第93話 カイの選択
――さらに同時刻、第三・四隊の右翼では――
「待てッ、金ならいくらでもくれてやる! だからオイラを見逃せッ、なッ!?」
「あん? 命乞いかよ、情けねェな。お前それでもあの【七つの大罪】なのかよ」
地面に尻をつけて後退りするような体勢で、眼前で手を向けてくる【ストームライダー】のカイ・ハイウィンドに情けなくも命乞いをする半魔の姿があった。
この半魔、見た目は黒味がかった緑色の肌に尖った耳、そして長い鼻のいかにもゴブリンといった風貌だが、【七つの大罪】強欲の座に就く金の亡者、名をダモンという。
武勇も知略もないこの半魔、唯一の取り柄が窃盗である。
そのスキルとあさましさで金の魅力に取り憑かれ、亡者と成り果てたわけだが、この男の金力は凄いのだ。
この男が動けば街程度の経済はいとも容易く傾き、【七つの大罪】の座すら買い取ったと言われている。
だが武力も知略も無いダモンは、金で強力な兵を雇い、ニコデモス以上に戦闘に参加せず勝利を収めてきた。
一切戦闘を行わないダモンに、筋肉はまったくついておらず、肉体はガリガリであばら骨が見えるほどだ。
金持ちではあるが、稼ぐことが好きな彼は、自分のためとはいえ消費することが嫌いなのだ。よって食欲や物欲といったものは極力我慢し、結果痩せ細り、服装もボロボロな布を身に付けているだけだ。
そんなダモンは、今回の戦でも当然強力な兵を雇い参戦させている。にも関わらず、こんな短時間で5000の兵数がたった200人のクランに壊滅させられ、将である自身までもが死地にいるのかというと――
開戦直後、【ストームライダー】のリーダーであるカイは、独断専行で第三隊の指揮下から外れ、クランメンバーを率いて敵陣へと向かっていたのだ。
カイの魔法は――風。
風を操り数キロ先まで音を拾うことも出来るカイは、普段はうるさくて仕方がないのでヘッドフォンで耳を塞いでいる。だが戦場ではヘッドフォンを首にかけ、敵の居場所や動きを掴むためにその能力を発動させている。
今回もいつものように能力を使い、早速ダモン率いる隊の居場所をつかむと、先制攻撃の範囲魔法で一気に敵兵の数を削る。
そして、敵陣に超低気圧を作り出し呼吸困難に追いやり、疲弊しきったところで乱戦に持ち込む【ストームライダー】の必勝パターンである。
――ここで冒頭へ戻る。
「お前ほどのやつなら、欲しい額を出してやってもいい! だからオイラに雇われないか?」
スパンッ――
「うるせェよ、雑魚が」
風の刃でダモンの首を斬り落としたカイは、見開かれた瞳のままボトリと落ちた生首に向かって言った。
そして斬り落とした生首の髪を掴み持ち上げると、後方で残り僅かなダモン兵を殲滅中のクランメンバーに向かって見せ付け叫んだ。
「敵将ッ、俺様が討ち取ったぜ!」
「「「おおォォォッ!!」」」
手や武器を上げて喜びを表すメンバーに、カイは満足そうに鼻で笑う。
近くにいたメンバーにダモンの首を持ち帰るように渡すと、自身の首にかけていたヘッドフォンを装着しようと手をまわす――と、その時だった。
カイは急に聞こえた音に驚き、その方向へ慌てて振り向く。
「伏せろお前らッ――」
カイは近付いてくる気配に、急いでメンバーへ指示を出す。
直後、遠方から木々を貫通しながら飛んできた螺旋状の水柱が、伏せたカイ達の上を通り過ぎていった。
通り過ぎる水柱を伏せた姿勢で見上げながら、カイはこの魔法の主の見当をつけていた。
(予想よりかなり速ェ。あいつら何してやがんだよ!)
「チッ……」
カイは立ち上がると、遠方で戦っているはずの第三・四隊の方向を睨み付けた。
カイは、ダモン隊との戦闘中も音を拾って、遠方で戦っている第三・四隊の動きは確認していた。
そしてカイがここまで速くダモンとの戦闘に決着をつけたのは、そこに理由があった。
第三・四隊が相手をしている敵隊、いや、将がダモン隊よりも圧倒的に強いと感じていたからだ。
とはいえ、さすがにもう少し時間稼ぎになるだろうと思っていた味方の隊が、予想よりも速く敗戦しかけていることに苛立ちを露わにしたのだ。
睨んでいる方向から次々に襲いくる水柱攻撃。
一本一本が太く速く、その水圧で野放しにされていた馬の胴体に風穴があいていた。中からのぞく内蔵の切断面があまりに綺麗で、カイは驚きで眼を見開く。
これほどの威力を持った魔法を、魔法障壁では防げないと思ったカイ。さらに風では質量を持つ水を防ぐことが出来ない。自身との相性の悪さに少々の冷や汗を流した。
防ぐ術がなく、ただただ避けるだけで防戦一方の状態がしばらく続くと、遂に敵の将が目視出来る位置に現れた。
「……私は【七つの大罪】が1人、エレナ。お前か? ダモンを殺ったのは」
林の中から姿を現したエレナと名乗る長身の女は、登場と同時に首の無いダモンの死体を発見すると、1番近くにいたカイに向け質問した。
その手には巨大な槍が握られており、刃の周りには渦巻く水を纏っている。服装は軽装で、上半身に関してはたわわに実っている双山を包帯のサラシで隠しているだけだ。
見た目は、スカイブルーの髪を前髪以外編み込みで後ろに流し、睨む双眸は若葉色。時折口許からのぞく歯は鋭く、まるで肉食獣のようだ。
だが何より、180cmはある女性にしては高い背と、骨太の体躯のせいか、妙な威圧感を放っていた。
カイはそのプレッシャーにより、エレナが自身よりも単純な戦闘能力では強いと感じとると、ひそひそと小声で発した言葉を風にのせ本陣のローランに流した。
そして、敵はエレナ1人で周りに敵兵が潜んでいないことを風で確認すると、仲間の逃げる時間を稼ぐためにもエレナの質問に応じる。
「ああ、俺様が殺った。悪かったな、大事な仲間の最期を見せてやれなくてよ」
カイは周りにいる仲間に、顎で逃げるように指示を出しながら応えた。その際、仲間が不安に思わないように、強気な態度を取ることをリーダーとして忘れてはいない。
エレナは撤退していく【ストームライダー】を横目で眺めていた。その表情は、わざと逃がしているように思えた。
この場に自分とカイしかいなくなったことを確認すると、エレナが応える。
「いや、そんな男などどうでもよい」
(……仲間の死をそんなこと、ね。こいつら、クランとしては機能してねェな)
カイはエレナの発言から、【七つの大罪】は仲間意識が薄いと判断した。
「そんなことより、この雨もお前の力だろう? 天候を操るなら、お前は相当腕のたつ戦士と見受ける。私と手合わせ願おうか」
エレナは、カイの起こした超低気圧で降っていた雨を眺めるように少し天を見上げると、握る槍に力を込める。
「……お前、仲間を見逃したのはわざとだな? なんでだ?」
「戦士として当然のことだ。一騎討ちが基本だろう?」
「戦士、ね……」
(俺様の嫌いなタイプだぜ、胸糞わりぃ……)
カイは軽く舌打ちすると、全身に風を纏わせ臨戦体勢に切り替える。
その姿で、一騎討ちを承諾したと判断したエレナは、槍を構え直して一言だけ発した。
「いざ――」




