第66話 恋敵
寮へと戻る帰路、始終アリスはニヤニヤと自身の薬指にはめられている指輪をずっと眺めていた。
アルヴィスはその表情を見ていると自分までも嬉しくなってしまうが、その指輪の効力は本当に発揮されているのだろうかと疑ってしまう。
何故ならすれ違う都民達からは相変わらず恐怖対象を見る視線を感じるからだ。だが指輪をはめる前よりは距離を取られなくなった分いくらかマシになったのかもしれない。
そうして商店街から学院へ戻ると、アリスを連れてそのまま1寮の食堂に向かう。
「ほぉわーっ! お前さんお前さん! これをホントに好きなだけ食べてよいのか!?」
「ああ、いくらでもいいぜ」
食べ物が色々あるという話をしながら食堂へ入ると、突然アリスが瞳を輝かせながらハイテンションになった。
アルヴィスがアリスの質問に答えると、アリスはさらに瞳を輝かせて料理を取りに走り出す。
アルヴィスはそんな幼女に微笑ましさすら感じつつ、自身も料理を選びに向かう。
アルヴィスが一通り盛り終えると、山盛りにしたトレイを持ったアリスが急かすような表情で待っていた。
「遅いぞお前さん! 早く早く! 儂はもう待てぬぞ!」
「わかったから落ち着けって! ――あそこが空いてるな」
アルヴィスはハイテンションなアリスを抑えつつ、空席を見つけてそこへ向かう。後ろには追うようにアリスがテクテクと付いてくる。
席に横並びに座り食べ始めると、アリスは次々と皿を平らげていきデザートへと手を伸ばしていた。
盛り皿の8割は洋菓子が占めていたのですぐにデザートを食べ始めるのは仕方がないが、アルヴィスはもう少しバランスを考えろと思ってしまう。
だが半世紀振りに甘味を食べるのだとしたら分からなくもなかった。
とはいえ、そんなアルヴィスの皿もそのほとんどが肉類で埋まっている。とてもアリスのことを言えた義理ではなかった。
しばらく談笑しながら食事を楽しんでいると、食堂に見知った顔の人物が入ってきた。
むこうもアルヴィスの存在に気付いたのか、手を振り存在をアピールしてから料理を盛り付けに列へと並ぶ。
トレイを手に持ちアルヴィスたちのもとまで近寄ってくると、その先程までの笑顔から少しずつ複雑そうなものへと変わっていく。
「久しぶり、アルくん」
「おう、久しぶりだなエリザ。1ヶ月ぶりくらいか?」
「一緒していいかな?」
「もちろんだ」
アルヴィスに許可を得ると、エリザベスは正面の席へと腰を下ろした。
「それで、アルくん。――聞きたいことが2つほどあるんだけどいいかな?」
「お、おう。どうした……?」
アルヴィスに笑顔のまま凄みを利かせるエリザベス。
「……1度も鳴らなかった」
「はい?」
「この1ヶ月……1度も連絡なかった……」
「あっ……」
アルヴィスはエリザベスの視線が彼女の指輪型携帯電話に向いていたことで言葉の意味に気が付いた。
「すまん。すっかり忘れてた」
「私、いつ鳴るかなぁーってずっと待ってたのに」
「わりぃ……。で、でもっ、これは役に立ったぜ? サンキューな」
「ホントに? なら許そっかな」
アルヴィスにお礼を言われたことでエリザベスの機嫌が少し戻ったのか、軽く微笑みかけてくれた。
彼女の表情を見るとアルヴィスはホッと胸を撫で下ろした。
「――じゃあ2つ目の質問」
「――!?」
だが撫で下ろすのはまだ早かったようだ。
エリザベスの笑顔が先程よりも露骨な作り笑いに変わり固まっているからだ。
笑顔の仮面が張り付いているようで、アルヴィスはその仮面が早く剥がれてくれないかと切に願った。
「アルくんの隣にいるその子は一体誰かな? そんなにちっちゃい子生徒じゃないだろうし。まさかサーヴァントじゃないよね?」
「いや、そのまさかだ」
「え……」
アルヴィスの返答にピシリと表情が固まるエリザベス。
「ま、まさかアルくんってそっちの趣味の人だったの……!? そっか……それなら私がどんなにアプローチしても相手してくれないのも納得かも……」
「待て待て待てッ! 誤解だエリザ! こいつは確かに俺のサーヴァントだが、むしろ俺が使われてるっていうか」
「幼女趣味のうえにドMだったの!? そんなの私に勝ち目ないじゃない!」
「違うわ!! 勝手に俺をそんな変態にすんじゃねェ!」
「じゃあちゃんと説明してくれる?」
「ああ。それはかまわないが、なんて言えばいいかな……」
「なんじゃお前さん。そんな簡単なことはっきり言えばよかろう」
ずっとデザートに夢中で話に参加してこなかったアリスは、やっと食べ終え満足したのかぽっこりと膨らんだお腹を両手で擦りながら割り込んできた。
「簡単ってお前なぁ」
「簡単じゃろ。儂はお前さんのもので、お前さんは儂のものじゃ」
「「な――ッ!?」」
アリスの発言にアルヴィスとエリザベスが同じ反応で固まった。
「じゃから貴様が我主さまに想いを寄せていようが、こやつは儂のもんじゃ。絶対に渡さんぞ、小娘」
アリスはエリザベスに敵意ある視線を送りながら、隣にいるアルヴィスに抱き付き私物アピールをする。
「で、でもあなたはアルくんのサーヴァントなんでしょ? なら私にだって可能性が――」
「ないのう。もし可能性を信じてこやつに手を出そうとするならば――殺すぞ、小娘」
突然のアリスの殺気に、正面のエリザベスのみならず周りの数人の生徒までもが席を揺らして立ち上がった。
だがこの場でただひとり――
「コラッ!」
「あうッ」
アリスの頭をポカリと軽く叩いたアルヴィスだけは、殺気を感じてもまったく動じていなかった。
アルヴィスは何度も体験したアリスの殺気に慣れてしまったようだ。
「アリス、もしエリザベスに手を出すようなことがあればその時は俺が許さないからな?」
「……すまぬ……」
アルヴィスの拳骨ですっかり殺気が消えてしまったアリスは、抱き付いたままショボンと小さくなってしまう。
「よしっ、俺の変態疑惑も解けたことだし飯の続きにしようぜ」
「そ、そうね。私全然食べてなかったよ」
「儂はおかわりを取ってくるとしようかの」
横長のソファーからピョンと下りると、上機嫌でデザート類があるエリアへ向かうアリス。
アリスの後ろ姿を見送ると、食事の再開とばかりにエリザベスに促すように自身も料理を口に運ぶ。
エリザベスもスープに口をつけ食事を始めた。
そうして戻ってきたアリスと3人で食事を楽しんだのだった。