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危急存亡(4)

 リュウロが袖を引っ張って、ナターシャを胸像の直線上に立たせた。ながらにとてつもない勢いで、武器――彼女たちは「魔砲」と呼んでいるようだ――の仕組みを解説してくれた。が、早口な上に専門的でいま一つ理解が及ばない。辛うじてわかったのは、引き金を引くと体の魔力が一気に吸い上げられ、それを筒の中に仕込まれたアビラ・ストーンが爆発力に変換し、結果として先端に込めた鉄球を豪速力で撃ち飛ばすのだということ。


「まあ、聞くよりやってみた方が早いと思うから」


 そう言ってリュウロはナターシャの肩を叩くと、黒いマントをうきうきとひらつかせて、急ぎ足で大盾の後ろへ避難した。


 ナターシャは両手を使って魔砲を構えた。クロスボウも扱ったことが無いから、握り方も狙い方も見様見真似である。肩を上げて筒と目線を合わせ、口を胸像の額に向けて。


 そして深呼吸をした後、力を込めて引き金を引いた。


 ぐわんと天地が揺れ、神経が掌に引き寄せられるような感覚がナターシャを襲った。そこから一拍置いて、重い爆音が轟く。


 発射された鉄球は宙を裂き、二枚の硝子を粉みじんにし、胸像の頭を木端に吹き飛ばし、背中の鉄板に突き刺さって止まった。大きなへこみからごろりとこぼれ、床に落ちて重い衝突音を響かせる。それが騒々しい音の奔流を締めくくった。


 凄まじい破壊力。しかし、その反動は大きかった。爆発と同時に、ナターシャの腕には骨に響くほどの衝撃が走ったのである。その強さは足をも崩し、後ろにたたらを踏ませるほど。特に手首には鈍痛が残り、魔砲を支えるのもままならない。


 また、魔力を吸われたことによる疲労感もはなはだしかった。徹夜続きの時のように体が重いし、頭もくらくらする。誰も見ていないのなら、床に大の字で倒れ込んでいただろう。


 これでは何発も立て続けに使うのは難しい。ナターシャは気だるいため息を吐いて、砲を持った手をだらりと落とし、休めた。前方にある破壊をぼーっと眺めて、この代償と釣り合うか天秤にかけながら。


 被験者と違い、研究員たちは有頂天である。盾の向こうで立ち上がり、高揚した声音で二人やり取りしていた。それから、リュウロが晴れやかな笑みと共にナターシャのもとへと走って来た。


「完璧よ、ありがとう。後は実戦で使ってみてちょうだい、なにか気づくことがあったらすぐ教えて」

「……すっごい疲れるんだけど」

「それでいいのよ、一撃必殺狙いだから。大事な時に使って。例えば……エスドアが出てきた時とか」


 不意に氷点下まで落ちたトーンに、ナターシャは顔を引きつらせ身を震わせた。まったくそのために借りにきたのだから、文句はないのだが。


 リュウロ本人は無意識で起こしたことらしい。すぐにまた笑顔に戻ると、銀のポニーテールを揺らして胸像の方へ振り返り、満足気に結果を見やった。


 そして、しみじみと言葉を漏らした。


「残念なのは、ライゾット室長に見せられなかったことかな。これなら大満足だったと思うのに。……ほんと、惜しいなあ」

「あんた、仲良かったの?」

「んー……まあ、よくここに来ていたし。それに魔砲って、ライゾット室長が持ち込んできた、東方の亜人の道具が発想のもとなの」


 リュウロは寂しげに笑って、それから故人と異研との繋がりを教えてくれた。それによると、ライゾットはアビラ・ストーンを活用した武器の研究を推進する立ち位置だったらしい。自ら足を運んで来ては、対異能の実戦でいかなる装備が欲しいとか、東方の亜人たちがどういう技術を持っているだとか、熱心に弁をふるっていた。ただ、要望に関しては夢物語的な部分も多く、異研の技術では追いつくことができなかった。試作品の魔砲でも、数年間費やしようやく今のかたちに持って来られた、というのが本音である。


 なおかつ、異研で武器研究が続けてこられたのは、ライゾットが根回ししてくれていた面が大きいそうだ。というのも、異能省統括のミリアを筆頭に、アビラの武力利用を快く思ってない者が上に多々居るからだ。組織である以上、上層部がやめる方向に向いてしまえば、下々は嫌でも従わざるを得ない。そうならないために、ライゾットは批判を覚悟で武器研究の有用性を強く主張し、反対派を公私問わず説き伏せていたのだという。


 そんな思い出語りをするリュウロの語り口調は、異様に熱っぽかったのであった。甘く儚い夢を見るように。


「頼もしいし、かっこいい人だった。色黒で、顔にでっかい傷があって、言っちゃ悪いけど悪人面って感じ。でも、そういうところに、渋い男の魅力があるっていうか。パイプふかしてるのも様になるし、見た目よりは優しいから――」

「あんたの好みはどうでもいいんだけど」

「そう。まあ、あなたたちにとっちゃあ、この上なく憎い相手だものね」


 歯に衣着せずさらりと言う。別にナターシャ個人はライゾットに特別な感情を持ち合わせていなかったが、この言い草にはなんとなくむかついた。ずばり偏見ではないか。


 どうにもリュウロには苦手意識が否めない。ナターシャはまだ話たそうにしている相手の意向は無視し、さっさと退場することを決めた。


 魔砲は実用試験との名目で貸与してもらえることになった。しっかりと書類をつけることも忘れない。リュウロいわく、本来ならばそちらを先にして上長に許可をもらうべきものらしいが、「非常事態だし大丈夫よ」と軽く扱われた。若干の不安は覚えたが、責は向こう、ナターシャはあえて口出ししなかった。


 そして砲弾としての鉄球は計三発、本体と一緒に箱に収めて渡された。弾自体は特殊なものではなく、大きささえ合わせれば別のものでもよいとのこと。ただし予備を用意してはいないから、極力回収はして欲しいとの要請があった。


「あと、最後に一つ注意点。その飛び出している翆晶石が魔力切れになったら、撃てなくなるから」

「あたしの魔力使って撃ってるのに?」

「構造の都合があるのよ。とにかく、その石の様子には気を付けておいてちょうだい。割ったりひび入ったりしたら、すぐ持って来て。別の石に詰め替えるから」

「わかった。色々ありがとう」

「礼は結果で見せて欲しいな。それでエスドアの頭を吹き飛ばしてちょうだい。二度とルクノール様に楯つけないように」


 冗談のような言葉だが、リュウロに冗談のつもりはないだろう。ナターシャはぎこちない苦笑いで答えて、熱狂の炎が燃え盛る前に小部屋から逃げ出した。



 ずしりと重い木箱を携え、一旦総監局へ。異研であれこれしている間に、ボレットあたりから公式な声明が出されたのだろう。空気が尋常ならぬ緊張感に満ち、慌ただしく行きかう軍服を着た人間や、護身用の武器を腰に帯びた政務官やらと何度もすれちがった。


 そして総監局でも、ヴェルムが出動の体勢を整え待っていた。とは言え彼の場合は頑健な体躯こそが武器であり、超反射のアビラがあれば防具も必要ないから、改めて準備するものは特にない。いつでも出撃できるが、ナターシャの戻りを待っていたのである。


 ヴェルムは落ち込む同僚を適度に慰め、なおかつ安全なところで隠れていればいいと説くつもりであった。だが、ナターシャが予想に反して強気な顔を見せているうえに、怪しい箱を抱えているから、気が変わった。寸前まで和らいでいた強面が、みるみる怪訝に強張っていく。


 今度は何を持ち出してきた。ヴェルムがそう言葉を発するより先に、ナターシャは自ら箱を開いて見せた。収められている魔砲、元になったのは東方亜人の道具だから、赤肌の男には一目で用途が通じたようだ。あんぐりと口を開けている。


「おまえなあ。頼むから無茶すんなよ。安全なところで大人しくしていろ」

「安全なところなんてない。どこに居たって一緒よ、ここは島、逃げ場なんて無いわ」


 ナターシャは強く言い切った。いざ戦いが起これば港周りは激戦必至、島外に逃げる余裕はない。おまけに敵は空からもやってくるというのだ、どうしようもない。逃げ隠れできないのなら、正面切って破るしかない。


 しかし、自分で言ったその事実から、ひとつの疑念が沸いてきた。ふっと眉を上げ、思い付きを共有したく口に出す。


「バダ・クライカは本当にこの島を戦場にするつもりなのかしら。全部、あたしたちを混乱させるための嘘なんじゃない?」

「あァ!?」

「あたしの考えだけど、バダ・クライカの黒幕は中枢の内に居るんじゃないかなって。そうじゃなくても、政府と限りなく近いところに居るはず。それが、どうしてこんな真似をするの? 自分で自分を危機にさらすようなもの。自棄を起こして派手に自殺でもするつもり? おかしな話よ、そんなの」


 動機が見えない。檄文を放って信徒たちを煽る。それで中枢が陥落すれば、教団の威は世界中に轟くだろう。が、代償が大きすぎるではないか。熱狂した神の徒たちは、人の世すべてを弑せんとするだろう。政府人の服を纏った黒幕氏も命を危険にさらすことになる。この島が戦場になれば、バダ・クライカ側が勝利するようなことになれば、逃げることは不可能なのだから。不死を求める輩が、死の危機を自ら負うとも考えにくい。


 口元に指をやり悩むナターシャ。一方、ヴェルムはからりとした調子で言った。


「簡単だ。エスドアはルクノールが創ったこの世をぶっ壊す、そういう存在だからだ。黒幕がどうとか、犠牲がどうだとか、エスドアの行動理由には無関係だろう」

「なによ。じゃあ、あんたはエスドアが居ると思ってるわけ?」

「ああ。バダ・クライカの裏がどうかは別として、エスドア自体は居ると思っている。近いうちに本物が目の前に出てくる、十分あり得ると思っているぜ」


 ナターシャは面食らって目を瞬かせた。神などという幻想を信じない擦れた男だと思っていたから、意外だったのである。


 ただ、ヴェルムが言わんとすることもわからなくはない。つまり悪い方に考えておき、心の備えをするということだろう。ナターシャもその点は否定しない。あんな檄文を見てしまえば、信徒たちは必ず動く。エスドア抜きにしても、アビラが飛びかう大戦が起こるのは確実。だから、ナターシャも武器を取得したのだ。


 考えるのは一旦やめだ。憶測に気を取られて、眼前にある危機に不意をつかれてはしかたない。心のもやを払って、同僚に言葉を送った。


「ヴェルム、かっこつけて死ぬんじゃないわよ」

「あァ、おまえもな。なめてかかってみすみす殺されるなよ。恐怖を捨てた狂戦士ほど怖いもんはねえぞ」


 互いに不敵な笑みをかわす。そして、ヴェルムは手を上げて、局を出て行った。願わくば、これが今生の別れとならんことを。



 またも一人になったナターシャは、ひとまず平常通りの仕事をこなすことにした。何かしていないと落ち着かない。それに、ヴェルムが帰ってきた時に、業務を山積み残しているのもどうかと思う。


 その内に、大陸からの依頼があった。とある神獣に関する情報が欲しいと。書簡に指定された書物を写すべく、ナターシャは宮殿中央の史書室へ向かった。念のために魔砲を腰に携えて。


 その途中、史料室への曲がり角を越えたところである。黒マントを肩に羽織った集団が、奥からぞろぞろとやってきた。ひそひそと話しながら、こちらには目もくれずに通り過ぎてしまったが。


「礼拝室があったんだっけ」


 史書室の並びにあるそこは、もともとただの資料室だったらしい。ルクノラムの祭具や宗教画も多く収められていたため、執務中にこっそり祈りを捧げにくる信徒が現れ、いつしか正式に礼拝室と整えられたのである。


 話に聞けど、ナターシャが入ったことは無かった。入ってみようとも思わなかった。用事が無かったから。しかし、今は少し事情が違う。


 ――局長が居るかもしれない。


 別に会いたいわけではない、ただ、一応上司なのだ、異研から借り受けた物のことを伝えておくのが無難だろうと思っただけである。


 それとは別に、打算もあった。ディニアスが全てを監視されていると言っていたのが未だに生きているのなら、魔砲の存在を喧伝することは相手へ牽制になるのではないかと。はったりも武器の一つである。


 そんな考えから、ナターシャは礼拝室の扉を開けた。軋んだ音の後から、静寂で清浄とした空気が頬を打った。


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