第86話 黒い危険物
――謁見の間での、【七つの大罪】侵攻報告から翌翌日の朝。
アルヴィスは、いや、ラザフォード魔術学院の全生徒は、各寮の寮内放送にて、討伐任務の装備をして12時に闘技場に集合せよ、という指示を受けていた。
アルヴィスは初めての事態に、一体何事かと不思議に思いつつも自室で仕度を行っていた。
仕度といっても、食料や野営道具は常にアリスの影にある。アルヴィスが準備する物といえば、扱う武器くらいのものだ。
アルヴィスは大剣を背中に装備する為、革製のベルトを肩から斜め掛けで着けて背中側に引っ掛かりを作る。そして大剣を背中に装着すると、あっという間に仕度の完了だ。
「アリス、ルナ、2人は準備はいいか?」
「儂にそんなものは必要ない。いつでもどこでも準備OKじゃ。もちろん夜の準備もの」
夜という言葉に含みを持たせるアリス。その言葉が何を意味しているのか、この1ヶ月の生活で理解出来るようになってしまった自分に内心呆れつつ、アルヴィスは短い溜め息を吐いてから応える。
「アリス、俺は任務の準備が出来たかどうかの確認をしたんだ。誰も夜の相手の準備までは求めてないぜ」
「嫌らしい奴じゃのう、儂はただ夜と言うただけじゃぞ? 誰も営みの話まではしておらぬわ」
「なッ!? ハメたな!」
「ハメとらぬわ。どちらかといえばヤられる側じゃぞ? カカッ」
「……」
眼を細めて軽蔑の眼差しを向けるアルヴィス。だがアリスはまったく気にした素振りを見せていない。
なぜアリスがこんなことになってしまっているのかというと、それは全てルナのせいである。
ここ1ヶ月の間、アルヴィスはルナから毎晩夜這いをかけられていたのだ。同じ部屋で眠るいじょう、隙が出来てしまうのは仕方のないことだ。けれど起きていようが寝ていようが関係なく、ルナは夜になると猫の影響なのか活発化し、「ニャアと交尾しようにゃぁ、ご主人~……!」と甘えた声で頬擦りしてくる。
これに危機を感じたのはアリスの方だった。真の姿なら、ルナに負けず劣らずの凄い体つきなのだが、基本的には幼女状態。それに対して、常時我が儘ボディーなルナである。身体で勝てないなら行動で対抗するしかないと思ったアリスは、今まで以上に積極的になったというわけだ。
短く溜め息を吐いたアルヴィスは、次いでルナに顔を向ける。
「ルナはもういいか?」
「にゃ? ニャアもいつでもいいにゃ。それよりご主人、ニャアの下着を知らにゃいか?」
「は!? 下着!? 俺が知るわけねェだろ!?」
ルナからの予想外の質問に、アルヴィスは赤面し叫び応えた。
「にゃにゃぁ……さっきから探してるけど、全然見付からにゃいのにゃ……」
「ち、ちなみにどんなやつなんだ?」
アルヴィスは恥ずかしがりながらも、一緒に探してやろうと声を掛ける。
「黒いヒラヒラしてるこんにゃ感じのやつにゃ」
ルナは手振りを交えて探し物の形を教える。
「それって……上下どっちの下着なんだ?」
アルヴィスは、ルナが手で形どった下着が自身の知る形状とは上下どちらとも異なるので、念のためさらに聞いてみることにした。
「にゃにを言ってるのにゃご主人? パンツに決まってるにゃ」
「紐パンじゃねェか! ってか何を言ってるってどういうことだよ?」
「ニャアは下しか穿いてにゃいにゃ」
「ノーブラ……っ!?」
「ご主人はにゃにさっきから赤くにゃっているのにゃ? ニャアはご主人と会ったときからずっとブラジャーというものはつけていにゃいぞ? 苦しくてキライにゃ。パンツって下着だって赤いおんにゃがうるさく言うから穿いてやっているだけにゃ。それだって脱ぎたいくらいにゃ」
(グッジョブエリザ!)
アルヴィスは心中で、ルナにパンツだけでも穿かせてくれたことに感謝し、エリザベスに親指を立てていた。
「ルナ、頼むからパンツだけは穿いててくれよ?」
「ん~……でもニャアは思うのにゃ。にゃんでニャアだけ穿かされて、あの黄色いのは穿いてにゃくていいんだにゃ?」
ルナは小首をかしげて至極不思議そうに聞いてくる。
「はっ……? え……まさかアリス、お前普段から何も着けてないのか!? 俺をからかう時だけじゃないのか!?」
アルヴィスはルナの発言に驚き、慌ててベッドに腰掛け脚をブラブラと振りながら待機していたアリスを見る。
「なんじゃお前さん、今まで気付いておらぬのか? 儂はいつでもどこでもこれ一枚じゃ」
ふふんっ、と何故か誇らしげに胸を張るアリス。話の流れからついついその慎ましやかな胸部に眼を向けると――
(……チクっ――!?)
胸部を包むドレスの薄布。その極一部分が、突起物のような膨らみを型どっていたことにアルヴィスは気付いて慌てて眼を逸らす。
アリスはその反応が何に対して起きていることなのか理解をしていた。なので、そんな恥ずかしがって赤面しているアルヴィスの顔を横目で見詰めながら、満足気にカカッと小さく笑った。
「あっ! あったにゃ、ご主人!」
そんな2人のやり取りを余所に、1人ずっとパンツを探していたルナが、出入り口から奥側に位置するベッドの下に頭を潜らせながら叫んでいた。
ちなみにアリスが座っているベッドは、出入り口側に位置する普段アルヴィスが寝ているベッドだ。奥側のベッドでアリスとルナの2人が普段は寝ている。
「おっ、やっと見つかったか。よかったな――」
ルナの声に反応したアルヴィスは、顔をルナの声がした方へと向ける。
「ってぬわぁッ!? ――ルナッ、その体勢はやべェから今すぐベッドから出てこい!」
「にゃにゃ? にゃんだご主人、また顔が赤くにゃってるにゃ」
アルヴィスに言われ、黒い紐パンツを握ってベッドの下から顔を出すルナ。そのパンツを穿きながらアルヴィスの顔を見て首をかしげていた。
アルヴィスが慌てて顔ごと逸らした理由。それは、ルナの下半身、主に股間が丸見えになっていたからだ。
いわゆる裸Yシャツ姿でパンツ探しをしていたルナは、その格好のまま四つん這いで頭からベッドに潜っていたのだ。当然Yシャツの丈の長さでは、四つん這い時の臀部まで隠せているわけもなく、ルナの股間は丸出し状態でアルヴィスに向いていたというわけだ。
アルヴィスはこのとき思った。いや、この1ヶ月間このようなことばかりがあったわけなのだから、改めてというべきか――
――この部屋ヤベェ、と。
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