第59話 少女の本気
何かの魔法を発動したのか、少女の影が急速に膨張するように範囲を広げていく。
「喜べ童。今夜の月はこの距離じゃ、儂の力も十二分に発揮できるぞ」
「んなもんなんも嬉しくないね!」
少女が前方に手を翳すと、呼応するように少女の影がアルヴィスに向かって伸びていく。
謁見の間での攻撃も彼女自身の影を使った攻撃だったのだろう。
目視が出来なかったのは、月明かりが少なかった分少女の影の濃さが室内の薄暗さに同化していたからだ。
そうと解れば影を注意するだけだ、とアルヴィスは地面を滑るように伸び迫ってくる影に意識を向ける。
少女は掌が天に向くよう手を返すと、クイッと人差し指を曲げた。すると、アルヴィスの足元まで迫っていた影が円錐状に形を変形させ突き上がってくる。
だがこれは1度見た攻撃。それに今は加速魔法が掛かっている状態だ。アルヴィスはいとも容易く影を避けると、そのまま少女の背後を取るように駆け出し首を切り落とす勢いで手刀をくりだした。
だが――
(なッ!?)
完璧に背を取ったと思ったアルヴィスの手刀に、少女は正面を向いたままその小さな手で受け止めていた。
「さきも思ったが、お前さんは随分と速いのう。だが、それだけじゃ」
「そうかよ――ラァっ!」
アルヴィスは少女の体勢を崩すため、姿勢を低く下げながら回し蹴りを少女の細い脚に放つ。が、何かとても硬いものを蹴ったかのような感触にアルヴィスは顔を歪ませた。
「どうした? こんなものか? もっと儂を楽しませぬか」
少女が少し指を動かすと、足元の自身の影から次々と針のように細く鋭い影を突出させる。
「くッ……!」
アルヴィスはバックステップで迫りくる影を避ける。続いて襲い掛かってきた影は上下2本ずつに分かれ、まるで獣の牙のように襲いきた。
アルヴィスは眼前に魔法障壁を展開させそれを防ぐ。
牙によって魔法障壁は砕かれてしまったが、同時に牙も形が歪み本来の影へと戻った。
「なんじゃ、まだ障壁展開が必要なレベルか。ちと期待しすぎたかのう」
「お嬢ちゃんも最初ほどの迫力がないぜ?」
アルヴィスは頬から顎に一筋の汗を伝わり落としつつ、減らず口を叩く。
「当たり前じゃ。言ったじゃろ? 語らうと。儂が本気でお前さんを殺りにかかれば一瞬じゃからな。それとお前さんは1つ勘違いをしておるぞ」
「勘違いだと……?」
「儂のことをお嬢ちゃんと呼んだな。うつけめ、儂の歳は100を越えとるわ」
「な……っ!?」
(100歳以上ってマジか!? ありゃどう見ても10歳やそこらだぞ!? あいつ人間じゃないのか……?)
「まぁ、この姿じゃどう見ても可愛らしい少女にしか見えんからの。間違えるのも仕方ないかの、カカッ」
「……」
(あいつ、今自分で可愛いって言ったぞ……)
アルヴィスは胸を張り笑っている少女にジト目を向ける。と同時にその胸を一瞬見てしまったが、やはり少女は少女だなと1人納得し無言で頷く。
「お主、今何やら怪しからんことを考えてはおらぬか? ――まぁよい。少々、本気を出すぞ?」
少女は纏う魔力をさらに膨れ上がらせ、自分の影をダンッと踏むと魔方陣が表れた。
魔法陣は幾重にも形成され、そして少女の体を包むように足元から上昇していく。
「なんだ……あれは……?」
全ての魔法陣が消えそこから表れた少女の姿は、先ほどまでの愛らしい見た目とは程遠い姿へと変貌していた。
一言で表すのならば、影。
少女は影そのものへとその身を変えて現れたのだ。
「すぐには死んでくれるなよ?」




