第69話 アリスの嫉妬
謁見の間を出て階段を下っていたアルヴィスは、隣を歩くアリスの足元に違和感を感じていた。
「なぁアリス、なんか影長くねェか?」
「――な、なんじゃお前さんいきなり!? びっくりするじゃろが!」
急に話しかけられたアリスは、意識を慌てて今いる場所に戻した様に一拍遅れて返事をする。
「何ボォーとしてんだよ。それよりなんかアリスの影変じゃないか?」
「そ、そうかのう? お前さんの勘違いじゃろ?」
アリスは発動していた影魔法を即座に解除し、アルヴィスの問いを誤魔化した。
別に誤魔化すような疚しいことをしていたわけではないが、こっそりと人の話を聞くという行為中は慌てて誤魔化してしまうというのが咄嗟の人の行動としては普通だろう。
アリスも創られ生み出された半魔とはいえベースの半分は人間だ。人間らしさがあっても何もおかしくはない。
アルヴィスは冷や汗すら掻き出しそうなほど慌てているアリスの表情を眺めると、詮索するのは止めておいてあげた。単純にアルヴィスも詮索されるのが好きではないからだ。
「……ところでアリス――これ、なんとかならねェかな?」
話が変わったことにアリスは安堵し、アルヴィスの視線の先を辿る。
「なんじゃ、何でずっと持ったままなのかと思うておれば〈空間転移〉すら使えぬのかお前さん!?」
アリスは自分の主が予想以上に魔法を使いこなせていないことに驚きの色を隠せなかった。
〈空間転移〉は、先ほどエドワードが七霊剣を召喚した魔法のことだ。ちなみに、ロベルトが使用できる魔法もこの魔法だ。だがエドワードやアルヴィスとは違い、ロベルトは空間魔法を扱える魔法師ではなく、空間転移魔法を扱える魔法師だ。
〈空間転移〉は空間魔法の中では低位の魔法であり、予め決められている位置にある物を一方通行で召喚する魔法だ。なので、好きに行き先を決めることができないので移動手段としては使えない。
移動手段としても使える転移系魔法をあげるならば、新人戦の際にエドワードが使用した〈次元の扉〉だ。これは〈空間転移〉の上位の魔法にあたる。空間を歪ませAの位置とBの位置を繋げてしまう魔法だ。縦に亀裂が入り空間が裂ける見た目からその名がついている。
「当たり前だろ。俺が自分の魔法の正体が時空間魔法ってことを知ったのはつい最近なんだぜ? それに成功したと思っていた〈空間歪曲〉すら違ってたんだろ? 空間魔法なんてまったく使えてないわけじゃん」
「ムッ……まぁ、たしかにの。ならしばらくそれは儂が預かっておく」
アリスはアルヴィスに向けその小さな手を伸ばすと、まるで奪い取るかのようにガシッと引っ張り取ってゴミ箱にポイッと捨てるような手つきで七霊剣を足元の影に放り投げた。
すると、スゥーとアリスの影の中に七霊剣が沈んでいく。
「おー、便利だなその影」
アルヴィスはその光景に思わず声を漏らした。そして少々羨ましそうにアリスの影を見詰める。
「まあの。影の中は四次元空間みたいになっとるから入れ放題じゃぞ? カカッ」
アルヴィスはアリスが影の中に何を入れているのか少し気にしつつ、講義棟を出るため歩行を再開する。
暫くして1階まで下りきり講義棟を後にすると、隣を歩くアリスが見上げるように顔を向けて質問をしてきた。
「のうお前さん。そういえばクランとやらに誰を誘うつもりなのじゃ? まさかあの小娘を誘うつもりじゃないじゃろうな?」
「小娘ってエリザのことか? もちろん声は掛けてみるつもりだぜ。知り合いで1番強いのはエリザだしな。メンバー候補筆頭だろ」
「うぅぅ……儂はあの小娘は好きになれん。お前さんに色目を使うてくるからのう」
アリスはアルヴィスと一緒にいるときのエリザベスの態度を思い出したのか、頬を膨らませながら唸っている。
その姿を見ると、本当に実年齢が100歳を越えているのか信じがたくなってしまう。時が遡ったことによって見た目だけではなく精神年齢まで戻ってしまったのだろうか。
そんなことをアルヴィスは考えつつ、膨らむアリスの頬を突っつきたくなる衝動を抑えていた。
「俺なんかに色目なんか使ってないと思うけどな。とにかくまぁ、そんなこと言わないでくれよ。戦力は高いに越したことはないんだからさ」
「……儂1人で十分じゃろが……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんもないわい!」
ポツリと漏らしたアリスの言葉に反応はしたものの、聞き直したアルヴィスにアリスは二度は言ってくれない。
漏らした独り言なのだから当たり前なのだが。
程なくして1寮に辿り着くと、寮までの道中に電話で呼び出しておいたエリザベスが既にロビーのソファーに腰かけて待っていた。
「急に呼び出して悪いな、エリザ」
片手を上げてあいさつするアルヴィス。
「ううん、全然大丈夫だよぉー。それより初めての電話で嬉しかったし。――それで何かな? 大事な話って」
笑顔で応えるエリザベスは、心なしかおしゃれをしているように見える。
制服ではなく私服なのはもちろん、香水を使っているのかいつもよりいい香りもする。
そんな彼女の変化に気付いたアルヴィスは、いつもと違うエリザベスの年上の雰囲気に照れて頬を紅くする。
そのアルヴィスの反応にエリザベスは気付かないが、隣のアリスだけは気付いていた。その証拠に先ほどよりさらに不機嫌そうにツンと明後日の方向を向いていた。
だがそんなアリスをおかまいなしに、アルヴィスは話を始めようとエリザベスの対面にあるソファーに腰を下ろした。
アリスもツンとした態度のままテクテクと歩き出すと、アルヴィスの膝上にちょこんと座った。それがまるで至極当然とばかりに堂々と座るので、勝手に座られたアルヴィスも対面のエリザベスもポカンとして声が出ない。
数瞬でハッと我を取り戻したアルヴィスは咳払いをして空気を変えると、エリザベスに今回の任務とクランへの勧誘の話を始めたのだった。
この作品の書き始める前に考えたキャラや流れがまだ登場しないし進まない。二十万字使っても二年前の構想すら終わらない、、、早く登場しないかなー、、、




