幕引き(2)
ギベルの顔が難しさを増す。信念を否定される、さぞ神経に障ることだろうが、構うものか。ナターシャは洗いざらい本音をぶちまけた。
「英雄気取りもいい加減にしなさい。どう言い繕ったって、あなたたちのやり方が間違っていることに変わりはない。理想ために罪もない人々を踏み台になって、苦しんで、死んでいっている。それが正義だというのなら、あなたが憎む政府と同じよ。おまけにあたは大嘘つき、救いようがないわ」
「嘘だと!?」
「前にあなたと同じような問答をした。覚えてない? その時はあたしが聞いた、『法自体がおかしいと思ったことはないの?』って。その時あなたが何て答えたか、あたしはちゃんと覚えてるわ」
ギベルは目を見開いて顔を青くしていた。やめろ、それ以上言ってくれるな、そう無言のまま訴えかけてくる。だが聞いてやる筋合いはない。
「あなたは言ったわよ、『政府が定めた法がこの世の正義だ』って。さっき偉そうに語ったことと真逆だわ。司令かバダ・クライカか、どっちがあなたの本音でもいいけれど、どちらにしろあなたのことを信じてついてきた人たちには二枚舌にしか見えないでしょうね」
ぎりとギベルが奥歯を噛んだ。動揺に目が泳いでいる。
「私は中央軍の司令だ、である以上、法を無視することができようか。だが……私がバダ・クライカ・イオニアンの主導者だ。それが真だ、何と罵られようと掲げた理想を曲げたりはしない」
「その理想自体が嘘に満ち溢れたものなんじゃないの」
「なっ……黙れ! この信条は本物だ、嘘はない!」
「だったら、あなたたちが人魚にしたことは何だというの!? 亜人を救う、虐げられる人を救う、そう言う裏でおまえたちが何をしていたか、あたしは知っているぞ!」
ナターシャの喝が空間に染み渡る。ギベルは目を伏せ、悩まし気に額を抱えていた。言葉を失い、なにかを振り払うように小さく首を動かして。心なしか甲冑姿が縮んだようにすら感じられた。
それは、とギベルは苦み走った声で漏らした。
「知らなかったのだ。強引に捕えているわけではなく、条件の良い場を与え逃げられないようにしていると聞かされていた。人目につかないかの島に留まることが、彼女たちの身を守る上でも都合が良いのだと」
「それを信じて放置したわけ?」
「私みずから出向くことはできなかった。くれぐれも手荒なことはするなと念を押した。だが……すまなかった。私にはそれしか言えない」
深い後悔が滲んでいる。それ自体に偽りはないだろう。
だからと言って許せるか、否。むしろ浅はかすぎると一層の怒りが募るまで。
「甘いわ! あなたは甘すぎる! 何よ、誰もが自分と同じ思考をしていると思っている? 自分が正しいと示せば、それに同調してくれるって本気で思っている? だとしたら大馬鹿よ! 理想に囚われて現実を見失っている哀れで愚かな独善者、神でも英雄でもない!」
ギベルは俯いたまま目を伏せ、浴びせられた言葉の滝を受け止めていた。
激す中、ナターシャはふっと思った。
「そうか……その果てが、この戦争なのか。ああやって神様ぶって登場すれば、人は皆ひれ伏すと思って。そんな虚勢のために何人死んだ、何人が傷ついた――」
「違う」
そんな風に強い断定の言がナターシャの発奮を遮った。
再び二人の視線がかみ合う。ギベルは真摯な顔つきだ、そして当初の凛々しさまでも取り戻している。
「思い違いをするな。言ったはずだ、この戦は我らの望んだものではないと。真っ向勝負になれば何人が無益に死ぬことになるか、ともすれば自らも命を落とすことになる。少し考えればわかる愚行、そんなものを仕掛けるわけないだろう」
口ぶりや態度からして、適当に言い繕っているわけではなさそうだ。が、ナターシャは訝しむことを忘れなかった。魔砲を握る手に力を込めながら反論する。
「じゃあ誰がやったっていうの。あなたたち以外に誰が政府の滅びを願う」
「さあな。わかっていればこんな無様を晒すこともなかった」
苛立たし気に言い放たれた。しかし、素直に信じることができようか。ずっと己を偽って清廉ぶって来たと判明したばかりだというに。
もういい、とナターシャは刺々しく告げた。
「言い訳は牢獄ですればいい。もうあなたの野望は終わったのよ、これ以上罪を重ねないで、大人しく縄についてちょうだい」
「終わりだと? いいやまだだ。舐めてくれるなよ、総監!」
ギベルがにわかに口角をつり上げた。突然の変化を見てナターシャは思わずたじろぐ。
不意を突いてギベルが剣を抜いた。銀色の刃が白光の中に伸びている。冷たく、鋭く、ナターシャに見せつけるように。
「戦場において最も恐ろしいのは守るものを持たない敵だと知れ。失うものなくば、何事にも果てなく挑めるゆえ。……さあどうした、撃たないのか? 私は動いたぞ」
「自棄になったか……信念はどうした、理想は!? あんなに偉そうなことを言っておいて!」
「女子供を切ることは同義に反す。だが、貴様は武器を取り私の前に立ちはだかった。ゆえに敵とみなす。敵は排して然るべき」
それはむしろ自分に言い聞かせているような口ぶりであった。ともあれ、言い切るやいなやギベルは踏み出したのである。澄み切った音で鉄が鳴る。机の上に飛び乗り、そして視野にある敵を目がけ足をだす。
その頃にはナターシャも引き金をひいていた。とっさに相手を追った砲口は、特段狙う部位を定めていない。だからと言うべきか、視線そのままに向いていた。轟音と共に飛び出した鉄球はギベルの頭部付近へ。彼の双眸は迫る砲弾を確実に見据えていた。
砲弾の前に不可視の壁が築かれる。最大限の出力でつくったそれでも勢いを相殺しきることはできない、それでも進路を逸らすには十分だった。魔力壁を貫通した弾は、頭ではなく左肩を弾き飛ばす。衝撃に紐が耐えかね肩当てがちぎれ飛び、砲弾と共に背後の壁に叩きつけられた。
ギベル自身も完璧無傷とはいかなかったようだ。たたらを踏んで立ち止まり、その顔は苦み走って痛みに耐えるもの。無防備になった肩が上下しているのは、動くことを確かめているのだろう。
ナターシャは冷や汗を流しながら、遠く床に転がる最後の砲弾を見た。反射的に撃ってしまったが仇となった、こちらはこれで丸腰、非常にまずい。
弾が尽きたを知ってか知らずしてか、ギベルは大きく踏み込みナターシャの懐に真っ向から飛び込んできた。得物の切っ先を下に向け、抜き切りを狙ってくる。
ナターシャは魔砲の砲身で剣撃を受け止めた。発射の反動も残っており足下がふらつきかけたが、意識して力を入れ直しふんばった。悪事を働くとわかっているものをおいそれと逃がすわけにはいかない、こちらにも責務と意地がある。
ただしこのまま独力で押さえきることは無理だ、力量が違い過ぎる。推し通られるか、殺されるか。その前に宮内を探索している警備隊が到達することを祈って、時間稼ぎに徹するしかあるまい。
ナターシャはギベルを押し返し、数歩後ろに下がった。はったりだけでも無いよりましだと魔砲の口を前に向けながら、吹っ切れた様相のギベルへ向かって言葉を投げつけ、気を引くことを試みる。
「そこまで堕ちて、一体なにをしようと言うの! これ以上罪を重ねてどうするわけ!?」
「殺しておかねばならない連中が居る。その障壁さえ取り除けば、あとは流れのままに同志が夢を叶えてくれるだろう。主を担った者として、それだけは成さねばならない」
「その障壁っていうのが、うちの局長か」
途端にギベルの表情が濁った。
「障壁どころのものではない、あれは必ず災いをもたらす。貴様はよく知っているだろう、奴のゆがみを」
「まあ確かに鬱陶しい奴よ。なに考えてるのかいまいちわかんないし」
「それだ。我らバダ・クライカ・イオニアンのみならず、政府にとっても身中の毒に等しい。取り返しのつかないことになる前に消し去っておくべきだ。大将にも何度も進言した、だが!」
ギベルは剣で机に憤慨を叩きつけた。戦乱に乗じて殺すつもりだったがすんでのところで逃げられた、その悔しさが満ち満ちている。
ナターシャはあえて煽るように告げた。
「あいつは、あんたなんかに殺されてやらないって」
「……本人にも言われたさ。その言葉通り逃げ、かつ貴様を代わりに寄越した時点で答えは見えた。私の刃はもうディニアスには届くまい、結局やつには敵わなかったのだ」
えっ、とナターシャは怪訝を示した。
「だったら、一体誰を」
「決まっているだろう。この世に非道な正義をはびこらせた元凶どもだ」
「それは――」
ナターシャの心には一人の男が浮かび上がっていた。人ならざる力を持つ者は人にあらず、そう唱える声すらもくっきりと。
しかし、その名を答えるよりも先に、その名の持ち主自身の声が、特命部の問答へ割り入って来たのであった。
「それは私のことか、ギベル司令」
夜の廊下に声を反響させ開けっ放しだった扉のもとに現れた人影、間違いなくブロケード=ロクシアその人である。認めるなりギベルから怒気、いや殺意が立ち昇った。
矛先は自分より逸らされた、しかし――最悪の方向へ転んでしまったかもしれない。




