第97話 改造VS人造
槍を手に突進してくるエレナ。その穂先に渦巻く水は、超音波振動のように微細に揺れ動いている。
刃を避けようと、纏う水に触れるだけで皮膚が裂けるだろう。
アリスは渦巻く水から魔力を感じ取ると、何か仕掛けがある、とだけ判断しエレナの接近を拒んだ。
「カカッ」
楽しそうに笑いながら前方に伸ばした影で牽制する。
地面を匍うようにエレナへ向かって伸びた影が、突き刺すように地面から尖り出る。
だがエレナは突進を止めなかった。次々と突き出てくる影の針を、槍で弾きつつ突き進んだ。
「ほう、やるのう」
素直に称賛するアリス。
能力に頼った戦い方をするかと思えば、なかなかどうしてその手にする槍捌きが巧みであったことに驚いた。
「なら、これならどうじゃ?」
アリスは伸ばした影を四方へ広げ伸ばすと、エレナへ向けていた右手を力強く握った。
すると、影の上にいたエレナにまとわり付くように侵食する。
「ッ!? こんなもの――」
アリスの〈影縫い〉によって身体の動きを封じられかけたエレナだが、その身に纏う魔力を支配から抗うように放出した。すると、影が砕け散るようにして弾け消えた。
アリスは自分の支配をこうも簡単に破られるとは思ってもいなかったのか、少々驚きの色が表にでる。
「ハァーッ!」
接近は難しいと判断すると、エレナは直ぐ様戦闘スタイルを変え、咆哮とともに中距離からカイを苦しめた水柱を放ってきた。
どうやら槍の穂先に渦巻く水が、水柱の発動時間短縮の役割も担っているようだ。
穂先から、螺旋回転に直線軌道で迫り来る水柱。アリスは両手を前方に構え、3重の魔法障壁を瞬時に展開した。
直後、魔法障壁に衝突する水柱。ピキピキと蜘蛛の巣状にひびが入っていき、砕ける1枚目。その間僅か3秒。
続いて2枚目、3枚目と砕いてなおも直進する水柱。
アリスは咄嗟にその場で伏せてかわすと、すかさず反撃を仕掛ける。
「〈影時雨〉!」
伏せた姿勢から右手を上げて影を宙へ飛ばすと、ほんの数秒後にエレナの頭上へ降り注ぐ影針。
だがエレナは左手を影針へ向けて伸ばし、魔法障壁で防ぎきる。と同時に、右手に握る槍から2撃目の水柱を放つ。
アリスは飛び退き、地面から近くに生えている木の枝に着地した。
数瞬後、アリスがいた地面を穿つ水柱。エレナはその水柱を放出したまま槍を振り上げ、木上のアリスへ向ける。
木から木へと飛び移るようにして回避と接近を行うアリス。
接近するまでに飛び移った3本の木から、同じ発動タイミングで発射された〈影時雨〉は、遅延型の魔法によるものだろう。
3ヶ所3方向から襲いくる無数の影針は、さすがに魔法障壁だけでは厳しかったようだ。
エレナの身体に十数本の影針が傷をつけた。かと思ったが、
「なんじゃと!?」
傷1つ負っていないエレナの肌に、アリスは驚愕する。
(硬化魔法の類いかのう?)
接近を中断し、木の上から思案する。
魔法にしては少しおかしい。魔法の発動兆候がなかった。なら元々持つ身体能力? ――そう考えたアリスは、1つの考えに行き着いた。
(もしや、あやつも儂と同じか……?)
アリスと同じ、ということならエレナも研究によって生み出された生物兵器の一種である。
地面へエレナから少し離れた場所に着地するアリス。
「もしやお前さん、人造物かのう?」
と、直接的に聞くアリス。
質問の意味がわからなかったのか、もしくは戦闘中のいきなりな質問で警戒しているのか、眉根を寄せているエレナ。けれど槍を構え直しつつ、口を開いた。
「お前の言うとおり、私は人間の実験によって造られた神を模した兵器だ」
(つまり儂と違い、遺伝子操作の改造ではなく完全な人造生物ということじゃな)
エレナの返答で自身の予想が確信へと変わったアリス。だからといって攻略法が思い付くわけではないが。むしろアリスの超高速自己再生のように、魔力を消費することなく発動する能力ならば、逆に攻略が難しいことを知ってしまいやる気が削がれるというものだ。
「それがどうしたというのだ? 私の正体など関係ないだろう」
「カカッ、まあそうじゃが。少し気になってしもうてのう」
「……私からも聞いてもいいか?」
予想外の台詞にアリスは一瞬眼を見開くが、愉快そうに口許をつり上げ応えた。
「なんじゃ? 言ってみよ。下らぬことなら許さんぞ? カッカッ」
「お前ほど強き者を見たことがない。どうその強さを身に付けたのだ?」
質問内容は、どうしても戦士として気になるところだったのだろう。一見すると互角のようにも思える戦いだが、エレナはアリスがまだ本気ではないことを見抜いていた。だからこその内容と聞き方だ。
アリスは「ほう?」と、エレナがどちらが格上かをちゃんと理解していた事に感心の態度を見せた。
「そうじゃのう、答えてやってもよいが、1つ条件がある」
「……なんだ?」
「儂を超えてみせよッ。そして戦い楽しませるのじゃ!」
「…………承知した」
アリスが提示した条件の真の意味を理解したのか、それまでに数秒の間があったが頷いたエレナ。
槍を構え直すと、槍全体に大量の魔力を流し纏わせ、穂先の渦巻く水が槍全体を包みだす。
「〈水神槍〉!」
槍を包む極太の水柱が、まるで水神リヴァイアサンのような形状をしている。
「カカッ、おもしろい! 儂も全力を出してやるかのう」
眼前の水神に、喜びの感情を抑え隠せないアリス。笑いながらアルヴィスから吸った魔力を消費し大人バージョンへと姿を変えると、右手を前方へ突きだし魔法を発動させる。
足元に3つの魔法陣が展開され、右腕に5つを纏う。そして突き出す右手先には、10つの魔法陣が出現した。
「準備はよいか? これで終いじゃ――〈メガフレア〉」
「いざ! ハァァ――ッ!!」
アリスの右手からは、凄まじい熱量のエネルギーが放出された。
エレナの槍からは、蛇のようにうねり襲い向かう水柱が放たれた。
熱と水。正面から激しく衝突すると、瞬時にエレナの放った水神を蒸発して突き進む熱線。
その光景にエレナは驚きの表情に変わるかと思ったが、意外なことに、いや、初めから解っていたのかもしれない。諦めたような、受け入れたような、もしくは満足したような。そんな表情で両眼を瞑り、熱線に直撃する。
「――――さすがじゃのう。儂の本気を受けてその身があるとは」
幼女の姿に戻ったアリスがゆっくりとエレナに近づき声を掛けた。
眼前で横たわるエレナは、全身が酷く焼け爛れ瀕死状態だ。かろうじて虫の息程度には呼吸をしている。
「……ぁぅ……ぅっ……」
「よい、喋るな」
アリスは、喉が焼け思うように声が出ないエレナが話そうとするのを、右手を出して制した。
そして一方的に話し出す。
「今からお前さんは儂のものじゃ。いつでもこの首を狙うがよい。そして儂を楽しませてみよ。よいな?」
「…………」
空気が喉を通過しているだけのように、ヒュウヒュウと音だけ鳴らすエレナ。だが、苦しそうに瞑る左眼とは対照的にアリスを見る右眼に宿る光が、アリスの言葉を肯定していた。
「ではそろそろ戻るとするかのう」
アリスは影でエレナを持ち上げ、離れた場所で倒れているカイも回収する。そして林間地帯前で木に繋いでいた馬に二人を乗せると、手綱を引いて主人のもとへと戻るのであった。




