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海の青、大地の緑(2)

 魔力と一口で言っても性質はさまざまに分かれる。気質の属性、と言い換えてしまってもいいだろう。それは大別すると八つに分かれ、それぞれ象徴する色があるのだ。


 さて何と聞いたか、ナターシャは指を降りながら思い出し挙げていく。


「えーっと、赤と青、それに黄色と緑はアビラ・ストーンと同じでしょ。後は白黒と……?」

「橙に紫です。それぞれ生物の活力と精神に繋がる気質です」


 それから、ふうんというナターシャの相槌に被せるように、セレンは矢継ぎ早に解説を続けた。


 曰く、橙の魔力は物の運動力や生物の生命力に関与し、それらを向上あるいは減退させるのに一役買っているらしい。例えば傷の回復を早めたり、筋肉の力を最大限に引き出したり。


 一方の紫は、耳や目などの感覚や、感情、はてには思考そのものに作用する魔力だという。例えば幻覚、例えば妄執、例えば夢など。


 幻覚、そして夢。ナターシャはちらと手にある結晶を見た。関連深く思えるが、しかし、これだけでなく「人魚の夢」が紫色を示すことは無い。


 だから聞きたいのは、もっと他の色の話だ。そうして舵をとり、道を改める。


「青は」

「水、あるいは冷気。そういったものを司ります。アビラ・ストーンと同様です」

「……あ、そう。それでいいんだ」


 ナターシャは少々拍子抜けた。もっと複雑で一般人にはわからない裏があるのかと思えば、そんなことならわざわざ聞かずとも知っていた。青いアビラ・ストーンは冷気を放つ石として、食料の貯蔵や輸送にも活用されるのを、日常生活の中でもしばしば見かける。その他、ナコラの軍司令マグナポーラの持つ剣も、この力を利用した氷の魔法剣だ。力の程は身をもって散々に理解していた。


 青、水、そう聞けば話が早い。海中に住む人魚族から水は切り離せないものだ。


「じゃあ『人魚の夢』が青いのは、人魚が海の水を操る魔力を持っているから、ってこと?」

「おそらく間違いないかと」


 むうとナターシャはうなった。「人魚の夢」が青いのは、生来持つ水の魔力のせい。正真正銘、海の色なのだ。


 では。海原に入り混じる緑色が何を示すのか、もはや大体の予想がつく。神経に障る思い出を視返しながら、ナターシャは推論を口にした。


「だったら、緑色は地上の色」

「大地やそれが持つ育みの力を司ります」

「育みって……要するに生えてくる草とか木のこと?」

「それで構いません」


 セレンからの後押しに小さく頷き、ナターシャは瞼を重たげに降ろした。


『陸よ陸! 地上の色をしているわ!』


 遠い昔、荒れ狂う水のうねりのなかで聞いた金切声が脳裏に反響する。あの時は意味がわからなかった。緑色、それがなぜ地上の色だと言うのか。


 だが、どうだ。今のナターシャは知っている。緑とは、土を覆う草っ原の色、島々にあるこんもりとした森の色、山を染め上げる樹木の色。まさしく海の上に広がる大地の象徴だ。


 「人魚の夢」が人魚の持つ魔力で青く染まるのならば。手元にあるこの「夢」や、あるいはナターシャ自身の見た「夢」が緑色に染まる理由は、もはや自明である。


 ゆっくりと目を開け、真っ直ぐにセレンを見た。


「ねえ、あたしは何色をしているの?」


 セレンはわずかに淡茶の目を細めた。


「非常に強い緑色です」


 そういうことだ。何をしたわけでもなく、何かが異常なわけでなく、ただ生来持って出た気質が現れただけ。自らが心根に抱えていた謎が解け、同時に、あなたは何も悪くないと救いを告げられたような気分になった。両手で顔を覆ったナターシャは、ほのかに口角を上げ、感のこもった息をついた。


 事実ならば、さほど不思議に思わず受け止められる。人間の中にアビラを操る異端な存在が生まれるように、人魚の中に色の違う稀な存在が生まれることがあってもいいはずだ。その珍しさがいかほどなのかは計ることが出来ないにしても。


 そして大事なこと。この「夢」が異端な存在によって創り出されたものならば、持ち主を特定することが可能だ。ナターシャは視界を塞ぐ手を払い、引き締まった顔でセレンに告げた。


「ねぇセレン。あなた、こういう感じの魔力の持ち主、探せたりしないかしら。お願い、どうしても見つけないといけないの」


 セレンならきっとできるはず、彼女の能力に関して、ナターシャは確固たる信を置いていた。なおかつ自分ではできないこと、何としてもここで協力を取り付けたい。


 ところが、セレンは難色を示した。「出来ません」とも明言した。ただし、力を貸すのが嫌というわけではないらしい。粛々とその理由を述べる。


「普通は二色以上を身に持つことはありません。それぞれの異なる性質が干渉しあい、普通の人の身では均衡を保たせることはできません」

「え」


 間抜けた声をナターシャは上げる。ずる、と足下が滑った心地がした。


「じゃあ、なんでこんなことになってるの?」


 ついさっき自らが言った事と矛盾しているではないか。ナターシャの目に不信の光が宿る。上げて落とす、どこかの局長に散々やられる手だ、身構えざるをえない。


 にわかに神妙な空気に移る中、セレンは平然と解説を入れた。


「魔力は干渉を受けます。たとえば、外から別人の手により力が加えられた。あるいは、異色の魔力が強い場で精製された。その可能性が高いです」

「だったら……たまたま魔力のある物を身に着けていた、今のあたしみたいに。そんなことだってあり得るんじゃない?」

「はい。アビラ・ストーンなどでも同様になるかと」


 うう、とナターシャはうめいた。アビラ・ストーン、魔力を持つ石を持ち歩くだけでいいのなら、人魚すべてに犯行可能だ。結局振出しに戻るだけ。


 ――いや、そうではない。道は多少なりとも絞られてきた、ごくわずかではあるが進展はしている。今日一日無駄口を叩いていただけではない。


 ナターシャは口元に手をやり、示された可能性を一つ一つ考証していく。


「ナターシャ様」

「え? なによ?」

「そろそろ巡回に戻ります」

「あっ、うん。ごめん、時間とらせちゃって」

「ナターシャ様のお力になれたのなら光栄です」


 ぺこりと頭を下げてから、セレンは回れ右して去っていった。


 

 一人風を受けながら、思考を再開する。提示された三つの線について。


 まず、外から緑の魔力の持ち主に干渉された可能性。これは有力だ、バダ・クライカ・イオニアンはアビリスタの教徒も多いから、集会場になる場所なら接近してしかるべき。それは逆に、かの人魚が居る場所が、教団の拠点であるとの照明でもある。


 次に緑の魔力の強い場で精製されたということ。これに関してはナターシャに推し測る術はない。どこがそういう場になるのか、それさえわかれば最も身動きとりやすい線ではあるのだが。


 そして三つめ、ナターシャ自身で思いついた、魔力物体を持ち歩いている可能性。正直、これが真なら困ったことになる、誰にでも可能であるのだから。さらに詰めていくとすれば、何のためにそれを持ち歩いているか、という部分だろうか。


「ああっ、もうっ!」


 湯気吐く頭を掻きむしり、ナターシャは苛立ちの叫びをあげた。


 もう少し絞りたい、しかしそれには知識が足りないと、十分すぎるほどに自覚していた。仕方ない、半年前に総監局に来るまでは、アビラや魔力のことなど自分の範疇に無かったのだから。


 足りないものは外から補う必要がある。アビラに詳しい人、セレンが一番近くにいるが、あれ以上に職務を邪魔するのは気が引ける。


 となると、他に自分があてに出来るのは。考える間でもなく、ナターシャの足は自分の本拠に向けて動き出していた。政府の異能対策の前線たる総合監視局、長年そこにいる赤肌の同僚は、いつだって何だって頼みに出来る存在だ。


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