が、計五人現れた。その後方からは大将ワイテも重たげな足取りで走ってくる。
「焦るんじゃない、死なせてはならんぞ。丁重に捕えなさい」
ワイテの指示に従って治安隊員たちがギベルを拘束していく。無抵抗な犯人に手枷をつけ、縄をかけ、順調ではあるがどこか気まずそうであった。
さて、大将自身は外れに追いやられたナターシャとブロケードのもとへ、困ったような笑顔を浮かべながら歩み寄って来た。
「すまない、二人ともご苦労かけたね。あぁ、そんなひどい怪我までして……。これより後は規定通りに治安軍で引き受ける、ここはわしに任せて君らは休んでいなさい」
「大将、表の指揮は」
「ここからはただの掃討戦だとマグナポーラ君がはりきっているし、亜人の方はヴェルム君がなんとか説得しようとしているが……うむ、どう転ぶにせよ、わしより適任だ。任せておけば政府に勝利をもたらしてくれるだろう。……ただ、こんな幕引きでは、勝っても素直に喜べないがね」
ワイテは憂いに満ちた顔で連行されていくギベルを見やった。その背にかける言葉は無い。
なおかつ、向こうから弁明がくることも無かった。熱く燃え盛っていた炎が消えてしまったように、下の者になされるがまま引きずられていく。そして見送る三者の視界から消えた。
同刻、宮殿の外でも熱狂の炎は潰えつつあった。夜が過ぎ朝日が昇るころには、空虚な聖戦に完全な別れを告げ、島は静けさを取り戻しているだろう。




