第62話 真の力
久々のちょっと長めです!
疲れた、、、
「まずはそうじゃなぁー……お前さん、儂のことは覚えておるかの?」
「は? お前をか? んなわけねェだろ。さっき初めて会ったばかりだろうが」
「そうか……。やはり覚えておらぬか……」
少女は顎に手を当て暫し思案を始めた。だがその表情はどこか寂し気だ。
アルヴィスは少女の表情が少し気になるも、こちらからも質問をしてみることにした。
「なあ、俺からもいくつかいいか?」
「ん? なんじゃ? 儂に興味があるのか? いいぞいいぞ、何でも聞くがよい、カカッ」
少女はどこか嬉しそうに反応する。
「お前、さっき不老不死だとか言ってたよな? 一体お前は何者なんだよ?」
「何者と言われてものう……半魔に部類されるかのう?」
「半魔……。んじゃあいくつなんだ?」
「レディーに年齢を聞くとは無粋じゃのうお前さん。まあ良いが、100を超えてからは覚えとらんわ」
「……!?」
アルヴィスは予想以上の少女の返答に驚きを露にする。どう見ても10歳くらいにしか見えないからだ。少女はその表情にいつものひと笑いをすると、「こちらからも質問じゃ」と聞いてきた。
「お前さんは今どこでどうしておるのじゃ? 何故ここに来た? 儂のことは知らんのじゃろ?」
「いきなり質問攻めだな。――見ての通り学生だよ。ここには任務で来た」
アルヴィスは制服を指すように親指を自身に向けながら答えた。そしてアルヴィスは自分の言葉で思い出したのか、眼前の少女に任務のことであることを聞いてみることにした。
「俺たちは最近ここら辺一帯の魔物の増加について調査に来たんだけど、なぁお前は何か知らないか? 最初はお前が元凶かと思ったけど、どうやらそれも違うみたいだしな」
(元凶なら下部の一匹でも連れてておかしくないしな)
「カカッ、儂が元凶ときたか」
「何が可笑しいんだよ!?」
「いやすまんのう。じゃが儂が仮に元凶ならこの程度じゃすまさんからのう。規模の小ささに思わず笑ってしもうたわい」
「……じゃあお前じゃないんだな?」
「当たり前じゃ。どうせ山の主かそこらじゃろ」
(おいおい、主をそこら扱いかよ……)
アルヴィスは少女の発言に冷や汗を背中に流しつつ、カターニャ平原に出現したキマイラを思い出した。
だが何かおかしい。複数の魔法師の死骸の理由がキマイラだとしても、魔獣の増加は恐らく違うはずだ。キマイラだとしたら魔獣に囲まれていた説明が付かない。
「もう1つ質問だ。この山脈を越えた先の国の街が2箇所ほど壊滅したらしいが、それもお前とは関係ないんだな?」
「何のことかは知らぬが、儂はお前さんたちが来るまでずっと眠っておったからのう。それに、街などもうどうでも良いわ」
「……そうか」
(つーことはこいつは今回の件とは無関係ってことか? それにしてもさっきから気になる言い方ばかりするな。もうどうでも良いってどういう意味だ?)
アルヴィスは考えを整理するために腕を組み暫しの間黙った。
数十秒の静寂――
――カプッ……!
「痛ッ――!?」
突然アルヴィスの首筋に小さな痛みが走る。
アルヴィスは反射的に首筋に手を当て振り向くと、そこには眼前に居たはずの少女が口許に血を滴らせながら立っていた。
少女は「おっと」という表情と共に両手を軽く上げて何もしていないというアピールをしていた。だが口許の血を舌舐めずりするよう舐めたことでアルヴィスは少女が犯人だと確信した。そもそもまったく悪びれた風にも見えなかった。
「てっめェいきなりなにしやがるッ!!」
「そう怒るなお前さん。ちーとばかし血を頂いただけじゃ。旨かったぞ?」
「そりゃどうも――じゃねェーよッ!」
「カカッ、まぁそう気にするな。本当に血を吸っただけで他はなにもしとらん」
アルヴィスは半信半疑で自身の身体に異変がないかチェックするが、確かに何も起きてはいない。魔力の流れも正常だ。強いていうなら少しの気怠さだけか。
「しかしやはりこの程度の量じゃあ解けんか。じゃが確信に変わったわい」
「……?」
アルヴィスは首筋に手を当て時を戻して傷を治しつつ、少女の言葉に反応する。
「お前さん――ラザフォードじゃな?」
「……んん? ああ、確かに俺はラザフォード魔術学院の学生だが?」
「違うわい。お前さんの名前じゃ名前!」
「誰と勘違いしてんだよお前。それは学院長の名前、っつかこの国の名前じゃねェか。俺はアルヴィス・レインズワース、ラザフォードのラの字もねェーよ」
「その学院長とやらは知らぬが、国名になってるのはなんら不思議はないのう。むしろ当然じゃ」
(わからねェ……。こいつが何を言ってるのか全っ然わからねェ!)
アルヴィスは俯き頭を抱え出した。
少女はそんなアルヴィスの姿を見て何やら独り納得したように「ウムッ」と頷き呟くと、距離を詰めてある提案をしてくる。
「のうお前さん、たしか学院長もお前さんと同じ名だと言うとったのう?」
「――ん? ああ、俺の名前とは違うが学院長は間違いなくラザフォードって名前のはずだ」
「よし、ならそやつの所に連れていけ。そうしたら全てわかるはずじゃ」
「連れていけって……はぁッ!? お前をか!? いやいやいやッ、普通に考えてありえないだろ!? お前見たいな化け物を連れて帰るとかバカしかしねェよ!」
「儂のような美少女を化け物呼ばわりとは、今世のお前さんは随分と見る目の無い奴に育ったようじゃのう。まぁそれはそれで良いか、カカッ」
「とにかく絶対に無理だ!」
「――ほう? 絶対に、か。ならば先ほどの2人を殺すとするかのう」
(――っ!? こいつ、いきなり雰囲気が……ッ!?)
アルヴィスは少女の眼光と殺気に悪寒が走る。
アルヴィスは一瞬で思い出した。今まで普通に話していたから忘れていたが、眼前の少女と出会った時のあの恐怖を。
(そうだ、こいつはこんな見た目だが化け物じみた強さなんだ。今だっていつ殺されるかわからねェ)
もしこの少女が本気でロベルトと飛鳥を襲えば、恐らく一瞬で殺すことも可能だろう。だが今世紀最高の魔法師と言われている学院長をはじめ、凄腕の教授陣が揃う学院ならこの少女にも対抗出来るかもしれない。
アルヴィスは可能性の高さに賭け、少女の提案に渋々従うことにした。
「カカッ、そうかそうか、なら早速連れて行け」
「ちょっと待ってくれ。頼む、1つ約束してくれ! あいつらには手を出さないって!」
「むっ、儂はそんなに信用ないかのう。少し悲しいものじゃな。――良かろう、約束じゃ。じゃがそれも全てお前さん次第だと思うが良いぞ」
「ああ、わかった」
「では早速空間を繋げぬか」
「空間を繋げる? どうやって?」
「んなッ!? なんじゃ、ホントにまだ何も出来ぬのか。なら儂がお前さんの影に入る。それでお前さんが加速して走れば早かろう?」
「影に入る? 何言ってんだお前――」
少女は提案すると、アルヴィスの影の上まで移動してその身を影の中へと沈めていった。
「――おわっ!?」
アルヴィスはその光景に驚き、その場で足踏みする様に自身の影を確認する。
大丈夫、ちゃんと同じ動きをする。どうやら身体を支配されたわけではないらしい。そのことにアルヴィスは安堵し息を吐くと、少女に言われた通り加速魔法を発動させる。
下手に指示に逆らうとロベルトと飛鳥の命の危機だからだ。
さすがに戦闘後ということもあり、最大数の多重魔法とはいかないがロベルト達に追い付くには十分な速度は出せていた。
『おお、さすがのスピードじゃな』
「ぬわぁ!?」
『変な声を出すでないわ。お前さんの影の中にいるのじゃ、直接語りかけるなど造作も無いわ』
「そういうものなのか?」
『そういうものじゃ。ちなみにお前さんの思考は手に取るように分かるぞ? カカッ。つまり声に出さずとも考えるだけで儂と会話が出来るということじゃな』
それは便利なようで危ない状態だなとアルヴィスは思いつつも、試しに思考で語り掛けてみることにした。
(おい、聞こえるか?)
『だから手に取るように分かると言うとるじゃろ。ちなみにさっき考えていた面倒というのも聞こえておるぞ?』
(ッ!? す、すまん……!)
『まあそう邪険にするでない。これはこれで使いようによっては便利な能力じゃ。今みたいにな、カカッ』
アルヴィスは確かにと納得しつつカターニャ山脈を降りきった。
確かに影の中にいる状態でなら持ち運ぶ必要がなく、楽に走ることが出来るからだ。さきの離脱時のように肩に担ぐ必要もないし、エリザベスの時のように肩車もする必要がない。
実に効率的だ。
アルヴィスはそう思いつつカターニャ平原を直進する。
そうして数分の間駆け続けると、アルヴィスの視界の先に巨大な生物が見えてきた。
カターニャ平原や山脈、つまりこの辺り一帯の主であるキマイラだ。それも何ということだろうか、数時間前と違いその数を3体と増やしていた。
さらに距離を縮めると、2人の人影と2体の巨人の姿が見える。2人の影はロベルトと飛鳥でまず間違いないだろう。だがもう2体の影は何だろうか。
アルヴィスは少々警戒しながらも速度を落とすことなくどんどん近づいていく。
「――!? 貴様、無事だったのか!?」
「アルヴィスくんッ!?」
戦闘範囲付近にまで近づくと、視界に入ったのかロベルトと飛鳥がそれぞれ驚いた表情で振り向き反応してきた。
「おう、なんとかな。お前らも大丈夫……ってわけでもなさそうだな」
片手を上げ応えたアルヴィスは、2人の顔が既に疲労困憊となっていたことで死闘を繰り広げていたことを察する。
戦況は、キマイラ3体にたいしてロベルトと風神と雷神が1対1で戦闘を行っていたようだ。――2体の巨人は飛鳥の式神だったというわけだ。――もちろん飛鳥は風神雷神の使役で自身での戦闘どころではない。
雷神と対するキマイラは既にかなりの深手を負っていて優勢のようだ。だがロベルトと風神の戦闘はこちらが劣勢だ。ロベルトは満身創痍、風神は実体を維持することが難しくなってきているのかその巨体がボヤけてきていた。
『なんじゃ情けないのう。キマイラごときにこの様でよく儂のもとまでやってきたものじゃ』
影の中の少女は溜め息を吐きつつ話し掛けてきた。
「そう言うな。お前も十分化け物じみた強さだけど、こいつらも俺たちには十分化け物だぜ」
アルヴィスは視界にとらえる3体のキマイラを警戒しつつ応えた。
「アルヴィスくん、何を言っているのですか? ……まさか、あの女の子の魔法で頭をおかしく……!?」
思考での会話にまだ慣れていないアルヴィスが思わず口に出して応えていると、どうやらその声が聞こえていたらしい飛鳥に不審な眼を向けられた。
「な、なんでもねェよ! 大丈夫大丈夫、気にしないでくれ!」
(おいっ、お前のせいで飛鳥に引かれちまったじゃねェか!)
『他人のせいにするでないわい。お前さんが勝手に口に出していただけじゃろが』
(うぐッ……)
アルヴィスは思考で抗議するも、あっさり中の少女に論破されてしまい敗れる。
「そ、そうですか? ならよかったです。とにかく無事に帰ってきてくれてホッとしました」
飛鳥は安堵したように息を吐くと、眼付きを戦闘モードに戻し2体のキマイラに顔を戻す。
「そんなアルヴィスくんに申し訳ないのですが、見ての通りの状況です。私はいいのでロベルトくんの援護に行ってくれませんか?」
「ああ、わかった!」
アルヴィスが少し離れたところで戦闘を繰り広げているロベルトのもとに向かおうと方向転換すると――
『なんじゃ、こやつらを始末すればよいのか?』
突然影の中の少女が話し掛けてきた。まるで自身も戦闘に参加してくれるようなニュアンスで。
(ああ。じゃなきゃこの場を切り抜けられそうにないからな)
『そうか。なら儂もちと手を貸すとするかの――』
そうアルヴィスの思考に語り掛けると、影の中の少女はアルヴィスの影からズズズッと頭から浮かび上がってくる。
その異変に飛鳥が眼を見開き反応するが、あまりの出来事に声が出ないようだ。
完全に影の中から出てきた少女は両腕を頭上に伸ばし軽く伸びると、さらに首を左右に振ってコキコキと鳴らす。
「どれ、まずはあいつからかの」
準備運動のようなものを終えた少女は、視界の先にいたロベルトと交戦中のキマイラに狙いを付ける。
パチンッ――
指を鳴らすと少女の影がみるみると伸びていき、キマイラの影と繋がった。
「〈影縫い〉――」
するとキマイラが突然その動きをピタリと止めた。まるで身体をその場に縫い付けられたように身動きがとれないようだ。
いきなり眼前のキマイラが静止するという事態になり、交戦していたロベルトは何事かと慌てて後方を振り向く。その視界に映った少女の正体に気付くと、飛鳥と同様な反応を見せ思わずその手に握る剣を落としそうになる。
「――からの〈影時雨〉」
少女が右手をクイッと上げると、キマイラのもとまで伸びた自身の影の一部が分離して空中へ跳ね飛ぶ。そしてすぐさま無数の小さな針となってキマイラに降り注いだ。
それはまるで雨のように降り注ぎ、キマイラの全身に突き刺さる。キマイラは激しい呻き声を上げ、刺さり空いた全身の穴から血を吹き出しその場に倒れた。
「まずは一匹目じゃ。あとはそこの2体かの?」
少女は風神雷神と交戦するキマイラ2体に向きを変えると、顔だけアルヴィスに向いて話し掛けてきた。
「どれ、お前さんに儂の本当の力の一端を見せてやるとするかのう。ほれ、さっきお前さんの血を吸ったじゃろ? その分だけ一時的に魔法が解けておるからの」
「……よくわからないが、がんばってくれ」
アルヴィスは少女の言っている言葉の意味がさっぱり理解出来ていなかったが、とりあえず声援だけ送ることにした。
先ほどまで命を掛けて戦っていた相手を応援するのは何とも変な感覚ではあるが、目の前の脅威を排除してくれているのだ、声援くらい送るのは当然のことだ。とアルヴィスは自分に言い聞かせ納得する。
「カカッ、がんばれか。お前さんに言われる日がまたくるとはのう。懐かしくて泣きそうじゃぞ」
少女はどこか昔を思懐かしむ様な遠い眼差しを一瞬アルヴィスに向けたが、そのことにアルヴィスは気付かなかった。
少女は顔を正面に戻しキマイラに向き直ると、2体のキマイラの間に向かって右手を向ける。
数秒で魔力を溜め終えると、魔法を発動させた。
「光も闇もそのすべてを凍てつかせ――」
少女を中心として特大な魔法陣が足元に広がった。
「――寒ッ……!?」
アルヴィスは突然の温度変化に自身の身体を抱くようにして腕を擦って温める。
空気中の水蒸気が凍結し、天からは雪が荒れ降るう。これによりカターニャ平原の一部が白銀煌めく氷雪の世界へと姿を塗り変えた。
「カタチあるすべてのものに静寂を与えよ――」
氷雪の世界はどんどんその領域を広げていき、ついにはカターニャ平原の半分ほどの土地を塗り替えた。
少女は右手をグッと力強く握ると、向けていたキマイラの間に魔法陣があらわれる。
さらにそこから腕を上げると、魔法陣の上に縦9つの魔法陣が出現する。合計10重の巨大魔法陣が現れたが、この時点で既にキマイラ達の四肢は凍りつき地面に貼り付いている。
苦しそうに鳴き声を上げる姿から、アルヴィス達の体感温度よりも遥かに極寒にさらされていることが見てとれる。
「凍て死ね―― 〈ダイアモンドダスト〉」
少女が上げる右手にさらに力を込めると、下段の魔法陣から順番に巨大な氷柱が一瞬で突きのぼった。
「終わりじゃ」
パチンッ――
少女が指を鳴らすと氷柱が粉々に砕け散り、凍結させていたキマイラ達も同時に散りとかしてその生命を絶命させた。
「……ふぅ――」
少女は片足を軸にくるりと半回転してアルヴィスへ振り替えると、得意気な表情で小さな胸をはってみせた。
「どうじゃ? 惚れたか?」
「お、おう……」
「じゃろ?」
少女はアルヴィスの返事に満足したのか、ニカッと初めて見た目相応の満面な笑みを見せた。




