第74話 浴場と欲情
「……んぅ……――寝てた、のか……?」
アルヴィスは目を覚ますと、かけられていた毛布をどかしながら上半身を起こす。
辺りを見回し、アルヴィスは宿屋のベッドで寝かされていたことを把握した。
隣のベッドでは、アリスがスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
窓から外を見ると既に陽は沈み、月明かりが街を照らしていた。
普段はこの時間帯の方が活動的なアリスだが、アルヴィス同様移動の疲れが溜まっていたのだろう。
その寝顔はいつもの生意気なものとは到底思えないほど綺麗な顔をしている。まるで精巧に造られたフランス人形のようだ。
こんな女の子が先程まで自分の後頭部に股間を押し当てていたと思うと、アルヴィスは表現の仕様が無い複雑な気持ちになった。
「ん……んぅー……」
ゴロリと寝返りを打つアリス。
寝返りによってかけられていた毛布が捲れ、アリスの下半身が露になる。
「――!?」
アルヴィスは咄嗟に口を押さえ出そうになった声を殺した。
(おいおいっ、アリスのやつ寝るとき真っ裸派なのかよ。いつも俺が起きてる時間に寝てることが無いから気付かなかったぜ。これからは気を付けねェとな)
アルヴィスはベッドから出ると、そっとアリスの毛布をかけ直す。
そしてアルヴィスはベッドから出たことであることに気が付いた。
横一列に並ぶベッド。そこに飛鳥の寝姿もあるが、扉に1番近い場所に位置するベッドにエリザベスの姿が無いことに。
アルヴィスはどこに居るのだろうと考えつつ、自身が風呂に入っていないことを思い出した。
とりあえず汗を流そうと、アルヴィスは室内に完備されているバスルームに向かう。
脱衣場で制服を脱ぎ、浴室への扉を開ける。
すると――
「え――」
「なぁッ!?」
浴室には、入浴中のエリザベスの姿がそこにはあった。
アルヴィスは咄嗟に前を隠しつつ反転し背を向ける。
「すまん! 暗かったからてっきり誰も使ってないかと」
「私こそごめんなさい! 電気つけてると寝にくいかなって思って……」
「そ、そっか。とにかく俺は出るから――」
「待って!」
浴室を出ようと、扉に手をかけたアルヴィスを引き止めるエリザベス。
急な呼び止めに、アルヴィスはドアノブに手をかけたまま静止した。
「時間も遅いし、アルくんが迷惑じゃなければ……一緒に、入ろ?」
「――!?」
「で、でも恥ずかしいから、電気は消してきてね……?」
「わ、わかった……」
アルヴィスは扉を開き、すぐ横にあるスイッチを押して浴室の電気を消した。
扉を閉めて室内へ戻ると、天井付近に設置されている小窓から月明かりが射し込み、湯槽にいるエリザベスの姿をぼんやりとアルヴィスの視界に映し出す。
「あ、あまり見ないで! 恥ずかしいよ……」
エリザベスはアルヴィスの視線に気が付いたのか、今更ながら両腕で身体を抱くようにして胸を隠した。
学院で初めて会ったあの夜、エリザベスはベビードールの寝巻き姿で下着が透けて見えていたので、アルヴィスは既に彼女の曲線美を知っているし、先程の腕組みにより胸の感触も体験している。さらに言うと、以前エリザベスを肩車しているので脚の感触も知っている。
だが、そんな経験を済ました後でもエリザベスの綺麗さには見とれてしまう。
アルヴィスは「ごめん……!」と一言謝ると、湯槽に浸かる前にシャワーを浴びに向かう。
椅子に腰掛け、シャワーヘッドからお湯を出して身体を流し始める。
すると、バシャッという音が後方から聞こえ数秒――
「背中、流してあげるね……?」
すぐ後ろからエリザベスのそんな声が聞こえたかと思うと、石鹸を泡立てたタオルの感触がアルヴィスの背中に伝わる。
「え、エリザッ!? なんで……!?」
突然の出来事に、アルヴィスはつい理由を聞いてしまう。
「だ、誰にでもしてるわけじゃないんだよ……? アルくん……だからなんだからね? 君にはいろいろ恩があるし、これはそのお礼ってことで……」
「お、おう……」
アルヴィスは今回の理由としては納得しているわけじゃないが、勢いと雰囲気で頷いてしまう。
恩があるのは自分のほうで、世話になっているエリザベスにこんなことをしてもらうだなんて申し訳ないとしか思えないが、ここでそんなことを言って断ってしまうのは、自身も恥ずかしいのに頑張ってくれているエリザベスに恥をかかせてしまうということくらい、理性ギリギリの今のアルヴィスでもわかる。
背中を擦られる度、背後からエリザベスの「ン……っ、ふぅ……っ」という艶っぽい声が聞こえてくるので、アルヴィスは自身の下半身に変化が生じてきていることに気付いた。
(やばい……っ、やばいって……!)
アルヴィスは慌てて股間の辺りを両手で隠し、背後のエリザベスに気付かれぬように少々内股になる。
「アルくん……どう? 気持ち……いい?」
「え!? あ、ああ……っ! 気持ちいいぜ、ありがとな!」
気を股間に集中していたアルヴィスは、突然のエリザベスの質問にしどろもどろ気味に反応した。
「そっか、よかった。――じゃあ背中は終わったから、前は……どうする?」
「自分でやる!!」
人生最速の即答である。
「そ、そう……? どうせだし私が――」
「いやいやいやいやっ! 大丈夫もう十分気持ちよかったからありがとなエリザ!」
アルヴィスの返答に、なおも自分で洗いたがるエリザベスをアルヴィスは早口でお礼を言って断った。
一刻も早く自分から離れて欲しいからである。
そんなアルヴィスの態度にどうしたのかと小首をかしげるエリザベスだが、さすがにしつこくし過ぎては嫌われると思ったのか「じゃあ、あっちで待ってるね?」と湯船に戻って行った。
この後もなんとかバレずにやり過ごしたアルヴィスは、斯くして人生最大の股間事件を終結させたのであった。