第79話 突貫
「来たか! いく――」
「行くぞお前らァァ!!」
ラザークが号令を出し切る前に、それを横取りするようなタイミングでアルヴィスがメンバーに突撃指令を叫んで走り出した。
「カッカッカッ! よいのうお前さん! 今のは少しスカッとしたぞ」
右隣を並走するアリスが楽しそうに話し掛ける。
「ん? 何がだ?」
「まさか無自覚でやったのアルくん!?」
左隣を同じく並走するエリザベスも驚きながら会話に参加してきた。
「ん? だから何がだって?」
「アルヴィスくんらしいといえばらしいですね。でもあの人、きっと怒ってますよ?」
少し遅れてアルヴィスの真後ろを追うように走る飛鳥が、後方の集団を窺うように振り向きながら参加する。
「だから何がだよ!? 俺はただ、敵影が見えたっていうからこうして走り出しただけだぜ?」
「カカッ」「あははっ」「クスクスッ」
アルヴィスの反応に、女性陣は同時に笑い出す。
笑われた理由が解らずモヤモヤとしたアルヴィスは、けれど段々とその全貌が露になる敵の姿を見ると、その感情は払拭された。
「おいおい、なんか言ってた数よりだいぶ多くないか?」
横長で広範囲に見える敵の数は、とても1000匹などではなかった。
「そうじゃのう、ざっと見て3000はいるじゃろうな」
アルヴィス達よりも視力に長けるアリスが、敵の推定数を教えてくれた。
「3000って……!? 3倍の数を数え間違えるかよ普通! あの領主、ぜってェ適当だぜ」
「1000も3000もそう変わらんわい」
「ハッ、さすがアリス。なら右の1000ほど任せてもいいですかねェ?」
アルヴィスは完全に冗談のつもりで言ったのだが――
「なんじゃお前さん、それだけで良いのか? 儂は全てと言われると思うたぞ?」
至って真面目に応えるアリスに、アルヴィスはここまでくると感心や尊敬を通り越して呆れにも似た感情を抱いてしまう。
「はは……っ」と呆れたような顔を向けるアルヴィスに、アリスは「なんじゃ?」とキョトンと首を傾げる。
「とりあえず、儂はあっちの雑魚共を殺りに行くが、お前さんよ、気を付けるのじゃぞ? 中央のさらに奥に強い魔力を感じる。恐らくそこに親玉がおるはずじゃ」
「了解。ならまずはこの集団を抜けないとだな。アリス、お前も気を付けるんだぞ?」
「カカッ、心配無用じゃ!」
楽しそうに笑いながら応えるアリスは、より一層楽しそうに右側の敵集団へと走り向かっていった。
やはり戦が好きなのだろう。ここ数日で1番の嬉々とした表情であった。
「さて、俺はこのまま突っ込むとして、エリザたちはどうする?」
「私はどこまでも付いていくだけよ?」
「私もです。私はお二人のサポートに徹します!」
「そうか、助かる。けど1つだけ約束してくれ。自分が生き残ることを最優先に考えてくれ」
「わかったわ」「わかりました」
同時に頷くエリザベスと飛鳥。
いよいよ目と鼻の先にまで迫る魔物の軍団に、アルヴィスは背中に装備していた剣を抜き攻撃態勢に入る。
「突っ込むぞォ!」
「「はいっ!」」
「どらァァ――!!」
オークや狼といった見た目をした魔物の先頭集団に、豪快に斬り掛かるアルヴィス。走る勢いを抑えることなく、そのまま集団内へと突進していく。
「「「ピギャァァァ!!?」」」
魔物の悲鳴を背に次々と斬り殺し進むアルヴィス。
その姿は、とても戦の初陣とは思えないものだった。
「せやァ!」
なおも斬り進むアルヴィス。一撃で仕留めきれなかった瀕死の魔物達は、背後を走るエリザベスが止めを刺す。そのエリザベスに襲いかかる魔物の攻撃は、飛鳥が呪符で防いでいた。
アルヴィスは斬り進みながら、右側で戦っているはずのアリスの方面を見遣る。
そこでは、こちらよりも激しい悲鳴と笑い声のような音が上がっていた。
(随分とまあ派手にやってるようだな、アリスのやつ。けどあれなら心配はいらねェな)
次いで左側を見遣ると、そこではラザーク達【神殺し】を筆頭とした共闘集団が戦っていた。
あちらでも中々の歓声が上がっている。恐らく敵の中でも強い部類に入る魔物を撃破したのだろう。
「〈竜の息吹〉!!」
とそこへ、アルヴィスが自軍の様子をチェックしている背後で、エリザベスによる範囲魔法攻撃が火を吹いていた。
激しく燃える火炎の渦が魔物の大群を燃やし尽くす。
その業火のような煌めきの中から聞こえる鳴き声が、見た目の綺麗さとは裏腹にとてつもない威力だと解らせる。
(さすがエリザベス! あの辺一帯の魔物が全部吹き飛んでるぜ)
アルヴィスはチラリと後方を窺い、距離が開いていたがエリザベス達の様子なら問題ないと判断し、後方に戻ることはせずにこのまま単独で集団から抜けるまで突き進むことにした。
中央の集団の数だけで1000匹の魔物がいるとしても、全員を相手にする必要はない。
極力直進して最短距離の最小数で突破すればいい。アルヴィスはそう考えていた。
余計な魔法は使わず、魔力は身体強化と巻き戻しによる怪我の回復でのみ消耗する。
以前アリスが言っていたことを思い出しながら戦った結果、このような戦闘スタイルとなった。
一撃で大量に撃破出来る強力な魔法を使うのもよいが、それではすぐにバテてしまうし、何より強力な敵を相手にしたときに魔力が底をついてしまっていては話にならない。
だがアルヴィスは実感していた。
こんな雑魚に魔法は必要ねェ、と。
「そこを退けザコ共がァッ!」
「「「バオ――ッ!?」」」
アルヴィスの一撃で吹き飛ぶ魔物達。
そしてさらに斬り飛ばすと、遂にアルヴィスは魔物の集団を突き破った。
「抜けたァッ」
(エリザたちは――!?)
アルヴィスは思い出したように後方で戦闘を繰り広げているはずの仲間を探すと、そこにはエリザベスを筆頭に他の魔法師達が手を組んで戦っていた。
「っし、あれならこのまま行ってもいいな」
アルヴィスは前方へ視線を戻すと、山岳方面目指して駆け出した。
途中に何度か数匹の魔物と接触するも、これといって問題なく斬り伏せ突き進む。
そして――いよいよ山岳前に到着したアルヴィスの眼に映り込んだ光景に、アルヴィスは思わず声に出さずにはいられなかった。
「お前は、あのときの……っ!?」
「にゃにゃ? お前はあの晩の人間かにゃ……?」
山岳前にいた数匹の魔物の群れ。その群れの中心にいたのは、アルヴィスがジャケットを渡した猫耳少女であった。




