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孤児の俺と魔術学院生活~人生逆転計画~  作者: 神堂皐月
七つの大罪編
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第92話 怠惰の知将




 ――一方その頃。


「俺の配下に下れ」


「ぐぅ……っ! クソ……っ」


 起伏が激しく、岩山が戦場となっている第五・六隊が布陣していた左翼では、アルヴィスがラビスに挑もうとしている同時刻――すでに決着の時を迎えようとしていた。


 左翼の指揮を取ったクリストフ・シルヴァが、敵軍1万を率いた将――怠惰の座に就くニコデモスに対し、100本もの剣を四方八方から突き付けていた。それも、剣を操るクリストフは、ニコデモスと10メートル以上の距離を開いているのだ。


 ――ニコデモスは、ねじれた2本の角を頭に生やし、顎には伸ばしっぱなしの髭。その肉体は醜悪そのもので、腹はたるみ、四肢は脂肪で無駄に太い。いかにも怠惰で不摂生な生活を送っている男像を体現しているような半獣である。


 身形も汚く、糸がほつれていそうなベストに、ダボッとしたゆとりのあるズボンのみを着用している。元は白色であったのだろうその服は、今は汚れで黄ばんでいた。


 だが、将だけあってか、手に持つ武器はなかなかの物だ。半円の形状をした刃が鏡写しのように先端に付いている戦斧は、ギロリと妖しく光を反射し、こちらを威嚇しているようにも感じる。そして、持ち手などに装飾されている宝石が、その物の価値を上げていた。


 けれど、そんな高価な武器を持つニコデモスだが、武器以上に能力で開いた間合いの差を、彼は埋める術が無かった。


 ――時は開戦時まで遡る。


 1万もの兵を持つニコデモスは、【七つの大罪】の中でも1・2を争う軍略をもつ知将であった。


 見た目通り怠惰な彼は、自分自身が先頭で戦うのをひどく面倒臭がり、結果頭を使うようになった。


 そんなニコデモスだが、軍略家としては確かなものがあり、今回のルナ奪還戦で【七つの大罪】リーダーであるカイサルから1万の兵を与えられたのだ。


 そして今回の戦でも、もちろん軍略を練り、兵を指揮し、自身は後方の安全な場所で勝利報告を待つのみだった。


 それで今回も戦うことなく終わると思っていた。そのはずだった。


 だが――あがる報告は全て敗戦ばかりであった。


 ニコデモスは頭を抱えていた。訳がわからなかった。こんなことは1度もなかったのだ。


 なぜなら、自分以上の軍略家と戦ったことがなかったからだ。


 それもそのはずだ。ニコデモスは人間との戦経験がほとんどないのだ。


 魔物や半獣との戦で勝利を納め、支配下を増やし、【七つの大罪】に迎え入れられたのである。


 そして何よりも、今回の相手が悪かった。


 ラザフォード王国軍・中佐のクリストフは、魔法師としてもAランクで武力も確かなものだが、それ以上に、軍略の才で若くして中佐にまで位を上げているのだ。


 クリストフは、まず初めに丘から戦場全体の地形を把握した。


 そして起伏の激しさと、隊のメンバーが持つ魔法で少しの地形変化を起こし、戦場に広大な迷路を作り上げたのだ。


 布陣した丘に登るまでの間にも、複雑な迷路を形成した。戦場と丘の迷路には、いたるところに行き止まりや落とし穴があり、けれど敵が侵入してくる方向からは、予め罠の位置が把握出来ないように高低差を作っていた。それがもともとの起伏だ。


 ここまでが銅鑼の音が鳴るまでに行っていたことだ。


 僅かな時間での移動・迷路形成に、隊のメンバーはこの時点で疲れきっていた。


 だが、この準備が終わった時点で、クリストフは勝利を確信していた。


 物見の報告で敵将がニコデモスであることを事前に知ったクリストフは、開戦前からこの罠を敵将がニコデモスであった場合に使おうと決めていたのである。


 【七つの大罪】のその悪名高さから、メンバー1人1人の戦い方をシミュレーションしやすく、クリストフは進軍中に、誰が将でもいいように軍略を各々に練っていたのだ。


 そしてニコデモス自身の武力は大したことがなく、いつも後方で高みの見物状態であることを知っているクリストフは、彼に接近さえ出来れば武力で敗けるわけがないと判断した。


 そして今回の軍略の総仕上げとして、クリストフは本陣を単独で離れたのだ。


 丘に布陣させた隊の指揮は、今後の行動内容を伝えて5寮寮長に任せた。


 この地形で自分1人ならば、バレずにニコデモスが布陣する場所まで進めると考えたのだ。


 すべてが開戦前からクリストフの頭の中にあるシナリオ通りに進んだ戦場で、上手くニコデモスの背後を取れたクリストフは、まず側近を始末した。


 そして、時は冒頭に戻る――


 魔糸を使い100本もの剣を自在に操るクリストフに、成す術無くただ悔しそうに唸ることしか出来ないニコデモス。


「貴様のことは知っている。貴様の将としての知略ならば、この俺の側近にしてやってもいい」


「ただの人間の分際で、この俺のことを懐柔するつもりか……?」


「貴様に質問する許可を出した覚えはない。貴様が今許されていることは、この俺の誘いを受けるか断るか、その答えのみだ」


 クリストフは突き付ける剣の距離を縮め、ニコデモスをいつでも殺れることを再度理解させた。


 クリストフの剣の刃に映る自身の姿を見詰めながら、ニコデモスはたらりと汗を流す。


 ここまで死を強く感じさせられたのは、実に10年前のカイサルとの戦以来であった。


 その戦に敗れ、【七つの大罪】に入ることとなったニコデモス。


 今、彼の頭の中では2つの未来が思考を埋め尽くしていた。


 この死地の状況の中、誘いを断り万に1つでも生き延びることが出来ないのか。


 そしてもう1つ。


 誘いを受け入れ、眼前の無表情で刃を突き付けてくる男と、裏切った【七つの大罪】軍に勝てるのかどうかということだ。


 そして、脂汗にも似た冷や汗を垂らしつつ、ゆっくりと口を開くニコデモス――


「俺は――」


 ニコデモスの返事を聞き、クリストフは構える剣を動かした。

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