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ナコラ港にて(1)

 風は東より吹き来たる、波は静か。日が昇りゆく中の快適な航海を終えたナターシャたちは、熱い太陽照り付けるナコラの港に到着した。


 埠頭には大型商船から諸島巡りの観光帆船まで、数多の船舶が首を揃えている。好事家なら目を輝かせて歩き回るだろうが、あいにくナターシャもセレンもそのような趣味は無い。お互い言葉を交わすことも無く埠頭を後にする。すでに日は天頂に達していて、あとは暮れるばかりだ。


 

 さて、ナコラ港には厳戒態勢が敷かれている。先のライゾット=ソラー殺害事件のあおりによるものだ。加えて英雄像に関するわけのわからない噂まで出回っているから、町を巡察する治安維持部隊の緊張感はただならぬものとなっていた。彼らの戦闘帽の影の下から厳しい目が四方八方を射抜いている。


「とりあえず、あいつらに情報もらいに行きましょう」

「はい」


 現場で直に動く者たちなら、宮殿には流れていない情報を色々と握っている可能性が高い。伝達する、という一行為を挟んだ瞬間に、見聞きした生の状態とは変わっているのが情報だ。


 早足で歩くナターシャ、その半歩後ろにセレンが影のようについて、治安維持部隊の詰所へと向かった。



 中枢宮殿と同じ石造りの詰所に入ると、たくましい体格の男たちが怪訝な目を一斉に向けた。ひるむことなくナターシャは二歩三歩と踏み込んで、堂々胸を張り用件を述べた。


「異能対策省、総合監視局です。英雄像の件で捜査しています。情報共有をお願いできますか?」

「……ちょっと待ってください、司令を呼びます」


 つり目の男がぶっきらぼうに言って、奥の部屋へと足早に消えた。黙って見送るナターシャの顔が、無意識にかげりを帯びる。――ここの司令官はあまり好きな相手ではない。


 ナコラ港の治安維持部隊を束ねるのは中央軍第一師団司令マグナポーラ=グリーシー。女傑だ。男勝りの度が過ぎて、いささか気性が荒すぎる。ナターシャも大概しおらしい女ではないが、ヴェルムには「あれに比べりゃおまえがかわいくみえる」と言われる。


 ややして、威嚇的な足音が近づいて来た。マグナポーラの登場だ。濃く日焼けした肌に額の古傷が目立つ顔、今日は一層いかめしく力が込められ、見せつけるように腰に帯びた剣も物騒な印象を強めている。


 そんな司令の姿が現れると同時に隊員達が一斉に背筋を伸ばし、敬礼をした。ナターシャとセレンとがそれに習うことはなかった。


 マグナポーラはご機嫌な笑い声を上げ、来訪者の姿もろくに見ないまま大声で喋りだした。

 

「おいおい、ようやく動けたのかい、遅かったな……って、人魚!? おい、ヴェルム=スカレアはどうした! 昨日大将が話通したんだろ!? なんでおまえが来るんだよ!」

「知らないわよ。局長があたしに行けって」

「チッ、うちの大将がしくじったってわけか」


 マグナポーラは短く刈り上げた銀の髪を苛立たしげにがりがりとかいた。大将とはワイテ=シルキネイトのことだ。確かに昨日の朝に総監局に来てヴェルムと話していた、彼女も認知のことだったとは。こればかりはナターシャもマグナポーラに共感した。ヴェルムは局一の古株で踏んだ場数がナターシャとは大違い、助っ人を選べるならどちらを取りたいか、考えなくても答えは明らか。


 さらに悪いことに、ナターシャの後ろにはセレンが居る。何事にも動じない謎の貫禄はあるが、その実、今日初めて着任した新人なのだ。マグナポーラとて人の上に立つ才覚の持ち主、そのぎらつく目は、不審な色でセレンをなめまわしていた。


「で、誰よ、この新米女。ったく、クソ大事なとこに、こんなぺーぺー二人も寄越しやがって、なに考えてんだか。ヴェルム=スカレアが居るだろうが、あいつを寄越せよ」

「あたしだってヴェルムと来たかったわよ! ……あっ、ごめんセレン。あなたが嫌ってわけじゃなくて……」

「問題ありません。それより」


 空気のように息を潜めていたセレンが不意にナターシャの前へ出た。その茶色の瞳は、威圧感をむき出しにして佇むマグナポーラの姿を真っ直ぐに映している。


 相変わらずの無表情で、何を考えているのかわからない。だが……嫌な予感がする。


 ナターシャが警戒した瞬間、セレンの体から光が弾けた。


 宙に浮かぶ拳大の光球、それが二十余り、セレンの周りに設置されている。「魔法弾を撃つ」彼女のアビラの発動だ。しかし、何故ここで戦闘特化の力を?


「警告。抵抗をするな」

「あァ!?」


 淡々と述べるセレンの口調に一切の冗談の色は無い。マグナポーラが手にかけた剣を抜こうものなら、なんのためらいもなく光弾を彼女に放つだろう。それを確信できるだけの凄みがナターシャの見るセレンの背中にあった。


 しかし、わけがわからない。ナターシャは口をぱくつかせて言葉を失していた。何故マグナポーラに攻撃を? とにかく対処をしなければ。どうしてこうなった、どうすればいい、局長は何か言っていたか――。


 その間にもセレンは止まらない。目に力を込め、怒り心頭のマグナポーラに宣告する。


「ディニアス様より、政府の人間で異能を持つ者はすべて確保せよと仰せつかっております。武器を捨て、ただちに――」

「ふざけやがってこの女ァ!」


 マグナポーラの咆哮が空気を割った。彼女の部下たちも罵声と怒声とをセレンに浴びせかける。さすが調練の届いた部隊といったところか、異能の力を目の前にしてもたじろぐ気配がまるでない。


 一触即発の火花散る。まずい、非常によろしくない。ナターシャは取りも直さずにらみ合いの間に割って入った。大げさに手足をばたつかせて見せる。


「待った、待ったあ! やめなさい! 止まれ! 暴れない!」


 張り上げた声は居合わせる全員、特にセレンに向けたものだ。ナターシャの指示には従う、そういう取り決めになっているはずだ。


 だが、セレンが動かしたのは静かに炎燃やす瞳のみ。白色の魔法弾は不気味に空中で静止したままだ。


 そんな風だからもちろんマグナポーラ側も静まるはずがない。


 逃げ出せるなら逃げ出したい、ナターシャは心で悲鳴を上げていた。しかしそうもできないのは、セレンの指導を任されたという責任があるゆえ。


 今すぐにでも怒鳴りつけたい気持ちを押さえながら、ナターシャは引きつった笑みでセレンに向き直った。頭が固いから指示は細やかに、局長からもそう伝えられていた。だから丁寧に、丁寧に。


「ねえ、セレン。あのね、この人、軍の偉い人なの。武器は持ってて当たり前なの。つまり、あたしたちの敵じゃない、むしろ味方よ」

「しかし、確かに魔力を感じます。ディニアス様は、異能はすべて――」

「あー、もう! それはね、あの剣のせいなの!」

「剣?」


 セレンが小首を傾げた。


 その反応を見たマグナポーラが見せつけるように腰に帯びていた剣を抜いた。細身の刀身には青い色の結晶体が連なるように埋め込まれている。煌めくこの石は魔力持つアビラ・ストーンの一種「蒼晶石(そうしょうせき)」であり、水と冷気の力を秘めている。いわば、この剣は魔法剣。政府関係者には広く知られ、マグナポーラの代名詞ともいえる逸品だ。


 マグナポーラが得意げに剣を掲げると、銀色の刀身を覆うように水が凝結した。体積を増すそれは太く弧を描くように変形し、さらに凍結した刃と化す。氷点下の刃は切りつけたものをも凍てつかせる驚異の武器となる。おまけに今は曲刀の形をしているが、はじめに起こす水流自体は変幻自在、ゆえに刀身も好きな形に変えられる、これほど使い勝手のいい剣もないだろう。


 この剣は政府の異能研究局で造り出されたものだ。異能に対して抑圧的な姿勢をとっていても、自分たちの役に立つなら話が変わる。アビラ・ストーンの利用はその代表格だ。誰でも扱える便利なもの、そうなると、異能に対する恐怖も都合よく薄れるのが人間なのである。


 さらには異能への態度は政府内が一枚岩となっているわけでもない。ブロケード、ライゾットを筆頭とした弾圧派がいれば、少ないながら真逆の考えを持つ者も居る。そして親異能の代表格が、中央軍大将ワイテ=シルキネイトなのだ。異能の破格な力を部隊に取り込めれば政府による支配統制力も増すだろう、それが彼の主張である。その実際的試みの一つがマグナポーラの剣だ。


 だからマグナポーラには魔力を感じてしかるべき、とセレン説いた。そこまでせずとも、実際目にしたのだから納得しそうなものだが、念には念を。


「――ってこと。わかった? だからその光ってるやつ、消しなさい」

「ですが」


 駄目だった。業を煮やしたナターシャは強硬手段に出て叫んだ。


「あたしの指示に従うんじゃなかったの!? あいつはそう言ったんでしょ?」

「あいつ?」

「うちの局長。あんたの大好きな、ディニアス『さま』」


 あれを敬称を用いて呼ぶことに抵抗があったがしかたない、一番セレンに効きそうなのはこれだから。なりふりかまわず場を納めなければ、来たるはセレンの暴走だ。彼女がどこまでやるかは不明だが、血を見るのは明らかである。


 セレンは考え込むよう顎を引く。ややの間あってから、浮かんでいた魔法弾が一斉にしぼんで消えた。


「ナターシャ様のご指示ならば」


 言葉と共に茶色の目が真っ直ぐこちらを向いた。ようやくナターシャは緊張から解放された。許されるならその場にへたりこみたいが、そうは問屋が許さない。マグナポーラ隊はなおも変わらず憤りの目を向けているから。当たり前だろう、とんだ茶番を見せられたのだ。


「……セレン、あんた外で待ってなさい」

「承知いたしました」


 これには素直に従って、セレンは振り返ることなく入口へ向かった。その背中を見送りながら、ナターシャはたまっていた鬱憤を晴らすように両手で髪をかき乱した。まだ捜査も始まって無いのにどうしてこうなる!


「あーっ、もう……!」


 熱気湧き上がるナターシャの頭。しかし、そこに棒状のものが降ってきて、鈍い衝撃が脳を揺らした。ついでにひりひりとした冷気をも感じる。


「いっ、たッ……! 何すんのよ!」

「そりゃこっちの台詞だ! クソ面倒くせえ。なんなんだよてめえらは!」


 棍棒状になった剣で自分の肩を打ちながらマグナポーラが熱い情感のこもった長い息を吐く。


「てめえはまあ、いいだろう。むかつくのはあの女と、なによりてめえんとこのクソ局長だ! あんの野郎、下手な命令飛ばしやがって、はったおしてやらんと気が済まん!」

「そればっかりはあんたに同意……」


 ナターシャの溜息は重かった。辛いのだ。セレンの扱いづらさはひたすら悩ましく、それをそのまま預けてきたディニアスにも腹が立って仕方ない。自分の配下だというなら、もっとまともに教育しておいてほしかった。


 前途多難だ。もはや何をしに来たのかも忘れそう。いいや、そうなってはいけない、ナターシャは本題を切りだした。


「この始末は直接上同士でやってもらって……あたしが来たのは、こんなことするためじゃないの」

「あぁ、英雄像の話だろ? 知ってることは教えてやるさ、立場ってもんがあるからな。……まあ、せいぜい頑張んな。身内に裏切られて寝首かかれないようにな」


 にやりとマグナポーラが下衆な笑みを浮かべた。つられるように彼女の部下はどっと笑う。


 ナターシャの頬はぴくりとも動かなかった。冗談のつもりなのかもしれないが……セレンの予測できない行動を見た限り、冗談では済まない可能性があるから。

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