第64話 放課後デート
――翌放課後。
アルヴィスはアリスを影の中へ潜らせ、王都の商店街へとやって来ていた。
目的はアリスの私服調達だ。
昨日の謁見の間にて、学院長から任務報酬としてしばらく生活に不自由をしないくらいの金銭をアルヴィス達3人は受け取っていた。
するとアリスは、脅すという半ば強引な頼み方でアルヴィスに自分の私服を買わせる約束をさせたのだ。さすがに陽も沈んでいたため、早速買いに行くということはせずに日をまたいだというわけだ。
金銭の他にも、3人は報酬としてそれぞれの願い事を叶えてもらうことになっていた。
アルヴィスは、自分の育った街のアレスティアにある孤児院の安全のため、アレスティアと隣街のガリキアの2つの街の領主であるフレデリック男爵から爵位もしくは領主の地位の剥奪を願ったが、さすがにただの生徒であるアルヴィスの願いで位が上であるフレデリックを裁くことは、いくら国王権限でも叶えることは出来なかった。代案に、国王としてエドワードが信頼のおける者に孤児院の守護をしてもらうこととなった。
これにより、アルヴィスが新しい領主となるという野望を果たすまでの間の安全性が上がったわけだ。
次に、飛鳥は願いとして学院に来た理由でもある国宝・三種の神器の在処を探す調査協力を申し出た。これにたいしエドワードは、可能な限りの情報提供をすることを誓った。
最後にロベルトだが、きっと恐らく今頃その願い事が叶っている頃だろう。
ロベルトの願い。それは、実の兄であり同時にどうしても倒したい相手でもあるラザフォード学院序列1位――〈剣帝〉クリストフ・シルヴァとの対戦である。
本来、学院序列下位の者は自身より1つ上の序列生徒にしか対戦を申し込むことが出来ない。なので地道に1つずつ序列を上げていかなければならない。逆に上位の者は自分より下位の者への対戦申し込みは好きに出来る。だがなんのメリットもないので、まず待っていても上位からチャンスを与えられることはない。
だからこそロベルトは最高権力者である学院長に願ったのだろう。死ぬかもしれないということを承知で。
ロベルトの瞳から強い意思を感じ取ったエドワードは、少々悩みはしたが受け入れることにした。
その対戦日時が翌日である今日の放課後ということになっていた。
隣で話を聞いていたアルヴィスは当然その試合を観戦したいと思っていたが、特例での今回の試合は観戦することを禁じられていた。それどころか他言することを禁じられたのだ。
立ち会いは学院長とアンヴィエッタ教授の2名で行うこととなり、その場は解散となった。
――商店街を適当にぶらついていると、影の中からアリスに店を指定され立ち寄ってみることにした。
ベル付きの扉を開け店内へ入ると、ベルの音に反応した20代そこそこの女性店員がアルヴィスの存在に気付き近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。お客様、本日はどういったものをお探しでしょうか?」
「んー、あぁーえーと……こんくらいの背丈の女の子に合う服が欲しいんだが」
アルヴィスは自身の鳩尾くらいの位置に手を持っていき、店員に着用者のサイズ感を伝えた。
「えーと、妹様へのプレゼントですか?」
てっきり彼女かアルヴィスと同世代への贈り物かと決めつけていた女性店員は、アルヴィスの位置した手の高さを見ると反応に困るが、さすがはプロと言うべきだろう。すぐに営業スマイルを作り直すと質問してきた。
「いや、そんなんじゃないよ。そもそも俺には兄妹なんかいないしな」
「そ、それではどなたに?」
表情が崩れ始める女性店員。
「あー……」
(アリスとの関係性って、一応主人とサーヴァントだよな? ん? でも俺主人扱いされてなくねェか? どちらかと言えば――)
「――奴隷?」
「え……?」
パキッという効果音が似つかわしい程に表情を凍りつかす女性店員。
その表情を見た瞬間、アルヴィスは自身の発言の失敗に気付く。
アルヴィスはあちゃーという風に額を押さえて軽く俯く。
その隙に女性店員はササァーとその場をフェードアウト。
それはそれで今のアルヴィスにとっては有り難かった。心のダメージは中々に大きく、お得意の時間操作でも治りそうにはなかった。
『もう見ておれんのう』
ズズズッ――とアルヴィスの影の中から姿を完全に現した美少女。
金髪に紅玉色の瞳を持つ美少女、いや美幼女のアリスは影から姿を現すと、主人を慰めるように肩を優しく数回叩く。その足元を見ると、可愛らしく背伸びをしていた。
俯いていたアルヴィスの視界にもアリスの背伸びが映っており、それがなんだか微笑ましく感じて思わず笑みが溢れる。
アリスはアルヴィスの笑みがそんな理由から出たものだとは1ミリたりとも思ってはいない。もちろん自身の慰めによってだと思い込んでいる。
アリスはアルヴィスの肩に手を置いたまま満足そうにぺったんこの胸を張り、カカッとひと笑い。
「ほれ、さっさと儂の服を探すぞ」
「ああ、そうだな」
アルヴィスはアリスに促されると気を取り直し、少女の服選びに付き合うのだった。




