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【番外編】ガラクタ道中拾い旅番外編集  作者: 宗谷 圭
最終章読了後推奨
14/24

おやすみなさい

 ある晴れた日の昼下がり。ヒモトが部屋で花を活けていると、背後からがちゃり、と扉が開く音がした。振り向けばワクァが入ってきたところで、ヒモトはホッと顔を綻ばせる。

「お帰りなさいませ。戻られたという事は、少しは落ち着かれましたか?」

 その問いかけに、最近書類仕事に忙殺されていたワクァは言葉無く頷く。同じ城内から戻ってきて「お帰りなさい」というのも少し妙な気はするが、今の状況に最も適した言葉はこれだろう、とヒモトは思う。

 何故ここ最近ワクァが忙殺されているかと言えば、即位の時が近付いているからだ。現在の王が、己の目が黒いうちにワクァに位を譲渡して、困った時にはいつでも相談に乗れるようにしよう、と考えた。

 そのお陰で準備時間はたっぷりとあり、王の崩御によって突然即位する事になるよりは余裕ができたと思われる。だが、それでも大量に引き継ぐ事があり、目を通さなければならない書類は山のようにある。とても、一日二日で終わるような仕事ではない。

 自然、執務室から出るに出られなくなる。朝は通常よりも早く起きて執務室に向かい、夜は皆が寝静まるような時間になるまで戻れない、という日々が続いている。しかし、それは大臣達も同じ話であるので、誰かに文句を言うわけにもいかない。

 実を言うと妻であるヒモトですら、ワクァの姿を見るのは数日振りだ。夜になると早々に寝てしまうトヨなど、もう何日父親の姿を見ていない事になるのだろう。

 ワクァは黙ったままヒモトに近付いてくると、背中側からヒモトの肩に頭を載せた。突然の重みに、ヒモトは目を丸くする。そして、呆れたようにため息を吐いた。

「……今日で、徹夜は何日目ですか?」

「何で徹夜が続いているとわかるんだ……」

 その声からして、眠たげだ。ヒモトは再びため息をついて、ワクァの頭を片手で撫でる。

「あなた様がこのように甘えてくださるのは、睡眠不足で判断力と理性がどこかへ逃げ出してしまった時ぐらいですから。……それで、何日目なのですか?」

 喋る気力も無いのだろうか。ワクァの手だけがノロノロと動き、三、という数字を折った指の数が示す。ヒモトは、三度溜め息をついた。

 昼間から戻ってこられるわけだ。大臣達も恐らく、このままではまずいと判断して無理矢理執務室から追い出したのだろう。

 ひょっとしたら、本人は「まだやれる」と渋ったかもしれない。トゥモ辺りが「寝なきゃ駄目っス! テア国に初めて行った時の事を忘れたんスか!?」とでも言って無理矢理机から引っぺがしてきた可能性も、大いに有り得る。

「何事にも気を抜かず真面目に取り組むところは貴方様の長所ではありますが、同時に短所でもありますね。傍から見ていて冷や冷やさせられる者の身にもなってくださいませ」

 苦言を呈してみるが、部屋に戻ってきた事でホッとしたのか、ワクァの意識は既に眠りの世界に半ば落ちてしまっているようだ。反応が無い。

 幸い、剣の稽古で鍛えてきたヒモトは、女性としては腕力がある方だ。そしてワクァは、男性の中では軽いうちに入る。誰かの手を煩わせる事も無く、ヒモトはワクァの体をベッドの上へと運ぶ。

 静かな寝息を確認して、ヒモトが安堵の息を吐いた時、再びがちゃり、という音がした。見れば、王妃のミトゥーが、トヨの手を引いて入ってきたところだ。

「あ! とーさまがいる!」

 四歳のトヨは目を輝かせて、王妃の手を離しベッドへと駆け寄ってきた。父親が大好きなのに、ここ数日姿を見る事すらできなくて寂しかったのだろう。ベッドによじ登ると、嬉しそうな顔をしてワクァの顔を覗き込む。そして、首を傾げた。

「とーさま、おねむ?」

 ヒモトは苦笑して頷いた。

「お父様は、とてもお疲れなんです。起こしてはいけませんよ?」

「はぁい」

 少し詰まらなそうな顔をして返事をするトヨに、ヒモトと王妃は顔を見合わせて再び苦笑した。そして、ヒモトはトヨの頭を撫でながら言う。

「それよりも、トヨもそろそろお昼寝をする時間でしょう? 今日は特別に、お父様の横で寝ても良い日なのですよ?」

「ほんとう?」

 教育上、トヨは既に普段は己の部屋で一人で寝るようになっている。再び嬉しそうに目を輝かせると、トヨはいそいそと靴を脱いでベッドの中に潜り込んだ。ニコニコと笑うトヨの頭をヒモトが撫で、全く起きる様子の無いワクァの頭を、王妃が撫でる。

「本当にこの子は……八年前に再会した時から、無茶ばかりして……。こうして結婚して子まで授かったというのに、心配が尽きません」

 困ったように王妃が言えば、ヒモトは「本当に」と同意する。

「ですが、壊れる前にそれを人に気付かせる事ができるようになられました。少しずつではありますが、変わられているように思います」

 ヒモトの言葉に、王妃は微笑んで頷く。そして、子守唄を歌うべく、二人揃って口を開いた。

 柔らかい旋律に籠められた思いは、ただ一つ。

 

 おやすみなさい、良い夢を。




(了)

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