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戦きわまり、そして(3)

 宮殿の屋上を起点に、幾本もの細い閃光が黒い空に直線を描いた。夜に紛れて迫る有翼人を照らしだし、かつ打ち据えて島北東部の林野に墜落させる。一つ影が落ちれば、また次。


 セレン=ルーティニーは無感情で魔弾を射出する兵器と化していた。白色の光弾を無数に展開させたまま屋上の東側に陣取り、敵が視界に入った瞬間に放つ。既に何度も繰り返しているが、弾速が落ちるなど疲弊の兆しは浮いてこない。


 ただし、動作そのものは至極単調、敵に見切られる方が早かった。二波三波目の編隊は風を巧みに操って、直線を避ける不規則な動きに切り替えた。いくら弾が速くとも空間的距離があるから、被弾までの時間がゼロになることはない。


 命中率が下がっても、セレンはがむしゃらに撃ち続ける。それを見かねて制止したのは、彼女の監督者であった。離れたところからであるものの、飄然とした声は受け手の聴覚へきちんと届いた。


「セレン、もっとひきつけて撃て。ただし着地はさせないように。風に殴り飛ばされますから」

「了解しました」

「数が多いので少しは取りこぼしてもよい。が、こっちには近づけないでくださいね? 私は、肉弾戦は苦手なので」


 くっくと形ばかり自嘲的に笑う主、総監局局長長ディニアスは、屋上の中心近くで高みの見物を決め込んでいる。階下からの出入口の上、屋上でも一際高くなるところにわざわざ昇って立っていた。天上から見ればさぞ目立つだろうに。


 動かない上官にセレンは不平の一つも漏らさない。一旦攻撃の手を止め、言われた通り敵の接近を待つ。周りに浮かんでいた魔弾も消えた。


 有翼人の影はなおも変則的な軌道を見せているが、攻勢がやんだのを機とし、速度を増して前進してきた。


 先鋒らが島を縦に割る入り江の上空に差し掛かる。越えられれば宮殿には手が届いてしまう。すでに魔力が込められた風の流れもが、肌に感じられる距離。


 そこでセレンは攻撃を再開した。白の魔弾は速さに長ける、創り出された次の瞬間には、数多の光の線となり敵団を襲った。


 先頭に突出していた有翼人たちは不意打ちをもろに喰らい、暗い海へと落ちていく。激しい飛沫が散る音が辺りに鳴り響いた。


 後続たちはわずかながら後方へ退き、そしてすぐに三手に分かれた。再びセレンの正面方向へと強攻する三名、北部へと迂回して夜闇に消えていく者五名、そして急に下降を始めた者が三名。宮殿の丘のふもとにある大将ワイテの本陣に狙いを変えたようだ。


 どれから落とす。セレンに迷いが出た。上から新たな指示がくることも無い。選択は委ねられている。


 ならば。セレンがまず照準を定めたのは、下へ逸れた組へだった。体の向きを南へ変え、上から魔弾の雨を降らす。


 狙われた治安隊も黙って待つだけではなかった。猛然と迫る有翼人をけん制するように、次々と矢が射られる。彼らの周りを取り巻く強風により流され、致命傷を与えることは無い。しかし、別角度からの攻撃を回避不能にする障害物としては十分に機能した。


 結果として上から殴りつけられるかたちだ。有翼人たちは石畳の上に落ちる。使い手が意識を切らせた結果、風も止む。そうなれば、ただの人間とさほど変わらない。射かけられた矢が彼らの身をえぐった。


 満身創痍の敵に念押しの一手を撃つ、セレンがそうすることはなかった。優先すべき討滅対象は、活きが良く危険性が高い者。再度東に向き直れば、目の前にそれがいた。


 振り向きざまに白い光弾を乱射した。いくつかは当たる。それなりに痛いはずだ。しかし、敵も決死らしい、今度は身じろぎ一つしない。それどころか、逆に速度を増して突っ込んできた。


 ぶつかる、回避が必要だ。そう思った時には既に遅し、セレンの細い身は有翼人が纏う風に巻き込まれていた。思った通りに足が動かない。結局、体あたりをかわすことが出来ず、全身を大理石の上に打ち付ける羽目になった。


 脳に星が飛んだし、擦りむいた手足がひりひりと痛む。有翼人は靴のつま先に刃も付けていて、後方へ抜ける際に左の腕を切られた出血もある。それでもセレンは瞬時に立ち上がった。もとより尖っている目は、一層鋭さを増している。睨みつけるは、着地を許してしまった敵。


 相手が腕を構え風を操ろうと。いや、セレンが先手を取った。自ら敵の懐に飛び込み、腹部に肘を食らわせる。有翼人はうめいた。その隙に腰に帯びているナイフを奪い、今度はそれを腹に突き立ててやる。強引に引き裂くように横へ動かせば、うめきは絶命の叫びに変わった。


 後方から風が来る。体が浮いた。前転して受け身を取る。


 ながらに黄色の魔法弾を四つ創り出し、振り向くより先に撃ち出した。有翼人の身に流れる魔力が、どこに居るかは知らせてくれたから、見ていなくとも問題は無い。


 魔弾は二方向に分かれた。一つはセレンに体あたりをし、なおも狙いを変えていない者へ。そしてもう一つは、頭の上を飛びぬけ、隙だらけで立っているディニアスを狙った不届き者へ。


 紫電が弾ける音が四度、わずかな時間差で辺りに響いた。それと重い物が石の床に落ちた音も二つ。翼腕はぐったりと投げ出され、全身で痙攣を繰り返して横たわっている。


 正面切ってきた連中を片づけたことを横目で確認し、セレンは急ぎ北側へと走った。一旦消えた五名が接近している。もう射程圏内だ、すぐさま光弾を創り出し、広範囲に散らせるように撃つ。


 敵方はダメージに耐えながら迫って来た。なおかつ、また二手に分かれる。二人が屋上に立ち、三人が地上へと急降下。わずかに配備されていた軍員が、頭上からの急襲に喚きたてている。


 宮殿の裏口狙いだ、とセレンは察した。そしてあえて捨て置くことにした。蹂躙され悲鳴をあげている防衛者たちには悪いが、今の位置からでは援護することも不可能だ。


 屋上に来た有翼人を処理すべく、セレンは再び雷撃の魔弾を創り出す。今度はすぐには撃たない、自分の周りを巡らせているだけで、牽制と防御の役を果たすからだ。


 事実、屋上に降りた二人は警戒を示し、セレンとの距離を十歩ほどに保ったまま。かといって離れようともしない。宮殿を崩壊させるにも、丘まわりの人間を襲撃するにも、先にこの魔弾使いをどうにかしない限り遂げられないと判断したようだ。


 つむじ風が真正面からセレンを襲う。呼吸をも妨げる風圧に耐えるべく、足に踏ん張りをきかせて構えた。とりまく黄色弾から二つを発射したが、反攻は読まれていたのだろう、あっさりとかわされた。


 逆にナイフが投げつけられる。顔に向かって真正面から。追い風の働きもあり、敵の動きを見た直後に、刃は鼻先まで迫っていた。


 セレンは首を傾ける最小限の動きで避けた。刃はこめかみを掠めて抜けていく。後には切れた髪と赤い飛沫が舞う。


 顔の縁を伝って血が流れ落ちる。それでもセレンは眼光を緩めない、相手の一挙一動を監視する。臆した部分はまるでない。

 

 そしてその時だった。爆音と共に宮殿が地震のごとく揺れ、さらに裏口の近辺が赤々と光った。そして地上に居た有翼人たちから、階上にまで届く悲鳴が轟く。


 何が起こった。その答えをセレンは知っていた。――罠だ。仕掛けたのは自分ではないけれども。


 守備の厚い正面玄関を避け、裏手から宮殿内への侵入を狙うのは予想可能。ワイテの部下も配備はされたが、蹴散らされてしかるべき。だから罠に守りを託したのだ。何も知らないバダ・クライカの一味が扉を開けた瞬間、灼熱の炎が爆風と共に外へ吹き出す。そんな仕掛けだ。


 セレンはそれをディニアスから聞かされていた。だから動じない。今この瞬間も、彼がけらけらと笑っている声が聞こえてくる。それに同調することもない。

 

 一方、有翼人たちは大慌てだ。巨大な火の玉が二つ空に上がり、水を求めてか逃げ去っていく。もう一人下に居たはずだが、音沙汰は無い。裏口の前を覗いたとしても、もはや火の海しか見えない状態だ。


 立ち昇る煙と熱気、そして同胞の惨状。屋上にいた二人の有翼人も動揺を見せ、はっとした顔でそちらを見遣る。それすなわち隙、つむじ風も止まっている。


 セレンが動いた。雷弾を投げつけながら、自分も前につっこみ距離を詰める。片割れの胸に魔弾が直撃した。痺れてのけ反る喉を狙って、渾身の手刀を突き刺す。柔らかい皮膚に爪が食い込む感触、その後、筋肉質な有翼人は蛙が潰れたような音を口からこぼして、後頭部から床に倒れた。


 もう一人、こちらには魔弾が脇腹を掠める程度にしか当たらなかった。しかし片膝をつき、苦し気に肩で息をしている。その顔面へと容赦なく助走付きの蹴りを叩きこむ。


 翼付きの腕でガードはされた。だが踏ん張りをきかせる力は出せなかったようで、後方へと飛んで転んだ。


 そして、その起き抜けに、有翼人は翼を広げた。風を操り空へと舞い上がる。ふらふらと行く先は宮殿から遠ざかる方向、入り江を越えた北東の林野地帯へ。


 セレンは背を向けた敵に追撃の光弾も放った。しかし撃墜には至らず。闇に紛れて姿が見えなくなったところで手を止めた。


 これで終わりだ。戦闘態勢を解くセレンに、ディニアスの声が届いた。


「それで終わりと思ったなら、セレン、それは甘すぎる。殺さなかった者は蘇ってくると思いなさい」


 はっとして振り返る。死体の手を取って確認したわけではない、今また動き出して、凶行を働こうとしているのか。


 だがセレンが見たものは、結局死体であった。ただし、自分の記憶とはずいぶん状況が変わっている。東側で魔弾を浴びせて倒した有翼人が、階下への出入口の裏手、すなわちディニアスの背後へ。ちょうど北に面するから、セレンが立つ位置からでも、同じ人物であるとは確かに視認できた。


 なおかつ、死の状況も異様だ。無数の巨大水晶で串刺しにされている。上から降って来たか、あるいは下から突き出て来たか、方向性も一定ではない。


 セレンは鮮血を滴らせる水晶を見て、次にディニアスの背中を見た。彼は一歩も動いていない、服の破れ一つもなく静かに立っている。


 同じことを繰り返してはならないと、先ほど喉を付いた有翼人の状況へ意識を向けた。息をしていない、体に漂う魔力も生者のそれと違う。


 今度こそ任務完了でよいはずだ。そしてセレンは主のもとへと歩み寄った。南側に回り込み、屋根を見上げて話しかける。


「申し訳ありません。お手をかけさせました」

「想定内です。それに、東西の不甲斐なさに比べれば、あなたのはたらきは表彰もの」


 ふっと笑って、ディニアスはセレンと同じ高さに飛び降りた。そして、玄関ホール上へと移動していく。何も言わないが、セレンも付き従う。


 縁へ立てば、島の現状が一望できた。


 西は。街の随所で火が上がっている。かつバダ・クライカのアビラが暴れている。開戦時に比べて敵の頭数は半分以下といった気配だ。しかし前線は宮殿の丘すぐ近くまで迫っている。


 ただし救いもあった。ナコラ港からの援軍が遠景に浮かんでいる。船が着けばワイテの多段作戦がうまく働くだろう。それまでの辛抱だ。


 では東側は。夜に赤が浮いている、それは西の火災以上の明るさだ。だが、家々が燃えているわけではない。敷かれた道そのままに灯火が並んでいた。


 それを見たディニアスが満足気に笑んだ。


「東に向かわせた馬鹿は仕事したようですね。地溝の民を警戒した明かり、そんなのブロケードさんの采配に決まっている。そもそも、あの図体だけの統括では、軍隊の指揮など不可能」

「しかし、亜人の部隊が健在のようです。応援に行きますか」

「いいえ。放っておいてもこっちに来るのだから、おまえもここに居なさい。ここに、エスドアが来るまで」


「……そろそろ来るのでしょうか」

「私の勘が正しければ。だから今は待て。それに、有翼人の残党が愚直に突撃を繰り返さないとも限らない。あと……ワイテ=シルキネイトのお手並みも拝見したいですしねぇ」

「かしこまりました」


 喧噪の音を聞き流し、セレンは待機命令に従った。ワイテの陣へ目をやる。非常に張り詰めた空気の中、東西から逃げてきた人々を受け入れたり、着実に迫るバダ・クライカとの戦闘準備をしたり、忙しそうだ。


 そこと宮殿を結ぶ坂の中腹部で、見慣れた赤毛の人が居た。ナターシャだ、向こうもこちらを見上げている。何かしらの道具箱を抱え、急な坂を駆け下りる途中といった格好だ。


 元気そうだ、とセレンは思った。そして、良かった、とも。その口角が至極わずかに上がった。あまりにもうっすらとし過ぎて、遠くで向き合うナターシャはおろか、すぐ隣の男ですら気づけない表情だった。

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