第95話 出陣する本陣
――援軍に気を付けろ。
丘から仁王立ちで戦場全体を一望していたローランの耳に聞こえた言葉だ。
ローランはこの声が、誰からどうやって届いたものなのか瞬時に理解した。
(こんな芸当が出来るやつは、あいつしかいねェ)
風に乗ってささやくように聞こえた声。ローランは風が吹いてきた方向に視線をやり、声の主がいるはずの林間地帯を注視した。
視線の先、その上空で不自然に漂う雨雲に気付くと、ローランは声の主を確信した。
さらにそこから左に視線を走らせ、東に広がる林間地帯から正面の平野に繋がるその奥。北東に位置する雷丘を見遣った。
広大な樹海にいくつか点在する丘。
なかでも一際高い丘は十キロ以上先にあるはずだが、その頂が微かにボヤけた姿で見えている。
その丘から発せられている謎の煙。
ローランは、風の声からその煙は敵の援軍が駆けている砂煙だと判断した。
(やっと本陣のおでましかよ。のろまのザコが)
ローランは本陣に出陣準備の指示を出した。
自身も馬に跨がり手綱を握ると、すでに準備の整った5000の隊を背に戦場へと駆け出した。
傾斜のキツい丘を降り、距離は開いているが第一・二隊の横を駆け抜けていく。
ローラン隊の姿を眼にした生徒達は、歓喜の声を上げていた。
先頭を駆ける自軍の将軍――ローランの雄々しい姿が、自分達の勝利を信じて疑わせないものだったからだ。
遠目にローランの姿を見ていたアンヴィエッタも、ようやく動いたか、と安堵したように息を吐いている。
5000の兵を率いたローランは、平野を駆け抜け、樹海へと突き進む。
濛々と立ち昇る砂煙を背に樹海を爆進するローラン隊は、ついに敵本陣1万と相対した。
「テメェか? この軍のリーダーは」
「……如何にも。我はカイサル、【七つの大罪】を率いる者だ。そういう貴様は何者だ? どうやら隊を率いる将の様だが」
十数メートル先で先頭に立っている男に声を掛けたローランに、彼は名乗ると質問を返した。
カイサルと名乗った男は、まるで2人が1人に合体したような見た目をしていた。
すべてが対照的で綺麗に半分に分かれているその姿は、白と黒。
右半身は白が、左半身を黒が担当しているように髪色や肌色までもが違っている。
右半身の白髪からは、それ自体が光を放っているように見え、神々しさすら感じる。
左半身の黒髪は、漆黒と感じるほどの深い黒。その頭部からは捻れた角が1本生えている。
腰に着けている鞘も白と黒の双剣だ。
総じて例えるならば、天使と悪魔――七つの大罪で言うならばルシファーとサタンを表しているようだ。
傲慢のルシファーと憤怒のサタンは、同一人物とされている。堕天前と後というわけだが、それを1人で体現しているのだろうか。
「俺様はローランだ。丁度いい、テメェがリーダーならテメェさえ殺せば、この戦も終わりだ。面倒臭ェからとっとと終わらせッぞ」
「クックッ……笑わせる。貴様が我を殺すだと? やってみるがよい、人間風情が」
番いの魔神が両手に白と黒の剣をそれぞれ握る。
「ハッ……テメェも少しは抵抗しろよ? ――テメェ等! 殺戮の時間だッ」
ローランは地に向け雷撃を放つと、砂鉄で形成した漆黒の剣を手にした。そして、背後に控える自身の兵に命令を下して笑うのだった。




