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危急存亡(3)

 戦略会議はワイテの主導で進んでいった。いや、表面上はボレットが牽引するように声を上げているが、彼は終始、ワイテの顔色を伺い、意見を求めで振る舞っているのだ。確かに、武力を動かす実権はすべて大将にあるから、仕方のない部分もあるが。


 着々と段取りは進んでいく。まず、島全域に厳戒態勢を取ることが発せられた。特に東西の港近辺を中心に治安部隊を配し、外部からの狼藉者の侵入へ目を光らせる。もちろん戦闘用の装備をした上で、だ。最終的には五百名弱で防衛戦線を敷く。世紀の大戦を想定してこれは少ないかもしれないが、洋上や他島での警戒もおろそかに出来ないことから、これが限界の動員数なのだ。


 なおかつ既にバダ・クライカの先鋒が島内に侵入しているとの前提で、空き家になっている建物や、島北東部の林野地帯などへ小隊を送り込み、潜伏を調査させて回るとも決定される。ただし、こちらに回せる人員はかなり絞られるから、少しでもリスクを減らせれば、程度の期待値だ。


 そして実動するのは治安部隊だけではない。異能戦闘官ヴィジラ、そして異能特使官も総動員され、要所の守備につく。両官の指揮者であるディニアスも、ワイテからのこの要請に同意した。曰く、すぐに動かせるのは計八名だと。かつ、逆に彼からも、配備の割り振りは自分に任せろとの要望が出され、ワイテはこれを承諾した。


 さらにもう一つ。中枢宮殿内での武装を特例として解禁することが取り決められた。何時何処で火の手があがるかも知れない現実、少しでも恐怖を和らげ、かつ生存率を上げる手段は多くても困らない。


 大筋は固まってきた。卓上に広げられた島の全体図の上に、部隊を模した駒が並んでいる。限りある戦力の配分は、ワイテの手によりすでに最適化されているよう。だが、大将自身は未だ不満足と言う風に目を細め、爪を噛んでいる。


 しばし独り考え込んで、そして苦しげに言った。


「博打でもあるのだが……ギベル君。今すぐにこの島を離れ、元の任地に戻りたまえ。中枢で指揮にあたるのは、わし一人で十分だ」


 刹那、名指しされたギベルが刮目した。ついで半開きにされた唇も小さく震えている。


 動揺は他の者にも走った。ワイテの意図が掴めない。今の中枢には、一人でも多くの戦力が必要なはずであるのに、なぜ。


 怪訝が大将に向けられる。遠慮がちなそれを代表するようにして、ギベルがワイテの前へ出た。悲愴感に近いものを噴出させ、懇願するように。


「危機が迫って居るというのに、一人敵に背を向けることなどできません。大将、お願いです、私も共に戦わせてください。司令の器に満たぬと仰せるのであれば、一兵卒としてでも構いません。ですから、どうか」

「君はなにか思い違いをしているようだ。別に逃げろと言っているわけではない、君にしかできない役を果たしてもらいたいだけだよ。君の実力は十分買っているとも」


 ほっほとワイテは鷹揚な笑い声を上げた。そして腕を広げ、大げさな身振りとともに説く。


「考えてみたまえ、わしらが相手をするのは神だ。この島が一挙に焼き尽くされることも十分ありえる。ああ、そうだ。三十年前に起こったヘリスの乱と同じようなこと。あの時に犠牲を増やした最大の原因は、戦力の大半を一括に投入してしまったことだ。群れる蟻を板金でまとめて叩き潰すような、えげつない攻撃を食らったものだよ。ディニアス君、異能戦に通じる君なら、わしの危惧がわかってくれるんじゃないかね?」


「有能な指導者が真っ先に狙い撃たれ、残った大量の兵が烏合と化す可能性。まあ、それはかなり高い率で起こるでしょう。私が政府を崩壊させるなら、その手を選びます。こんな風に集まってくださっているのですから、都合がよい」


 不敵に目を光らせながらの答えに、ワイテは満足げにうなずいた。


 つまりは反撃への布石、周囲はそう理解した。仮に中枢がまたたく間に落ち、大将含めた島の守備隊が全滅することがあっても、司令たちが率いる軍団が残されていれば再起を図れる。中枢の防衛が持ちこたえられれば、外からの援軍により包囲と挟み撃ちを仕掛けることも可能だ。ナコラのマグナポーラと、最東部のタヌグに居るクレイド司令に加え、ギベルも本来の軍を動かせる状態にしておけば、なお効果は上がるだろう。


「わかったのならギベル君、今すぐに発ちなさい。こちらに連れてきた者らも一緒にだよ。こちらからのお願いは、いつものように鳥を飛ばすし、それ以外のことは、君の判断に委ねるとも。君だから安心して任せられるし、君にしか託せないことだ。ギベル君、やってくれるね」


「……承知しました。大将、ご武運を祈ります」


 それは、強く静かに覚悟を決めた口ぶりで。ギベルは真面目くさった顔で最上級の敬礼をする。そして、迷いない足取りで退出していった。



 中央軍の方針はワイテの手腕で固められた。情報収集や状況伝達など後方支援には、特命部や治安省の者も総出であたると、ボレットが承諾した。


 そして残るは異能戦力だが、ディニアスは東西の港と街区に集中させると発案した。侵入口になるのは船着場、これを警戒するのはワイテの方策とも一致した。


「ところで赤肌殿。あなたはどこに居たいですか? 選んでもらって構いません。私と一緒に来るでも、大将の隣に付いていくでも、他の道でも。どこに立ってもあなたは活きるでしょうしねぇ」

「……西港に行かせてくれ」

「理由は」

「船に乗ってくるなら、こっから上陸する可能性が高い。それに西側の防衛戦が突破されたら、宮殿まで一気に駆け上がられる。西の町に一般住民が多いのもまずい」

「よくわかりました。では、どうぞ尽力してください。私からの指揮命令も不要ですよね?」


 ヴェルムは短く肯定の返事をした。すると局長は「楽でいい」と喜んだ。これに関して何名かは文句を言いたそうにしていたが、そちらはワイテが取りなして、事が荒立てられることはなかった。


 そして、ことのついでにという雰囲気でヴェルムがディニアスに訊ねた。


「一応確認しておきたいんだが、おまえは宮殿に居るってことでいいんだよな」

「おや、どうしてそう思いました?」

「この布陣で一番手薄なのが宮殿だからだ。有翼人にしろエスドアにしろ、空から特攻かけてこられたらかなりまずい。俺でもわかることが、おまえにわからんはずないだろう」

「ご名答、さすがですねぇ」

「ちょっと待て。貴様ら、なぜ大将が戦力配分をするときに黙っていた。わざと穴を残して、大将の名を貶めるつもりか!?」

「誰がそんなくだらないことを。簡単な話です、宮殿の防衛なら私一人で十分だと。有象無象は居ても居なくても変わりない。……というわけですので、大将、ここの戦力は最低限まで削っていただいて結構です」


 にこやかに語っているが、聞かされるワイテは渋い顔をしている。組んだ手指が苛立たし気に動き回っていた。


「君が一体どんな手品を使うのかは知らんがね、さすがに一人では無謀が過ぎるだろう。そんな嫌味を言わんでも、わしの考えが及ばなかったのは認める。屋根の上に弓弩部隊を並べるとしよう」


「それが無駄だ、と。異能相手に無能大勢を固めて挑むのは愚策、大将自身で仰っていたじゃないですか。私一人だと駄目なら、もう一人隣につけましょう。特使官のセレン=ルーティニー、射撃の達人です。人魚の夢事件やその前のナコラの件で、彼女のことは大将や統括のところへも通っているかと思いますが。一切の慈悲も怖気も持たないキリング・ドール、強いですよ彼女は」


 まったく折れる様子のない物言いに、ワイテは口を曲げて唸った。そうしながらも、ちらとヴェルムに目線を向けたのは、意見あるいは打開策を求めるため。現状、政府で総監局長にもっとも近しい男の肯定否定なら信用してもいい、と。


 対して赤肌の男は、ディニアスに同調するように頷いた。だからワイテは折れてかの専行を許し、当然ながらボレットも大将に続き、ディニアスの采配を全面的に認めたのである。



 さて、ナターシャは蚊帳の外でここまでの経緯を黙って見ていた。しかし、自分が居ても居なくても同じという感覚は否めないし、あまりの疎外っぷりに、わざと無視しているのではという疑念すら沸いてきていた。


 そんな折、散会の兆しが見えたから、ナターシャは慌てて手と声を上げたのである。ひとまず、局長に向かって。


「あの。あたしはどうすれば? どこに居ればいいの」

「さあ? お好きにどうぞ」

「……え」

「だって、あなたに何ができるんです? あなたにエスドアの首をとれますか? あなたに戦い残れる術があるというんですか?」


 ディニアスから冷めた眼差しが送られた。ついでにボレットやワイテ、他の面々も、言いづらさを含ませて目を背ける。


 ――じゃあ、なぜ呼んだ! そう吼えるのをこらえられたのは、隣に居たヴェルムによって、なだめるように肩を掴まれたから。


 ぎりぎりと歯噛みするところへ、ディニアスが指を立てて講釈してきた。


「私がこの場であなたに求めた役割は観測者、サーガの伝道師、歴史の証人、演舞の観客、そんなところです。それはこの先も変わらない。観客たるあなたが舞台に上がる必要はなく、眺めていれば然るべき形で幕は降ります。だから、どうぞお好きに、と。だいたいあなた、死線に放り出されるのはお嫌いなのでしょう? いつもそうやって文句言うじゃありませんか、危ないことをやらせるなと。だからまあ、そういうことです。あなたのお望み通りにしてくださいな」


 すらすらと述べられた言葉に、ナターシャは反論一つもする気になれなかった。ただ黙ったまま、真っ先に議場を飛び出した。



 廊下に響く自分の足音を背景に、ナターシャは思う。あの男の言う通り、死ぬのは嫌だ、危険な目に遭うのは極力勘弁願いたい、と。


 だがそれ以上に嫌なのだ。危急存亡の今、一人だけ何もしないでいるのが。何もできないまま、滅びゆくさまを見続けるなど、絶対に受け入れられない。


 それに、あの人魚の娘と約束した。バダ・クライカ・イオニアンは自分の手で裁いて見せると。彼女に託された「夢」の欠片は、今でも上着のポケットに入っている。これを嘘にするのが、何よりも嫌だ。


 ナターシャの足取りはどんどん早くなる。いっそ勇ましいほどだ。覚悟を決めた面持で向かう先は、異能研究局。




「どういう風の吹き回し? まあ、こっちは大歓迎だけどさ」


 異研の廊下にリュウロの上機嫌な声が響いた。引率されるナターシャは、ただ曖昧な笑みを浮かべている。


 例の試作品という武器を貸してほしい。こちらからそう持ちかけたのである。力が無ければ舞台に立つ資格が無い、それならば、と。好きにしろと言われたのだから、武力を持ったって問題あるまい。


 しばらく事務室で待たされたのち、こうして案内されている。昨日の実験室も通り過ぎ、廊下の最奥の一室へ。奇しくも人魚の娘と話した部屋だ。なんとなく心が波立つ。


 しかし、過日と同じようにリュウロが開いた扉の先には、過日とはまったく違う世界が広がっていた。


 粗末な寝室にあった調度品は全て取り払われ、アビラ・ストーンの薄明かりは、向かって左の壁際にぽつんと佇む謎の人工物を照らしている。それの中心は、木を荒く削って作った等身大の胸像。鉄骨を足として、背側の分厚い鉄板と、前側の硝子板に挟まれて立っている。目線の高さもちょうど成人男性並みだ。


 他に室内にある物は、対面方向にある二枚の大盾くらい。それと研究員が一人、盾の向こうでしゃがみ、床で書類や帳面を開いているのが辛うじて見えた。


 ナターシャは理解した。これは急ごしらえの試験場だ、新武器とやらの実験を今ここで行うのだと。あの胸像は的だ。しかし、どんなものが飛び出してくるかは見当がつかない。二種の板の意味も。


 一方、リュウロは盾の後ろへと入り、一抱えの箱を取りナターシャのところへやって来た。蝶番のついた木箱だ、片腕で支え切れてはいるものの、肩や二の腕に異様な力が入っており、決して軽いわけではなさそうだ。


 中身を見せつける角度で、リュウロが蓋を開いた。海綿の緩衝材が詰められた中に据えられていたのは、見慣れない形状の道具であった。もっとも近いのはクロスボウだろうか、全体的に小ぶりだが、棒状の身に引鉄が付いているのは似ている。ただ弓の機構は一切なく、代わりに身が筒となっているのみ。中頃についた引鉄の後ろからは持ち手が斜め下に伸びていて、さらに筒の後部には緑色のアビラ・ストーンがはめこまれている。全体が黒塗で重厚な印象を与える。


 さらに鉄球が同梱されている。大きさはちょうど筒の径と同じ、一口大におまけしたという程度だ。もしや、これを筒につめて使うのか。そして発射する、クロスボウみたいに。


 そんなナターシャの推察はおおむね当たっていたようだ。リュウロがひどく大雑把に、かつ嬉しそうに説明してくれた。


「鉄球を撃ち出して頭ぶっ飛ばせば敵は死ぬ、っていう感じの武器なの。でも、使い手の魔力を動力にする仕組みで、普通の人間じゃ扱えない」

「失敗作じゃない」

「これで実用性見て、使えそうならこっから改良していけば問題なし。理論と現実が違うなんてよくあることだし、一回くらい効果見とかないと」

「待って、まだ誰も使ったことないの? 研究所でも!?」

「異研は普通の人間しか居ないの。だから、よろしく」


 ぐっと箱が付き出される。にわかによぎる不安の雲。


 しかし、今さら退けようか。ナターシャは一切を振り払って、ずっしりと重い怪しい武器に手をかけた。


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