第67話 真実と過去
――6月末日。
天井には幾つもの豪華なシャンデリアが吊るされ、扉からこの部屋の主が座す場まで一直線に敷かれている真っ赤な絨毯。
学院長室件謁見の間。
アルヴィスは、この学院の学院長であり同時にこの国の国王でもある紳士――エドワード・ラザフォードに呼び出されていた。
玉座から数メートル離れた位置に片膝を絨毯についているその姿から察するに、今回は学院長としてではなく国王としてアルヴィスは呼び出されていたようだ。
もちろんその隣にはサーヴァントであるアリスの姿もある。
だが幼女は自分の主人であるアルヴィスが片膝を付き頭を垂れているというのに、自身は仁王立ちの様に直立し腕を組んでいる。しまいには胸まで反らし物理的に上から目線になるのではないかと、アルヴィスは内心ひやひやとしていた。
「頭を上げてください、アルヴィス・レインズワース」
「はい」
エドワードの言葉に素直に従い、アルヴィスは頭をあげる。だが膝はついたままだ。
「何を偉そうに言っておるのじゃ。はよう用件を言わぬか」
「偉そうなのはお前だアリス! 相手は国王様だぞ!」
「儂には関係ないのう」
「ふぉっふぉっ、大丈夫ですよアルヴィス。今さら敬われても気持ち悪いだけです」
「国王様がそう言うのなら……」
アルヴィスはエドワードに対するアリスの相変わらずの態度に肝を冷やしたが、そこはさすがの国王とでも言うべきか。器の大きさにアルヴィスの精神は救われた。
「それで、俺たちに用件って何ですか?」
アルヴィスは場の空気を戻すためにも、脱線しそうになった話の続きを促す。
「あなたたちに、ではなくあなたにです、アルヴィス・レインズワース。あなたに渡したいものがある」
「俺に渡すもの……?」
「と、その前に――アリス、彼にどこまで話しましたか?」
エドワードは急に話の相手をアリスに変えた。
「どこまでじゃと? なんのことだかさっぱりじゃが、まぁお前さんの期待することはないと思え」
「ふぉっふぉっ、困ったものです。1番知っている者がそれでは本人は理解に苦しむでしょうに。いやはやどこから話したものか……」
エドワードは自前の白髭をしごきながら思案顔になる。
そしてしばらくすると、エドワードは何か覚悟を決めたような表情で口を開き始めた。
「アルヴィス、あなたは自分が何者かご存じですか?」
「はいッ……!?」
アルヴィスは予想外過ぎるエドワードの問いに思わず間抜け面に応えてしまう。
「少し質問内容を変えてみましょうか。自分が何者なのか疑ったことはないですか? 今までの人生でおかしなことなどはなかったですか?」
「はッ!? えッ!? ちょ、ちょっと待ってください! 何が言いたいのかわからないのですが」
アルヴィスは先程からのエドワードの質問に狼狽していた。そんな少年の姿に、質問者であるエドワードもまた困ってしまう。
そんな2人を見かねたのか、隣で腕を組みながら黙って聞いていたアリスが口を開いた。
「もっとストレートにものを言わぬか。そんなことから始めていては陽が暮れてしまうわい」
アリスはエドワードに文句を言うと、隣の主に向き直る。
「のうお前さん。お前さんの体験で何か変わったことは起きなかったかのう? 例えば……そうじゃな、死ぬほどの怪我をしたのに生き延びたとか、じゃな」
「――!? ある……というより、あったっぽい。その時のことは記憶が正直ボヤけててあまりよく覚えてないんだよ。ただ覚えてるのは、死んだと思ったのに気が付いたら負っていた怪我が完治していたな。まぁ、今は意識的に治すことはできるが」
「そうじゃ、それがお前さんの本来の魔法である時空間魔法の能力じゃ」
「そういえば前も言ってたな。だが俺は時間の流れを操作出来ても空間までは操れないぜ?」
「似たようなことはしようとしておったじゃろ。たしか儂に使ったあれは恐らく〈空間歪曲〉じゃな? 酷くおそまつなものじゃったわ、カカッ。じゃがそもそもあれは〈空間歪曲〉ですら無いからのう。失敗もなにも全くの別物じゃ」
「別物? あれは俺の出来る最高の出来だったんだぜ? イメージもしっかり出来てたしな」
「じゃがあれは空間を歪めたり曲げて作った圧力ではなく、魔力そのもので圧してきただけのただの力業じゃ。昔のお前さんの〈空間歪曲〉なら魔法障壁など触れた瞬間消滅、そして問答無用で押し潰すからのう。ちなみにただの〈空間歪曲〉ならあやつでも出来るぞ? のう?」
アリスに視線と言葉だけで話を振られたエドワードは、だが頷きながらちゃんと話を引き継いだ。
「私は空間魔法を使う魔法師ですからもちろん〈空間歪曲〉自体は扱えます。ですがあなたの時空間魔法で発動させる〈空間歪曲〉は少し違います。私のをノーマルの魔法だとすれば、そこに時間に干渉し結果的に魔法解除の効果も付与されているのが、本来のあなたが扱う〈空間歪曲〉です」
エドワードの言葉に腕を組みながら頷いているアリスの表情は、どこか昔を懐かしんでいるようにも見える。
「あぁー、その、なんだ。俺が時空間魔法を扱える魔法師ってのはまぁわかったけどよ、結局何が言いたいのか全然わからないんだが? それに本来の俺ってどういうことだ? たしかアリスは昔がどうのってよく言ってくるけど、それとこれとは関係があるのか?」
アルヴィスは片膝をつく姿勢から、その場にあぐらをかく姿勢に変えつつアリスに質問をぶつける。
「おおありじゃよお前さん! そこが1番重要なところじゃぞ! やはり少し話した程度じゃ記憶は簡単には戻らぬか……」
「私が続きを話しましょう」
少し残念そうに俯くアリスにかわり、エドワードが話を引き継いだ。
「ここまできたら正直に言います。アルヴィス、いや、アルヴィスさん。あなたはそこのアリスと共に1世紀ほど前、現在のこの国の領土を手にしていた領主です。そして私の祖父にあたります」
「…………――はぁぁぁああぁぁッッ!!?」
アルヴィスはエドワードの予想もしていなかった驚愕の発言に、顎が外れそうなほどの大口をあけて驚き叫んだ。
その声は室内に響き渡り、恐らく外にまで聞こえているだろう。
「そしてある日突然その姿を消したと聞いてます。そこのアリスをおいてね」
「ま、まじか……」
「マジです」
アルヴィスは思わずタメ口になっていたが、エドワードは気にした風もなくいたって真剣な眼差しで返した。
「まぁここまでの話はあなたの息子であり、私の父から聞いたものですが。そしてここからは私の経験での話です。――姿を消してから数年後、今からちょうど半世紀前、そこのアリスが魔物の大群を率いてかつての自分達の領土で暴れ尽くしました」
「カカッ、懐かしいのう。お前さんをちょいと探し回っておったらいつの間にか戦争に発展しておったわい」
けらけらと愉快そうに笑うアリス。その表情に頭を抱えて嘆息を吐くエドワード。
「人探しで国を壊滅させかけるなどいい迷惑にもほどがありすぎましたよ。おかげで私は今の地位があると言っても過言じゃありませんが、あの対戦で失ったものは大きい。それこそ当時この国最強の魔法師と呼ばれた私の父が無くなったのですから。つまりアリス、あなたは主人探しのせいで主人の子供を殺しているということですよ?」
「それは貴様らから仕掛けてきたことじゃ、儂のせいにするな。それに貴様ら親子のせいで儂だってこの有り様じゃ。さっさと元の姿に戻さぬか」
「それは私には出来ませんよ。空間魔法しか使えない私では、時間魔法と空間魔法の合体魔法、時空間魔法であなたの中に封じた100年の刻は解除出来ません。出来るとしたらあなりの隣にいるおじいちゃんのみでしょう」
「話が全然飲み込めてないんだが、そのおじいちゃんってのはとりあえず止めてください。見た目どうみても年上のあなたから言われると違和感しか感じません」
「ふぉっふぉっ、ではこれまで通りアルヴィスとお呼びしましょう」
「助かります」
エドワードは「うむ」と頷き話を続けた。
「つまり、あなたは自身の魔法で時を操り人生をやり直したというわけです。赤子まで戻った代償に記憶は喪失してしまったようですが。そしてその間にアリスが暴れまわり、あなたの息子が戦死、私も左足を失いました。そんな当時の相棒であり同時に恨むべき相手でもあるアリスを、あなたは許しこれからもサーヴァントとして契約し続けますか? あなたが望むのなら全力を持って討伐しますよ?」
エドワードの言葉に、アルヴィスは息を飲み想像した。仮にアリスを敵に回したとしたら、この国はまたどうなってしまうのかを。自分の敵討ちのせいで大量の血が流れる惨劇を。
だが、そもそもアルヴィスには当時の記憶がない。
つまりアリスにそれほど憎悪のような感情は抱いていない。
だから――
「いや、いいよ。今までの話が全部真実だとしても、俺にはその記憶がないから憎みようがないしな。それに、全部俺のせいで起きたことみたいだし、俺が居なくならなければそもそも戦争なんて起きなかったんだろ? なら俺の自業自得じゃん。だからこれからもこいつは俺が面倒見ます。今度は同じことはさせません」
「……そうですか、わかりました。では宜しく頼みましたよ」
「はい!」
アルヴィスの強い意思の宿った瞳を見たエドワードが彼にアリスを託すと、アルヴィスは自身の胸を叩き応えた。




