第80話 アリスの葛藤
「こんなところで何してやがる!? 危ねェからさっさと逃げろ!」
「にゃんにゃ?」
「……まさか……お前もこの群れの仲間なのか!?」
「人間、さっきからにゃにを言っているかと思えば……。逃げるもにゃにも、この群れはニャアのために集まっているんだにゃ」
「なッ!? ……まじかよ……っ? いや、普通に考えてそうだよな……。こんな所で会うやつが、まさか関係ありませんなんてことありえねェよな」
(クッソ、やりにくいぜ……。あいつ、ちゃんと俺のジャケット着てるんだもんなぁ……)
アルヴィスは猫耳少女の姿を見て思う。
相変わらず身に纏っている服は穴の空いたボロであるが、その上からはアルヴィスがあげた制服のジャケットを羽織っているのだ。
どうせなら着ないで捨てるか、ボロボロに切り裂いてくれていた方が戦いやすいのに、と。
「おい、一応確認だが、お前がこの群れ率いてるんだよな?」
「にゃんにゃあ? 人間。さっきから質問ばかりでめんどくさいにゃ」
「いいから答えろよ!」
アルヴィスは少々イラついた態度で叫んでしまう。
本物の猫みたく座っていた猫耳少女は、器用にも脚で自身の頭を掻きながらも、めんどくさそうな表情で応える。
「率いてるとは少し違うにゃ。確かにニャアのために集まってくれているけど、それはニャアの体質のせいだにゃ。だからニャアが街を襲わせてるわけじゃにゃいにゃ。勝手に集まって勝手にニャアのために暴れているだけだにゃ」
ポリポリと右足で頭を掻いている猫耳少女。
「それってどういう……それに体質ってなんのことだ?」
「あーもうめんどくいにゃ~」
猫耳少女は欠伸を掻きながらチラリとアルヴィスの様子を窺うと、至って真剣そのものだ。
大きな溜め息を吐くと、仕方がなさそうに応えてあげることにする。
「ニャアは生まれつき、異性をニャアの虜にする性質にゃのにゃ。だからここにいるのは全てニャアの虜。ニャアを襲ってきた人間に怒り狂って起こしてる行動だにゃ」
「それって……」
(つまり俺たち魔法師が何もしなければ、最初から戦う必要がなかったってことじゃねェかよ……! それに、なる程理解したぜ。あの晩、だからあいつは俺に近づくなって言ったのか)
「――お前、なんも悪くねェじゃん。つーか、どちらかといえばいい奴じゃん?」
(近付くなって警告してくれたしな)
「ニャアがいい奴? 人間、それは本気で言っているのかにゃ?」
猫耳少女は威嚇するように凄みを利かせる。
「ん? ああ、当たり前だろ」
けれど、そんな猫耳少女の態度など全くといっていい程に気にしていないアルヴィスの反応に、逆に彼女自身が驚いてしまう。
「とにかく、俺はお前と戦いたくねェんだ。だから頼む、この群れを退かせてくれないか?」
「それは出来にゃい相談だにゃ」
「――!?」
「さっきから言ってるにゃ、これは勝手に集まったんだと。だからニャアが命令したところで止めたりしにゃいのにゃ」
「ってことは、襲えっていう命令もしていないわけだろ? なら指揮権が無いお前がこんなところで何をしてるんだ?」
「ニャアだって少しは責任を感じるにゃ。だから事の結末を見届ける義務があるにゃ」
「……義務、ね……」
(やっぱりこいつは悪くねェ……!)
「ふんッ――!」
「「グルォォッ!?」」
「にゃにゃ!? いきにゃりにゃにをするにゃ!?」
護衛のように側に居た魔物をいきなり斬り殺したアルヴィスに、猫耳少女は驚き声を上げる。
「今ならまだお前の正体は俺しか知らないはずだ。だから俺はお前を助けるためにここから逃がす」
「逃がすだと? 人間、それはお前ににゃんのメリットがあるにゃ?」
「んなもんねェよ。俺がしたいからそうするだけだ。そんなことにいちいちメリットなんか考えてられっかよ」
「……人間……お前は初めて会った日も思ったが、とても変わってる奴だにゃ」
「ハッ、褒め言葉として受け取ってくぜ」
アルヴィスは鼻で笑い応えた。
「まずはこの群れをなんとかしねェとだな」
「ちにゃみに人間、その後ニャアのことはどうする気だにゃ?」
「あん? だから言っただろ? 逃がすって」
「ニャアはそれでも構わにゃいが、それだと人間、またおにゃじ事が起きるだけだにゃ」
「あ……っ」
この戦の後のことなど、赤子の指先程も考えていなかったアルヴィス。
猫耳少女の言葉を聞いて、暫しの間考え込んだ。
「――とりあえずうちの国に来いよ。学院長ならなんとかしてくれるかもしれねェ」
「そいつのことは知らにゃいが、にゃんとかしてくれるのにゃら、試しに付いていってやってもいいにゃ。にゃんとかにゃらにゃいのにゃら、そこで街のオス共が暴動を起こすだけだしにゃ」
「はは……っ」
さらりととんでもないことを言う猫耳少女に、アルヴィスは苦笑いを浮かべる。
「っし、とりあえず決まりだ。――スーっ……アァーリィースゥゥゥ――!!」
大きく息を吸ったアルヴィスは、この広い戦場のどこに居ようが聞こえそうな声量で叫びだした。
その突然のアルヴィスの大声に、しゃがんでいた猫耳少女は耳を塞いで小さく丸まった。
「――いきにゃりにゃにするにゃ人間! 鼓膜が破れるかと思ったにゃ!」
「わりィわりィ。けどちょっと待っててくれ、きっとあいつなら何とかしてくれっから」
「にゃ?」
アルヴィスの言葉に小首を傾げる猫耳少女。
――数分の静寂がこの場を支配する。
――――――……ピギャ。
――――……グギャぁ!?
――……キシャッ!!?
段々と近づく魔物の鳴き声。
そして同時に聞こえてくる1人の笑い声が。
「来たか」
アルヴィスは笑い声の主が求めている人物と重なると、聞こえてくる方角を見遣った。
ドォーン――!!
「カァーカッカ――ッ!!」
衝撃音と共に大量の魔物が吹き飛んだかと思うと、そこからは大量の返り血を浴びながらも楽しそうに笑っているアリスの姿が現れた。
「待たせたのう主人さまよ!」
「いや全然。むしろ早すぎてびっくりだぜ」
「そうかそうか、ならよかったわい」
ここまで突破してくるまでに殺したのであろう鬼の生首を片手に、妖艶に笑う幼女が主人のもとまで歩き着く。
「戦はおもしろかったか? って、聞くまでもないな」
「カカッ。して、儂を呼び出すとは何用じゃ? 我が主人さまよ」
「この戦を今すぐ終わらせたい。アリスならなんとか出来んだろ?」
「お前さんの魔力を吸わせてくれれば意図も容易いが……まさかとは思うが、我が主人さまよ……あの猫一匹のためにその様なことを言っておるのかのう……?」
アリスは台詞の後半、アルヴィスの横で小さくしゃがんだままの猫耳少女を睨み殺す勢いで見詰め、問いた。
「にゃにゃにゃ――ッ!!?」
アリスの鋭い眼差しと纏う魔力に、猫耳少女は身を震わせその場を跳び退いた。
「――そのまさかだ、アリス」
少女達の間に入るアルヴィス。
アリスから見ると、それはまるで猫耳少女をかばっているようだ。アリスはこめかみに青筋を浮かべ、あからさまに苛立ちを露わにする。
アリスは感じる魔力から既に眼前の猫耳少女がこの戦の主犯であることに勘付いていた。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
眼の前のこの女が、最愛の人をたぶらかして取ったのではないかと思った矢先、そのアルヴィスから泥棒猫のために働けと言われたことに激怒しているのだ。
「詳しい事情は後にして、俺はこいつを助けたいと思ってる。頼むアリス、力を貸してくれ」
「ぐぬぬぬ……っ」
「頼む……!」
好きな主人からの頼みを聞いてあげたいという気持ちと、泥棒猫のために働きたくないという思いとの葛藤中に、さらに追い討ちをかけられ、アリスは盛大に溜め息を吐いた。
「わかったわかった! わかったから頭を上げるのじゃお前さんよ。ただし、今度儂の願いもひとつ聞いてもらうぞ?」
「おう! ありがとな、アリス」
「ばっ、ちょっ、止めるのじゃお前さんよ……! 嬉しいが恥ずかしいわい……!」
礼と同時に頭を撫でられ、アリスは赤面してしまう。
そんな珍しい表情を面白いと感じてしまったアルヴィスは、少し長めに頭を撫でてしまう。
一頻りそんなアリスを堪能すると、アルヴィスは身を屈め首筋を差し出す。
自ら吸いやすい位置へともっていってあげたのだ。
アリスは「では」と一言呟くと、カプッと主人の首に歯をたてる。
そしてまた、大人バージョンアリスまで身体を戻すと、魔法を発動させた。
「魔法兵装――〈影纏い〉」
多重魔法を纏うように自身にかけたアリス。
魔法の輝きが消え現れた姿は、古城でのアルヴィスとの一戦でも見せた、身体を影へと変えたものだった。
「それじゃあ、やるとするかの」




