第60話 オリジナル
(おいおいおいッ!? なんだよあれは……!?)
アルヴィスは伝い落ちてくる汗を拭いながらも、内心の焦りをどうにか表情には出すまいと必死に顔を作る。
「何を笑っておる? この姿に惚れたか?」
「ああ、ちげーねぇ……。今すぐあんたの足にキスでもして命乞いの1つでもしたい気分だぜ」
「カカッ、よもやお前さんのような童に惚れられてしまうとはのう。儂も捨てたもんじゃないのう。――ほれッ!」
少女は右腕をアルヴィス目掛け振り抜くと、影が鞭のように撓りながら襲いくる。アルヴィスはバックステップで触れないギリギリの範囲まで下がってかわすと、次いで迫り来ていた左腕の影に気付く。先端が10本ほどに裂け分かれ、まるで意思があると思う様な動きで個別に襲い掛かってきた。
アルヴィスは見切れるものだけを紙一重でかわし、半数ほどの影を魔法障壁を展開させ相殺した。衝撃によって舞い上がった土煙に視界を奪われ、頭上まで迫っていた左腕と同様の動きをした右腕の影に反応が遅れる。
「うっ……」
アルヴィスは数本の影にかすってしまい、破れた制服に血が滲みだす。
「避けるばかりでつまらんのう。少しは反撃してこんか」
「ハッ……! そう慌てんなよ!」
アルヴィスは疼く痛みに少々顔を歪めながらも、強気に笑ってみせた。
(とは言ってみたものの、やっべ……打開策が全く思い付かん! ……とりあえず仕掛けてみるか?)
アルヴィスは少女の真正面へ全力の一歩を踏み出す。そしてたったの一歩で数メートルの距離を詰めたアルヴィスは、右拳を引いて殴るモーションに入る。
アルヴィスの動きに反応した少女は、正面に右手を突きだし影を障壁として展開する。
(かかったなッ!)
アルヴィスは小さく口を歪めニヤリと笑う。
アルヴィスは二歩目で少女の正面から姿を消した。
「……!?」
影の少女は自身の数メートル前方に迫っていた気配が消えたことに驚いたのか、その紅玉の瞳を少々見開いた。
二歩目で少女の数メートル真横へ、三歩目で背後に回ったアルヴィスは、あらかじめ引いていた右拳を全力で少女の背中に打ち込んだ。
一歩目から打ち込みまでを流れるように動いたアルヴィスの反撃は、見事に少女の背中をとらえ直撃した。
「――んなッ!?」
少女の背中に炸裂したアルヴィスの渾身の右拳は、少女の背中にめり込んでいた。いや、アルヴィスに感触はない。つまり、めり込んでいるのではなく、影となった少女の背中を通り抜けるように貫通しているのだ。
「少しはやるじゃないか童。まさか儂の影を目隠しに使うとはのう、カカッ。だが残念じゃったな。今の儂に物理攻撃は効かぬぞ?」
少女は顔だけ振り向くと、怪しく口許を歪め笑った。
「チッ……!」
アルヴィスは拳を抜き、反撃が来る前に少女との距離を取った。
(見た目通り影そのまんまですかそうですか……。んなもんどうやって倒せっていうんだよッ!)
アルヴィスは内心無理ゲーすぎる相手に猛抗議するが、そんなことを少女が知るはずもなく攻撃に備え魔力を両手に集めていた。
どう影そのものに攻撃を当てようかと思案していたアルヴィスは、だがここで少女の魔力を見てあることを思い出す。
ずっと影に変身しているので忘れていたが、これはあくまで魔法を発動させているからこそ留めていられる姿だ。
ならその魔法をなかったことにしてしまえば戻るのでは? とアルヴィスは思い至る。
(やってみる価値はあるか……)
アルヴィスは両手に魔力を集中させ、魔法を発動させる。
「行くぜ? ――〈時の迷宮〉!」
アルヴィスは加速魔法に使う常時発動多重魔法数を減らし、両手に〈時の迷宮〉を纏わせた。
「……あれは……!? いや、まさかのう。そんなはずがない……」
少女はアルヴィスの発動させた魔法を一目見ると、なにやらぶつぶつと呟いている。
アルヴィスは少女の声が聞こえず怪訝そうに首を捻った。だが「まあいいか」と気を取り直し、気持ちを眼前の少女に集中する。
アルヴィスは速度が落ちた分、直線的な動きから縦横に駆けながら少女に接近する。狙いが定めにくくなったのか、少女は先ほどまでの直接狙う攻撃の仕掛け方から、自身の周り全体に発動させる範囲魔法へと切り替えたようだ。
少女を中心に直径10メートル程の巨大な魔方陣が出現すると、剣山の様な無数の針を影が形成した。
だがアルヴィスはおかまいなしに突進する。
「オラァァァ――ッ!!」
地を蹴り跳躍すると、剣山の唯一の穴である少女の真上に到達する。
「バカか童! 狙い撃ちじゃ!!」
少女が腕を挙げると、剣山となった影が一斉にアルヴィス目掛け伸びていく。もちろん空中にいるアルヴィスは避けることは不可能だ。だがアルヴィスは端から避けるつもりなど毛頭無かった。
左手の〈時の迷宮〉で襲い来る影に触れた瞬間、無数の針が全て消滅する。同時に左手の〈時の迷宮〉は効力を失う。
「なんじゃと……ッ!?」
さすがに少女も驚愕の顔を露にする。そんな少女のゼロ距離といっていい程の眼前に着地したアルヴィスは、〈時の迷宮〉が残る右手で少女の腹部に掌底を放つ。
「くは……ッ!?」
アルヴィスの一撃を受けた少女は、先ほどとは違い今度こそダメージを受けていた。腹部を押さえ衝撃に苦しむその姿からは、頭部から徐々に影が消えていく。
(やっぱり魔法さえ解除出来ればダメージは通るのか!)
アルヴィスはようやく攻略法を見つけ出せ、内心でガッツポーズを決めていた。
「まさか一撃もらってしまうとはの……何年ぶりの感覚じゃろうな……」
少女は痛みに顔を歪ませたままどこか嬉しそうに言った。
「童、1つ答えろ。お主のその魔法、誰かに教わったものか?」
「あん? いきなりなんだよ」
「いいから答えぬか」
「……教わるもなにも、俺は俺以外にこの系統魔法を使える魔法師を知らねぇ」
「そうか……オリジナルか……」
「……?」
(なんだってんだよ?)
アルヴィスは少女の質問の意図が解らず首をかしげる。
「お前さんが本物かどうか見極めてやる。来いッ」
少女は挑発するように人差し指をクイクイッと自身へ向けて曲げる。
「よくわかんねえけど……いいぜ。見せてやるよ、取って置きってヤツをよ!」




