第70話 クラン結成
今回はいつもより長めです!
――月をまたぎ、7月。
現在はさらに1週間程過ぎた頃。
学院長であるエドワードから直々に任務を与えられたアルヴィスは、任務遂行のためクランを作ることとなった。
クランとは、パーティーのような一時的なチームとは異なり、ギルドでのメンバー登録を行いクラン自体にも魔法師のようにランク付けされる正式なチームのことだ。
ここで時は少し遡る――
クランメンバーにアルヴィスがまず誘ったのはエリザベスだ。
エリザベスはアルヴィスからの誘いに「やっと私もアルくんの役にたてる」と満面の笑みで承諾。
次いでアルヴィスはエリザベスと共に飛鳥のもとへと向かった。もちろんアリスも一緒だ。何故かアルヴィスに肩車をさせているのが気になるところだ。
電話で呼び出して講義棟ロビーで任務以来振りにあった飛鳥だが、その表情はよいものではなかった。
理由は至極明確だ。
アルヴィスの肩に騎乗し髪を操縦桿変わりに引っ張って遊んでいる幼女――アリスだ。
アリスの姿を見た瞬間に飛鳥の表情が一変した。
だがそれは仕方のないことだ。いくら最終的には危機を救い数日間共に過ごしたといえど、第一印象というものはそう簡単に変わるものではない。
死を覚悟させるほどの殺意に身動き1つ取ることが出来なかったのだ。それほどの恐怖を与えられた相手に僅か数日で打ち解けろとは、他人のことなどおかまいなしのアルヴィスでさえ言えなかった。
だが、意外にも飛鳥はクランへの勧誘を受け入れた。
その時の表情はやはり複雑そうなものであったが、アリスから救ってくれたというアルヴィスへの恩返しの気持ちが彼女の中にあった。今回は恩返しの気持ちの方がアリスへの恐怖より強かったらしい。
もちろんこのようなことは本人であるアルヴィスにはとても言えない。
だから飛鳥はクランに入った理由として、自身の学院に来た理由である三種の神器を口実に使った。見つけるための高難度任務には戦力がいると。
こうして飛鳥は、アルヴィスに一切疑われることなく自身の本心を知られないままメンバー入りをした。
この場にいる2人の女の子を除いては――。
この日はこれで終了した。
翌日、アルヴィスは兄との決闘を終えたはずのロベルトに会おうと電話をするが繋がらず、直接部屋へ行くがそこにもいなかった。
何かおかしいと思ったアルヴィスは、寮長であるアンヴィエッタにロベルトの居場所を聞き出した。
そしてアルヴィスはその居場所を聞き驚きを隠せなかった。
その居場所とは医務室であった。それも、面会謝絶とのことだ。
だがアルヴィスは会えないと分かっていても、ロベルトのいる医務室奥の病室へと足を運んだ。けれどもちろん面会は出来ていない。
だからアルヴィスは扉に背を預ける形で凭れ掛かり、独り言のように話し始めた。扉の向こうにいる相手に届いていると信じて。
「よぉ……兄貴とはどうだったよ? ……つってもこの様じゃあ一目瞭然か。おっと、キレんなよ? いつものお前ならすぐ斬りかかってきそうだからな、今の言葉。――……実は俺さ、クラン作ることになったんだよ。それでお前を誘いに来たわけ何だが……まぁ、これじゃあしょうがねェよな。早く治して顔見せろよバカ野郎。んで俺のクランに入りやがれッ、わかったか!」
長い独り言を漏らしたアルヴィスは医務室を後にする。
アルヴィスの魔法で傷を治すことは簡単だ。だがアルヴィスはそれをしなかった。魔法では治らないと知っているからだ――心の傷は。
この学院の医師は非常に優秀だ。それこそ外傷ならアルヴィスの魔法が無くとも直ぐに治していることだろう。だが、あのプライドの高いロベルトのことだ。きっと外ではなく内に負った傷が原因だろうと、アルヴィスは医務室に医師がいなかったことですぐに理解したのだ。
外傷での謝絶なら、医師がその場を離れるわけがないと思ったからだ。
ロベルトとの間接的面談からさらに数日が過ぎた頃。
学院に1つの騒ぎが起きていた。
『エリザベスがついに落ちた』と。
そして、そのクランが『学院序列最下位の男のものである』と。
クラン名――【EGOIST】
メンバー:
アルヴィス・レインズワース Fランク
エリザベス・スカーレット Aランク
枢木飛鳥 Dランク
アルヴィスが王都のギルドにクラン登録をした時の内容だ。
名前の由来は、メンバー各々が別々の目的があり集った利己のことしか考えていないクランだから、とアルヴィスが提案をした。
確かにメンバー全員にそれぞれ野望にも似た目的がある。だがエリザベスと飛鳥がこのクラン名を承諾したのは、アルヴィスが言う由来に納得したからではない。
アルヴィスのためのクラン。アルヴィスの我が儘を叶える為のクランだから、というのが彼女達の中での由来だ。
クラン登録のデータはすぐに国内全土のギルド名簿に反映される。といっても、パソコンなどがあるわけではないので職員が電話で各ギルドに一斉連絡をしているだけだが。
そしてそのデータは当然学院の仮設ギルド――講義棟にある任務を受ける掲示場所――にも連絡がいっている。なので学院で公開されている、学生が所属しているクラン名簿一覧にも追加されることになる。
その追加内容に気がついた生徒が話を広めていった結果、騒ぎとなったわけだ。
何故エリザベス1人で学院中が騒ぎを起こすのかというと、現在ラザフォード学院は二大勢力に別れている。
序列現2位であるカイ・ハイウィンドがリーダーを務めるクラン――【ストームライダー】
序列現3位であるシャーロット・ロックハートがリーダーを務めるクラン――【戦乙女】
この二大勢力が学院でのヒエラルキーのトップを争っているわけだが、どちらのクランからもエリザベスは長い間熱烈な勧誘を受けていた。
学院生ではAランク魔法師は序列1位から4位までの4人しかいない。
1位であるロベルトの兄――〈剣帝〉クリストフ・シルヴァはクランに属さず、この勢力争いに不干渉だ。
絶対中立であるクリストフには手を出さないというのが暗黙のルールとなっている。
そうなると、必然同じく何処にも属していないエリザベスがターゲットとなってしまう。そしてどちらのクランも現在はBランクだが、Aランク魔法師であるエリザベスが加入するとクランランクをAランクに昇格させることが可能なのだ。
リーダーがどちらもAランク魔法師なので、エリザベス加入でクランにAランク魔法師が2名となる。そして今までの実績的にどちらもエリザベス加入後に昇格申請を出せば、Aランククランに十分昇格可能な戦力と認められるというわけだ。
そんな中、いきなり現れた無名のクランにエリザベスが加入していると知られれば二大勢力が黙っているわけもない。
そしてここで時は現在に辿り着き――
「エリザベス、これはどういうことですか?」
「おい雪女、大声出してんじゃねェ。耳に響くんだよ」
「男が気安く話し掛けないでください、虫酸が走ります」
「んだとテメェ!」
「まあまあ! 二人とも落ち着いてよ!」
現在アルヴィスの眼前では、序列2位・3位・4位の生徒達による話し合いの場が設けられていた。
講義棟ロビーにある円卓を4人、いや正確には5人で囲んでいる現在、アルヴィスから向かって左隣にエリザベスが。右隣に序列3位であるシャーロットが。正面に序列2位であるカイがそれぞれ座っている。残る1名はアルヴィスの膝上に座っているアリスだ。
そしてエリザベスを問い詰めるシャーロットに喧嘩を売るカイ、の2名の喧嘩を宥めるエリザベスという何とも言えない構図が成り立っていた。
円卓に脚を組むように乗っけているカイは、学院支給の制服ではなく上半身裸の上から直に襟のファーが特徴的な黒いジャケットを羽織っている。そこからのぞく腹筋は綺麗に割れていて、線は細いがボクサーのような引き締まった筋肉だということが見てとれる。
ちなみに靴はブーツでズボンのみ制服を着ている。だがなんといっても特徴的なのは、逆立つようなツンツンヘアーの上からヘッドフォンを装着していることだ。
ヘッドフォンは防音のようだが、それでもシャーロットの声が大きいと言うあたり、相当な聴力の持ち主なのか、あるいは彼の魔法の能力なのか。それは後にわかることだろう。
アルヴィスの右隣に座っているシャーロットは、全てが特徴的だ。特徴の塊といってもいいだろう。
僅かに青味がかっている白髪は腰まで伸び、眉毛も睫毛も肌までも白く、瞳や唇からも色素をあまり感じない。いわゆるアルビノ症というものだ。
その透き通るほどどこまでも真っ白な肌を包む衣服はスカイブルーのロングドレス。
アリスが着衣する真紅のドレスのように胸元がV字に大胆に開き、けれどアリスと違い確かな膨らみがある分アルヴィスはつい眼を向けてしまいそうになる。
その視線の動きに気づいている膝上のアリスは、アルヴィスの鳩尾辺りに頭を擦り付けるようにして地味なダメージを与えてくる。
膨らみがあるといってもエリザベスほどではなく、どちらかといえばスレンダーな部類だろう。けれどその特徴的な見た目もあってか十分に色気が溢れている。
だがアルヴィスやカイ達男性陣に向ける眼は、まるでゴミ屑でも見るような冷ややかなものだ。
なるほど。それではどんなに美人でもカイに喧嘩を売られるのも仕方がないだろう。
「んで、メラメラ女。俺がここにいる理由もこいつと同じだ。何故1年坊なんかのクランに入った?」
両腕を組んで背凭れに盛大に凭れ掛かるカイは、より偉そうに質問を再開する。
「えぇー、だからぁーさっきから言ってるでしょー? しつこいよカイくんさぁー」
エリザベスは何度言っても納得してくれないカイ達にいい加減嫌気がさしたのか、あからさまに迷惑そうな顔で応えた。
「だからんな理由じゃあ納得出来ねェって言ってんだよ! 今からでも遅くねェ、うちに来い!」
「いいえ、入るのはこちらにです。エリザベス、あなたもわからず屋ですね」
「ユキちゃんまでまだ言うの? もぉー、アルくんなんとかしてェ……!」
カイとシャーロットのしつこさにノックアウト寸前のエリザベスは、アルヴィスに泣き付くように救いの手を求めた。
だが格上で上級生ばかりに囲まれ、しかもまるでこの場に存在していないような扱いをされているアルヴィスも救いを求められ困ってしまう。
そんな主人の姿に呆れたのか、単にこの場に飽きたのかは分からないが、膝上で傍観していたアリスがコホンッとわざとらしく咳払いをすると、「お前さん達」と何やら話を切り出した。
「埒が明かないなら魔法師らしく試合で決めたらよいじゃろうが」
「いきなりなんだチビ。首突っ込んでんじゃねェよ」
「ほう、この儂をチビと呼ぶか糞ガキ風情が。――のうお前さん、こやつを殺ってもよいかのう?」
「ダメだバカ! 可愛い顔して殺るとか言うな」
「チッ……」
カイの発言に怒りを覚えた幼女は、上を見上げて上目遣いに主人に殺戮許可を求めたが、即答で却下される。
「あらあら、子供相手に大人気ない態度しか取れないだなんて、随分とお可愛いこと」
シャーロットの口許に手を当て上品に笑うその姿は見とれるほど綺麗だが、その内容が悪口でしかないあたり残念で美人の無駄遣いだ。
「テメェから潰してやってもいいんだぜ雪女!」
「受けてたちますよ。それとも、御一人では不安なあなたはクラン戦がお望みですか?」
「それはテメェだろがッ!」
「カッカッ、血の気の多いやつらじゃのう。勘違いするでないぞ貴様等。試合せいとは言ったが、相手は貴様等同士でないわ。相手はこの我が主人様よ。どうじゃ? 一対一が不安なら貴様等がタッグを組んで儂と主人様の二体二でもよいぞ? カカッ」
「おいっ、なに勝手に俺まで巻き込んでんだよ!?」
「そうよアリスちゃん! 相手は2位と3位のAランク魔法師なのよ!? いくらアルくんでも同時に相手して勝てるはずないわ」
「貴様が主人様の勝ちを否定してどうするんじゃ、仮にもこれは貴様のための試合じゃろうが。それにこやつらごときに負けるようでは、今度の任務とやらは無事じゃすまんぞ?」
(たしかラザフォードは推定Aランク任務と言っておったからのう……)
アリスは内心謁見の間で盗み聞きしたラザフォードの言葉を思い出していた。
「おいチビッ、テメェこの俺様をごときっつったか? いい度胸じゃねェか。雪女なんかいらねェよ。俺が1人でテメェとそのガキ2人相手にしてやるよ」
カイがアリスにバチバチと殺気混じりのガンを飛ばしながら魔力を放出してくる。
「カカッ、調子に乗り過ぎじゃぞ小僧。気付いているかのう? 貴様は先ほどからずっと死地に居るのじゃぞ?」
カイの飛ばしてくるガンを真っ向から受け止めるアリスは、相変わらずアルヴィスの膝上で余裕そうに腕組をして笑いながら顎でカイに背後を見るように指示する。
カイは眼光鋭いまま僅かに背後を振り向くと――
「――ッ!?」
自身の背後に何十本もの針の形をした影が正面以外逃げ場の無いように包囲をしていた。
(ありえねェ!? 油断はしてない。慢心もねェ。なのに俺の耳に風はとどいてねェ。このチビ、一体なに者だ……!?)
カイは一切気配を感じることなく包囲されていた事実に、それを成した目の前の幼女に驚いていた。
だが彼のプライドが表情に出すことだけは拒んだ。
変わりにカイはハッと一笑。
「やるじゃねェか、チビ」
精一杯の強がりを吐いてみせた。
「まあのう、カッカッカッ」
アリスは腕を組んだまま胸を張り高笑いをした。
それを静かにカイの隣の席で見ていたシャーロットもまた、眼前の幼女に内心僅かながらに恐れを感じていた。
(あの子は何なのかしら……。それにあの1年生を主人と呼んでいた。じゃああの子はサーヴァントということ? ならあの子を使役する彼は何者なのかしら……?)
シャーロットの中で密かにアルヴィスへの興味が少しばかり沸いていたことに、他のメンバーは誰1人も気付かない。
ガタッ――
急に席を立ち上がったシャーロットに、他のメンバー全員が驚き注目する。
「今日はこれで引き上げます。どうやらその子が許してくれそうにありませんからね」
「カカッ、よくわかってるのう小娘」
「エリザベス、諦めたわけじゃありませんよ? またあなたを誘いに来ますから」
「んー……それは勘弁して欲しいけど、今度ゆっくりお茶でもしようね、ユキちゃん」
「……ええ」
一言応えると、シャーロットは静かにロビーから出ていった。
それを見送ったアリスは、顔の向きはそのまま横目でチラとカイへと向ける。
「で、貴様はどうするのじゃ? このまま刺し殺してやってもよいのじゃぞ?」
魔法を解かずにずっとカイの背後で狙っていた多数の影針に、アリスはさらに魔力を込めて威力を高め出す。
「……チッ。ワァーったワァーった。俺も今日は撤退してやるよ、ッたく」
カイは指をパチンと鳴らすと、腕や脚は組み背は凭れ掛かった姿勢のままフワリと浮き上がり始めた。
その光景にアルヴィスは驚くが、エリザベスは元々知り合いなので当たり前だがアリスも驚くことはなかった。
からくりという名の魔法の正体に気付いていたからだ。
カイの魔法の正体、それは――風。
指を鳴らした瞬間、カイの周りの空気や風の流れが変わったことで瞬時にアリスは正体に気付いたのだ。
身体を浮き上がらせたカイは、偉そうな体勢のまま空中を浮遊してロビーから退場した。
「……ふぅ……。なんとかなった、のか?」
「なったみたいだね」
アルヴィスの誰かに投げ掛けたわけではない問いに、けれどエリザベスは笑顔で応えた。
次いでアリスへ視線を向ける。
「アリスちゃんもありがとね!」
「カカッ、今回だけじゃぞ。本来敵であるお前さんの味方などしたくはないが、我が主人様が困っておるようじゃったからのう」
「そっか。でもありがとね」
尚も御礼を言うエリザベスの表情は、重しが取れたようなどこかスッキリとした晴れやかなものだった。




